記録ファイル No.4『Le monstre charmant』

 以下の文は、治療の一環として行われた患者の発言の記録である。

 患者記録:Louis=Gustave de Pistache(French) Sex:Male Age:17 Disease:Beautiphilia

 [第三部:]


(録音開始)


 (荒い呼吸音と喘鳴、薬の投与指示を出す医師の声。数分、間が空く。)



 嗚、苦しい。……思い出す……いや、一度も忘れたことなんてない。ユベール。僕を苛む金色の夢。絶望的なあの事件よりもあるいは、僕の心を苦しめる。

 今から思えば、あのとき、僕は屋敷に火でも放つべきだったな。すべて燃やしてしまえばよかった、この僕自身も。金色の炎。神の紅い舌が、呪われたあの屋敷と僕ら獣の一族をぺろりと平らげて、跡形もなく、そして残されたつまらない……けれど、きっと平和であろう世界が……そのまま、四季の世界をくるくると回っていたはずなのだ。ユベールはそこにいて、月がめぐるたびに、屋敷の焼け跡に芽吹くだろう幸福と緑の祝宴のなかを永遠に駆け回り、僕ら獣の骸を養分として、彼らを美しく育ててくれるんだ……。

 それを、僕は、地獄の底からでも眺めることができたなら、他にはもうなにも。

 夏よ。夏よ。遠い日の記憶……金色の、微かな歪みすら愛しい、僕の幸福の日々……きみはもう戻ってこないのだ。

 二人のまれびとを交えた、短い僕らの夏……安寧の奥に、それでも堆積した長い長い冬の名残がどこか不穏な匂いを漂わせる、箱庭のような季節……。Gloria in excelsis Deo...!

 ……もう少しだけ、時間をもらえるだろうか。なあ。僕の口から語られているときだけは、あの日々の、時間の流れを遅らせることが出来るんだ。いずれにせよ、もう滅びは近い。

 もう少しだ、もう少しだぞ、愚かなる者共よ、お前たちが求める崩壊まで。僕たちの季節は今が夏であり、この後に冬に転ずるのだ。



 そう、これは……僕たちの最後の、おだやかで、ほんの少し苦い夏のはなし。

 パリ祭が間近で、ユベールは毎日のように渋る僕を連れ出す算段をしていたし、大学生になったクロードも、どうやらユベールになにか吹き込まれたのか、回し者となって食事の席や団欒の際、それとなく僕に彼との外出をすすめてきた。アベルは素知らぬ顔で、きっとその彫刻じみたかんばせの下では面白がっていたのかもしれないが…僕の味方には当然ならず、傍観者を気取って、ときどきワルツやラプソディを弾いてみせた。僕がむくれると、ほんの少しだけ笑って、鍵盤に指をすべらせていた……。

 あれは七月のはじめ、その日の三つの言葉は郵便、花火、アルペジオだった。

 相変わらず屋敷から出ようとしなかった僕は、ユベールが日向にいるのを見ながら、クロードの蔵書である植物記を繰っていた。青い穂を猫のしっぽのように扱って遊んでいたユベールは、数分おきに僕に出かけようと言ったが、僕は首を横に振り続けていた。

「きみ、ちょっと驚くほど強情だなあ。哲学者でもあるまいし」

 ユベールは、まるで原始の植物園のように青々と繁茂した――しかしその実、繊細な彼らが暮らしやすいように計算され尽くした彼自身の楽園で、呆れたように呟いた。僕は不貞腐れながら、イリスの葉に指を滑らせてその先端を弾く。

「……街は大河のようなものだ。多くのものを内包し、流行や時勢というもので以てして様々な魂を押し流すが、それらは玉石混淆、しかしほとんどが石にすぎない。いや、石以下のものすら数多い……美を解さぬ醜い堅牢さの中では、我々のような美しくも脆い宝石たちは無惨に削られてしまうだろう……」

「小難しすぎてなに言ってんだかわかんないよ、ギー。そういうのは啓蒙思想家たちが書簡をやりとりしてた時代に言ってくれ」

 緑が濃く、えもいわれぬ瑞々しい香気をはなつ百合に頬を寄せ、ユベールは肩を竦めた。彼が動作するたびに、耳元で切られた短い金髪が、太陽のように踊った。

「きみと約束したじゃないか、飛行機をつくって、自転車に乗って、パリ祭へ行こうって……まあ、きみが自転車に乗れないのは予想外だったけれど、ぼくが馬車馬よろしくお貴族さまのギュスターヴ坊っちゃまのために頑張ろう――つまり、二人乗りってことだ――で、ぼくらの計画表を確認したところ、ぼくらは今」べらべらと述べたてながら、ユベールは森めいたアップルミントの茂みを飛び越えて庭仕事道具のところへ歩み寄る。「飛行機は作りかけ、自転車に乗る算段までつけたところ。計画の六割は達成したようなものだ」

「六割はさすがに甘く見すぎじゃないか、ユベール。楽観は失敗の母だ」

「うーん、まあ、…きみとの友情が成立した時点で、ぼくとしては九割以上成功なんだがね。……っと、」

 僕が顔をさくらんぼみたいに真っ赤にしたのも気づかず、ユベールは荷物のなかから何かを取り出した。

「……ぼくの母は、女がこういうものをつくるのを嫌がるからさ」

 僕が頬をこすってなんとか調子を整えようとしている背後で、ユベールは何かを投げた。細くしなやかな腕から鳥のような影が羽ばたく。さっと花畠のうえを通過したその飛影に、僕ははっとうえを見た。Flip-flap-flip-…と、ちいさな薄黄色のプロペラが回転して、飛んでいくそれは二人で組み立てた模型飛行機だった。

「きみとこれを作れて楽しかったよ」

 模型に塗るラッカーが無くて、未完成だった複葉機を、手慰みにユベールは飛ばしていた。僕にも飛ばすか、と訊ねたが、僕は彼がそうやって楽しんでいるのを見ている方が好きだったので、いいと断った。

「……そういや、きみの兄さんがラッカーを買ってきてくれるって?」

 僕はこくんと頷いた。僕に甘いクロードが、言い出すまでもなく、ラッカー無しで机の上に置かれていた飛行機を見た翌翌日、パリで色見本帳を買ってきた。

「色はどれがいいかい、ギー」

「うーん…翼の部分はユベールが決めたいだろうし……」

 夕食のあとに訊かれて答えると、クロードは微笑んでこう言った。「あの子は、お前が決めたいだろうと言うと思うよ。彼女はそういう子だ。…」

 明日、これを一緒に見て決めるといい、と、分厚い色見本帳を僕に手渡した。

 結局、僕たちは淡いブルーを選んだ。ユベールの瞳に少し似ている。ユベールの学校が休日のとき、塗装する予定にしていた。

「きみの上の兄さんは、本当に素敵な兄さんだよねぇ!」ユベールは軌道に変化を持たせたいのか、おかしな動きで模型を投げようと試みる。

「背が高くて、運動ができて、頭がよくて、優しくて……ついでに気前もいい。なんだい、きみ、ちょっと兄貴に恵まれすぎじゃないか?」

「どうだ、いいだろう」こればかりは僕も心置きなく自慢にできたので、胸を張る。「クロードは最高の兄だぞ」

「ちぇっ。ぼくなんて、レコードを黙って借りようとしたら腹をぶん殴ってくる従兄しかいないよ。……」それは黙って借りるほうが悪いんじゃないか、と僕は思ったが、ユベールはぶつくさ従兄とやらの文句を言い続けている。僕は兄に不満を持つことなどあり得なかったから――勿論、今となってもそうだ――それを不思議に思ってみていた。ユベールは変わらず飛行機の新たな航路の開拓に夢中だったから、僕は、彼の荷物が置かれた隣に腰をおろした。口が開きっぱなしの鞄からは、スコップや花鋏に混じって、彼の大切なクロッキー帳もはみ出していた。よぅく、覚えている……あの、深緑色の使い込まれた表紙……。

 その夏は風が多くて、たくさんの見えない旅人がどこかへ去っていこうとしているように、庭中をいつでも青い風が揺らしていた。

 その旅人たちの指が触れたのか、ぱらぱらとクロッキー帳がめくれた。そこには、指ぬきやジャム壜、水に濡れたコップなど、いかにも彼らしいものが新しく描かれていた。……筆致はますます鮮烈さと生命のきらめきを増し、それらすべてに四季の魔法がかかったように、人々の生活や息吹が宿ったようだった。

「ユベール。きみは……」

 僕がページを繰りながら称賛の言葉を口にしようとしたとき、不意に夏の風が強く吹き過ぎた。

 その風にあおられ、最後のページに挟まれていた一枚の紙切れが宙に舞った。三回目、飛行機を飛ばそうとしたユベールが、はっとそれに気づいて、放った飛行機を追いかけずに駆け寄ってくるよりもすこし早く、僕が、ブルーベルの上にふぅわりと落ちたそれに、指を伸ばしてしまった。

「……あ」

 ユベールが声を洩らす。

 それは、パリで行われる演奏会のポスターだった。見知らぬアメリカのヴァイオリニストと、ドイツの管弦楽団と、僕が生まれたときから見つめてきたあの美しいかんばせが、銀板写真のように切り取られて、名前と一緒に貼り付けられていた。――ピアニスト、ルイ=アベル。

 遠く離れた、屋敷の正面玄関に近い芝生に落ちた模型飛行機のプロペラが、くるくると惰性で回っていた。

「……いや、」

 僕は口ごもった。ユベールの目があまりにも、隠し事を見つかった子どものようであったし、僕はこのポスターを彼が所有していたことをそこまで咎めるつもりもなかったから、正直、ユベールの態度に戸惑ったと言ってもいい。

 黒猫のような、少し斜めから撮った、どこか遠くを見ているアベルの顔を、僕たちは見つめ続けていた。そこから目を離して、お互いの顔を見るのが怖くて。…その、どれほど乞い願ってもこちらを向いてくれないであろう、残酷な妖精じみた兄の美貌が、つめたく僕の脳を犯した。

「…モンマルトルで見つけたんだ。あちこちに貼られてた……探せば、たくさんあったよ。サン=ルイ島なんかでは、もっと大きなやつも」

 ユベールは短い髪をかきあげながら、唇辺を気まずそうに持ち上げて、笑った。「……隠すことじゃないね。すまない、ただ僕は、」齟齬を嫌い、それ故に言葉の不完全性に言い澱むことの多いユベールは、ポスターを手にしたままの僕に、俯いて言った。

「……きみが、誤解するんじゃないかと思ったんだ」

 僕は思わず目を細めた。誤解、何を。脳裏に瞬きかけた不穏な予測に目を瞑り、僕は困惑した調子のまま、ユベールに一歩踏み出した。ユベールはその複雑な色の瞳をちらりと横に逸らし、首を振って僕に向き直った。

「ユベール、誤解とはどういうことだ。僕はきみを邪推したりなんてしない」

「それはわかっているさ。わかっている……でも、なあ、ギー。きみがそんなことを考えないとぼくは信じてるけれど、それでも、ぼくはこういった誤解がもっとも嫌なんだ。ぼくが、誰か『男』のことをさ――」

 その瞬間、屋敷の正面玄関が開いたことを示すベルの音がして、僕もユベールも一瞬声を飲んでしまった。

 庭の遠くに見えたのは、夏だというのに黒い上衣を着た、調律師ルネ・シェーンベルクであった。またぞろ、アベルの気まぐれで呼びつけられたのであろうかの騎士は、こちらに向かって軽く会釈をした。ユベールの父によって刈り込まれた樅の隙間で、彼自身もまるで一本の細い針葉樹のような気配があった。

 彼はそのまま立ち去ろうとして、不意に、間近の芝生に落ちている子どもの玩具に気がついた。プロペラが無為に風に吹かれて回っているのを、あの静かな湖面のような青い瞳で見つめた彼は、ロータリーから一歩、芝生に分け入った。黒い革靴が、一足ずつその玩具に近づいていくのを、僕たちは凍りついたように見守っていた。

 やがてある地点に到達した彼は、音もなく跪き、模型飛行機を、楽器を扱う手つきで拾い上げた。

 思いきったようにユベールが口を開いた。「飛行機、ごめんなさい。ぼくが…ぼくが飛ばしたんだ」小さな悪事を告白する子どものような彼の態度に、ルネは薄く笑って、「構いませんよ」と、白手袋をはめた手で、そっとプロペラを回した。調律師の大きな掌のなかでは、模型はあまりに小さくて、卵の殻のように脆く思えた。

「……君は、庭師の方の娘さんですね」

 ユベールがはっと体を固くしたのがわかった。広く薄い肩、痩せた長い手足、僕よりも高い身長に短い金髪と猫のような日に焼けたかんばせ――けれど、ルネは、ユベールを「娘」だと判断したのだ。それは彼を打ちのめしたように、ユベールは俯いた……僕はその腕に身を寄せ、傲慢なほどに真っすぐに視線をあげる。僕のエメラルド・グリーンは、鬼火のように彼の青い湖面の瞳とぶつかった。

「……アベルとは、もういいのか」

 自分は貴方たちの関係を知っている、という色を込めて、僕は尋ねた。

「貴方のお兄様は楽器のように気難しい方で。今日も機嫌を損ねてしまいました」

 そう言いながらも、彼は面白そうに、無表情に近いかんばせのなかに笑みを含んでいた。

「……クロードには、会っていかないのか」

「ああ……」

 ルネはゆっくりと屋敷の窓の列を見上げた。どこがクロードの部屋かなんて知っているはずはないのに、その双眸は真っ直ぐに彼の部屋がある翼を捉えていた。忘れもしない、仰ぎ見たその首筋――黒い上衣の襟が風に揺れて、一瞬だけ覗いた白いそこには、赤紫の噛み痕が残っていた。

「ご挨拶をしたほうがとも思ったのですが、……勉強なさっているようですしね」

 僕は肩を竦めて彼から視線をはずした。クロードは、ルネとアベルのことをどのくらいわかっているのか。善き人である僕の長兄は、彼を苦しめるアベルの美しい悪徳を、どう考えているのか。

