♯42 木箱の中のお姫様(骸姫の迷走2)



 狭い木箱に押し込められてから、結構な時間が経ちやーせた。


 こんな所に人を詰め込みやーしてからに。


 この粗末な扱いには文句の一つもあらっせるが、身動ぎ一つ出来ないこの状況ではなーんも出来やーせん。


 ふーむ。


 正直、手も足も出やーせん。


 麻痺毒もだいぶ抜けきり、幾何か身体の感覚も戻ってはきとらっせやーすが、元々が非力な身体でやーす。中から木箱をぶち破って逃げ出すなんて、埒の論外。


 魔力を練って魔法を構築して、……という手もあるにはあらっせるが、こうも隙間が無いと無理の方が強くてかん。


 もよおすものがもよおして、いざともなれば考えんとかんかもしれやーせんが……。


 まだ大丈夫。……まだ。


 ……。


 ……。


 多分。


「っいだ!?」


 激しく上下に揺れるたび、木箱の内部の硬い所が頭の後ろに当たって、声がもれやーす。

 地味に痛いがね、これ。


 ……にしても、揺れ過ぎだがね。

 一体何をしとらっせるんだか。


 魔王城からどこかへと、わんしゃを運んどらっせるんは分かりやーすが、……どこへ?


 ゴロゴロと伝わる振動からして、多分これは、荷馬車の荷台の上でやーす。人一人を詰め込んだ木箱を運ぶなら、そりゃ当然の事だとも思いやーすが、問題は時間と速さでやーす。


 これ、相当な勢いで飛ばしとらっせるがね。


 これだけの時間、これだけの勢いで荷馬車を飛ばせば、とっくに魔王城城下の町からは抜け出てるハズ。

 けど、それでもまだ速度を緩める気もなさそうな所からすると、……結構遠くまで運ぼうとしとらっせると判断もできやーす。


 マオリ様が不在とはいえ、魔王城に襲撃をかける。


 状況的に追い詰められとらっせるとは言え、よくもまぁそこまで大胆な行動にと、感心しないでもあらーせん。


 あらーせんが……。


 主のいない城を襲撃して、それで終わっとったらただのたーけでやーす。


 一体何を考えとらっせるんか。

 一見、慌てて逃げとるように見えるこれも、次の企みに続くものだとしたら……。


 あの臆病なファーラット達からするに、腑に落ちない点もあらっせやーす。

 本当にこんな大胆な事を、ファーラット達だけで思いつきやーしたのかと。


「っいで!?」


 ……。


 ……。


 考えをまとめるのには場所が悪いでかんわ。


 隙を見て自力で抜け出す。

 ……まぁ、それはいつでも出来やーす。


 今はこの企みがどれほどのものなのかを……。


「いででっあだだっおごつ!? どぉっふっ!」


 痛いっ!

 痛いっ!

 痛ーいっ!


 どえらくそ痛いがねっ!

 いきなり何しやーせやーすかっ!


 悪路にでも入りやーしたんか、突然激しく木箱が上下に揺れ、内部の角っちょに後ろ頭をぐぐり抉られ打ち付けられやーした。


 ……無理だがねっ!


 やっぱり無理無理っ!


 こんな所でじっと大人しく、企みの先を探るとか、そんなん元々性格に合わーせんっ!


 ここは、ぶちっと暴れて、ぷちっと……。


 ……。


 ……。


 荷馬車が止まりやーした。

 目的の場所につきやーしたんか?


 それならそれで、却って好都合だがね。

 そろそろこっちも我慢の限界でやーす。


 飲まず食わずであっても、一週間程度なら構わないのがわんしゃら幻魔一族でやーす。……だからと言って、何も食べとらせんかったら当然腹は空きやーす。

 腹が空けば機嫌も悪くなりやーすでな。


 こんな所に押し込められ続けた鬱憤と、空腹から来る苛立ち。加えて言えば、この内部に出っ張った硬いトコに、がっつんがっつんぶつけた頭の痛み。


 みーんなまとめて返したるがね。


 まぬけた面して蓋を開けやーしたが最後。

 その瞬間に、ぎったんぎったんのぐったんぐったんに捻り潰してみやーせるでな。覚悟しやーせな。


 のそりとした気配が木箱に近づいてきやーす。

 何かボソボソと話しとらっせるが、何を言っとらっせるかまではよく聞こえーせん。もっとはっきり喋りやーせな。


 ガッと木箱の端が掴まれやーした。


 ……さぁ、この蓋を開けやーせな。

 その時こそ、目にもの見せたらすがね。


 虎視眈々とその瞬間を狙うも蓋は開けられず、ひょいっと、木箱自体が持ち上げられやーした。


 ……。


 ……あら?


 開けせんの? ……蓋。


 ユッサユッサと揺さぶられながら、またしてもどこかに運ばれてまっとるがね。


 タイミングを狙っていただけに、ついキョトンと気が抜けてしまいやーした。


 ……まぁ、それならそれで。こっちのタイミングで、この木箱の中から飛び出ればいいだけの事でやーすけど。

 外の状況がよく分からないのが、今一つ不安ではありやーす。


 ……仕方もあらーせん。それで構やーせん。


 ほなっ、せーのっ!


