第1章 ソウヤ、ジヨウ、クロー、レイファ 「主役はオレだぜ!」 1

 ソウヤとレイファの2人は、目的のゲームセンターに到着した。

 そこは3階建てで、すべてのフロアが大小さまざまなゲームで埋め尽くされた巨大ゲームセンターである。

 今日は、チーム対戦型ネットワークゲーム大会の決勝戦が開催される予定だ。

 この大会は絶対守護内の各ゲームセンターと接続した大掛かりなもので、優勝チームには多額の賞金が出る。

 1チーム4人までなのだが、ソウヤたちは前回大会まで3人で参加していた。しかし、4人1チームを想定しているだけに、3人では明らかに戦力不足だった。

 それでも初回大会から3回連続決勝進出していて、今回は優勝の最有力といわれている。

 だが、ソウヤたちはゲームセンターに入らなかった。

 ゲームセンター横の広場に、人だかりができていたからだ。

 嫌な・・・ホントは愉しそうな・・・予感がする。

 予想どおり、知っている声が人だかりの輪の中心から聞こえてくる。

「我はファイアット家29代目にして、中興の祖となるクロース・ファイアットだぞ」

「はぁ? オメーは何者だってんだ? オレたちと同じ3等級臣民じゃねーのか。3等級臣民に姓はねーんだ。お高くとまってんじゃねー」

 輪の中心で、ソウヤたちの知り合い2人が言い争いしている。その雲行きはかなり怪しく、いつ殴り合い・・・いや、立合いが始まってもおかしくない雰囲気だった。

 その緊張感あふれる空気の中、レイファは対峙している2人の間を抜け、向こう側へと嬉しそうに走っていった。

 レイファの行動によって言い争いは止まったが、それでも緊張感は薄れていない。

 その緊張感の真っただ中を、次はソウヤが片手を挙げ、ゆっくりと歩いてレイファの後を追う。

 レイファとソウヤが通り抜けると、2人は何事もなかったかのように言い争いを再開した。レイファとソウヤの行動は、2人とって普段通りのことだからだ。

 レイファが走って近づいた先に、端整な顔立ちに隙のない姿勢で立っている男がいた。

 存在感のある男ではあるのだが、成人男性の標準身長より背が低い所為か凄みに欠ける。

「ジヨウにぃ。クローとウェンハイは、どうしたの~」

 魂が引き合うのか? それともブラコンだからなのか? レイファは人の輪から、兄であるジヨウをすぐに見つけていた。

 理論の人”ジヨウ”はレイファの二つ上の兄で、外見は栗色の髪の毛を短髪にし、レイファの顔を鋭利にする。そして落ち着いた態度をとらせると、ジヨウが出来上がる。

 ジヨウは腕組みしたまま、レイファに事情説明を始める。

「最初は、今日の決勝戦の話だったんだがな・・・。いつの間にか、いつもの議論になったんだ。人としての誇りはないのかというクローに、現実を見つめろというウェンハイの主義主張の平行線だ。交わることのない議論だな・・・」

「人だかりになってんのは、何でだよ?」

 ソウヤが口を挟むと、ジヨウが素っ気なく言い捨てる。

「知ってるからだろ」

 当然ソウヤとレイファも知っている。

 ソウヤは嬉しそうな表情をし、レイファは整った眉を少し顰める。

「やっぱりかよ」

「そうなっちゃうのかな~」

 人だかりの連中は、期待に満ちた顔で成り行きを見守っている。

 中心にいる2人の言い争いは、すでに罵り合いへと発展していたのだ。

「ゲーム開始も近いから、早くした方がよさそうだな」

 ため息を吐き仕方ないという表情で、ジヨウがクローとウェンハイの間に、手を叩きながら入って行く。

「はいはい。いいか、防具がないから目突き金的禁止。他は大和流古式空手の立合いルールだ、いいな。はい、それでは始め」

 ジヨウは手慣れた様子で、2人の立合いをスタートさせた。

 クローとウェンハイ、それにジヨウとソウヤは、大和流古式空手を習っている同門の仲だった。無論、大和流古式空手も他の武術道場同様に喧嘩を禁止している。しかし同門同士の立合いは修練の一環として禁止していない。