 何せ、僕は知っているのだ。日曜の午后、ピアノの影、彼を呼ぶ、甘ったるいほどの、アベルの声すらも。

 ふと、冷気が僕の頬を撫でた。乾いたつめたい指が、僕の唇に触れたのだった。アベルと似た、しかし異なる、蒼白い死者のような子どもの唇。ルネは、それを、かつての午后をなぞるようにもう一度再現し、今度は…明確に、紅い粘膜に触れた。柔らかな蘭の花弁を押し広げるように、あくまで繊細な手つきでなされたそれに、喉がひくりと震える。それは知らない愛撫だった。クロードも、アベルも、僕に施したことのない類いの……。

「ルネ!」

 時が止まった気がした。凍っていた唇に夏の空気が流れ込み、呼ばれた男は声なく微笑し、指で僕の頤をなぜる。

「ルネ」風を孕んだレースをまとって、あくまで軽やかに、アベルが叫んだ。それは観客を引き込む演奏の最初の和音に似て、その場にいるすべての人間の動きを止めるのに充分だった。…

 いつものように、ペダルを踏むための室内履きのまま、アベルは土と草の上におりて、大股でこちらに歩み寄ってきた。僕とユベール、そしてルネの間につま先を割り込ませ、ルネの骨張った手首をひっつかむように握って、自分の方へ引き寄せた。ルネは少し面白そうに、されるがままになる。アベルは僕たちを背に庇うように立ち位置を変えると、ほとんどが静かな怒りの――しかし、ほんの少しだけ嫉妬が折り混ざったような複雑な声音で、わざとらしいほどつっけんどんに言い放った。

「……油断も隙もないな」

 ルネはそれが冗談混じりのものだと解っていてか、端正なおもてにうっすらと笑みさえはいて「私は礼儀を重んじるだけですよ」と返した。

「――私には、貴方だけ」

 彼がアベルに囁いたその言葉が、僕の胸を甘く締めつけた。アベルの冷ややかなほどの目も、ルネの底知れぬ眼差しと交わるうちにわずかに揺らぐ。その、夜明けのような一瞬がたまらなく美しかった。

「ルネ、引け」

 頷いたルネは、高圧的な口調で命じられて――しかも、自分の半分くらいの年齢の少年に!――その通り身を引き、流麗な所作でお辞儀すらしてみせた。王族に傅くような仕草に、ユベールが驚き、目を釘付けにされるのがわかる。ここは、美しく、貴く、異質な空間だった。

 アベルの足の下で、芝生の青い花が揺れていた。尖った靴の先が、その花茎を折る。上品に、草花を殺しながら、アベルは僕の友人の前までやって来た。そして、その白いピアニストの手をのべる。

「いつもギーと仲良くしてくれてありがとう。…」

 ユベールは、アベルのかんばせを見上げて、神に祈る罪人のように動かなかった。……動けなかったのだと、思う。アベルは十六歳で、その悪魔のような美貌は、時と彼の「誘惑」の遍歴によって丹念に研磨され、至高のディヤマン・ノワールとなりつつあった。見たこともない花を目にしたように、ユベールは唇を震わせた。そんな様子は慣れている、とばかりに、アベルはその黒い目を異国の花の莟のように細めることだけして、振り返りざまに夏の太陽を見上げた。

「ギー。あまり長いこと日向にいるんじゃないよ。…」顔が赤くなっている、と僕の鼻の頭をちょんとつつき、グラジオラスやカンパニュラの合間に、その白い手を戯れに泳がせた。

 そのとき、客間の方から、草を踏む足音が聞こえた。

「アベル」

 火の透けるようなストロベリー・ブロンドと、白樺の若木のような手足が丈高いテンジクアオイの間に見えた。花壇を迂回して、クロードが早足でこちらへ来る。ルネが丁寧に一礼し、クロードも挨拶を返す。

「……またムッシュ・シェーンベルクにご迷惑をかけているのか」

 そこで僕は気づいた。その日は土曜日――アベルは、電話してルネを呼びつけたのだ。

「私が好きでやっているので」と言うルネに、クロードは来訪に気づかずにもてなしをしなかったことを丁寧に謝罪する。傍らにいたアベルが、戯れに芝生の草を踏み、不良のように肩をすくめた。クロードがそれを咎めると、ルネが静かに二人の間に入り、低く何かを囁いた。二人を宥めるか、諌めるようなことだったんだろう。クロードとアベルは、教師に諭された生徒のように少し距離を取った。アベルはふらりと遠くへ視線をやり、クロードはもう一度謝っていた記憶がある。ユベールが僕の服の裾をそっと摘まんだ。

 ……そのあとは、二、三言葉を交わして、ルネは立ち去った。

 クロードはその背を見送って、深々息を吐いた。彼とルネの会話を見たことは数えることしかないが、いつでも高いところで交わされるそれは「大人」のものであり、聴いてはいけないような気がして、ほとんど内容は知らない。

 夏の庭で、取り残された二人の兄と僕、そしてユベールは、奇妙な緊張感のなか、互いに視線をやった。ただひとり、いずことも知れない方向を見つめていたアベルは、ルネの車が遠い門の向こうへ消えるのを待って、クロードを黒い瞳で射抜くように見た。

「…彼は、『僕の』調律師だ。僕の好きなときに呼んで、何が悪い?」

 挑発的な弟の態度に、クロードは形の良い眉をしかめて睨んだ。この二人の兄は、僕には見せない表情を、互いにぶつけ合う関係であった。

「毎月、日時まで指定して呼んでいるのに、どうしてそんなに頻繁に調律が必要なんだ。相手の都合も考えろ」

 ……今から思えば、本当に「調律」するだけならば、クロードもここまで咎めなかっただろう。やはり、彼も解っていたのだな。ただ、クロードは、アベルとのことを知っていても尚僕にこう言ったことがあった。―――俺たちに何かあったら、ムッシュ・シェーンベルクに電話をかけなさい、と。…つまり、僕らを取り巻く関係はいかにも複雑で、屋敷の内外が入り混じるこの三人は特にそうだった。……だからこそ、僕はあのとき、あの行動をとったのかもしれない。

 ……彼のために言うが、ルネはあの事件のことをほとんど知らない。少なくとも、あのとき屋敷で、本当に何があったかは、知らないはずだ。僕が言っていないのだから。

 けれど、もしかして、彼はわかっているのかもしれないな。

 ……話を過去に戻そうか。

 クロードの言に、アベルは頤に指をあてて平然と返した。「向こうも好きで来るんだ」それに対し、クロードはさらに言い募る。ユベールと僕は目配せしあい、少し身を寄せあった。

 僕は、夜半に二人の兄が口論しているところを、これまでに何度か見たことがあった。内容を盗み聞きできるほどの勇気はなく、しかしちらりとだけ洩れ聞こえた内容は、大抵アベルの不道徳で、暴君じみた振る舞いについてだった。アベルの魔法にかからない唯一といってもよかったクロードは、自分が弄んだ娘が自殺したと知っても顔色ひとつ変えないアベルにこう言った。

―――お前がいつか恋をする日が来たのなら、その身をもって知ることになる。

 アベルは、クロードの言うことにだけは多少なりとも感情を動かされるようで、その美しいかんばせが少し険しくなった。

―――そんな日は来ない。僕が本当に愛するのは――…

 僕は、そこで耳を塞いで、自分の部屋へ逃げ帰ってしまった。……聞きたくも、考えたくもなかった。アベルが、本当に愛するものなんて……。

「ああいう振る舞いはやめるんだ」

 抑え気味ながらも激しい口調に、びくりと僕は体を震わせた。回想に逃げている間に、二人の兄は決闘のように向かい合わせで、美しいかんばせを冷たく凍らせていた。

 でも、そこで、アベルが、人形のような真顔のまま、ちらりと震えた僕たちの方を一瞥した。その視線の流れに、クロードは身を寄せ合う僕らに気づいて、息を深く吸って語調を和らげる。

「……俺はお前のことを思って言ってるんだ、アベル」

 呼ばれたアベルは、そんな月並みな言葉は聞きあきたという皮肉めいた微笑を浮かべ、日頃と変わらない優美な物腰で答える。

「解っているとも。……ルイ=クロード。僕の兄」

 その呼びかけに、クロードは言いようのない表情を浮かべた。

 クロードはアベルの肩に手を触れ、軽く揺すった。無言のまま、真っすぐアベルを見つめた両眼は、さしものアベルにも、罪悪感か、それに類する感情を呼び起こさせたらしく、彼は急にきびすを返してしまった。アベルは蝶のように庭を横切って、ピアノのある居間のバルコニーから屋敷の中へ消えた。その最後の瞬間だけ、彼はこちらを振り返った――その、残り香めいた一瞬に、僕は陶然と膝すら折りかけた。月日は彼と、彼に焦がれる僕の心をより昇りつめさせる以外の効果を持たなかった。僕は今や、アベルに狂い始めていた―――彼の美しさが損なわれる日が来てしまうのだとしたら、僕は彼を殺すかもしれないとすら。

 クロードがそっと僕の肩を抱いて、そのぬくもりに僕ははっと我に返った。

「ごめん、クロード。……うるさかった?」

 僕が謝ると、クロードは首を振った。「全然。勉強には厭きていたところだったさ。……お前たちの声は何も聴こえていなかったよ」

 ではなぜ降りてきたのか、と思いながらも口にはしなかった。

 クロードは息をはいて、シベリウスが聴こえ始めたピアノの部屋の窓に目を向けた。その大きな手には、見覚えのある差出人の名前が書かれた封筒があった。切手の消印は、見たこともない東洋らしい地のものだった。

 ユベールが手持ち無沙汰というふうに、模型飛行機の胴体を指でなぞっているのに気づいたクロードが、少しだけ身を屈めて彼に微笑みかけた。

「ラッカーは決まったかい」

「ええ、ギーと相談して、青に……薄い青にしました」

「そうか。いい色だね」

 ユベールははにかんで少し笑った。「ラッカーの色見本も、ありがとうございます」

 クロードはかぶりを振って背筋を伸ばした。「いいんだよ。ギーと一緒にいてくれる礼さ」言ってからふと辺りを見渡し、知らぬうちに育っていた小さな楽園を見つけて、クロードはこれはすごいと微笑んだ。敏感にそれに気づいたユベール、そして僕も少し嬉しくなる。ブルーベルの青が彼の瞳に照り映えて、ほんの少しだけ、ミッドナイト・ブルーが真昼の明るさを灯したようにも見えたのだった。…

「いつか、父が帰ってきたら、皆で園遊会でもしようか」

 たくさんの樹や、花や、緑が溢れる庭園を見渡して、クロードは腕を広げる。その指先で封筒が揺れた。父が帰ってくる、そんなことは無いと僕は知っていたのに、あの日々の僕はあまりに能天気に幸せだったもので、忘れていた。――野生を忘れた獣――……。だから僕は、ユベールと顔を見合わせて頷いた。

「アベルも一緒だよね」

「勿論だ。どうしてアベルがいないなんて考えるんだ? ――ムッシュ・シェーンベルクや、君のお父さんも、呼べば来てくれるだろうか」

 ユベールは頭をかき「父は照れ屋なので……でも、ぼくが説得しますよ」とアメリカ人みたいに親指をたてた。

 クロードは眩しそうに目を細めて、ユベールに相槌を打った後、……僕のほうを見た。その静かな眼差しに、あの晩の気配を見て、僕は心配いらないと言いたくてぱっとユベールの腕を取った。ユベールも少し驚きながら、ふざけて肩ごと僕に軽くぶつかってきた。ふふ、と笑い声が洩れたのを、愛し気に見ていたクロードは、屋敷のほうから使用人が呼ぶ声がしたので、僕たちに熱中症に気をつけるようにと告げて、東翼のほうへ駆け戻っていった。

 ふと僕が気づくと、ユベールは、微かに強ばった顔で、ピアノのある部屋の窓を見つめていた。

「ユベール、どうしたんだ」

 僕が彼の肩におずおずと手を置くと、ユベールは、塗装していない素体の飛行機をそっと掲げて、ため息をついた。

「……なんでもない。ただ、ぼくは、……ぼくは、きみたちとは違う人間なんだなぁ、と思っただけさ」

「…何を言うんだ、ユベール」僕は戸惑って彼の肩から手を離してしまった。

「違う、違うよギー。身分や、家柄のことじゃない」ユベールは僕に向かい合い、薄いけれど大きな右手で、鎖骨が軋むほどの力で僕の肩を掴んだ。思わず顔をしかめたら、彼ははっと手を緩めた。

「……きみたちは、おそろしいくらい美しい一族だ」

 そんなはずはない、と否定が口をついて出た。美しいのはアベルとクロードであり、彼らに焦がれる僕は、取り残された過去や、呪わしい性質や、人嫌い故の暗澹を兄たちの代わりに呑み込む影、崇拝者であるべきだった。

 けれど、僕よりずっと鮮やかで、世界の色をその身に宿したユベールは、僕の唇に指をあててかぶりを振った。彼の操る夏が僕の冬霧のような肉体を絡めとり、動けなくなった。そっと逸らされた視線に、彼が僕らに――この一族に感じていたある種の、畏れのようなものを感じ取る。

「……きみがあの美しい兄を誰より愛してるのは、ぼくにもわかる」

 模型飛行機を手に、ユベールは呟いた。

「……だが、ぼくにとって、あの人は……」

 僕は、畏怖の目がアベルに向けられることを嫌ってはいなかった。それは裏返せばアベルの美が成すことだから。ただ、僕は、そう告げたユベールの瞳の脆さが愛しかった。

「なあ―――」

 こちらを見たユベールの横顔は、白っぽい夏の日に灼かれ、陽炎のようにぼやけていた。

「ぼくは娘に見えるかい」

 スケッチブックが風にはためき、草地を渡る季節を可視化する。その指が、僕とユベールの金と黒の髪をひとつの蔓草のように絡ませ、お互いの距離を近づけた。

 僕は深く息を吸って、はっきりと声に出した。

「……きみは少年だよ」

 ユベールの瞳が、かすかに揺れた。

 息を吸い込むたびに、鼻孔や肺ばかりでなく、口のなかまでいっぱいに夏を満たしてくれる彼の在り方を、僕は肯定してやりたかった。それ以外に、影として生きる僕の血がユベールの糧になりうる方法など思いつかなかったから。僕の飢えた魂を、刹那、金色の光でいっぱいにしてくれるただひとりの相手。

