♯204 最後のピース
術式構築の為の場を整える。
東方正位を基本として方角を精密に記し、砕けた大理石からまっ平らな敷石を生成して中心に据え、その周囲を綺麗に掃き清めた。……主にイワナガ様が。
(逆にこれ位の事しかしてやれんのだ。……すまんな)
「いえ。本当に感謝しています。本音で」
(その言葉は些か尚早に過ぎるな。大変なのはむしろここからだ)
「……はい」
指示された通りに頭を真北に向けて、マオリの身体をそっと敷石の上へと運び上げた。
鳩尾の上で両手を重ね、その上に手を添える。
「大好きだよ。マオリ」
こんな所で失いたくない。
ここまできて、終わりになんてしたくない。
必ず、助けてみせる。
はっきりとした強い意思を明確に意識して、覚悟の念を心にしっかりと刻みつける。
(では、はじめるぞ)
「はいっ!」
イワナガ様の指示に従い、魔力を引き出す。
『
神話の時代の遺失魔法。
誰も発動させる事が出来ないまま失われてしまった魔法を復活させる、その為に、意識と全神経の集中を高めていく。
出来るかどうかは分からない。
上手くいく保証なんてどこにもない。
でも、やらなければならないんだ。
やらなければマオリが、……いなくなってしまう。
それが嫌なら。
全力で現実に抗うしか、ないんだ。
(基礎円周を三重にして大きく広げよ。魔力を均等にな。偏ってはならぬ。偏りは淀みを招き、繋りを弱める。広くなだらかに、大きく緩やかに心掛けよ)
「……はい」
一つ一つの言葉をしっかりと頭に刻み、出された指示を正確に、丁寧に進めていく。
焦るな。
逸るな。
……不安に意識を取られるな。
一つ一つの作業に意識の全てを集中させる。
基礎となる構築土台に、起動式と発動式を省いた『
中途で構築を止めた術式のその先から、『
ここまでで三つ。
今までの経験からいえばありえない事だった。
魔法の
そこには保有する魔力の量などは関係なく、魔法を教わってまだ間もない私程度が成せるような、そんな簡単なものではない。
それがすでに、三つも構築出来ている。
イワナガ様の言う九つの魔法がもともと一つの構築式だったという意味が、なんとなく分かったような気がした。
最初は不安定だった一つ目の構築式も、二つ目、三つ目と式を繋げるたびに安定さを増していくのが分かる。
互いが互いを支え、導く。
それもごく自然に、当たり前のように。
更に左肩、右肩、鳩尾の順番にそれぞれ、『
(一つ所に意識を置き過ぎるな、あくまでバランスを保ちながら全体を見るのだ)
所々でイワナガ様からの助言を貰いながら、慎重に、丁寧に術式を順番に組み上げていく。
それはまるで、砂で固めた器のようだった。
脆く繊細な、力を込める程に崩れていく砂の器を壊さぬよう、そっと優しく丁寧に扱わねばならないような、それに似た感覚。
一つ組み上げるたびに、魔力を注ぐ。
砂の器が魔力で満たされていく。
満たされて溢れ、混ざりあって絡み合う。
なだらかに満たされた魔力が直前の術式を支え、更にその前の術式を安定させていく。
壊さぬよう、崩さぬよう。
意識を深く集中させて組み上げていく。
左腰に『
頭の上から左右の耳の横へ、左肩から右肩へと向かい、鳩尾を通って左腰から右腰へと魔力が流れていく。
満たされて溢れ、流れ、集う。
構築するたび、あるべき姿へと戻っていく。
本来あるべき、根源の姿が見えてくる。
(最後に股下の部分。太股と太股の間に拳一つ分の隙間を作るようにして、『
言われた通りの場所へ、『
魔力が行き渡り、力が満たされていく。
組み上げられた九つの術式が互いを支え、淀みなく流れる力が互いを深く繋ぎ止めていく。
力が、満たされていた。
安定したままになだらかに均された力が満たされ、流れが止まる。
(……やはり、無理だったか)
力が満たされ、安定したまま静かに佇む様子を見て、イワナガ様が落胆の声を漏らした。
これで九つの魔法を組み上げた。
神聖魔法において治療に分類される、九つの魔法。
それらは確かに、イワナガ様の言う通り一つの術式として組まれていたものだったのだと分かる。
今ならそのあるべき姿が、見える。
(すまぬ。……お前に失態は無かった。だが、術式が発動せぬ。……残念だが)
「……まだです」
諦めの様子を示しかけたイワナガ様の言葉を遮って、きっぱりと否定を返す。
まだ。……まだ足りていない。
治療に分類される九つの魔法は全て組み込んだけれど、組み上げてみてはじめて気付く事がある。
この構築式は、まだ足りていないのだと。
必要な術式がもう一つ、足りていない。
あるべき姿になっていない。
(……足らない、だと? そんなハズはっ!?)
