♯32 白昼の襲撃
白の宮が完成した。
侍女頭のレダさんとばるるんの指示の下、オーガ達が不眠不休で働き、驚くべき早さで直し上げた。
その職人魂には心から感服します。
エントランスホールだけとは言え、あれだけ見事に吹き飛ばされてたハズなのに、ものの見事に元の真っ白い異様な宮が再建されきっていた。
今回頑張ってくれたオーガというのは、リーンシェイド達のような夜叉族に近しい種族で、建築や細工物が得意な種族なのだそうだ。
魔王城の増改築や調度品の仕立てなど多種多様な場面でその手腕を発揮してくれているらしい。
中には3日で大河に橋を架けた伝説級の強者もいたのだと、自慢気に教えてくれた。
容れ物が出来たなら後は中身だ。
今まで使っていた調度品も一新するのだそうだ。
何も使える物をわざわざ取り換える必要はないんじゃないかなと言ったら、こういう細々とした所で積極的にお金を使う事もまた、大切な事なのだと言われてしまった。
そうする事で人と物が回るのだそうだ。
ばるるんがドヤ顔で教えてくれたけど、あんまりよく分からんかった。
お金を使わないお金持ちはうんちの役にも立たないと毒づいていたから、お金持ちはとにかくお金一杯を使えと言う事らしい。そうすればうんちの時に役に立つのかもしれない。
長ったらしい解説を私がそう適切にまとめたら、ばるるんはとても残念そうに頭を抱えていた。うら若き乙女の前でお金持ちのうんちの話をするばるるんの方こそ、どうかと思うんだけど。
解せぬ。
運び出すものと運び入れる物とで、宮の周りはごったごったと賑やいでいる。まるで小さな市場がたったかのように騒がしい。
見てるこっちまでウズウズしてくる。
市場いいよね。市場。
雰囲気だけで、そこで買い食いとか出来る訳じゃないのが難点だけど。
雰囲気だけでも楽しいじゃん。
普段は厳しく出入りを管理している魔王城も、今日1日だけは緩く解放しているそうだ。そうでもしないと門の出入りだけで万乗の山が連なってしまう。
賑やかなのは楽しいね。
人が沢山いるってだけで、どうしてこうもワクワクするんだろうか。
「田舎娘にしては良い茶葉を飲んでいらっしゃるのですわね。飲み慣れていない貴女には少々勿体ないのではなくて」
品のある仕草でティーカップを傾けた後、当然のように扇で口元を隠すベルアドネ。
否定はしないけどお前も田舎者だろが。コイツの郷里であるヒサカの地は、魔の国でもかなりの辺境で、他所との交流もあまり盛んではないのだそうだ。
まあ、素だとあれだけ訛ってんだから、田舎さ加減は推して知るべし。
それよりもこんな変態と自室でわざわざ向かい合ってお茶飲まんといかんとか、何の罰だよいったい。
朝方は白の宮の方にいたのに。
こんな時に遊びにくるなよ珍客。
その為に自室にまで戻ってこなきゃならなくなったじゃないか。こんちくしょう。
「あんだけ散々訛りさらしといて、今更とってつけたかのように扇使われてもな……。それ飲んだら帰ってね」
「これは私の身体の一部のようなものですの。それよりも貴女、私の話を聞いてまして?白の宮の落成祝いと先日のお詫びも兼ねて、この私が直々に貴女の宮移りをお手伝い差し上げにまいりましたのよ?」
「うん。いらんから帰って」
「遠慮なさる事はありませんわ。こう見えて私も郷里では色々とこなしてまいりましたの。そこいらにいる1人じゃ何も出来ない箱入りのボンクラ共と一緒にしとったらーすとっ、手を引っ張らーすなっ!」
この扇、ちょっとでも口元から外れるともう効果がなくなるんだね。繊細な作りっぽい。
「とりあえず貴女こそ人の話は聞いてね。今日は白の宮へ調度品を運び入れる日だからあんまり付き合ってらんないの。早く向こうに行きたいんだってば」
「いいですわよ。お行きになっても。だからお手伝い差し上げると言ってるんですの。こちらの片付けはして置いて差し上げますので、どうぞあちらへお行きなさいな」
お?