「ユベール、ユベール。君は、僕の少年だ」

 ユベールは、なにも言わずに、僕の頬に触れた。風に柔らかく揺れる前髪をそっとかき分け、咲き初めたひなげしの花びらに触れる手つきで、額に指を添わせる。ほんの少し高い位置にある、オパールのように神秘的なふたつの瞳が、金や薄紅の縁取りを可憐な火のようにきらめかせていた。その中央には、銀河へ続くような瞳孔と…そこに映り込んだ、僕のエメラルド・グリーンが光っていた。

 僕も、やがて手を差しのべた。彼よりもずっと不器用な手つきで、それでも花に触れるつもりで、ユベールの頬に触れた。指先からゆるやかに、血潮を共有するようなぬくもりが伝わってくる。蝋のような、死の安らぎに似た白い僕の手が、ユベールの背を抱く。

 混濁の新世界が彼を苛むのなら、この旧世界の箱庭でしばし羽根を休めればいい。たとえ、この熱がいつかここから飛び立ってしまうとしても、今だけは。

 自分の魂に誠実であろうとするがゆえに苦しむ、嵐のなかの樫の樹のような彼を、僕は確かに、人間として愛していた。

 ユベールは、僕が彼の髪を切った日のように、僕のことを抱きしめて、黒い髪が揺れる耳元で不意に囁いた。

「きみの兄さんに、――クロードに、きみのそばにいてくれと言われたんだ。何があっても……」

 僕ははっと顔をあげた。あの、たんぽぽの火が燈る暗がりで、クロードの言ったことと、蒼白い美貌がくっきりと思い浮かんだ。手を離してはいけない。

 ユベールは、雲が駆けていく青空を見上げて、決意したように呟いた。

「なあ、ギー。ぼくは、きみのそばにいるよ。きみは……『ユベール』のたったひとりの友人なんだから。これは、ぼく自身の――ユベール・モンパルナスの意思だ」

 たくさんの花を浮かべた湖のようなユベールの瞳は、僕の姿をとらえて、夏の世界で揺らいでいた。薄荷のように瑞々しい匂い、太陽のようなその熱に寄り添うことを、躊躇うべきであった僕は……それでも、彼の腕を振りほどけなかった。今でも覚えている。彼の手のひら、瞳の色、金色の髪。それは病室で鎖に繋がれた僕の緩やかな死への行程をいたずらにかき乱すほどに、あたたかくて、素晴らしい記憶。

 だから、これは罰なのだ。

 二度までも彼の手をとりながら、夏を過ごして彼の思いを受け入れながら、最後に、そのなにもかもこの手で壊した僕への、永い永い神の罰なのだ。



 滅亡は、この次の年にやってくる。

 積み上げた塔を突き崩す一撃が、僕らの血の匂いに惹かれてやってくる。



 ……風が出てきたな。霧もだ、不思議そうな顔をしているな。病室のなかでなぜ解るのかと思っているのだろう。窓もないのに。…

 僕には獣の嗅覚があるのだ。血と、霧に殊に鋭敏な。切れ切れになった僕の魂の一裂が、いずことも知れぬ荒野に影法師となってこの精神病院の外の世界の、不寝番を務めるのだ。エメラルド・グリーンの鬼火となりて鉛のような湿原を駆け、星を数える、夜に吠える、その声はお前たちにも聴こえるだろう? ……ランプの要塞のなか、多色の蝋の城でひらかれる、炎たちの舞踏会を脅かす、●●●の冷たい闇の血だ。

 もうどのくらい経つ? ……そうか、そのくらいか。もっと長く話したようにも思えたのだがな。クロードのことも、アベルのことも、ルネのことも、ユベールのことも話したか? 彼らはムーリスクのモザイク・タイルのごとく、ひとりひとりが異なった色彩と唐草模様を持ち合わせている。彼らがひとつの模様を完成させることは無かったが、近い出来事はあった。あの広大な閉ざされた屋敷のなかで、確かに僕たちは生きて存在していたことがあったのだから。

 ……そうだろう?

 誰に訊いているだって? …お前がそこまで鈍い人間だとはな。久々に失望した。お前たちの水晶体は何のためにあるのだね? 無意味に、極めて人間的な怯懦とそれ故の夜通し不断のランプの燈に光らせるためばかりではないだろうに。

 そこにも、どこにも……いるぞ。僕の美しい獣、この世の桎梏を離れ、自由を獲た、薔薇窓の向こうの存在……。尖塔の上で、礼拝堂の奥で、図書室の影で、手招いている。お前たちには見えまい。黒い炎だ。どうせまた幻覚というのだろう、薬はもう充分だ、僕の肉体は既に得たいの知れない近代の医学によって作り替えられてしまっている……ことによると、魂すら蝕まれているかもしれない……嘆かわしい!

 要らない、要らない! ロザリオも、十字架も、祈祷書も! 美しいもの以外が僕を癒やす糧にならないことくらい解らないか! そして、その美しいものさえも、最早………



(少しの乱雑な物音。なにかが落ちる音、制止するような声、……元通りの静寂。)



 ……厭なものだ、ぼうっとしてきた……多少、胸が苦しい。役立たずの、脆い、臓腑め……。

 今は冬だろうか。ふふ、病室の外では雪が降るだろう。あの日と同じように、氷混じりの、霜の槍と吹雪の弾丸。春も夏も秋も、すべてを大洪水のうねりのごとく飲み込んで跡形もなく潰してしまう、冬という暴君。まるで、輝かしい幾世紀もの古き倒錯の美意識を、現代医学という核兵器で破壊し尽くそうとしている誰かたちのようだな。



 ……さあ、もうそろそろだ。あの事件だな。お前たちがもっとも聞きたいことだろう。

 当時、僕たちの階級やその周辺を慮って、禿鷹のような新聞や週刊誌ですら口を噤んだ事件だからな。巷にはどんな風に伝わっているんだ? ……ほう、良家の子息の乱心。はは、こんなにばかげた話は初めて聞いた! 乱心? 乱心などであるものか。あれこそが本性だ。我々、●●●家の血を引く獣たちの、本当の姿だ!



  崩壊は僕が十四歳になる年にやってきた。一九六八年……恋はみずいろだとか、サウンド・オブ・サイレンスがセンチメンタリズムの波に乗って流行し、若き自由の嵐たる五月革命がフランス全土を席巻し、東欧ではプラハの春が始まった年…アベルは十八歳で、クロードは二十二歳だった。

 その年の、金色の夏が終わる頃。

 アベルが、恋をした。

 同じ学校に通う、ヴァイオリンを弾く少女とアベルがどうやら恋仲であると、僕に伝えたのはクロードだった。波打つ金髪に緑の目、誰もが名を知る美しい少女だったという。くずおれた僕を打擲する噂は風と波にのり、どうしようもなくあとからあとから僕の耳に届いた。あの悪魔が恋をした、あの美しき悪魔が……。遠雷に怯えた僕は、どんな話にも耳をふさいだ。それでも、扉の隙間から忍び寄る冬の霧のように、それは僕の胸を蝕んでいった。

 恋をした? それはどういうことだ? 僕は理解したくなかった。相手を死に追い込むほど残酷だったアベルの、恋。それは、それまでの、行きずりのように関係をもつのではなく、それは本物の若者の恋のようだった。手紙を交換し、囁きをかわし、触れるだけのキスをする、そんな……。

 僕は身一つで荒野に投げ出されたように苦しんだ。体は痩せ、ものを吐くようになった。庭に出ることすら、脆くなりすぎた僕の体には大きな負担で、ユベールが窓から花を届けることが多くなった。

 這いずるように庭に出る日、あれほど美しかった夏が過ぎ去ろうとしている庭は、まるで別の空間のようにひずみ、黄色がかった緑が次第に赤くなっていく景色は、ゆらゆらと焦点を結ばなかった。僕の意識が、あまりにも混乱していたから。

 まるで三文芝居じみた恋のように、美しい男女が惹かれ合う……アベルがぼうっと夜ごと手紙を手に窓の外を見つめるまなざしは、僕が彼を見るまなざしと似ていた。彼はかつて、そんな目をしたことがなかったのに。

 駒鳥を葬った時も、讃美歌を口ずさむ時も、誰かと「連弾」するときも、いつでも夢みるように潤み、そしてあの世の闇のようにつめたかった彼の黒い瞳。それは今や、永くつぼみでいた大輪の薔薇がはじめて咲くように、あらゆる光を閉じ込めようとしていた。

 アベルとその恋人は、夏の終わり、あるコンサートのあとで開かれた夜会で出逢ったらしいのだが、誰も最初はそのことに気づかず、気づいたときには何もかもが変わっていた。

 僕はその少女を見たことがなかったが、彼女もまるで美しき天使のようであったと皆が言った。天使と怪物。それは表裏一体に過ぎない。……どのみち、僕がこの後その少女をほんとうにみるときには、そんな喩えなどなんの意味も持たなくなっていたのだから。

 そのことについて考えることは、僕にとって、あるいはこの病院に入ってからの日々よりも、どんな酷い治療よりも耐え難い拷問のようだった。

 男が女に恋をする。あまりにありふれすぎていた。溢れかえる陳腐。氾濫する低俗。男を狂わせるマノン・レスコーなぞ現実にいはしないのだ。アベルが心を捧ぐような女がこの世にいるとは思えなかった。ファム・ファタルに恋をするのは愚鈍な男であり、オム・ファタルであるアベルは、恋い焦がれられて然るべきで、そして彼はその賛美を、恋慕を、花でも踏みしだくように蹂躙してただ美しくあればよいのだった。

 これではまるでただの人間ではないか。

 僕の絶望は計り知れなかった。

 なぜ? なぜアベルは恋をした?

 ……けれど、つめたい美貌のうちに炎を秘めているのが芸術家であり、ルイ=アベルであり、我が一族というものだったのだ。

 僕と対照的に、クロードはアベルの変貌を喜んでいた。散々クロードを悩ませてきたアベルの奔放さ――美しき不道徳がすっかりなりを潜めたのだから、当然だろう。大学で遺伝学を学びながら、僕たち弟の行く末をしきりに心配していた善き長兄は、同級生と「真っ当な」恋に落ちたアベルを嬉しそうに気にかけていた。……あんなに優しくて、僕のことをよく見ていてくれたのに、苦しむ僕が衰えていく理由には、微塵も思い至らない様子で。

 勘違いしないでほしい。クロードは僕の肉体的消耗に関しては、本当に甲斐甲斐しく世話を焼いてくれた。医師を方々から呼んで、ミルクセーキや、野菜を舌でつぶせる柔らかさまで煮たスープを、毎晩食べさせに来てくれた。ここに来たとき僕があれほど病み衰えていたのは、単純に――そう、純粋に、精神の消耗だった。

 この年のルイ=アベルは、まったく普通の青年のように見えた。人を惑わす悪魔的な振る舞いはまったく消え失せたように、僕の知らない少女と、咲き初めたつぼみのような、きわめて普通の恋愛をしていた。……あるひとつのことを除いては。

 アベルの恋人というのは内気な性質だった。代わりのように、その内面に溢れるアベルへの気持ちを――こんなことを口にするのは胸が張り裂けそうだ――花のような字で便箋に綴り、慕わしい美しき恋人に送っていた。

 そしてアベルは、恋人からもらったその手紙を食べるようになった。うすい薔薇色の便箋をこまかくこまかくちぎって、少し濃いマゼンタの封筒も同じようにして、ひとつひとつ大切に飲み込んだ。

 カルテに書いてあるんだろう。知っているさ。僕の今の症状が、兄にも見られたことを。そう、そうだ。彼はまるで、今の僕だ。

 ……アベルには幼少期、奇妙な癖があった。僕の物心ついた頃にはなくなっていたが、それは不可解で――"血統書付き"の、のちに僕にも顕現した悪癖だった。それが、ここへきてまた現れたのだ。

 異物を食べる。

 有り体にいえばそうだ。食べられないもの――土だとか、金属製のものを食べたりする。貧血の婦人に多い病気らしいな。

 しかし、僕たちのそれは、ただの食べられないものというだけでなく、ある基準があった。

 美しいもの。

 美しいものこそを熱望して、食べようとするのだ。

 最初に僕がそれを行ったのは、アベルがくれた紙の睡蓮だった。子供の手のひらほどの、小さな玉を水に入れると、ぱっと薄紅の花が開く…それだけのおもちゃだった。

 それに見とれていた僕が、その花びらをむしって口に含んだのを見たメイドによって、僕の奇癖は明らかになった。ただ、それを伝えられた父は一言「仕方がないことだ」とだけ言ったらしい。……●●●家当主。彼は恐らく、理解していたのだ。

 その後何度も、同じようなことを僕はやった。最初は花や小さなもの、そのうちに、詩集のページや楽譜などにも手をつけるようになった。それを見とがめるたび、クロードは僕の手を引っ掴んで、洗面台まで連れて行って喉に指を突っ込んで吐き出させた。暴れた僕に血が出るほど指を噛まれても動じなかった。思えば、アベルで慣れていたのかもしれない。僕は洗面台に転がった指輪のパパラチアサファイアや、オンシジュームの花びらを見つめて、子どもなりに胸が引き裂かれそうな悲しみに襲われていた……。

 血の流れる指でそれらを拾い上げるクロードは、可能なかぎりそれらを僕の目の前で跡形もなく壊した。花ならば完膚なきまでに花びらをちぎり、紙で出来た細工ものは握りつぶす。宝石などのどうしようもないものは、その後僕の目に留まることのない場所へしまわれた。

 僕のその異食行動は、しかし小学校に入る前には止んでいた。小さな子供によくあることだったのだろうと周りはいい、僕もそう思っていた。

 そんなはずはなかったのだ。

 これは獣の血だ。誰もが知る、呪われた血。

 僕がアベルの異食行動を目にしたのはたった一度きり、それもはっきりとではなかった。アベルが恋をしているらしいと聞かされ、日常のすべてが悪夢のように変化し始めていた、あの年の秋口の頃。