「っあが!?」


 魔力を練り上げようとしたその時、突然大きく木箱が揺られやーした。これ、乱暴に放り投げやーしたなっ。

 おかげでまたっ、この硬いトコにゴツッて当たりやーしたがんっ! 痛いがねっ! めっちゃ痛……。


「あがががっおごっ、どだだだだっ、ごがっ」


 ……なっ、ちょっ、ちょ待って、待ちやーせなっ。


 今度は何っ!?

 いきなり小刻みに揺れはじめやーした。


 ちょっ、あかん。

 そんな細かく揺らさんどいてーなっ!?


「あががっおごごごっ、どどどぉっどどっ!?」


 これじゃあ、魔力を練るどころじゃあらせん。

 そんなに乱暴にしやーすなっ!


 と、とりあえずこの揺れが収まるまでは、集中どころの話でもあらせん。静かになるまで待っとらんとかん。

 こう小刻みに揺られやーしては、タイミングも何もあらせんがな。


 ……一体、何がどうなって。


 ……。


 ……。


 ……あ、ヤバい。


 慣れてくると、この振動が気持ち良くなってきやっせたがね。ちょっと心地良いかも……。あぁぁぁ。

 ずーっと同じ姿勢でいた所為か、肩も腰も凝りに凝り固まっとらすで、この振動で逆に身体がほぐれて……。


 ……。


 ……。


 Zzz……、はっ!?


 あかんあかんあかんっ。

 こんな所で気持ち良くなっとる場合でねぇ。


 どうにかタイミングを見計らって、ここから自力で脱出せなかんのに。


 寝たらかん。寝たら……、あかんがね……。


 寝たら……。


 ……。


 ……。


 Zzz……。


 Zzz……。


「大丈夫かい? 気をしっかり」


「はひっ。……は、……はっ!?」


 気がつくと、すでに木箱から出されとった。


 いつの間にか気を失っとらっせたか……。


 ……。


 ……決して寝とらーせん。

 寝よらーせんよ? 本当に。


「ここに来るまで、ずいぶん手荒な扱いになってしまってごめんね。なにぶん僕達にも、あまり余裕がなくてね」


「……おんしゃ。アスタス?」


 優しげにかけられた声に振り返れば、どこか見覚えのある、濃紺色の毛並みのファーラットがそこにいらっせやーした。


 ……アスタス。アスタス?

 間違いあらせん、アスタスだがね。


 石畳のような地面に直接転がされとったらしく、顔を上げながら上体を起こして冷えた身体を確かめやーす。うん。痺れはもう残っとらーせんな。


 手首をさすりながら、小首を捻る。

 

 ……。


 何でアスタスがいやーすん?


 郷里のヒサカ領からほどなく近い、スセラギ領。

 そのスセラギ領を治める、天魔大公クスハ・スセラギ様の所の門下であるアスタスでやーす。


 クスハ様とおかあちゃんは、同年代の同性で領地も近く、特に親しくさせてもらっとりやーす。自然、わんしゃも小さい頃から、何度か遊びにも行きやーした。


 思いもかけない顔見知りとの再会には多少ホッとするものもありやーすが、別な不安も頭をもたげやーす。


「久しぶりだね。ベルアドネ。しばらく見ない内に、随分と大きくなったみたいだね」


「何でおんしゃがこんな所に……」


 アスタスは物哀しそうに目を細めとらっせる。


 ……この感じが、何だか懐かしい気もしやーす。

 そう言えば、ずいぶん会っとらせんかったがね。


「ファーラットの皆で協力して、君をここに連れてくるように指示を出したのが僕だから、かな。君なら、ここがどこだかすぐ分かるだろう」


「おんしゃの指示って……」


 周囲を確認するように促されやーした。


 魔王城を襲撃したファーラット達の取りまとめ役が、アスタスなんでやーすか?

 そりゃ、裏で糸を引いとらっせやーす輩がいるだろう位は、考えもしやーしたが。旧知の間柄であるだけに、にわかには信じがたいがね。


 こうして本人がそう言っとらるなら、否定する意味もあらせんが……、うーん。


 すぐにどこだか分かる?


 どこでやーすか? ここ。


 屋内ではあるようだがん、随分と広い場所だがね。

 30メートルくらいのドーム状の部屋で、天井も床も壁も、全部石造りで組み上げられとりやーす。


 薄暗くはあらっせるが、視界が通りやーすな。


 この季節だというのに、ひんやりとしていて少し肌寒さも感じやーす。


 ……視界が通る? 採光口も無いのに?


 壁に一定間隔でぼんやりと光る魔石が埋まっていて、それがこの部屋の中をうす明るく照らしとらっせる。


 これ、……まさか、迷宮内?


 しかも、この感覚。冷やかで、埃と湿気混じりの空気の中に確かに感じる、淀んだ、粘り気のある重苦しい魔力の流れは……。


 ……。


 ……瘴気っ!?