 主義主張の違いから、クローとウェンハイは頻繁に立合いという名の喧嘩をしていた。

 身長はクローの方が10センチ以上高い。だが、ウェンハイは筋肉量が多く、クローより体重がある。また、持久力でもウェンハイに軍配が上がる。

 型と技の派手さではクローだが、不器用なウェンハイは強くなるため、多種多様な技を修得するより、少ない技を極めんと修行していた。

 そして対戦成績は、圧倒的にウェンハイが上だった。

 速射砲のごとく矢継早に正拳突きを繰り出すウェンハイに対して、クローはサイドステップで避けるだけで有効な攻撃を出せていない。

 しかしクローは、ウェンハイの正拳突きの撃ち終わりに反撃に転じた。

 右斜め後ろへとバックステップしてから、右下段廻し蹴りを放つ。ウェンハイは左脚を少し浮かして脛で蹴りを受ける。

 だがクローの反撃は止まらない。クローは右脚を戻し地に足をつけた瞬間、左膝蹴りをウェンハイの顔へと飛ばす。

 その場でウェンハイはクロスアームブロックで受けきると、左脚を踏み込み左ロングフックをクローのボディーへと叩き込んだ。

 よろけるクローに、ウェンハイは追撃の正拳4連撃を放つ。

 だが、クローは姿勢を立て直し、華麗なステップでウェンハイを中心として円を描くように躱す。

 金髪碧眼で彫りが深く、クロースは紳士的振る舞いを信条としている。それ故に大和流古式空手の技も、優雅とか華麗とかの基準で修練する技を選んでいた。

 技の選り好みはしても、クローは修練を重ねている。

 クローは勢いをつけて、重い左前蹴りを放つ。

 その威力をウェンハイは再度クロスアームブロックと鍛え上げた下半身で抑え込む。蹴りを受けきり、反撃の下段蹴りをクローの軸足に叩き込んだ。

 慣れない足技のせいか、ウェンハイは次の技への連絡が上手くいかなかった。しゃがみ込んだクローへの追撃にもたついてしまったのだ。

 その隙を逃さずクローはしゃがみ込んだ姿勢で足払いをかけ、ウェンハイを転がす。

 距離をとって対峙するや否や、2人は同時に動き出し、更に激しい技の応酬を繰り返す。

 ソウヤたちの間近で、いつ終わるともしれない足技と手技の見応えある攻防が続く。

 野次馬たちの様子は、興奮から熱狂へと変化していた。

 5分以上に及ぶ一進一退の立合いに変化を求めたのか、ウェンハイが上段右廻し蹴りを放つ。それをクローはバックステップで後ろに躱してから、左廻し蹴り、そして後ろ蹴りに繋げる。