 夢遊病のように屋敷をさ迷ってばかりいた僕は、意図的に兄たちとの遭遇を避けていた。けれど、そのときは、たまたまあのピアノのある居間に足を踏み入れたのだった。なぜだかはわからない。過去の記憶にひるがえるレースカーテンが懐かしくなったのかもしれないし、アベルのピアノが聴きたかっただけかもしれない。

しかし、その日、そこは無音だった。扉を開けた僕の目線の先には、倒された譜面台と、その上に置かれた黒い縁取りのついた封筒と、薄紅色の封筒。絶望と恋、死と生のようなその色に、くらりと眩暈がした。

 その部屋の主たるアベルは、たんぽぽを一輪手に持って、ピアノの脇に立っていた。そのたんぽぽは、夏の最後の、消える寸前に燃え上がる蝋燭の火のようなそれを、屋敷の裏手から摘んできたものだった。

「アベル、何をしていたの?」

注視して気づいたが、黒い縁取りのついた封筒は、中身が空っぽだった。彼はなにも言わず、僕のほうを向いて微笑んだ。魅惑のかんばせ。憎しみと怒りを吸い上げて燃える黒い薔薇。

 アベルは、勲章のようなたんぽぽの中央に、その硝子のような爪を立てた。天使の羽のようにむしられた金が、戯れの音符のように空虚に……ピアノの黒い体、白い光のなかに落ちていく。

「ギー。僕の弟」

 呼び掛けられ、心ごと体が縛られる。こちらを見つめた瞳のあまりの黒さ、その深遠にすっと意識が吸われそうになる。

「僕は人を愛するように見えるかい」

 なにも返せなかった。

 アベルは十代の少年としてはあまりに美しすぎて、それでいて、年と共にそれが地獄の炎のように凄みを帯びていくことを既に予感させていた。僕や、その命を絶った少女たち(あるいは少年、大人、老人)のように、彼の魂の虜囚となってしまう者もいれば、悪魔が腐敗した薔薇をまとって化けた忌まわしい獣だと罵倒する者もいた。彼は、その容赦のない才能と生まれ持った容貌で、美というものが恐怖と嫌悪を呼び起こすことを世に知らしめ始めていた。

 愛してくれなければ死ぬと言われ、馬車一杯の蘭の花を贈られて、それを踏みにじって踊る男。

 アベルはふたつの顔を持っている。花のかんばせ、悪魔のほほえみ、そのどちらもがどうしようもないほど美しい。

 僕は震えながら、彼が愛しているかもしれない人間を挙げようと唇を開く。

「お父様は」

 アベルはまた、たんぽぽの花をむしった。

「クロードのことは」

 はらはらと金色が落ちていく。

「ルネのことは」

 アベルは答えなかった。

 僕が問い終わる頃には、彼の靴先には降り積もる天使の羽のような金の花びらが無惨に散らばっていた。アベルの手には、褪せはじめた緑の骨だけが残っている。

 恋人のことは、と、訊けはしなかった。それは僕の胸を内側から引き裂く呪文だったから。しかし、たとえそれを口に出したとしても、彼の態度は沈黙から変わらないようにも思えた。

「それなら、アベルはどうして……」

 訊ねようとした声はかすれて消えたが、アベルはすべて聞こえていたようにこちらへ向き直った。黒い瞳が、たてがみのように豊かな黒髪の隙間から、僕を真っすぐに見る。今も昔も変わらない、神秘の闇。僕の魂。

「……代わり、さ」

 花びらをまとった白くて冷たい指先が、僕の唇に触れる。爪が蕾を割りひらくように僕の唇を押して、そっと小さな歯列を撫でた。

「愛しているよ、ギー」

 あたたかくてどこか冷たい指が、頬の内側に優しく触れ、歯列を鍵盤のようになめらかに撫でた。上顎から直接脳髄をとろかすような快楽が突き刺した。体の奥が、花開くように熱くなる。

 僕はただ口を開いて、検分される死体のように、その指を無心に味わった。ほんの少し硬い指先の皮膚。関節の形、切り揃えられた爪、苦いような塩辛いような、痺れるようなまぼろしの甘味。その下に流れる青い血の味を確かめたくてたまらなくなる。奥歯にわずかにこもった力に、アベルは気づいただろうか。

 指が抜き取られて代わりに冷えた空気が入り込んできたとき、僕はかちりと犬歯を鳴らしていかないで、とねだった。アベルはもう一度僕の胸に手を置き、低く囁いた。

「……お前が死んだら、僕は悲しくて、お前の体を……てしまうよ」

 ある一節だけが、よく聴こえなかった。僕がその内容を問う前に、彼の腕は僕を掬い上げ、人形のように胸に抱いた。

 僕の口の端から、金の花びらがこぼれ落ちた。それは泪と同じだった。この愛の言葉を、僕以外に聴くものがこの世にいるということ。そのことは今や確かでありながら、この美しき獣はそれをおくびにも出さず、こうして僕に愛を注ぐのだ。

 ――誰もがアベルを悪魔だという。喰われた心の骸を褥に、すみれの煙草を燻らせる美しき僕の兄。確かに彼は悪魔的だった。抱いた翌朝に身を投げた少女の話を聞いても、自分の写真を床に敷き詰めて首を括った男の話を聞いても、顔色ひとつ変えずにただピアノを弾いて、その音に誘われた魂を喰い荒らした。

 けれどそれは彼の一側面にしか過ぎない。この僕が、死せる魂が腐臭を放つこのルイ=ギュスターヴ・ド・ピスターシュが、幼い日の純真を月の裏に隠し持つように。

 僕にとってのアベルは、僕を魅了した美しき獣であると同時に、ただ優しいきょうだいとしての、あの過去の日々の彼であるのだ。

 引き裂かれるような悲しみと悦びの狭間で、ふと、昔に戻ったような気がした。三人だけの音楽会を開いた、あの昔に。アベルはあの頃から、どこかこの世のものではないような神秘性をまとっていたけれど、その愛情は僕とクロードだけのものだった。どうしてその愛と憐閔のひとひらも、他者に向けてやることもしないのかと、弟の悪徳を糾弾するクロードの、あまりにつらそうな表情を思いだす。僕とクロード以外の誰もが、このアベルを知らないのだろう。それはルネであってさえもそうだ。

 けれど、僕はそれこそが……それこそが、嬉しかったのだ。幸福だった、あの歌をくれた朝のように、この世で最も愛した兄が、僕のことだけを見てくれていたことが。

 僕だけに注がれる愛を享受することを、自己中心的に僕は悦んでいた。僕の心は、幼い子供のまま、兄たちが与えてくれる偽物の羊水の蜜で溺れて、もがく四肢も持たない。僕は永遠に未熟で、そのことがあの箱庭のなかの、僕たち獣の愛を端的にあらわしていたのだろう。クロードですら、そうだったのだから。

 愛するもののためには、手足をもがれても、牙をすべて抜かれても、蜂蜜づけの心臓だけにされたとしても、それは至上の幸福にしかなりえない。クロードとアベルの手で、トルソーだけの人形になり果てても、僕はそれを彼らから与えられた愛の証だと誇る。

 ……僕が、手足をほしいと思ったのは、ただ一度ユベールと出逢ったときだけだ。ユベールを抱きしめる手を、僕は持たなかった。そのことだけを、僕はついぞ悔やんでいる。……

 アベルの舌がぬるりと血の塊のように、僕の鎖骨に落ちた花びらをすくう。それを最後に離れていくぬくもりを感じながら、ああ、僕もそれを食べたい、と痺れた頭でぼんやり望んだ。……アベルが、花を…封筒の中身を食べたように。

 その光景は鮮明に思い描けた。美しい手紙。美しい筆記体で、美しい愛を綴った、美しい手紙。アベルはつぶさにそれを読み、キスをして、そして食べる。幼い僕がかつてアベルの楽譜を食べたのと同じように。幼い僕がかつてアベルの読んだ本を食べたのと同じように。聖母なる月のまねび、地獄の季節、イリュミナシオン、…A noir, E blanc, I rouge, U vert, O bleu : voyelles,……そのくらいなら東洋人の君も知っているだろう。僕は食して文字をおぼえた。美しい詩を。美しい本を。美しい兄がふれた美しいものを介して。

 僕は美しいもので構成されたかった。

 だから僕は美しいものを食べるのだ。

 ジャン・ジャック・ルソーは愛した人の食べた残骸を貪ったそうだけども、その気持ちが僕には残酷なほど理解できるし、アベルもそうだったに違いない。

 僕らが美しいものを食べるのは、愛するものと一体化し、どこまでもひとつでありたいと願う心なのではないか。

 だから、僕は……―――



 夏が終わる。僕たちの最後の夏が。

 あの年は激動の時代だった。プラハで、ベルリンで、ニューヨークで、パリで、花や血や敷石が、嵐のように世界を席巻していた。そのなかで、僕たちのあの屋敷だけが、極彩色の洪水に浮かぶ巨大な宝石の塊のような、奇妙な方舟となって、太古の気配をまといながら漂流していた。旧世界の闇に隔離されたままの●●●家には、第五共和制の動乱も、カルチェ・ラタンの闘争もどこまでも遠く、アベルの恋がまきちらす真紅の花びらが、ただ甘ったるい匂いをさせて夢のように屋敷を取り巻いていた。

 庭を駈ける金色の風はいつしか、濃くなる闇の奥には届かなくなっていた。

 街に吹き荒れる不穏な気配を運ぶ風が冷たい、ある晩夏の夜の食卓。変わりのない光景。テーブルについている三人のルイ。横壁に並んだ使用人たちは、生気を抜かれた花の首のように項垂れて沈黙を保っている。

 僕の前に置かれた銀のボウルには、今年最後のさくらんぼが盛られている。

「アベル」

 クロードが面白そうに話しかける。澄ました表情で料理を口に運びながら、アベルは「何だ」と返す。

「かのお嬢さんとは最近どうなんだ」

 僕は身を固くした。かちりと匙が皿と当たって音を出す。食欲がなくて、全く手をつけてない料理が僕の前には冷え始めて並んでいた。

「…別に」

 ビーツのポタージュをすくいながら、アベルは素っ気なく言う。

「そんなことは――」

 銀の匙を置き、真っ黒な瞳でクロードを一瞥する。「僕のピアノを聴いていればわかることだ」

 クロードは笑い、僕は息を止めた。近頃、ますます熱量を増していくアベルのピアノ。舞台の上の黒き炎。恋を知った獣。僕はアベルのピアノを聴くことが苦しかった。これまでの人生で、そんなことは一度もなかったはずなのに。食器を持つ指に力がこもり、兄たちはそれに気づかない。

「Doux, doux l'amour est doux. Douce est ma vie...」

 アベルは不意に口ずさみ、小さく肩を竦めた。クロードは笑って、続きを口ずさんだが、流行歌の歌詞は僕の胸をひどく刺した。愛する二人の兄の声が、十三歳の僕の胸を拷問官のように嬲った。

「可愛い娘だな」

 クロードは無花果にフォークを刺しながら言う。アベルは頷きもせず、しかしこう返した。

「ほんの少し、ギーに似ている」

 僕は衝動的にテーブルを叩いて立ち上がった。椅子が後ろに倒れる。銀のボウルがひっくり返った。真っ赤なさくらんぼが血のように落ちて、床を無数に転がっていく……。

「ギー!」

 クロードの声を背に、僕は食堂を走り出ていた。廊下を満たす旧世界の闇が軋み、広い広い屋敷の空虚は、愛を失いつつある孤独な獣を嘲笑っているようだった。

 僕の味方はいなかった。

 クロードは手紙を食べる奇行にこそ眉をひそめたものの、それ以外の点では、アベルが年相応の、いわゆる善良な恋をしていることに、心底安堵しているようだった。善き人間であろうと努め、善き兄弟となろうと心を砕いてきたクロード。彼の思いは報われたように見えていた。僕の心中を除いては。

 こんなにも僕を苦しめるアベル。今までに恋などしたことがなかったはずのアベル。

 ……でも、こんなふうに人に地獄を見せてこそ、本当の悪魔ともいえたのかもしれなかったが。



「きみはなにが不満なんだい?」

 隣のユベールが、スコップにもたれかかって問うてくるのに、僕はぶすくれたまま答えられなかった。

 過去のアベルの、放蕩といってもいい「恋愛」遍歴を、どうやら噂にきくらしいユベールは、こいつはどうもいつもと違うぞと言わんばかりに眉根を寄せた。僕の表情をうかがいながら、彼は口を開く。

「きみは、きみの兄が恋をしたということが気に入らないのか?」

「……表面的に要約すればな」しかしそれは僕の感情の本質をあらわしてはいない、と言いかけるとユベールはため息をついた。「単なる兄を取られたくない、という嫉妬……では、ないんだろうね? きみのことだから」もっと貴族的で、きわめて難解な感情に囚われているのだろう、と、ユベールはスコップをもう一度地面に突き刺した。折れた夏草が揺れる。恵みの夏はいよいよ終わり、豊穣の秋、そして…呪われた冬がやってくる。

 短い金髪を軍手をとってかきながら、ユベールは「じゃ、きみ、かのルイ=アベル氏がだね…男に恋をしたならいいというのかい?」

 僕はかぶりを振った。それもまた僕にとっては絶望的なことだった。

 僕は僕のなかにわだかまる黒い澱をかき集め、それをなんとか言葉にしようとじっと目を凝らした。そしてから、やっとのことで絞り出した。

「誰かと愛しあうなどとは、あまりに…あまりに人間的な行為ではないか?」

 僕の言葉に、ユベールは大きく息をついた。どうしようか、と足元の球根を睨んだあとで、僕のほうをちらりと見る。「相手をきみは知ってるのかい?」

「同じ音楽学校に通ってる――この世のものとは思えないほど美しい少女、だそうだ」

「わあ、戯曲のようだね」

 本当にそうだ。陳腐な戯曲じみている。僕はそんなことをほざいた人間の目を潰してやりたかった。

 アベルより美しい女などいるものか。女であるというだけで、美貌は世俗との癒着だ。ありふれていて辟易する。

「きみそんなに美女が嫌いか」

「嫌いなのではない。ただ軽蔑しているのだ」

 美しい女という言葉のあまりの俗悪さ、穢らわしさ。

 アベルが膝を折る女がいるとすれば、それは音楽の女神以外にほかならないだろう。僕が、美しいもの以外にけしてかしずかないように。

「きみの美学はなるほどと思ったよ」

 ユベールは顎を指で擦りながら頷いた。

「つまりきみは、兄が――あの美しい獣が恋をしたということによって、その神秘性を失ったように感じられるのだね」

 僕は息を止めて、ユベールを見た。彼の猫の目はじっとこちらを見つめて返事を待っている。そうだ。そうなのだ。ユベールの言うとおりだった。そうとも、と僕は頷く。僕は、アベルが恋をすることで、僕が焦がれた美を失うことを恐れていたのだ。美しき獣たるアベルが、人間のように恋をすることで。――しかも、ただの、女なんかに!