構築された術式はそれぞれに満たされ、発動の時を待っている。一つ繋ぎとして連なった術式が大きな力に満たされ、その時を待っているのが分かる。
治療魔法は九つ。それは全て組み終えた。
けれどここにはもう一つ必要なんだと、分かる。
頭上にある『
清められた権威にして始りを意味する。
左耳と右耳は『頭脳』を示し、『
……分かる。
それぞれの術式が、その意味するものが。
『
弱き力を支え、慈しむ。
『
『
一つ所に止まらず、巡り流れいくもの。
そして『
その魔法の意味が深く理解できる。
『
その根本にあるのは『精神世界への干渉』
(……まさかっ、それは)
分かる。
満たされた術式達が教えてくれる。
それぞれの役割、そのあるべき姿を。
それは『
(迂闊だった……。まさか『
もしこれがその通りなのだとしたら。
もしこれが本当に、『
(必要な術式は全部で十個。確かに、一つ足らぬ)
その最後の一つは。
(『
満たされた力を解放するための術式。
あるべきものを、あるべき姿にするためのもの。
全ての神聖魔法の本質にして、帰結への理。
願いは祈りとなり。
祈りは形を成して力となる。
力は光となって、命を照らす。
……あまねく命を
(……『
最後の術式を、その足下に組み置いた。
満たされた力が輝きを増す。
溢れ出す力が、最後の願いを受けて動き出す。
神聖魔法の本質は祈りの力。
込めた願いの、思いの強さ。
失われた魔法が発動する。
眩いまでの光が溢れ、暖かな粒子が傷つき疲れたマオリの身体を包んでいく。
胸部に開いた穴が、塞がっていく。
壊れた皮膚が、傷ついた手足が癒されていく。
『
それは身体の傷だけでは無く、命そのものをその根源から魂ごと癒す魔法。生命の再生。存在そのものの、復活。
「くぅっ!?」
構築した術式の発動とともに、ありえない位の魔力がごっそりと身体から抜けていくのが分かった。
ようやくにして発動した魔法が乱れぬよう、気を失ってしまいそうな脱力感の中で懸命に魔力の調整を試みる。
あまりの衝撃に意識が霞む。
濁流のように押し寄せる脱力感に耐え、構築式の維持だけに意識を集中する。
ここまで来て。
ここまで辿り着いてっ。
ここまでやって途中で終わりになんかっ。
「絶対にさせないっ!」
光が氾濫する。
(……っ!? いかんっ、レフィアーっ!?)
途中、イワナガ様の声が聞こえた気がした。
あまりの衝撃に何を叫んでいるのかが分からない。
けど術式を途中で止める訳にはいかなかった。
イワナガ様の声が遠くなっていく。
光が視界を埋めつくし、音を奪っていく。
感覚が飲まれ、意識が混濁する。
それでも止める訳にはいかない。
今ここで、中断する訳にはいかない。
ただひたすらに魔力を調整し、術式を維持し続ける。
永遠とも思えた時間は唐突に終わる。
もしかしたら一瞬の事だったのかもしれない。
光が収まり、感覚が戻ってくる。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
耐えきれずに身体が崩れ落ちた。
辛うじて支える両腕が、力無くガクガクと震える。
「はぁ、はぁ、……はぁ」
肩を大きく荒らげながら顔を上げ、霞む視界の中でマオリの姿を瞳に焼き付ける。
傷一つ無いマオリの身体がそこにあった。
静かに瞳を閉じたまま、マオリは敷石の上で横になっている。
「……なんでっ、……どう、して」
『
失われた魔法は確かに発動したのに。
岩のように重い身体に、力が入らない。
懸命に這い、動かないままの全身を引き摺ってマオリの身体に触れる。
触れた肌が、……冷たい。
そこに脈動は無く、息を戻す気配も無かった。
「……なんでっ、……マオリっ、マオリーっ!」
冷たくなった身体に縋り寄る。
動かないままの体に縋り寄って、抱き締める。
マオリの身体は柔らかかった。
傷口なんて無いのに。
魔法はその効果を果たして見せたのに。
理解が出来なかった。
その結果を受け入れられなかった。
「……嫌だ。……嫌っ、そんなの嫌だよっ」
マオリの両目は閉じたまま、反応が無い。
何度確かめても脈動が感じられない。
否定しきれない事実がつきつけられる。
マオリが、……死んだ。
その現実が、ただそこにあった。
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