♯38 進路を南へ
魔王城から続く街道をまっすぐ南に進む。
夕方前にお城を抜け出した私達は、途中に野宿をはさみ、丸一日をかけて、日が暮れる前には目的地の手前にある宿場町にたどり着いていた。
ここで一晩宿を取り、明日の朝一にまたすぐ出発するつもりだ。
そう、宿場町。
魔の国なんて言われていても、一歩外に出ればちゃんと街道もあって町もあり、そこに生活している人達がいて、行き来する人達の為の宿があった。
魔族の住んでいる魔の国なんて言われれば、根拠もなく、魔物の巣みたいなのがゴロゴロ転がってるようなイメージを持っていた自分が恥ずかしくなる。
考えてみれば当然で、食文化も生活習慣もさほど違いは無いのだから、その暮しぶりだってほとんど同じであっても不思議はない。
あれだけ魔族の人達に囲まれて過ごしてきて、外見以外に違いなんて無いんだと理解しておきながら、まだ心のどこかにつまらない偏見と思い込みが残っていたのだと反省する。
ごめんなさい。
よしっ。反省おしまい。
私達が泊まる宿は、一階部分が食事処になっていて、二階三階部分にある部屋を一部屋一晩単位で借りるよくあるタイプの普通の宿で、そんな所もまた人間の世界とまったく同じだった。
もちろん部屋は二部屋取りましたとも。
これでも嫁入り前の生娘ですから。
「ここまでだいぶ急いで来たんですが、ファーラットの奴等の背中を捕まえる事は出来ませんでしたね。どこか途中で追い付く事が出来れば話は早かったんですけど」
片方の部屋に集まって明日以降の話しをする。
カーライルさんが広げた地図を皆で覗き込んだ。
「僥倖を最初から当てにしても仕方がない。あくまで運がよければの話だそれは。当初の予定通り明日は奴等の拠点に乗り込むんだから、予定通りと言えば予定通りだろ」
「あに様。今回の目的はファーラットの殲滅ではなくベルアドネ様の救出です。くれぐれも目的を見失わないようにお気をつけください」
「分かっている。事あるごとに念を押さなくてもそれぐらい間違えたりはせん。信用しろお前は」
「もちろんあに様の事は深く信用しています。ですがいざ戦闘がはじまった時のあに様の猪突さも知っていますので、押せるだけの念は押させていただきます」
「……お前は。最近さらに言うようになったな」
「背中を捕まえる事はできませんでしたが、追加の連絡では間違いなくこっちの方に逃げてきているのは確かなようです。距離の差は時間にして半日弱ってとこでしょうか。奴等も必死になってますね」
ふむふむ。
「拠点となっているのは自然洞窟のようなものの中らしい。正確な場所はいってみないと分からないが、この森の、……ここらか、ここら辺りにあるらしい」
「ここ、ですね。切り開かれた森という訳ではないので何とも言えませんが、あまり奥まってないのはありがたいです」
「いえ、奴等は馬車でベルアドネ様を連れて行っているんですから、それなりの道があってもおかしくはないですよ」
「その馬車をどこかで乗り捨てないとも限らん。あまり都合の良いように考えるのはやめておこう」
ふむふむふむ。
「ですね。すみません。さらに追加の連絡があった時には森の詳細を聞いておきます」
「城で捕らえた奴等からの情報の追加は?」
「先程まとめたものをいただきましたが、目新しい情報は特にありませんでした。あに様とカーライルも一応目を通しておいてください」
ふーむ。
「……」
「……」
「……レフィア様、どうされたのですか?」
「ふむ?」
「貴様がそうしてただ黙ってると気味が悪い。言いたい事があるなら言ったらどうだ?」
「あに様。いくら城外とはいえ言葉が過ぎます」
相変わらず口の悪いあに様だこと。
言いたい事。……言いたい事か。
「こっそり城を抜け出してきた割には、随分と色んな所から連絡が届くもんだなぁと思って」
「何を言ってるんだ貴様は」
「へ?あれ?レフィア様……まさか」
「……レフィア様」
あれ?何だこれ。
何か私だけが分かってないようなこの空気は。
「レフィア様。こっそり城を抜け出したのはレフィア様だけで、俺達はそんな事はしませんよ……」
「はい?」
「俺達はちゃんとセルアザム殿からの指示を受けて動いている。貴様でもあるまいし、自分の仕事を放り出して抜け出す訳がないだろうが、この馬鹿が」
「あに様……。レフィア様、私達はベルアドネ様の救出部隊の先遣隊です。私達の後からちゃんと編成された本隊が続くと、道中ちゃんとご説明さしあげたのですが……、聞き流してましたね」
「……」
っやべ。
聞いてなかった。
「あれ?って事は、こっそり城を抜け出したのは私だけで、それもすっかりバレてるって事?」
「叱られる時はレフィア様だけでお願いします」
ぼそっとカーライルさんがぼやく。
ぐっ、この裏切り者ー!