 ユベールは目を細めると、その瞳がふっと遠くを見るような色になった。そのまま僕を視界に閉じ込めるような目で、ユベールはゆっくりと喋りだした。

「ねえきみ、でもね…生きものってのは、誰かを愛するものなんだよ。……相手がなんであれ…獣でも人でも、男でも女でもさ。きっとね。

 きみの兄は、恋するっていうより、愛しているんじゃないかな。その、少女を……きみが厭うような、恋じゃなくってさ。彼は、男として…誰かを愛したんだ。ぼくはいま、魂の性の話をしてるんだよ。肉体も、あるいは精神すらも……愛する魂にはほんとは関係ないんだ。たとえば、自分の体は女で、自分の精神は男だとしても…、魂のことは自分でも、もちろん他人にもわかりゃしないのさ。神様がきめたことだ。…

 炎をもつ魂。愛するというのは肉体でも精神でもない。人を愛する、きわめてあやういほどの炎をもつ魂こそが、すべてなんだ。いれものとこころが、性別なんかに縛られていても。

 きみの美しい兄さんは、魂につよき炎をもつものだ。きっと」

 一言一言噛み締めるように、ユベールはそう言った。

 僕は…あの時ユベールの言ったことを、理解できているか、今でも分からない。……理解などできないのかもしれない。ただ、あの彼の言葉は一言一句覚えている。肉体と精神にとらわれた魂。逆説的に組み直される愛というものの定義。

 ユベールはしばらく俯いていたけど、不意に僕の方を見た。いろいろな彩が混ざりあった瞳が一瞬揺れながら僕を捉えて、またすぐに下を向いてしまった。

「きみ、わからないだろう。ぼくの言ってること。……言葉が…ああ、言葉が、思いつかないんだ。うまく言い表せない。男だとか、女だとか…べつにぼくは、肉体や精神の構造をさして、この言葉を使う気はない。本質的に、愛するという言葉は、魂の性質のみをさすものだ。でも…きっとぼく以外の誰も、そうは思わないだろう。肉体と精神。そのふたつに適用される言葉が、愛と恋、あるいは男と女…。

 ……世界は既に、言語によって縛られすぎていて、ぼくが本当に感じていることは…絶対に表せない……」

 ユベールは生け垣にもたれかかって乱暴に髪をかきむしった。苦悩の皺が眉間に刻まれて、いつでも明るかった表情の底に隠されていた、ひどく脆い心がむき出しになっていた。

「愛も恋も地獄だなあ。ああ、…この世のどこにも、…偏見と、言語と、肉体と、精神と…孤独の檻から逃れられるところはないんだ……。

 ただ、愛する魂だけがあればいいのに……」

 彼は、か細い息のようにそう呟いた。

 すまないね、話がそれていた、と彼が口に出すまで、僕は黙って、ユベールのことをみていた。

 アベルの魂は、人を愛する性質――ユベール言うところの「男として」のものだというのか。男と女という言葉に、きっと深い確執を持つユベールは、僕の話題に傷ついたのではないか?

 不安に思いながらも、かける言葉も思いつかずに、ただ僕は彼を見ていた。僕のエメラルドの瞳に、ユベールは何かを読み取れたのか。ユベールはかぶりを振って、僕に少しだけ笑いかけた。

「きみの兄さんはね…きみが思うような、人間的に過ぎる恋はしていないとおもうよ。あれだけおそろしい人だもの。表面的には、男と女、きみが嫌う、世俗的な恋に見えるかもしれないけど、きっと違うさ。

 きみの兄さんは、燃える魂をもっているのだから」

 アベルのつめたい炎。僕は彼の秘めたる本質を思い返し、薔薇色の恋に思える熱情の底に、彼の魔性を感じとろうとした。その恐ろしい奔放こそが、僕がアベルに望むものなのだから。

 …しかしその愛は、あるいはクロードが望まない形であるかもしれないのだ。

「ぼくはね……」

 ユベールは、折れた夏草の透きとおる先をじっと見つめて、…満ち足りた吐息と言葉を洩らした。

「その魂こそが、もっとも美しいものだと思うよ……」

 そう言ったユベールの、あの横顔…。見えない美を探し出す、芸術家の眼差し。どれほどあの時の僕が荒れ狂っていたとしても、あの表情を目にしたとき、僕が抱いた厳かで敬虔な思いは本物だった。

 彼はきっといい画家になれたはずだった。内面を、見えざる美を見出すあの瞳。彼が見ていたもののすべては今や失われたに等しいけれど。

 あの時のユベールが言ったことを踏まえて、我が兄について僕の独断で解釈するならば、つまりはこうだ。

 男でも女でも、人を愛し、喰らい尽くす炎をもつ魂。それこそが本質である。何の?

 ……獣の、だ。

 人間性の反対とは、獣性だ。人間的な恋の反対とは、獣的な愛だ。

 本能と欲望…燃える炎…すべてを内包する、我が兄…我が系譜……。

 僕たち一族は、美しく、おそろしい魂をもつ……獣だ。



 アベルの恋は秋になって、ますます磨かれたように純になっていく。クロードが慈しむ砂糖菓子のような、ガラス細工のようなそのちいさな恋が、僕を圧し潰していく。

 彼は少女を弄ばず、戯れに”連弾”することもなく、やりとりする手紙ばかりが雲のようにふくれあがっていった。

 おまけに、アベルが恋し、アベルに恋する少女は、週末、夜遅くに実家に帰るとき、わざわざ遠回りをして、●●●家の脇を通るというのだ。北側の、最も屋敷との距離が近い野ばらの垣根。僕はある晩、屋敷の上階まで登って、暗い古い部屋の窓から外を覗いてみた。

 時計の短針が九を指す頃……夜闇の牆のむこう…小さく見えた、百合のような白い帽子。それは矢となって僕の目を、脳を刺した。

 階下で窓が開く音がして、僕は心臓に針を突き立てられた気になった。

 風に揺れる木の枝の影が神殿をつくる…蔦と苔で編まれた絨毯の上を、鳥のように、野火のように、白い服をきた黒髪の青年が走っていく。夜の化身のような背。アベルはたてがみのように黒い髪をたなびかせて、白い百合のもとへ駆け寄る。野ばらの垣根越し! 二人が対面するよりも先に、耐えられずに僕は窓辺にしゃがみ込んでしまった。

 Gloria in excelsis Deo...Gloria in excelsis Deo...僕は耳をふさいで繰り返し呟く。僕の体は樹に覆われていく。過去の思い出の樹に。僕は子どもで、アベルは恋を知らない悪魔で、クロードは善き兄。僕はふたりをただ愛し、ふたりは僕をただ愛している。兄弟三人だけの屋敷。

 ふさいだ耳の奥で流れる血液の流れが、嵐のように僕の心中をかき乱していた。ざわめく木々と心臓の音に、あのふたりの若き恋人たちの声がかき消されるように、僕はもっと小さくなって、いっそ消えてしまいたかった。



 それから数日後の朝、まとわりつくような秋の濃霧がひどい日。

 本当ならとっくに起きている時間帯に、頭痛で寝ていた僕は、やっと階下へ降りていった時に、恐らく常のようにアベルに呼びつけられたのだろう、ルネ・シェーンベルクが、廊下へ出てきたところと鉢合わせた。彼はその青い目で僕をとらえると丁寧に一礼した。僕も挨拶を返しながら、彼の顔を見た。

 ルネ・シェーンベルクの色が悪い唇の端が、滲んだように赤かった。

 僕の視線に気づくと、彼はわずかに眉をひそめて指先でその箇所に触れ、ついた血を見て息をついた。

「……申し訳ありません」

 何についてかはわからないが、ルネは低い声で謝った。

 やった相手は明白だった。僕は黙って、ルネにハンカチを差し出した。長年、恋する獣にかしずく男。その時点で、僕には、彼に対する奇妙な…連帯感のようなものが生まれていた。アベルに魂を縛られたものとして。

 ルネはアベルからの暴力になにも言わない。ただ甘んじて受け入れる。腰の火傷も。ただそれは、アベルが恋を知らない悪魔だったからだ。気まぐれでつめたい、美しい獣。女に恋をしたアベルの傲慢をそれでもなお許せるほど、ルネはアベルを思っていたのか?

 彼はアベルの恋について何か言ったのだろうか?

 ルネは一度は断ろうとしたけれど、数瞬の間、僕の視線を受け止めて、何かに気がついたのか、不意に僕のハンカチを受け取った。

 彼も、もしかしてわずかに…このあと起きる、破滅の気配を感じ取っていたのかもしれない。

 ルネ・シェーンベルクは……アベルのことを知っていて、あの事件のことも知っている数少ない人間だ。あれほどアベルに関わっていながら、あの崩壊に巻き込まれなかった稀有な人間。

 次に彼が屋敷に来たとき、奇麗に洗濯されたハンカチを返してもらった。視線はほとんど交えなかったが、彼のつめたい乾いた指は、昔よりも僕にとって近しいものに思えた。



 秋が深まっていく。崩壊の年が終わりに近づいていく。何もできない僕は、広大に過ぎる冷たい屋敷に閉じこもったまま、魔法の三つの言葉を、日に日に強くしていった。エナメル。桃。肩胛骨。シトロン。暖炉。音楽。靴。恋人。兄弟。それでも足りない。僕は祈っていた。この年が終われば。この冬を越えられれば、きっとなにもかも大丈夫だと。まじないを唱えた。

 僕はその年の秋、孤独だった。クロードは大学での研究が忙しい時期で、アベルは恋をしていた。秋が深まると、ユベールはずっと働きづめになった。ロベールが冬に備えてさまざまな準備をするのだ。庭師のモンパルナス親子は、堆肥を運び、宿根草を抱えて庭じゅうを走り回っている。彼の持ち場を手入れするユベールの姿は、まるで見知らぬ青年のようだった。…ちょうどその頃、彼は、進学先を芸術関連のところにしたいと、家族に言い出した時期にあたったと、あとで知った。だから、家族と話し合う必要や調べることがあって、忙しかったとも。

 けれど、そのことを知らなかった僕は、子どものように淋しがり、ねじくれた魂がそれを素直にさせず、…彼を少し避けてすらいた。

 その時の僕は、彼よりも背が低くて、関節が目立つ白い手足をした、惨めな十三歳の少年にすぎなかった。

 恋するアベルのピアノは、秋の紅葉のように色づき、屋敷に響く。その音色のなかで、ヘッセが描写する自然のように、隅々までが静かに、優しく、神秘に満ちた彼の庭が、秋を迎えるのを、僕は黙って見つめていた。来年の春のために植える苗選びに、父親がユベールを付き添わせるようになったせいで、庭に人気がないことも多くなった。

 枯れ木や夕暮れのはやさに、冬の訪れが明確になり始めた頃になると、彼らは庭に戻ってきた。しかし、僕はバルコニーに出ることもなく、凍っていくガラス越しに、湿った土の匂いもしない、絵画のような景色を眺めることしかできなくなっていた。

 ある夕暮れ、来年のために整えられる区画を見つめて花壇の石を数えていると、ユベールが父親と口論しているのが見えた。物静かな父親は、しばらくは彼の叫ぶ言葉に低く何かを返していたが、やがて荷物をまとめだし、先に門のほうへ歩いていってしまうのが見えた。年老いた庭師の背が、幾何学庭園を抜けて、鬱蒼と繁る木々の下をくぐり、野ばらの生垣のほうへ去っていっても、そのあとを追いかける彼の――「息子」の姿はなかった。

 どうしたのだろうと気を揉んで、外から見られない程度にそっと庭を覗いた僕は、不意に窓のすぐ下で響いた芝生を踏む音にぎょっと跳びのいた。壁に背をつけ、逸る鼓動を抑えながら、そっと横目で外を窺う。

「おぅい」

 窓の下では、ユベールが、すみれ色の闇のなかで手を降っていた。声は遠く、遠く、彼の変わらぬ金の輪郭も、宵の青紫のなかにあまりにも幽かだった。

 僕は窓から身を乗り出そうとして、つんと鼻の奥が熱くなり、眼球がどろりと溶け出したように感じた。月光に反射する泪のきらめきを見られる前に、僕は部屋の内側に座り込んで、寝間着のフリルに顔を埋めた。地面から樹冠を透かして屋敷を見上げているユベールには、僕の姿はよく見えないらしい。僕を探すように、短い金の髪を揺らして視線を屋敷の窓の列にそって動かしている。

 やがて、やせっぽちの友達の姿を見つけることは諦めたのか、彼ははっきりとした声でこう叫んだ。

「ぼくは、画家になるんだ、ギー」

 フリルの海からは衣裳櫃の古い匂いがした。驚くほど鮮烈な入れ子細工の過去の鍵、それが僕の脳裏に、かつてのナハトムジークと、金色の夏、夢のようだった短い季節を溢れさせ、その極彩色の奔流は灰色に染まった肺腑を内側から突き破り、僕の咽喉からは死者のうめきのような音が漏れた。

 ユベールは叫ぶ。その言葉が僕に届いていると信じて。

「ギー、ぼくはね、絶対に諦めないさ。きみが、ぼくを少年だと言ってくれたのだから……」

 ユベールの声が震えている気がした。夜風と樹木のせいで、なにもかもが揺らいで聴こえた。返事をしない僕に、彼は声を張り上げる。かすれた、声変わり途中の少年のような声を……。

