自分のセンスを周りに認めてもらうのは難しい

「また今日も来てるの」

 ザクザクと足音を鳴らしてキャンディナが近づいてきた。

「まあな。そろそろ会えなくなるだろ」

 断崖絶壁の崖の上に建てられた石の前で手を合わせていた俺。墓石に見立てた石には誰の名前も書いてないけど俺はゲームの世界に生まれ直してから何度も拝みに来ている。

 ゲームに来てからずっと母さんと父さんに会いたいと思っていたが、次第にその感情も薄れていった。居ないことに慣れたんじゃない。最初から居なかったみたいに思えてきたんだ。 最初からこの世界に生まれて、育って。

 もちろんゲームの世界に来たってことは明確に分かるけど外の世界のことはもうほとんど覚えていない。墓石に名前を書けないのもそれが理由。

「完全に忘れる前に別れの挨拶はしときたいから」

 第2の人生であるグリムトゥーフォール。前の世界の記憶なんて消えてしまった方が生きやすいんだろう。事実大半の人間がこの世界をゲームとは思っていない。もう2ヶ月も前に確認済みだ。

 記憶を持つものはこの世界では赤ん坊と同じでこれから世界に適応する。そしていずれ外の世界から来たことを忘れてしまう。それがこのゲームの絶対ルール。

 記憶がなくなると知ったあの日からこの世界中を回って記憶がある人間を集めまくった。そのメンバーで結成したギルド『メモーロ』の人々もこの3ヶ月で次々と適応され、残っているのは俺を含めて4人だけだ。

「忘れるのが怖い?」

「さあな。もうその感情も忘れてしまったかも」

 立ち上がって振り返る。キャンディナの後ろにはヤさんから助けてくれたヴィロフェイム、初対面で俺に説教してきたコポッポトリスも立っていた。

 結局最初に仲間を集めた4人が最後まで残ってしまったというわけだ。

「そろそろ時間だ。いくぞ」

 俺は三人にアイコンタクトを送って町までの道のりを歩き始めた。

 ゲーム世界に来てからから三か月、トーナメントという新規のイベントが開始されるというので俺達も参加しようと考えた。記憶を持ってるもってないにかかわらず今が俺たちの新しい人生。楽しめるものは楽しみたい。

「で、それがお前らの戦闘服なわけ?」

 俺は歩きながら三人に問いかけた。

 三人はきょとんとした顔をしているが俺にはどうしてそんな顔をするのかが全く意味わからなかった。

 キャンディナは厚めのコートを着てしかも身長を稼ぎたいのかヒールの付いたブーツを履いている。重い、歩きにくい、動きにくいの三段重ねで今も俺たちの一番後ろを歩いている。

「私は平気だよ。みんなと違って近接戦闘はしないし」

 キャンディナはコートのポケットから大きめの本を取り出してにやける。

「お前が唯一の魔法使いだしそういうのに憧れてるのも分かるけどもっと身軽でもいいじゃないか」

「身軽すぎるのもどうかと思うわ」

 キャンディナは俺たちの仲間の一人を見ながら呟いた。

「ん~、僕のこと見てどうしたの?」

 キャンディナの話を聞いていたにも関わらずヴィロフェイムよくわかっていないようだった。

「男らしいのにそこまで露出するのはどうかと思うのだけど」

 キャンディナの言いたいことはよくわかる。ヴィロフェイムは俺がまだ武器を持っていなかった頃に人相の悪い男から守ってくれた。その時はゲームで言う初期装備だった。普通のシャツに軽いアーマープレート。歩きやすそうなジーンズにスニーカー。

 それなのに今は腰くらいまであるのに袖の無いフード付きコート。その下にはスポーツブラのようなトップスにホットパンツ、両手銃を装備できる特殊仕様のブーツでほとんどの部分が露出している。例えるなら女盗賊だ。

「だって着ないほうが動きやすいじゃん。これならそのまま海にも入れるし」

 まさかの水着仕様だったことを知ってある意味感心する。何にも考えてなさそうな見た目のくせに利便性を考えての衣装選びだったことに。

「というかそういうダストも結構おかしな衣装を着ているよね」

 常識は持ち合わせているヴィロフェイムに指摘されると若干心にきた。

「確かにね。キミは見た目に反して男らしいのにまさか見た目に合わせた衣装をチョイスするなんて」

「広くスリッドの入った長めのドレスにミニスカート。肩とへそは出てるのに袖は長く広めに広がってる。極めつけはその盾だね」

 キャンディナがやんわり指摘するのに対してコポッポトリスがピンポイントで指摘してくる。

 コポッポトリスの言う盾というのは俺が考えた特製の盾だ。

「これはな、一見花の形をしてるけどほらっ!」

 腕に力を入れて盾を変形させるとさっきの倍くらいの大きさの盾になった。花の形に変わりはないけど。

「これだけでかい盾を運ぶのは大変だろ? だからこうやって変形する盾にしてんだよ」

「でも重量は変わらないだろ?」

「気持ちの問題もあんの」

 腕を下ろして盾を小さくたたむ。重さ自体は変わりないけどそもそも盾が重くて持ち運べないと役に立たない。

「俺はこういう美形な見た目を持って生まれた。それを有効活用しない手はないだろ。それにこれはスカートに見せかけたダミーだし。惚れるなよ?」

「元九歳とは思えない言動ね」

「成長したんだよ」

「悪い方向にね」

 俺の得策はキャンディナにあまり理解されないらしくどうしても納得できないという顔をする。俺は別に人に認めてもらおうと思ってないから特に気にしてない。

「そう思うとコポッポトリスってふつーというか、あまりキバツじゃないよねー?」

 ヴィロフェイムがおっとりとした声で言う。確かに俺は別としてキャンディナとヴィロフェイムよりはまともな服を着ている。

 白のジャケットに白のパンツ、茶色の革靴。黄色いカッターシャツが髪の色と同じで清潔感を醸し出している。アホ毛だけが緑色なのでちょっと浮いた感じもある。

「結婚でもするのか?」

「いや、なんかスーツがしっくりくるんだよ。着たことはないけどな」

「変な奴だな」

 コポッポトリスに関しては最初の出会い方が最悪だっただけに仲良くなるまでに時間がかかったが誤解を解くために時間を使ったせいであまり深い事情は知らない。

 時間はたっぷりあるからこれから仲良くなればいいんだ。

「さて、街に着いたみたいだ」

 最初に旅に出た町が目の前に広がってきた。たった1か月前に出たばかりなのにもう懐かしく感じる。

「んじゃま、へんてこな集団だけど優勝目指そうぜ!」

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