その時には絶対カーライルさんだけでもどうにか巻き込んでやろうと心に決めた。今決めた。
とりあえず昨日のありがとうを返しやがれ。
「……悪い顔になってますよ」
「淑女の顔を指して悪いとは失礼な。カーライルさんが悪く見てるだけですよ。ふほほほ」
「不気味に笑うな気色悪い」
「あに様」
「まぁ、そういう事なら特に私から言うべき事も、今するべき事も無いのかな?」
「今するべき事は明日に備えて早目に休む事ですね。よければレフィア様は先に下で腹ごしらえして休んでても構いませんよ」
あぐぅ。
カーライルさんの何気無い戦力外通知が突き刺さる。確かにその通りなんだけどさ。
本来なら私はここにいてはいけないんだし、無理矢理抜け出してきたようなもんだし、先の事もまったく何も考えてなかったんだし……。だし。だし。
役立たずだ私。ごめんね。
「そうする。先に下行ってるね」
皆の話し合いの邪魔をしないようにさっさと部屋を後にする。
もちろん遊び感覚で来た訳じゃない。
けど、ちょっと後先の事を考えずに先走り過ぎたなぁと反省する。
何だか今日は反省してばかりだ。
よしっ!
美味しいもんでも食べて気分を切り換えよう!
ここまで来ちゃったもんは仕方ない。
どうせ城に残ってたってウジウジ悩んでるしかなかったんだ。行動に出た分だけでも前向きにならないとね。
一階部分の食事処に下りて席につく。
お腹が空くと気分も落ち込むから困ったもんだ。
壁に張られたメニューを順番に眺める。
焼いた肉、茹でた肉、揚げた肉、……生肉。
肉料理がやたら多い。
……っていうか何の肉なんだかが分からん。
「お嬢さん、もしかしてお一人ですか?」
不可思議なメニューに頭を悩ませている所で、ふいに声をかけられた。
お嬢さんって、私か?私だよね。
随分と久しぶりな呼ばれ方な気がする。
「今は1人ですけど、連れもすぐに下りてくると思いますよ?」
「いや、そんなに警戒しなくてもいいんだ。出来たら少し、教えて欲しい事があってね」
行商人らしきそのおじさんは、声をやや潜めながら私の真向かいの席にさりげなく座った。
こっちの行商人も頭にターバンを巻いてたりするんだね。そうしてると人間と何も変わらないように見える。
ターバンを取ったら、やっぱり角が生えてたりするんだろうか。
「恥ずかしい話、魔王が怖くてずっと人間の世界に隠れ潜んでいたんだ。こんな見た目だろ?あっちに隠れている分には丁度都合がよくてね。けど、やっぱり故郷がどうしても忘れられなくて……。あ、一杯おごらせておくれ。おーい、こっちに果実酒を一杯くれないか」
いいとも悪いとも返事をしてないのに、席に着くなりおじさんは矢継ぎ早に身の上をまくし立て始めた。
リーンシェイドといい、このおじさんといい、私が知らないだけで、人間の世界に隠れ潜んでいる魔族って結構いるもんなんだと実感する。
まぁ、おじさんの言う通り、この見た目なら一見して魔族だなんて分かりゃしないわな。
「それでこっそり戻って来たはいいが、今ここで何がどうなってんのかさっぱりでね」
「教えて欲しいって、そういう事か。けどごめんね。私もそんなに詳しい事は分からないから、出来たら他の人に聞いた方が早いかも」
「そうか、そりゃすまんかったな。……。……なぁ、暴虐の魔王スンラがもう死んでるって聞いたんだが、本当なのかい?」
……ありゃ。このおじさん、そんなレベルか。
これなら、確かに私の方が詳しいかもしんない。