「元気になったら、また庭へおいでよ。たくさんの、花を……ばらを咲かせて、待ってるよ」

 脳裏に閃いたのは、思い出の薄翠のばら。僕の瞳と同じ色のばら。僕は窓から顔を出すこともできずに、壁にもたれかかって泣いた。時の堆積で変色した壁紙に、僕の指から伝った泪が、薔薇の形の染みをつくった。二度と咲かぬ、悲しみと記憶、後悔の、薄墨色の花びら……。

「なあ、ギー……聴こえているのかい……」

 急にユベールの声が細くなった。変声期の少年が、不意に昔の甲高い声に戻ってしまったような調子に心臓がはね、僕は危うく身を返し、窓から外を覗こうとした。

 しかし、強く握った拳は、震えたまま動かなかった。今この窓を開けたら、僕の部屋に……この屋敷に積もり積もった澱みが外へ流れだし、僕の大切な友人を、取り返しがつかない色に染めてしまうのではないかと感じたから。

 恋するアベルと、苦しむ僕の呼吸がより合わさった闇はよりいっそう濃密で、加速する時のなかで確かに限界に近づいていた。この箱庭のなか、エメラルドのスノードームのなか、ただひとつ輝いている金色の庭を、我々の魂が堆積した湿地が飲み込もうとしている。そのことを本能的にわかっていて、けれども何をしたならばいいのか見当もつかなくて、閉じ込められた僕はどうしようもなくなっていた。

 十四歳の僕の胸は、自分の孤独でいっぱいいっぱいになってしまっていて、ユベールがいったい何を感じていたのか、慮る余裕がなかったのだ。

「もしきみが……ぼくを拒むときが来たならば……、ぼくは………」

 木々を揺らす風と一緒に聴こえた声は、幻かもしれなかった。それきり、声は途絶えた。

 自然の悪戯か本物か、草を踏む足音が屋敷から遠ざかっていくのを聴きながら、僕は窓辺で卵になる。化石化した、死んだ殻。これ以上瘴気を垂れ流さぬように。

 遠くで、鉄の門が閉まる音を聴いたとき、魂が血を流したように右の眼から泪がこぼれた。それは僕の中の獣の本能が、腐りゆく運命を嗅ぎとったからであった。

 ユベール。ユベール。

 僕は、君と決別しなくてはならない。



 次の晩、居間の窓に、手紙が挟まれていた。秋紫陽花を二輪添えたそれには、たった一文「次の夏は何をしようか」と書かれていた。スケッチブックを切り取ったその手紙の端には、なすりつけたような土が薄くついていた。

 僕は便箋をだして、百合の香水をまとった透かし彫りのそれと、美しいブルーブラックのインクと、ねじれた飴のようなガラスペンを手に、どうしたか。

 僕は、返事をどう書いたらいいのかわからなかった。顔の見えない相手に、どう意思を伝えればいいのか、見当もつかなかった。

 お前は笑うだろう。僕は、そのときまで、一度も手紙を書いたことがなかったんだ!

 僕は結局、たった一文、震えて流れた筆記体でこう書いて、冬ごもりの仕度に入る彼の庭に、そっと置いてきた。

―――きみと、この屋敷の外へいきたい。

 翌晩、かえってきた返事はOuiだった。けれど、その肯定の文字も、そのあとに続く、未来の彼の提案や計画も、顔も見ず、土の匂いがしない暗い屋敷の中で読むにはあまりに味気なくて、悲しすぎた。謝肉祭、革命記念日、ノエル、どんな出来事も、二度とこの身には巡ってこないような予感がして……。

 思えば、これは正しい予感だった。ある意味で。死にかけていた僕の、獣の勘だったのだろう。

 過去の、十三歳の終わりに近づく僕は、おそらく今年最後であろうばらが枯れていくのを見つめながら、ひとりで、バルコニーに佇んでいる。日が暮れると、じっと屋敷の上階の窓辺に佇むように。

 夜半……秋蔦の這う花垣越しに、若い恋人たちは見つめ合う。枯れゆく木々とは裏腹に、彼らは瑞々しい命に溢れているように見える。

 逢瀬のたび、一晩に一曲ずつ、彼らは自分たちの知っている歌をうたっているようだった。

 ひばり…薔薇色の人生……さくらんぼの実る頃……歌に生き、恋に生き……テノールとソプラノがわずかに震えながら融け合う。僕は耳をふさぐ。幻影のように音がついてくる。今まで僕が知っていたアベルの歌声が、見知らぬ声に上書きされていってしまう。か細い、高い、うつくしい声。少女の声。野うさぎのように無力で、花のように小さな歌声。

 あのグロリアが歌われる日を、僕は心から恐れていた。

 Gloria in excelsis Deo...Gloria in excelsis Deo....

 そんな日々が繰り返される。積み上げられる。塔が形成されていく。突き崩せそうな危うい、時間という名の塔…加速していく季節はついに、冬へと雪崩れこんだ。

 十二月。北フランスのつめたい冬。僕は十五歳の誕生日を迎えた。雪のちらつく季節になって、庭は眠りにつき始める。雪のなか、男物の上着を着たユベールが作業しているのを、僕はじっと見つめている。声をかけることがためらわれるほど、秋の孤独は愚かな僕の精神を蝕んでいた。

 ユベールは作業をしながらも、僕を見かけると話しかけようとする。しかし、そう長くはない。土を運び、緑のそだを作り、鉢植えを移動させる仕事が彼をとどまらせてはくれず、そしてそれらの仕事は僕が手を出せるほど生易しくはない。今や僕たちの間にはさまざまな要因による見えない渓谷が無慈悲に口を開け、そこに橋を架ける方法を、僕は知らないのだった。

 屋敷に、僕がユベールと共に摘んだ花が活けられることがなくなって、微かな金色の夏の残滓すら、拭いきれない埃と冬の舌によって消えていこうとしていた。暖炉で燃える火に、僕は――今でさえも――あの、金色を懐かしく、胸引き裂かれそうなほど甘い稲妻のような記憶を思い出すのだ。



 そして、その日はやってきた。無情にも、時計の針とおなじ速度で、最後の日はやってきた。

 その日は驚くほど何もない日だった。僕はひとりで家にいて、ユベールは忙しかった。僕はただ独りで、屋敷をさまよっていた。どうしてだろう。本能的に、その屋敷が見納めになるということを解っていたのかもしれない。ひどく寒い日だった。誰もいない広大な屋敷はひたすらにつめたい。大滝のように、祖先の声なき歴史が、塵となってずっと高い天井のほうから、さ迷う僕の肩に降ってきた。

 玄関ホールに飾られたグランドファーザー・クロックが凍りつくまなざしのさきには、灯りの消えたシャンデリアが、氷雪となって光っていた。立ち止まって眺めてみると、大時計の文字盤には、"Vulnerant omnes,ultima necat"との文字が彫られていた。

 動物のひとつがいたりとも存在しない、化石の箱舟となった屋敷を包む、暗い無花果のような空洞に、僕たちの血族の孤独が、谺になって漂っていた。…

 十二月は、僕の年がひとつふえて、暖炉に火が入り、クロードとアベルが帰宅のたびにコートから雪を払う季節。庭には、霜よけや寒さでやられそうなものはいないかと、救命士のように働く勤勉な庭師。

 幾百年もの冬のヴェールに、新たな一枚が被さるのを見届けながら、屋敷の中で、クロードは弟たちを想って、アベルは恋をしていて、僕は徐々に病んでいっていた。

 十二月十五日。お前たちの書類にもかいてあるはずだ。運命の日、運命の夜。僕の十四歳の誕生日から、九日が経過した頃。夕食を終え、使用人達はみな帰したあとで、僕たちはあの居間で――そうとは知らずに――最後の団欒を過ごしていた。

 ……大学が五月革命のあおりで落ち着かず、家に持ち帰った遺伝学の論文を書きながら、クロードは僕の隣でアベルの恋するピアノを聴く。クロードは僕の手を握ってはくれない。アベルはエリック・サティを弾いてはくれない。

 ピアノに包まれ、暖炉の紅混じりの金色を見つめながら、僕は一心に願っていた。炎は僕を嘲笑うように踊り、遠く、玄関ホールのグランドファーザー・クロックが夜を告げていた。

 この屋敷は箱舟であり、この忌わしき、今までにない冬さえ越えられれば、あとはきっと大丈夫なのだと、なんの根拠もない妄想で、僕は心の平穏を保とうとした。外界が洪水のように攻め寄せてくるような気がして、僕は毎日祈っていた。一見、団欒のように見える三人の間で、わずかに軋む舟板の底…呪われた屋敷…浸み入る水がやがて船を沈めるのだ。

「アベル」

 ピアノを弾き終えたアベルに、不意に顔をあげ、クロードが呼びかける。「お前は女の子を雪の中に立たせておくような男なのか?」

 僕の息が止まる。アベルは片眉をあげると、「…言われずとも行くさ」と、ふっと立って居間を出ていこうとする。夜の庭の逢瀬。僕はぎゅっと手を握った。

 アベルが室内履きのまま外へ出るのと同じくらいに、クロードと僕は居間を出る。暖炉の火はつけたままで。なぜなら、アベルがいるから。凍える冬、雪が降る夜の庭で、恋人と語らうアベルがいるから。

「…外は寒いよ」

 暖炉の火がはぜるより小さな声で、僕は言った。クロードは書き物の手を止めて、僕のほうを向く。僕は何度も息を吸って吐いて、震える喉をこじ開ける。

「アベルは恋人を、この家に入れているの?」

 やっとのことで絞り出した声はかすれていた。クロードは考えるように、じっと僕の方を見つめていた。

「……少しくらいなら、いいだろう」

 僕は指を組んだ。祈りの形。やはりクロードは感づいているのだ。僕たちが上階の自室へ戻ったあと、アベルが少女と、この居間で会っていることに。ピアノのある、この部屋。

「でも……」

 僕が呟いたきり黙ってしまえば、クロードは少しの間沈黙していた。

「ギー」

 不意に名前を呼ばれる。

「アベルが恋をしているのか嫌か」

 僕は息を止めて、返事をしなかった。でも強張った体が雄弁で、クロードはため息をついて、深く椅子に身を沈めた。暖炉の火を見つめながら、じっと、思慮深げな横顔で、何かを考えている。いつもはとても明るくて、けれど時々、ぞっとするほどアベルと似た雰囲気を漂わせる、美しい横顔…。

「俺は、あいつが恋をしていることが嬉しい。でも……」

 同時に怖れてもいる。

 美しき獣が、いつか牙を剥くのではないかと。

 クロードは立ち上がって、居間を出ようと促した。僕は祈る。魔法の言葉を呟きながら。まじないは今やあまりに危険な程度に達していて、その日の、あの日の単語は、罪と、愛と、美だった。僕の人生に寄り添っていた三つの言葉。今にも誰かが口に出してしまってもおかしくはない、普遍的である種陳腐にも思える言葉。でもそれだけが僕のよりどころだった。

「ギー」

 扉を閉めると、クロードが呼びかける。僕は彼を見上げた。

「俺は兄として…アベルとお前を、……」

 クロードはそこまで言うと、黙って僕を抱きしめて、キスをした。アベルと二人分のような、長い抱擁だった。まるで、それが最後だと解っていたかのように。

 僕はすんでのところで口にされなかったまじないの言葉を――"愛している"という言葉を胸のうちで唱えながら、クロードと、それからアベルの分も…兄の体を抱きしめ返した。黒い巻き毛と絡むストロベリー・ブロンドは、いつかのたんぽぽにも似た輝きを持っていて、ねがわくばこの輝きが消えないようにと、叶わない祈りをささげた。

 そして、僕たちは居間をあとにした。



 そのほんの少しあとだった。本当なら、僕たちは自室へ戻り、アベルは恋人と歌う時刻。雪の降る、一九六八年の、十二月の夜。

 屋敷中に悲鳴が響いた。

 ソプラノの、少女の悲鳴だった。

 僕は寝室に向かおうとしていたのを咄嗟に駆け戻った。階段を走り降りて、玄関ホールを抜けて廊下へ入ると、同じように自室から降りてきたクロードが居間の扉の前にいるのを見つけた。悲鳴の出所はここらしい。

 クロードは扉を叩きながら、恐ろしい怒りの声でアベルに叫んでいた。「アベル、ここを開けろ! 何をしてるんだ、何をしたんだ!」重厚な扉はびくともしない。美しい曲線を描く大きな把手を握りしめたクロードは、内側から鍵が掛かっていることに顔を歪ませた。そのかんばせに僕は凍りつく。

 やってきたのだ。崩壊のときが。

 震える足を叱咤し、僕は庭に走り出た。雪の混じった空気が頬を叩く。

 奇妙な風が吹いていた。荒野で渦巻く、泣き声のような音を立てる風。嵐が丘に吹く風。庭の西側で、ランプの光が揺れていた。人影が見える。僕は絶望に膝をつきそうになった。どうして、どうして彼らはこんなにも勤勉だったのだろうか。あの夜まで。

 帰りがけに、雪と風に備えて葡萄棚を補強していたらしいモンパルナス親子が、顔を見合わせて不安そうにこちらを見た。ユベールが「ギー、どうしたんだい」と言うのを遮るように、僕は二人に投げつけた。

「今すぐ帰ってくれ!」

 二人は驚いた顔をする。ああ、ユベールは父親に似ているな、と、場違いにもそのとき思った。

 ロベールは少し迷った様子だったが、程なくして静かに荷物をまとめた。

「父さん!」ユベールが叫ぶ。焦った様子で僕の方へ視線を走らせ、屋敷を見上げる。僕はなにか言おうとするユベールの肩を突き飛ばした。

「いいから、帰ってくれ!」

「どうして、今屋敷から――」

「いいから、なにも言わずに、帰れって言ってるんだ!」

 さすがに何かまずいことが起きたのだと勘付いたらしく、ユベールが僕に一歩詰め寄った。「何かあったんならぼくに言ってくれよ。友だちだって言ったろう。一緒に―――」

 これ以上言わせてはいけない、と思った。僕のなけなしの脆い心は、彼の優しさに雲母のようにすり潰されてしまった。僕は血だらけの割れた心を破片を彼に突き刺すつもりで、やぶれかぶれになってこう叫んだ。