 ウェンハイはクローの後ろ蹴りを拳で弾きつつ受け流す。

 前のめりになって、クローの体勢が崩れた。

 絶好のチャンスだ。ウェンハイの右正拳突きがクローの顔面を襲う。

 しかし意気込み過ぎたのか、それともクローの蹴りによるダメージの影響か、軸足が定まらずウェンハイも体勢を崩してしまう。

 無理に倒れないようにすると、却って大きなケガを招くことがある。

 ウェンハイはそのような愚を犯すまいと、前方に回転して立ち上がる際には大きく前へとジャンプしてクローとの間合いをとった。

 その行為は、対峙している相手に対しては正しかった。だが、周囲に対しては正しくなかった。

 ウェンハイは勢いよく見物人の輪に突っ込むことになったのだ。

 そして、その位置にレイファがいた。

 立ち竦むレイファをソウヤは後ろから抱き寄せ半転し、ウェンハイの突進を背中で防御する。

 猛烈な勢いでウェンハイがソウヤの背中に衝突したため、ソウヤはレイファの柔らかい体を強く抱きしめることになった。

 レイファは頬だけでなく耳朶まで朱に染め、両手を頬に添え放心している。

「ウェンハイ! 気をつけやがれ!!」

 ソウヤはレイファを抱きしめたまま、険しい顔で叫んだ。ソウヤの声は、意外にも耳に心地よい透明な声質をしていて、見物人の喧噪にかき消されることなく、周囲に響く。

「周囲を巻き込むな。レイファが怯えてんだろうが!」

「ぜってぇー違う!」

 怒鳴り声で応酬したウェンハイの意見に”うんうん”と野次馬の大多数が首肯している。

 2人の周囲の人間にすら察せられるのに、ソウヤは全く察することが出来ていない。

「バカ言うなっ。顔真っ赤にして、震えてんだろうが。オレは、テメーを許さねぇーぜっ!!」

 ソウヤはレイファの体を離すと、ウェンハイに猛烈な勢いで襲いかかった。

 飛ぶように左前蹴りを放ち、左脚が着地した瞬間、跳ねるように右上段廻し蹴りを放つ。そこから、半回転して後ろ下段蹴りへと繋ぐ。

 クローのことを舐めていた訳ではなかったのだろうが、ソウヤが相手ということでウェンハイの気合いが上昇する。

「ぐおぉおぉー、普通は青くなる。どりゃあぁぁぁーー」

 ウェンハイの指摘は100%正しい。

 レイファはソウヤに抱きしめられ、照れていたのである。

 しかし、熱くなったソウヤが冷静な判断をできるはずもない。

 ウェンハイ得意の近接の間合いに入ってもソウヤは、アッパーにフック、飛び膝蹴りと流れるように技を連絡させる。

 堪らず間合いを取ったウェンハイを追うように、ソウヤは次々多彩な技を繰り出す。

 実際のところ、ソウヤはクローとウェンハイの立合いを見物していて、ウズウズしていた。

 レイファの危機は、ソウヤに立合いへ参加させる絶好の口実となり、その機会を逃さなかったのだ。

「そんなこと知るかぁー。せぇいやぁー」

 ソウヤの暴言にウェンハイが律儀に応じる。

「訊いたのはオメーだー。ぐぅおりゃー」

 ソウヤの左上段回し蹴りをダッキングで躱し、ウェンハイは左正拳突きで応戦する。だが、ソウヤは左正拳突きを右腕で外へと弾き、その流れで右膝蹴りをウェンハイの胸に炸裂させた。

「黙って死ねやぁあああーー」

 ソウヤは右膝蹴りの勢いにのって更なる攻勢をかける。

 ウェンハイは防御を固め鎧のような筋肉で耐える。

 ソウヤの流麗にして重たく、虚実を織り交ぜた連続攻撃をウェンハイは防ぎきった。

 仕切りなおすようにソウヤは一旦距離をとり、ウェンハイと対峙する。

「いいか、2人とも。目突き金的禁止で、大和流古式空手の試合ルールだからな」

 本来、ジヨウは審判としてソウヤの乱入を防ぐ義務があるはずなのだが、全く止める気配がなかった。妹を危険な目に合わせたウェンハイを許していない、という分かり易い理由からだ。

 だが、野次馬は誰も気にしていない。

 それどころか、ソウヤ対ウェンハイのスピーディーな技の応酬に目を奪われている。

 野次馬の中でソウヤとウェンハイを知っている者は、期待以上の展開に胸を躍らせている。

 なぜなら、昨年”絶対守護”内で開催された総合格闘技大会18歳以下の決勝カードだからだ。

 クローは不満そうな表情を浮かべていたが、大きく肩で息を吐き地面に座り込んでいる。

 ソウヤの攻防一体の流れるような動作に対して、ウェンハイは武骨で直線的な攻撃に、鉄壁の防御で対抗している。

 素人目にも素晴らしい攻防が展開されているのが分かる。

 しかし、素人には分からないかもしれないが、2人とも虚実を織り交ぜ戦っている。

 そのハイレベルな攻防は、玄人も満足させる立合いであった。


 4週間前。

 帝国3等級臣民街の大型ゲームセンター各店に、突如として一辺3メートルにも及ぶ立方体4台1セットで設置された。立方体は1人乗りの対戦型ネットワークゲームである。

 その中に入ると外からの音は一切聞こえず、宇宙で本物の人型兵器”ビンシー6”を操縦し、戦っているかのようにな感覚が実現されている。

 何より操縦席は、ビンシー6を完全に再現したと謳われていて、それまでの対戦型ネットワークゲームとは比べ物にならない臨場感があった。

 どう、何もかもゲームの範疇を越えていたのだ。

 ただ一つ、既存のゲーム以下となのは、ゲーム名がないぐらいである。

 使用する人型兵器の名からビンシーとか、あのゲームとか、みんな適当に呼んでいる。そもそも、ゲームメーカーが何処かも明かされていない。

 こんな怪しげな対戦型ネットワークゲームだが皆を夢中にさせる魅力があった。それは、ゲームの内容でも機械の性能でもなく、週に一度開催される大会の賞金だった。

 3等級臣民の平均月収の5倍を超える額の賞金が優勝チームに支払われる。

 その賞金の高額さから、エントリーするチームは大会を重ねる毎に増えていった。

 大会にエントリーすると、まずゲームのコンピューターと4対4の対戦をする。その対戦でのポイント上位80チームが大会本選へと進める。エントリー期間は3日間で、挑戦は1チーム1回のみ。しかも1人1チームのみにしか所属できないルールになっている。

 大会本選も同様に3日間に亘って実施される。本選へと進んだチームは、4ブロックに振り分けられ、チーム対チームのトーナメント形式で争われる。勝利条件は、1時間内で敵を全滅させるか、損害ポイントで上回ることである。

 ただ、3日目の決勝では、各ブロックを勝ち抜いてきた4チームによるバトルロワイアル形式で、3チームが全滅するまで続けられる完全決着ルールになっている。

 誰が何故、何の目的で実施しているのか様々な憶測が流れている。

 しかし、ゲームの魅力と賞金の高額さから詮索は後回しにされ、若者の間ではゲーム攻略の話題が中心になっていた。

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