♯196 最深部へ



 誰もいない魔王城の廊下を、全力で走り抜ける。


 イワナガ様に『身体フィジカル強化エンチャント』してもらった身体は驚くほどに軽い。まるで自分の身体だと思えない位によく動く。


 修練場の脇を抜け、穴ぼこだらけの廊下をひた走る。

 目的の場所には迷う事なく辿り着けた。


 無残にも破壊された入口の跡。

 迷宮トロルの群れが破壊した、地下迷宮への入口。


 瀕死のリーンシェイドを背中にくくりつけ、死もの狂いで脱出した思い出が甦る。あれからもう半年以上経つ。それだけの時間、この魔王城の皆と一緒にいたという事でもある。


 今更、関係ないで済ましたくはない。

 他人事では収まらない。


(急ぐぞっ!)


「……はいっ!」


 意を決して中へと飛び込む。

 感傷に浸っている余裕は無い。


 正直、スンラの強さは想像以上だった。


 それでもベルアドネならきっと、きっと大丈夫だと。どこか不思議な信頼を置ける反面、一抹の不安はどうしても払拭しきれない。


 バサシバジルには聖都へ飛んで貰った。

 あの賢い子なら、必ずマオリ達に報せてくれるハズ。


 そこにクスハさんがいれば、きっとすぐにでも応援に駆け付けてくれる。例えそうじゃなくてもマオリなら、マオリならきっと、ベルアドネを、魔王城の皆を守ってくれる。そう信じている。……そう、信じて。


 薄暗い地下迷宮を突き進む。


 まさかこの道を再び通る事になるとは思わなかったけど、今は一刻も早く、迷宮の最深部に辿り着かなくてはいけない。


「イワナガ様っ!」


(分かっておる。離れていたとは言え、誰がこの迷宮の主だと思っておる。最短距離を行く。指示の通りに進め)


 優秀なナビゲーターに感謝。


 途中でたまに姿を見せる迷宮トロル達。その顔面に飛び蹴りを喰らわせながら、イワナガ様の指示の通りに迷宮内を急ぐ。


 馬鹿みたいに広い魔王城よりも更に広い地下迷宮。まともに攻略なんてしてらんない。迷宮主と一緒なら、これほど心強い同行者も他にない。


 このまま全力で、最短で最深部を目指す。


 そして最深部にある『ヒルコ』の本体を、壊す。


(……分かっておるようだな)


 ここまでくれば何の為に最深部へ行くのか、嫌でも分かる。


 スンラの正体は、『ヒルコ』だ。


 神話の時代の、古き神々によって作り出された二つの神代の魔術具の一つ。人を生体核として復活した古代兵器。


 神話は語る。


 古き神々に反旗を翻した光と闇の姉妹神に味方した戦神アスラを倒す為、古き神々は二柱の神を差し向けたのだと。


 それが『カグツチ』と『ヒルコ』。


 不死の身体を持つ二柱の神には戦神アスラでさえも苦戦を強いられるが、アスラは光と闇の姉妹神と協力し、ついにはこの二柱の神を退ける事が出来たのだと言う。


 『カグツチ』は実際に存在していた。

 そしてその本体を封印していたのはイワナガ様だった。


 なら、もう一つのイワナガ様の迷宮。この魔王城の地下迷宮の奥に『ヒルコ』の本体が封印されていたのだとしても、おかしくはない。


「……ヒルコの封印は、すでに解かれていたんですね」


 以前に近衛騎士の一人から聞いた事がある。


 何代か前の勇者の話だ。その勇者はどこからかこの地下迷宮へ転移してきて、ここから魔王城へと攻め上がってきたのだと。


 その話を聞いた時にはなんちゅうバイタリティのある勇者様だと呆れもしたけれど、多分そうじゃない。そうじゃなかったのだとしたら。


 その時の勇者様の目的が、地下迷宮そのものにあったのだとしたら。


 『カグツチ』の時の事を思う。


 オルオレーナさんは生体核として耐える事が出来なかった。生体核として耐えてみせた剣聖さんはそれでも、『カグツチ』に飲み込まれる事なく、その強靭な精神力と鈴守の小太刀の助けを得てしっかりと制御してみせた。


 もし、そうじゃなかったら。


 もしそうじゃなく、生体核として耐えた者がそのまま飲み込まれてしまったら。破壊の意思のままに、その意思を受け入れていたらどうなったのか。


 答えはすでに出ている。


 すでに答えは、出ていたんだ。


 それがスンラなんだ。


 暴虐の魔王スンラ。

 人を生体核として取り込んだ古代兵器。


 神話の時代の、不死身の化け物。


「その本体を潰さなければ、スンラは死なない」


(その通りだ。……だが、最深部にあるのは『ヒルコ』の本体ではない。『ヒルコ』は『カグツチ』と違い、明確に本体と呼べるモノが存在しない)