「僕の言うことがきけないのか! お前は使用人で、僕は貴族なんだ!」

 ユベールが殴られたような顔をした。その表情が僕を苛む。心臓に杭を打たれるようだ。

 それでもユベールはまだ、僕のところへ留まろうとした――僕は彼を追い払わなければならなかった。永遠に! この沈みゆく船から――突き落としてでも。

 歩きだせずにいるユベールに向かって、僕はその剣を抜き放った。

「僕に逆らうな、生意気な女め!」

 ユベールは撃たれたように凍りついた。

 こんな別れ方をするのなら出逢わなければよかったと、あの時本気で思った。長い秋のすれ違いを経て、最後に交わす会話がこんな――酷い言葉だなんて―――

 ユベールは不意に僕を殴った。僕は雪の上に転がる。口の中が切れて、血の味がした。青白い顔に様々な感情を浮かべて動揺しているユベールを僕は下からねめつけて、さらに言う。「お前はおかしいんだ。女なのに男のまねをして。気味が悪い」信じられないという風に、自分の手と僕を見つめていたユベールは、それを聞くと、体を震わせ―――荷物をまとめて引っつかむと、先に門の方へ向かっていた父のあとを追いかけた。僕は門の鍵を閉めるために、二人が出たのを見計らって、錠前を全部掛けて、何重にも鎖を縛った。冷え切った鉄に皮膚がはりついてしまいそうで、手には切り傷ができた。

 …不意に顔をあげると、門の外では、まだユベールが、ひどい顔をしながらこっちを見ていた。なんて顔だ、と僕は思った。

「帰れよ! 帰れったら!」

 僕は門にとりついて絶叫した。ユベールが怯んだように一歩下がったのを見て取り、僕は喚く。できるだけ憎々しく聴こえるように、声帯を壊すつもりで吐き出した。

「二度と来るなっ、蓮っ葉女!」

 それはCoup de grâceになりえただろうか――とどめの一撃。

 怒りにか悲しみにか、顔を歪ませたユベールの青い瞳は灰色に見えた。濡れた目で僕を射抜くと、彼は一歩踏み出した。

「きみはっ、敵だ!」

 ユベールが、そう叫んだ。

「ルイ=ギュスターヴ! この悪魔め! きみなんかを信じたぼくがばかだったよ! もう二度とお前なんかと話すもんか!」

 ユベールは細長い腕を振り回して、門扉の外から叫んだ。何度もそのまま門を叩く。僕は鎖を握りしめて身を硬くしていた。氷柱のような鉄が僕の掌を裂いた。その体を、ユベールの震える声が貫く。

「いいか、本当だぞ! ぼくはもう二度と来てやらないぞ! きみ、いいのか! なあ、ギーってば!」

 ユベールの表情は泣きそうに歪んでいた。名前を呼ぶ声が僕に縋りつく。僕は歯を食い縛って門扉に取りついたまま、がたがたと彼が揺らす門を押さえつけていた。

「飛行機もつくらないし、パリ祭にもいかないっ! たんぽぽも摘まないし、きみと――きみとは、二度と、会わないって言ってやる! ―――本当に、それでいいのかい、ギー!」

 鉄の真っ黒な唐草もようが、今や僕とユベールを隔てていた。鋼鉄の棘と蔓が、僕の手を傷つけた。僕の胸にはユベールに投げつけた言葉の刃がそのまま跳ね返り、呼吸もままならないほどの苦しみに襲われていた。

 これでいいのだ、と自分に言い聞かせていた。この屋敷はいまから沈む。崩壊する。屋敷の住人でない彼らは逃げるべきだったのだ。二度とここへ来ないことが正しいのだ、と。

 それでも僕は耐えられなかった。涙がこぼれた。門扉の内側でしゃがみ込んで、声を殺して泣いた。喉が焼け付くように熱く、閉じ込めようにも溢れる嗚咽で肋骨が軋んだ。こんなことをしている場合ではない、屋敷に戻らなければ。僕は奇妙に力の抜けてしまう膝を震わせながら立ち上がって、なんとか屋敷の方へ戻った。途中からは、まろぶように走りだしていた。長い長い道、雪に覆われていく庭、走り込んだ玄関ホールに、長い廊下に、僕の足音だけがこだまする。ユベールの呼び声のように、それが僕を追いかけてきた。

 澱んだように昏い屋敷の廊下を駆け戻れば、あの扉の前には変わらずクロードが立っていて、でもその手には斧が握られていた。客間に飾られていたものだ。僕は足が止まった。武器を持ったクロードは、まるで彼ではないかのようだった。

「ギー、離れてろ」

 駆け寄ろうとした僕を、クロードは驚くほど低い声で制して、斧を振り上げた。鈍い衝突音。食い込む刃先と飛び散る木片がスローモーションで見えた。

 鍵のついている部分を破壊して、扉を押し開けたクロードが動きを止める。僕もその陰から室内を覗き込んだ。

 居間の中央にはアベルが立っていた。その姿はあいもかわらず悪魔のように美しい。長い黒髪。白い肌。その熟れた果実のような唇が、紅を引いたかのように赤い。

 アベルはゆっくりと微笑む。

 真珠の尖った歯には、少女の金髪と、赤黒い血がこびりついている。

 その足元には、白い服を着た人間が横たわっていた。広がった金髪と胸元まで真っ赤に染まり、引き裂かれた襟元から覗く首には――獣に噛み千切られたような傷が今まさに血を流していた。

 僕ははじめて、アベルが食い殺した少女の顔を見た。

 驚きが貼りついたままの整った面ざしは確かに美しかった。しかし、それ以上に、命を奪われたことにより、どこかしら性別というものを脱して、小鳥や、ちいさな弱い獣のような、儚い美しさをその死体はもっていた。人間が持ちえないうつくしさを。その外見が少しずつ揺らぎ、混濁する僕の思考の中で、痩せこけた少年のようにすら変貌していく。あるいは、子ども、老人……まぼろしのように揺蕩い、蝋燭の火のようにはかない姿、アベルがその手に掛けた死体。

 死体と向かい合った僕を見たアベルは、確かにその一瞬、――僕を慈しむように微笑んだ。そのかんばせを一目見て、僕は知ったのだ。アベルは、僕の愛を理解している。僕がずっと抱いていた慾望を理解し、そして、彼自身がそれを行ったことを、僕に啓示した。まるで、彼を愛した僕のようなこの少女に、アベルは、その牙を以て答えたのだ。

 アベルは僕を愛している。

 僕は理解した。このひとにぎりで潰してしまえる魂の弱さこそが、アベルに相応しい。恋する悪魔。人の血肉を喰らう獣の、あわれな獲物に相応しい。美しい獣の美を損なわない、生贄だ。

「アベル!」

 クロードが怒鳴った。斧を放り出し、アベルに詰め寄る。ああ、もうだめだ。僕は悟っていた。もう何もかもだめだ。取り返しはつかない。でも、でもまだ希望はある。すべてが崩壊したあとの再生の希望。あの三つの言葉さえ守られれば。あるいは冬を越えられれば。あるいはあのグロリアさえあれば―――

「答えろ! なぜこんなことをしたんだ!」

 罪。美。愛。Le crime. La beauté. L'amour.

 僕は指を組んで祈る。爪が手の甲に食い込み血が滲む。三つの言葉。魔法の言葉。あの言葉。

 しかし、あまりに容赦なく、アベル自身が引き金をひいた。

「愛していたからだ!」

 稲妻が僕を撃った。僕は床に崩れ落ちるようにへたりこんだ。愛という言葉が僕たちを撃ち落とした。

 クロードも、磔にされたように立ち竦んでいた。唇を恋と血に染めた悪魔ばかりがこの空間の支配者だった。

 尖った犬歯を見せつけるようにアベルは宣言する。

「殺したくば殺せ」

 血塗られた美貌が、まばゆく燃え立つようだった。闇の瞳。黒い炎………。

 これでこそルイ=アベルだ。

 月夜のもとで恋しい相手を想い、ため息の数だけ楽譜をかさね、鍵盤で愛を歌う、そんな腐ったロマンチシズムを燃やし尽くす魂。

 愛して、焦がれた女を食い殺す。

「人間のまねごとはやめろ、クロード」

 アベルが言うと、クロードの体が痙攣した。ちがう、と、呟こうとした唇は震えて言葉にならなかった。

「なにを騒ぐことがある。僕の、僕らの本性はこれだ。獣性こそが我が一族のあかし。溺死した祖母の遺体を舐った祖父のように。我が子を食い殺すことを怖れて家から出ていった父のように。そう、愛しているからだ。愛しているから、食べるのだ」

 恍惚の瞳…絶頂を味わう唇……匂い立つ色香、おぞましい美貌が何もかもクロードと僕をうちのめす。

「お前には●●●の血がながれている」

 クロードを見据え、冷え切った声で、アベルは続ける。

「お前もおなじだ。僕とおなじ、獣に過ぎないんだ、ルイ=クロード!」

 獣の吠える声がした。

 次の瞬間には、尖った犬歯を剥きだしたクロードが、アベルをピアノに押し倒していた。十本の指がアベルの顎の下から首の付け根までまんべんなく締め上げ、弦やハンマーや複雑な装置にアベルの長い黒髪が絡み合った。アベルの白い手がクロードの腕を、顔を引っ掻き、食い込む。額を裂かれたクロードは、真っ白な顔で、アベルの首を絞め続けた。その唇は、どうして、と動いていた。それはアベルの行動の理由を問うものではない。それは自分自身の運命の理不尽に対する訴えだった。

 クロードはずっと抑えてきたのだ。自分の中に眠る獣の魂を。呪われた血を。

 アベルと僕に見られた異食行動。それだって本当は、クロードの中に潜んでいたのかもしれない。けれど彼はそれを抑えていた。人間のまねごとだ。人を喰うという家系に生まれながら、人でいようとしていた。

 クロードは完全無欠であろうとした。●●●家の人間だからと後ろ指を差されまいと、彼はどんな時でも善き人であろうとした。

 だが結局は、彼も獣の一族であったのだ。

 より強く●●●家の形質を受け継いだのは、アベルと僕の父の方であったかもしれないが、クロードの父―すなわち僕らの伯父も、●●●家の一員には違いない。

 ストロベリー・ブロンドの毛並みに、ミッドナイト・ブルーの瞳をした獣!

 不意にクロードの手がアベルの首から離れ、仰け反ったアベルが床に背中から倒れ込む。その拍子に支えが外れてピアノの蓋が音を立ててしまった。クロードは床に落ちていた凶器に手を伸ばす。

 クロードが斧を振り上げるのが、スローモーションで目に映った。まるで映画のように鮮やかにあっけなく、僕の目の前でその飾り刃は、美しき怪物の首に食い込んだ。拳が真っ白くなるほど柄を握ったクロードは咆哮してもう一度振り上げ、叫び続けながら何度も斧を打ち下ろした。倒れ込んだアベルの頭を狙って何度も振り下ろされる刃に、黒い髪と血と骨と灰色の脳漿がぎちぎちと奇妙な音を立てた。ときどき滑ってカーブした刃が床に食い込むたび、クロードの体がよろけた。僕は二人の兄のそばに巡礼者のように伏したままそれを見ている。僕の全身に血が飛び散っていく。二匹の獣。一方が一方を残虐に食い散らかしている。これは処刑だ。野生の処刑なのだ。僕はいまや完全に露わになった我が系譜の血の呪いを見つめ、火の粉のような血を浴びる。僕の目の前には見知らぬ少女の死体が転がっていて、見開かれたその紗のかかったような瞳に映り込んだ自分の姿が、やがてその少女の姿そのものにぬるりと取って代わる。そうか、この少女は僕と同じなのだ。広がった髪がいつしか血と夜にまみれて黒髪に変じ、僕の瞳を溶かし込んでその瞳はエメラルド・グリーンになる。この死体は、アベルを愛していた。僕とおなじ、アベルを愛した存在。だから、アベルはこの少女を殺したのだ。

 僕を覆って影が射す。それは巨大な黒い獣の姿をしている。蠢くそれは時おり双頭のように見えた。打鍵の音に似た斧の音、影が笑う。血に濡れた牙と舌が覗く。僕の脳裏に、恋人を喰い殺したアベルの微笑みが灼きついていた。

 あの美しき獣は、獲物の死骸と一緒くたになって、血と肉の塊になって倒れていた。無傷のままの手足は、まだときどき痙攣していた。真っ白な指が血に汚れて、ピアノを弾いているように震えている。鼓膜と心臓と、全身を音が打つ。ピアノの音。アベルの炎。Gloria in excelsis Deo! Gloria in excelsis Deo! Gloria in excelsis Deo! 牙がかち合う音。これはまぼろしか。ストロベリー・ブロンドのたてがみ。同胞を引き裂きながら咆哮する獣。

 クロードの斧が、ピアノに食い込んだ。まっぷたつに裂けた内部からは真っ赤なひなげしが溢れてこぼれ落ちた。Gloria in excelsis Deo! 雷鳴が僕たちを撃つ。一瞬、すべての音がやむ。

 斧を手放したクロードはそのまま机にどさりと寄りかかり、力が抜けたように首をのけぞらせた。震え続ける体で、もう一度だけ咆哮した。それはなき声だった。血を分けた弟を殺した! その悲しみの叫びだった。高く低く、狼の遠吠えのように響く慟哭はやがて尾を引くように小さくなり…消える。

 静寂に、滴る血の音だけが響いていた。

 跪いた僕を、ガラス玉のようなミッドナイト・ブルーが見下ろしてくる。

 僕の黒い髪。エメラルドの瞳。獣の証。父の、呪われた血を継ぐものの証。

 クロードは全身の血を失ったように真っ白な顔で、僕に向き直った。その手が床をさまよい、血で濡れた斧の柄を手に取る。耳の奥に、もうすぐ絶える鼓動が足音のように響く。誰かが近づいてくるような生命がいまや煩わしい。まるで本当に誰かがこちらへ近づいてくるようで、それが足音の幻聴なのか自分の鼓動なのかわからなくなっていた僕は黙って、ただその時を待つ。

 彼は僕に向かって、もう一度、斧を振り上げた……。



 僕は餓え渇いている。

 この慾望は癒されることはけしてない。それは対象を余すことなく咀嚼して飲み込み、完全に自らと一体となる恍惚の最中に初めて満たされ――そしてその一瞬の後は永遠の喪失に苛まれる!