「えっと、先代魔王の事だよね、スンラって。確か、13年前にはもう死んでるハズだよ。おじさん、ずっと知らないままだったんだね」
「13年前っ!?」
「あっちにいると、魔の国の事って、不思議なくらいまったく伝わってこないもんね。知らなくてもおかしくないかも」
「そ、そうだったのか。13年も前に、すでに暴虐の魔王は死んでいたのか……。そりゃ、何て言うか……。うん。おじさんもびっくりだ」
うん。顔が真っ青だ。
相当ショックだったみたいだね。
先代魔王が怖くて逃げてたのなら無理も無いか。
「それから10年ばかりあちこち身内で争ってたらしいんだけど、3年ぐらい前に今の魔王様が立って国内をまとめて、今は荒れた国内を立て直してる真っ最中らしいよ」
「今の魔王……。新しい魔王がもういるのかい」
「うん。魔王リー様って言って、……そこはかとなく変態だけど、悪い……人ではない……、かな?」
「リーって言うのかい。今の魔王は」
うん。魔王リー様。
自分でもそう言ってたし。
「じゃあ、人間の娘を拐っていったのも、その魔王リーなのかい?」
「あれ?それは知ってるんだ。うん。あ、でも、酷い事しようとかそんなんじゃなくて、純粋にお嫁さんになって欲しくて拐ったみたい」
「何だか詳しいようだが、お嬢さんはその魔王リーをよく知ってたりするのかい?」
「うーん。知ってるっていう程は知らないかな」
「その拐われたっていう娘さんは、今も魔王城にいたりするんだろうか」
「あー。んとね。うーん。今は……、いない、かな」
今あなたの目の前にいます。
さすがに、それは言えないよな……。
「いないのか。そうか。お嬢さんは随分と詳しいようだね。もしかして、魔王城にいたのかな」
「あ、うん。魔王城からファーラット達を追いかけて来たんだ」
「ファーラットを?」
「そうだ、おじさん。人間の世界からこっちに来たんだったら、ここに来るまでの途中で若い娘を連れたファーラット達を見たりしなかった?」
「若い娘か……、いや、見なかったが、どんな娘なんだい?気に止めて置くから聞いておきたい」
「んとね。17歳ぐらいのえらく綺麗な子で、少し訛りが酷いかな。これはあんまり大きな声じゃ言えないんだけど、ファーラット達が魔王城を襲撃して来てその子を拐って行っちゃったの。私達は今それを追いかけてるんだ」
「魔王城を襲撃して……、そりゃまただいそれた事をしでかしたもんだね。……その子はもしかして、その魔王の花嫁の子だったりするのかい?」
「花嫁……、候補だとは聞いたかな」
自称が頭につくけど。
「……そうかい。色々と教えてくれてありがとう。これはほんのお礼だ。好きなものでも食べておくれ」
「ありがとう。おじさんもこれから色々と大変かもしんないけど頑張ってね」
テーブルの上に幾らかの硬貨を置いて、おじさんは席を立った。どうやら酔っ払いのナンパとかじゃなくて、本気で色々と知りたかっただけみたい。
……何かの役に立てたのならいいけど。
誰も彼も皆、一所懸命生きてるんだなと思う。
それこそ人間も魔族もないくらいに。
さて、改めてメニューをと眺める。
その時になって私はある失敗に気がついた。
自分の犯した過ちの重大さが信じられない。
そうだ……。
何で忘れてたんだろう……。
後から悔やむのだから後悔と言うんだ。
「……ここのメニューのお肉、何のお肉かおじさんに聞いとけばよかった」
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