「本体が、……ない?」


(『ヒルコ』は『カグツチ』とは違い、幾つもの分体を生み出す事が出来る。その為にはそれだけの生体核を必要とするが、生み出された分体はそのどれもが本体となり得る)


 分体を取り込んだ生体核の数だけ作れるって。


 ……それって、まさか。


(分体同士は魔力的な経路で互いに結ばれており、一つでも分体が残っておればその分体を消費し、すぐにその場で復活してしまう)


 分体の数だけ、取り込んだ生体核の数だけ復活し続ける化け物。……取り込んだ、生体核の数。


(ここの最深部には、今ある中で最も古い分体の一つが残っておる。それを媒介にして全ての分体の活動を止めねば、スンラの不死性は無くならぬ)


「……スンラがこの13年間、ラダレストに身を隠していたのはまさか」


(『ヒルコ』の生体核に『魔族』はなれぬ。それが故に、13年前は分体の数が足らなかった。だが今は……)


「十分な数の分体を、用意してきた」


 13年の時間をかけて。


 それだけの数の生体核を確保してきた。


 それだけの数の人の命を、……喰らって。


「……ぐっ!」


 おぞましさに吐き気を催す。


 それを成したスンラも。

 手引きしたラダレストの人間も。


 その指示を出したであろう、コノハナサクヤも。


 人の命を数としてしか見ていないそのやり方に、はっきりとした拒絶と怒りを覚える。


 そんなヤツラに負けたくない。

 そんなヤツラの思う通りになんて。


 ……絶対に、させない。


(目の前の壁を壊して飛び込めっ!)


「はいっ!」


 三叉路の突き当たりの壁に、力を込めてぶち当たった。

 年代物の壁は衝撃を受けて脆くも崩れ去る。


 崩れた穴の中、壁の向こう側へと身体ごと飛び込む。


 壁の向こう側には何も無かった。


 ……。


 ……。


「……あれ?」


 足の裏がすかすかと空振る。


 天井も壁も無ければ、困った事に床までない。


 ただ真っ暗な空間の中でただ、下から冷ややかな風が吹き上がってきていた。


 状況に理解が追い付かない。


(ここを二千メートル程降りれば最下層だ)


「ばっ、ちょっ!? 待てぇぇええええっ!」


 それを普通は降りると言わない。


「落ちてるっ! 落ちてるからっ、これっ!」


 絶望的な浮遊感が全身を包む。

 こんな真っ暗闇な中にあっても、重力にまかせて落ちてる感覚だけははっきりと分かる。


 いや二千メートルって。


 ありえない。

 ありえない。

 ありえないーっ!


(奈落を模して吹き抜けを作ってみたかったのだか、よく考えたら壁面にへばりつく亡者がおらんと気づいての。作りかけたものを壁で埋めておいたのだ)


 イワナガ様の声がどこか弾んでるような気がする。楽しそうなのは気の所為だろうか。


 女神にとっての迷宮って、一体。


(まさかこれが役に立つ日が来るとはな)


「そうじゃなくてっ! 落ちてるっ! 無理っ!」


 流石にそんな高さから飛び降りたら普通に死ねる。


 自由落下の中で無駄に足掻いていると、ふっと身体全体が魔力の膜のようなものに包まれた。

 

(そう暴れるでない。言いたい事は分かっておる)


「……あ、これって」


 何だか覚えのある魔法に記憶が繋がる。


 『落下フォーリング制御コントロール


 それこそ本物の奈落の大穴に落ちた時、聖女マリエル様が落ちていく私達にかけてくれた、あの魔法だ。


「……なるほど、これなら」


 こうやって落下速度を制御しつつ、減速しながら落ちていけば確かに、これが一番……。


(では、いくぞ)


「……はい?」


させる)


「……おい待て」


(このまま一気に最下層へ向かうっ!)


「え、ヤダっ、まっ、……ちょっ!?」


 一瞬だけ、下向きに感じた重さがふわっと掻き消えた。そのまま浮遊感が胃を押し上げたかと思ったら、今度は何故か上向きに押し付けられる圧力が全身を襲う。


 いや、ちょい待っ……。


「あぎゃぶぉのぶっ、のぼぉぉおおおおーっ!?」


 爽快とは言い難い加速の中、真っ暗闇の深い縦穴を急直下で落ちていく。


 辛うじて取り止めた意識の中で私は、イワナガ様に対する認識を少し改める事を固く決意していた。


 ……このっ、サド女神がーっ!





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