我が儘

 鍛え上げられた両腕で握られた大剣が振り上げられる、そして勢いよく大剣が振り下ろされ地面の寸前でピタッと止まる。


 基本の素振りを繰り返すだけなのに、鬼気迫る集中力と大きすぎる剣に異様な威圧感が戦士から放たれる。


 振り下ろされる度、風を切る轟音が鳴り響き、遠く離れていても身が震える恐怖を感じる、目にも止まらぬ早さで振り下ろしても切先が地につくことはない、重さを感じさせない大剣の扱いに熟練の経験を思わせる。


 大きく一息吐き出して呼吸を整えると戦士は勇者に向き直る。


「どうだ勇者よ、これだけの鍛練を重ねている我が剣技は」

「正直恐れ入った、剣の腕前は俺では遠く及ばないだろう」


 戦士は得意気な笑みを浮かべる。


「ならば勇者よ、先程の発言は取り消すよな」

「いや取り消さない、お前はパーティーには加えない」


 勇者は戦士のタックルを受けて吹っ飛ばされた、組み付いたまま戦士は勇者に号泣して哀願した。


「何故だ!勇者よ!頼む旅の仲間に加えてくれ!」


 勇者は大きく咳き込みながら戦士を引き剥がした。


「お、お前が旅に加われば、戦力的にも心強いし、野山にも詳しく身体も頑強だ、だが無理だ」

「連れていってくれ勇者よ!剣のも勉学もこの時のために頑張ってきたのだ!」


 勇者は戦士の事を酷く気の毒に思っていたが、心を鬼にする必要があった。


「お前が魔王討伐の旅のメンバーに加わってくれた事は嬉しく思う、しかし無理なことは無理だ」

「嫌だ!連れていってくれ!」

「無理だ!お前はこの国の姫だろう!」


 よりいっそう戦士の泣き声は大きくなる。


「うおおおー何故だあ!父上も勇者も意地悪ばかり!」

「意地悪ではない、そもそも国の姫であり一人娘を危険な旅にやる父親はいないだろう」


 戦士は両頬を膨らませ、ぶつぶつと文句を言う。


「王様にも頼まれているんだ、お前が我が儘を言ってきても聞かないようにって」

「幼なじみのよしみだろ、私の味方をしろ!」

「一国の姫を連れていけるか!」

「ちくしょう!」


 しばらくバタバタと地面で暴れる姫に付き合い時間を潰す、空に夕焼けが広がり始める頃には落ち着いて会話することが出来るようになった。


「勇者についていけない事が悔しい、お前は死地に向かうのに私は国に残るなんて嫌だ」


 勇者と戦士は並んで寝転んで同じ空を眺める、幼い頃から遊び疲れるとずっとこうしてきた。


「俺もお前と離れるなんて嫌だ、旅になんか出たくない、使命なんてかなぐり捨ててやりたい」


 勇者は本音を戦士に吐露する。


「だけどお前が生きるこの世界を守りたい、魔王に苦しむ人々を助けられるのなら、俺はちっぽけな勇気を振り絞れる」

「勇者...」

「お前が旅に加わる事が我が儘なら、旅に加えたくない事が俺の我が儘なんだ、必ず魔王を倒し生きて帰る、それまでお前はこの国で姫として戦うんだ」

「分かったよ、私はここで戦う、勇者の帰る場所を私が守る」


 勇者と戦士は見つめ合って決意する、我が儘を通した勇者は旅に出て、我が儘を聞いた戦士は別の戦いを選んだ。


 二人は遠く離れても互いを思い合う、あの日の我が儘な喧嘩を思いだし笑みを浮かべるとそれぞれの戦いに赴くのだった。

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