 まさかっ。


「……死者の迷宮」


 石畳の中に見覚えのあるレリーフを見つけ、めまいを起こす所だったがね。リコリスの花を象った特徴のあるレリーフ。いや、これはもう家紋と言うべきだがね。


 リコリスの花はヒサカの象徴。


 この花を家紋に使うのは、ヒサカの家以外にはあらーせん。


 ヒサカの現当主、シキ・ヒサカの家紋。


 その家紋が掘り込まれた死者の迷宮。

 そんなの、1つしかあらせんがね……。


「禁忌の森の、封印された迷宮だがね……」


「その通り。ここがどこだか分かったんだったら、何故君をここに連れて来たのか、ここで僕が君に何をして欲しいかも分かるだろう?」


「……正気の沙汰とは思えーせん。一体、何考えとらーすん?」


 禁忌の森にある死者の迷宮。


 50年前に亡者が溢れ、おかあちゃんがどうにかこうにかやっとの思いで封印はした場所。……けど、あまりに規模が大きく成長し過ぎており、迷宮そのものを潰す事がかなわんかった、触れてはいけない禁忌の迷宮。


 時に触れ折に触れ、おかあちゃんから何度も聞かされてきやーした。

 

「実はね、自分でも何度も試してみたんだ。考えつく限りの、ありとあらゆる手段を使ってみたつもりだったんだけど、……ご覧の通り、封印はビクともしなくてね。まいったよ。さすがはシキ様がほどこした封印なだけはある。」


「……たーけか。おかあちゃんの封印が早々解けると思うでねす」


「でも、君なら出来るんだろう?」


 確信的に振られた問い掛けに、つい、言葉を詰まらせてしまいやーした。……嫌らしい事に、そんなわんしゃの反応を見て、したりと頷いとらっせる。


「出来ないと言わない時点で、出来ると言ってるのと同じだと思うけどね、それは」


「……出来るかどうかと、するかどうかは別だがね」


 出来るかどうかで言えば出来やーす。


 確かに、他の誰に出来なくても、私なら、おかあちゃんのほどこした封印を解除する事は可能だがね。

 それが出来るだけの修行を、させらてきやーした。


「魔王城にいるハズの、魔王様が執心してるっていう人間を連れてくるハズだったんだけどね。まさかよりにもよって、君を連れて来るなんて。木箱を開けた時にはびっくりしたよ」


「人間……、レフィアを狙っとらーしたんか。おあいにく様。当てが外れてがっかりしとーと」


 レフィアの巻添えを食って拐われて来やーしたんか。それはそれで何か釈然としないモノもありやーすが、それで彼女が無事だったんなら……。


 まぁ、これで借りはチャラでええがね。


「……いや。却って都合が良い。回りくどい事をしなくて済むようになったからね。元々の狙いは、君かシキ様だったんだから」


「……わんしゃか、おかあちゃん?」


 何を突拍子も無い事を……。


 わんしゃはともかく、おかあちゃんをどうにか出来ると本気で思っとらっせるんか。


 ……いや、違いやーすな。


 出来るかどうかでは無く、何故そこで、わんしゃかおかあちゃんなのかの方が、今は大事なのかもしれーせん。


 ……。


 ……待ちやーせな。

 今ここでその選択肢って。


「まさかっ、おんしゃっ!」


「……さっきも言いかけたけど、この封印を解いてほしい。ここの封印を解いて、死者の迷宮を解放してほしいんだ。君もあいかわらずだね」


「このっドたーけがっ! ありえーせんわっ!?」


 おかあちゃんでさえ、封印するのがやっとだった死者の迷宮。その封印を解けば何が起こるのか。そんなの、馬鹿な私にだって分かりやーす。


 死者の迷宮を解放すれば何が起きるのか。


「再び、亡者デッドマンの行進ウォーキングをこの国に」


 正気の沙汰とも思えーせん事を、真顔で言わっせとる。


「クスハ様はっ? クスハ様もこの事を知っとらーすんか!?」


「いや、クスハ様は何も関係ないよ。僕はもうクスハ様の門下である事も辞めたんだ」


「それこそありえーせんがねっ! おんしゃっ、あんなにクスハ様を尊敬しとったがっ!」


「今でも尊敬してるさ。あの御方にいただいた恩も計り知れない。強く聡明でお優しく、気品があって、気高くお美しい。おの御方の門下である事は僕の誇りだった」


「ほんだったら、なんで」


 一瞬、目の前のアスタスと記憶の中のアスタスがかぶって見えやーした。遠い記憶の中の彼。

 まだ出会って間もない頃のアスタスと。


「僕には……。無理だったんだ」


「アス……タス?」


 何故かは分からーせん。

 分からーせんが……。


 何だかアスタスが泣いているように見えたんだがね。


 泣いて、泣いて、泣き疲れて。

 それでもまだ泣き続けているような、そんなふうに見えやーした。


「もう、限界なんだ。僕には出来なかったんだよ」





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