暴走妄想ド変態残念娘が意外な事を言う。
あれ?こんな好感度のある子だっけか。
ただ面倒臭いだけの子だとばかり思ってた。
「……どうしたの?急に」
「ただの気まぐれですわ。人の好意ぐらい素直に受けなさいな。ただ、まぁ、ちょっとね。分かってて献上したとはいえ、幾何かの後ろめたさはあったりはしたもので……」
「何の話?」
何故か視線を逸らされた。
何の事やらさっぱり分からないけど、何かの贖罪気分で手伝ってくれるっぽい。
例の白マッチョ軍団の事だろうか。
あれはあれで最後は役に立ったし、今はもう存在しない公然ワイセツ物だからそんなに気にしなくても良いんだけど……。
あくまで好意と言うなら受け取っておこうかな。
「ありがとう。そういう事ならここはお願いするね。あんまり無い機会だったからあっちに行きたかったんだ。片付けっていっても私物なんて無いし、好きにしてていいから」
「最初からそう素直に出る事ですわ。いいからさっさとお行きなさい。仔犬のように落ち着かない様を見てるとこちらにまで伝染ってしまいそうですわ」
鬱陶しそうに片手であしらわれた。
物言いは皮肉っぽいけど、ほとんどあの扇の所為だって分かって聞いてれば腹も立たない。
訛りを隠す為でもそんだけ皮肉がきつくなるなら、かえって周りの心証も悪くなるような気がするんだけど。そういうのは構わないんだろうか。
まぁ、構わないんだろうね。
話が早いのはとても助かる。
軽く礼をして私は自室を後にした。
そんなに急がなくても、多分今日は1日がかりでの搬入になるから大丈夫なんだけど。そうでなくても今は魔王様達が城にいなくて、ただでさえ少ない知り合いもさらに少なくなってるし。
魔王様達が聖女様達の迎撃に城を出て、やっぱり少しは心細いんだろうか。私は。
魔王様は出来る限り善処してくれるって言ってくれたけど、別に魔王様もしたくて迎撃に出ていった訳では無いってのは、分かってるつもりではいる。
事が万事平穏に済む保証なんてない。
どちらにも怪我なんてして欲しくない。
聖女様達にも魔王様達にも。
随分と人間の世界を裏切った考え方をしてるっていう自覚はあるんだけど、今までが魔族の事を知らなさ過ぎたのだ。
こうも身近に接していると、魔族だからとか人間だからとかで傷つけ合う事が、とても馬鹿馬鹿しい事のように思えて仕方がない。
どっちも同じように悩んで苦しんで生きてる。
互いに互いを知れば誰もが皆気づくと思うんだけど、1200年もそれが出来ずにいる。
それにはきっとまだ私の知らない理由があるような気がしてならない。
それが何かは分からないけど。
分からない事にモヤモヤする。
う~ん。
やっぱりこいう時はパァーっと明るく気分を切り換えないと袋小路にウダウダだよね。
パァーっといこう。パァーっと。
ズドッガァァァアアアアアン!!
ドッゴォォォオオオオオン!!
モヤモヤ考えながら魔王城から出て白の宮が見えたと思った瞬間。轟く爆音に足元が揺れた。
白の宮の前に集められていた荷物と人の群れの一角が爆発して、もうもうと煙が立ち上っている。
ガヤガヤとした喧騒が一瞬の内に怒号と悲鳴に置き換わった。
「何!?」
思わず耳を塞いで蹲ったけど、こんな所で狼狽えてても何か分かる訳でも出来る訳でもない。
私は逸る心のままに白の宮の方へ駆け出した。
グォガァァァアアアアア!!!
空気がビリビリと震えた。
続け様に前の方から物凄い雄叫びか響いた。
これ……。この声はもしかしてばるるん?
腹の底をひっくり返すような威圧を含んだ、気弱な人が聞いたらすくんでしまいそうな、獰猛な殺意の込められた雄叫びだ。
「一匹たりとて逃しはせんぞ!!」
白の宮の前まで到着すると、モクモクと煙る場で、大柄な虎のおっさんが怒気を纏って周りに指示を飛ばしていた。
ばるるんの身体からは黒い靄が勢いよく広がって辺りを満たしている。いつか見た黒い靄だ。やっぱりあれが魔力なんだと今なら分かる。
「ばるるん!何があったの!?」
「レフィア様。ご無事で何より。ファーラット共が仕掛けてきておりましてな。陛下のおらぬ隙を狙って来たのでしょうが御心配には及びません」
「ファーラット?」
「その辺りで転がっている大きな鼠共でございます。襲いかかってきた度胸は認めますが、威圧の雄叫び1つでこうも身動きしなくなるとは。やはりもって取るに足らぬ奴等ですな」
ばるるんに言われて足元を見ると、確かにそこいらに大きな鼠のような獣が転がっていた。
ざっと見で15体ぐらいだろうか。ずんぐりとした毛皮の身体に枯枝のように細い手足。大きさは私がひと抱えすれば済む程度で、10歳前後の人間の子供ぐらいの大きさだろうか。
すべからく白目を剥き手足を痙攣させている。
「鼠人。かつてのスンラを崇拝し、今世陛下を害そうと企む輩にございます。何やら不穏な動きをしておるのは分かっておりましたが、このような軽挙妄動に出るとは。追い詰められて自暴自棄になったとしか思えませんな」
「さっきの爆発。怪我人は!?」
「煙と音は派手でしたが規模そのものは小さかったようですな。麻痺毒を拡散させる為の物だったのでしょう」
「毒っ!?それって大丈夫なのっ!?」
物騒な言葉を聞いて肝が冷える。
ばるるんは得意気に胸を張ってニヤリと笑った。
「対抗魔法ですでに無効化してあります。野外で拡散し過ぎて効果が薄かったのも幸いでした。被害は今確認をさせておりますが怪我人はおらぬようですな。一体何がしたかったのやら」
「魔法って……。ばるるんもやっぱり魔法が使えるんだ。虎なのに」
ふふん。といった感じの得意気な顔がイラつく。
リーンシェイドやレダさんもそうだけど、ばるるんもかなり態度が崩れてきてるよなぁ。こんな茶目っ気のあるおっさんだったけか。
怪我人がでなかったのは朗報だ。
音だけはやたら大きかったしね。
「今ファーラット共を捕らえております。無謀な行為でしたな。これを機に色々と聞き出さねばならない事もありますので」
「何がしたかったんだろうね」
「はてさて。陛下を狙っていたと睨んでおったのですが。このタイミングには腑に落ちぬものもありますな。陛下を狙っても無駄と悟り目標を変えてきた可能性は確かにありますが」
訝しみながら私を見て考え込むばるるん。
目標を魔王様から……。私、かな?これは。
それで白の宮を襲ったのかな?