 僕はずっと食べたかった。美しいものを。僕の愛するものを。あるいは、僕は、――食べられたかった。

 僕の美しいものに対する愛は、獣の愛だったのだ。



 気づけば、……朝だった。いや、夜だったのか? それとも昼だったのか。明るかった。明るかったんだ。白いぼやけたレースカーテン越しの光のなかで、血も肉体もなにも動かず、彫像のように凍りついていた。

 僕は自分がまだ生きていることを確認して、ぼんやりした頭で訝しく思った。振り上げられた斧、クロードの、我が子を憐れむ獣に似た、悲しい表情は瞼に焼き付いているというのに。なんだか、記憶があいまいだった。明滅する。斧を見たとき、肩に熱を感じた。火のような、そんな――そして僕はどうした? 倒れている。僕は、床に倒れていた。

 部屋の中にはクロードがおらず、僕はふらふらと立ち上がって居間を出た。

 眠っている間に世界が滅んでしまったように、あたりは生きものの気配ひとつしなかった。僕自身の生気さえ。幾つも並んだ、くすんだ鏡の前を通って、僕は廊下に奇妙な赤黒い紋様を残しながら、静まり返った屋敷を長く、長く、さ迷い歩いた。

 クロードは書斎にあった猟銃で自分の頭を撃ち抜いて死んでいた。筒の先端を咥えて引鉄をひいたのだ。壁には巨大な黒い血のダリアが咲いていた。

 彼は悟ったのだ。弟を手にかけた時点で、自分も獣に過ぎないと。悪夢が彼の魂をおおっているのだと。

 ルイ=クロード。僕の兄。

 真っ白な、悲しげに瞼を閉じた兄の顔を見つめて、僕は涙を流した。

 クロードは遺伝学を専攻していた。なぜ遺伝学なのか、などということは訊かずとも解っていた。

 血の呪いだ。

 ●●●家の血脈に流れる獣の血。系譜に連綿と刻まれた呪い。

 クロードはそれを科学的な側面から否定したかったのだ。生まれながらに咎を背負っているかのように扱われる自分の生まれた家、そのまことしやかな糾弾を跳ね除けたかったのだろう。

 善き兄、善き家族、善き主人、善き友人、善き恋人。

 クロードは―――人でありたかったのだ。

 僕は膝をついて、涸れきった喉から微かな慟哭を振り絞った。彼がその人生を賭けて積み上げてきた、暖かくて優しい愛の砦。僕たち獣を、人と交わらせようと魂を削ってきた、僕の愛しき長兄。

 病名など要らない。これは呪いだ。この血が絶えるまで、僕が死ぬまで続く呪いだ。

 居間に戻ると、昨晩の狂乱の全貌を見渡せた。そこにはただ、凄惨な様子とは似合わない静寂のみがあり、まるで自分が太古の昔に滅んだ一族の亡霊で、魔法がとけて自分たちがとうに死んでいると気づいたような気持ちにさせられた。ひと際目につく、大きく破壊されたピアノ。あの調律師でも直せるのだろうか。そんなことをなぜか考えた。そしてその陰には、血と肉がある。命の残骸――獣の屍骸――真っ白な肌が目に焼き付く。

 居間の、あのソファの隣には小さな卓があって、電話が置かれている。アベルがルネを呼びつける電話だ。その受話器が外れ、床に落ちている。

 やけに冷静な思考で、おかしいなと思ってそれに近づいた僕はその時やっと気がついた。

 ソファの影には、ユベールがいた。

 昨晩と同じ服を着ていて、血のついた指で耳をふさいで、胎児の標本のように固く固く縮こまって震えていた。

 それは幻などではなかった。体が震えだすのを感じる。生気のないこの空間で、生きているはずの彼は、まるで死体のように見えた。

 帰れと行ったのに。

 僕は半ば諦めにも似た気持ちで膝をついた。脱力して、くずおれたようでもあった。彼の名前を呼ぼうとしたが、唇が乾き、舌が張り付いている。口蓋に、歯に、奇妙な甘い味と血の匂いが満ち、ぼうっと脳が酩酊している。かすむ視界で自分の手をとらえれば、指は赤黒く汚れて、関節部分を曲げ伸ばしすれば赤い汚れがひなげしの花びらのように散る。皮膚の表面に伝う…真っ赤な…鼻をつく鉄錆の匂い……。

 どうしてこんなに手が痺れているのだろう、何かを強く掴んでいたかのように。ぱちぱちと思考に幻影が瞬く。腹が満たされたあとのようにじっとりと頭が重い。

 僕は外れた受話器を手に取る。ユベールは何も反応しない。僕が隣にいるというのに。震えながら、耳をふさいで、何かをずっと呟いている。何を…? 祈りを…?

 ユベールの五指の付け根には、紅の血が輪となって絡み付いていた。さらに、肌の微細な溝を伝って、彼の体のあちこちを、花びらを散らしたように赤く彩っていた。それは花のようでもあり、紛れもなく傷だった。現実の……なにか鋭いものが食い込み、肉を裂こうとした痕。体を丸めたユベールは、獣に喰い荒らされたうさぎの死体のようだった。

 ユベールが耳から血を流しているように見えて、僕は一歩彼に近づいた。そこで、傷は耳ではなくそこに乱暴にねじ込まれた指にあるのだと気づいた。

 彼の両手の五指の爪が半分引き剥がされ、半月型に盛り上がった血肉が見えている。残った爪が粉を吹く石のように乾いて、流れた血の痕を歪にしていた。最後に見た、痙攣するアベルの指を思い出した。ユベールの手。画家の手、美しいものを産み出す手。脳裏でなにかが紅く光る。その手首には、黒い薔薇のような、掌の形をした痣があった。

 彼の名前を呼ぼうと、夜明けの夢のような心地で唇を動かしたとき、犬歯のあたりにねちゃりと何かが引っかかり、厭な息の音になった。

 僕は歯の隙間に挟まった、花びらのようなものに舌で触れて、その瞬間に鼻腔に抜ける鉄錆の薫りに嗚、と目を閉じた。

 それは爪だった。

 僕の手から受話器が落ちる。血の付いたそれは絨毯の上に落ちて、血の上を転がる。

 耳の奥に鼓動が響く。いや、…これは…足音?

 わずかに開いたままだった壊れた扉が音を立てて開け放たれ、そして現れた人影は思わずという風に足を止める。惨劇の跡。生贄と、悪魔の屍骸を目の当たりにして、立ち尽くしている……黒い外套を着た、シルバー・ブロンドの男…やけに険しい凍りついた表情をして、僕を見ている。僕はただ、自分が空間そのものになってしまったように動かず、意志もなく、その様子を見ていた。ルネ・シェーンベルクはつかつかと歩み寄ってきて、外れて落ちている受話器を拾い上げる。その拍子に、彼はソファの影のユベールに気がついた。外套を脱ぐと、卵型にちぢこまったユベールを覆うようにそっとかけた。そしてその、肩に食い込む指に手をかけ、立ち上がるよう促した。ユベールは答えなかった。ただ何事かをずっと呟きながら、もはや何も映さない目で、ずっと化石のように座ったままだ。

 ルネが来たということは、今日は第二日曜日なのだろうか。ああ、じゃあきっと今は昼なのだな、と僕は思う。でも、昨日が日曜日なのでは? 今日は何日だ? 時刻は? 朝やってくるはずの使用人は? 誰もいない……。どうして誰もいないのか? なぜ僕はいるのか? 黒い服を着た男が何か言っている。「電話をかけたのはあなたですか」何を言っているのだろう。僕は昨晩死んでしまったように体の感覚が遠い。耳の奥で反響するGloria in excelsis Deo...視界は暗い。居間は墓所のように冷え切っている。ユベールは、ただ立ち尽くしている僕の近くで、魂を失って死体の一つとなり、ただ屈み込んでいる。

 嵐は屋敷を飲み込む。方舟は転覆した。逆さまになった屋敷のなかで、吹き込む十二月十五日の夜の記憶。最期の夜の記憶。

 鐘が鳴り響いている……玄関の扉………呪われた屋敷の扉……死体が転がる、沈んだ船…崩壊した獣の一族……僕は目を閉じた。すべては終わった。すべてが崩壊して、終わったのだ。



 これがあの事件の全貌だ。

 一九六八年十二月十五日、●●●家の次男、ルイ=アベルが、恋人を食い殺し、その兄ルイ=クロードが、彼を斧で惨殺した。そしてその後、自死した。一部始終をみていたはずの三男、ルイ=ギュスターヴは不可解なことばかり言い、偶然その事件を見てしまった庭師の娘、ユラーリ・モンパルナスは精神を病んだ。不思議なことに、事件直後から、三兄弟の父の行方は杳として知れない。

 ……ははは、なんだこれは。なんだこの筋書きは。なんて陳腐で、くだらなくて、醜くて、おぞましい話だろう! 

 ユベールは僕が心配で様子を見に戻ってきたらしい。止める父親を振り切り、門扉を越えて、開いた窓を探して、異様な音が鳴り響く屋敷を――僕のところまで――友達だった僕のところまで―――

 斧が振り上げられた瞬間、僕の肩を突き飛ばした熱い火のような手を感じたのはまぼろしではなかったのだ。彼は――彼は友達を救うためにたったひとりやってきてくれて――そして――そして―――"見た"のだ。僕がしたことを。そして、あの手、あの美しいものを生み出す手を、僕は、僕は。

 …ユベールを壊したのは僕だ。彼が助けようとしてくれた僕だ。僕が彼を壊した。斧を持ったクロードでも、血肉となったアベルでもない。牙を剥いたこの僕、ルイ=ギュスターヴという獣があの時みせた"あの本性”こそが――ユベールを殺した。

 ユベールは今どこにいるのだろう? どこか別の、この閉ざされた精神病院のようなところにいるのかもしれないし、別の国のサナトリウムにいるのかもしれない。それとも、もっと遠いところで療養しているだろうか。もしかしたら、あの事件のことを振り払って、前へ進んでいるかもしれない。そうだったならどんなにいいかと思うのだ。彼が、僕のことを、僕らのことを忘れてしまっているのなら。それが最もいいことなのだ。

 でも、心の傷は時間では癒えない。ここにいればそれがわかる。僕は彼の魂に消えない傷をつけた。ユベールから金色の魂を奪った。あの夏――永遠にもどらないあの夏――! ユベールが差し出した手。一度。二度。この崩壊の日の三度めを、僕が握っていれば。あのとき助けを求めていれば。あるいは―――一度から、僕が握らなければ。僕がユベールと関わることさえなければ何もかも! 何もかも起きなかった! 僕さえいなければ! 僕さえいなければよかったのだ! 僕が愛した人間は皆死んだ――僕を愛してくれた人間も皆死んだ―――僕は獣だ! 誰とも交わってはいけなかった、のに……!

 今も僕の目には、涯てのない闇が見える。窓の向こうにも、病室の影にも、あの美しい獣の闇が見える。そこへ僕が流したどんな血も叫びも吸い込まれていく。ああ、アベル、アベル、僕も連れ去ってくれ。

 なぜクロードは僕を殺さなかったのか。二度と人には戻れない自分たちの血の呪いをはかなんで、兄の愛情と憐憫を以て、獣の血を絶やすことをしなかったのか。僕が幼かったから? ユベールが僕を突き飛ばして、それでも充分に、クロードには僕を――それから、ユベールを屠る時間も余裕もあったはずなのだ。でも彼は僕を殺さなかった。

 なぜならユベールがいたから。そこに、人がいたから。僕を救おうとしてくれた者が、あの呪われた屋敷の外にいると、クロードは知ったのだ。だから僕を殺せなかった。彼は善き兄だった。たとえ獣であっても、彼は善き兄だった。僕はクロードをも裏切ったのだ。あの行為において。あの逃れようのない呪いで以て。

 僕があのとき何をしたか、お前たちはもうわかっているはずだ。

 知っているだろう。事件の報告書にはこうある。アベルの死体の損壊は頸椎、頭蓋のほかに、手にもあったはずだ。

 アベルの死体からは、指が欠けていた。指と、それと、あるいは―――いくつかのあるべき残骸が。

 クロードはアベルの頭部を切断して殺した。そしてその後自死した。それならどうして、アベルの指が欠けているのか? 凶行の最中に切断された?

 検死報告書を僕は見ていないが、そこにはこう書かれているはずだ。

 頭部のいくつかの器官と、両手の五指に、噛みちぎられた痕あり、と。


 違う! 僕は――僕は――ただ、美しかったから!

 愛していたからだ! 愛しているからこそ、一体となる――アベルが少女を食べたように! どうして? どうしてアベルは――僕を食べてくれなかったんだ。あの少女は僕だ。僕の魂は彼に食い殺された。それなのに、なぜ僕の抜け殻はこうも生き永らえているのだろう! この―――うつろな、神のいない世界で!

 悪魔の体は、甘い薔薇の味がする。――僕は理解している。愛とは永遠ではない。愛は喰らうこと。喰らえば永遠に愛するものは失われ―――残るは虚無! 喪失! 僕は美しいものを食らう! 醜く生き延びるために! アベルの代わりを探して―――永遠に満たされない、この、獣の魂、を……!

 そこにいる、そこにいるんだ! 手の届かない闇の向こう。アベルが立っているだろう、ほら、そこに。この世でもっとも美しいかんばせで、黒い瞳を獣の色にそめて、光のない底なしの闇で微笑んでいる。十八歳のまま、永遠に変わらない姿で。僕は知っている、この肉体に僕が何をしたかを。

 美しいもの――僕を構成するもの――僕は、僕は餓え渇いている――永遠に――アベル――美しき僕の兄――嗚! 噫!




(患者錯乱のため録音中断)

(録音終了)

(ファイルは検閲の上、非公開に分類して保存)

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