私はいなかったけど。
「なんで私なんかを」
「狙いは悪くないのですが、計画が杜撰に過ぎますな。陛下と共に近衛の数も少ないとは言え、これしきの事でどうにかなるものでもありますまいに」
「そうなんだ……。爆発音が2つもあったから何が起こったのかって焦っちゃった」
「……。2つ?」
ばるるんが険しい顔付きで振り返った。
うん。2つ。
確かに爆発音は2つ聞こえた気がしたんだけど。
急にどうしたんだろうか。
……。
あ。
同じ考えに至ったのだろう。
ばるるんと私は同時に走り出した。
「間近での爆発だったとは言え迂闊であった!まさかもう1つの爆音に気付かないとはっ!!」
全力で走りながらばるるんが言い捨てた。
確かに物凄い大きな爆音だった。
あれが間近で轟いていたのならもう1つを聞き逃したのも無理は無いかもしれない。離れていた私でさえあの爆音には驚かされたんだもん。
もしあれが、私を狙っての襲撃だとすれば狙いはもう1つあって当然だ。むしろあの場にまだ私はいなかったんだからもう1つの方が本命かもしれない。
ばるるんは言った。
麻痺毒の拡散を狙ったのかもしれないって。
野外だったから効果が薄かったって。
じゃあ、屋内だったら?
今あそこには誰が残ってた?
私の変りに部屋を片付けてたのは。
扇の所為で皮肉っぽい所もあるし、変態だし、人の話を聞かない所もあるけどどこか馴れ馴れしい、扇を口元に当てて高慢にふんぞり返る暴走妄想ド変態残念娘の姿がちらほらする。
「ベルアドネ……」
不安が胸を差し貫く。
ばるるんは魔法で対抗したと言っていた。
ベルアドネも魔法は得意だって聞いた。
だから多分大丈夫だ。何事もないハズだ。
何事もなくまた高慢にふんぞり返って皮肉の1つも言って扇をパタつかせるハズだ。
……考えてたらイラついてくるな。
無事な姿を確認したら一発どついておこう。
自室付近は瓦礫が飛び散っており、扉のあった所は爆風でか見事に吹き飛んで大穴が開いていた。
焦躁にかられ、未だ煙る部屋の中へ走ってきた勢いそのままに飛び込んだ。
「ベルアドネ!!いたら返事して!!!」
麻痺毒とは聞いていたけど、やたら煙たいだけで効果の方はそれ程でも無いようだ。爆発の規模も小さかったし強い毒では無いのかもしれない。これならベルアドネも大丈夫だろう。
きっと爆音に驚いているだけで……。
ドタッ!!
後ろ背に倒れる音を聞く。
振り返ると、私に続いて部屋に入ってきたばるるんが、呻き声1つ上げずにその場で倒れた。
「ばるるん!?」
「のうろが……たかふて……。たいおうまほう……」
濃度が高くて対抗魔法が効かない。かな?
ばるるんを抱え起こすと、全身どころか舌まで動かしづらそうにしているのが分かる。
魔来香の時と一緒だ。
あの時も私は平気だったけど、リーンシェイドとカーライルさんは魔来香に酔っていた。今も私は平気なのにばるるんだけが麻痺毒に犯されている。
「誰も部屋に入ってきちゃ駄目!!!」
部屋の外に集まってきていた足音に向かって叫んだ。ばるるんを抱えて部屋から出ると、城内に残っていた近衛騎士達が部屋の外で待機していた。
「レフィア様!バルルント卿!」
「麻痺毒にやられたみたい!すぐに解毒の出来る人を!!」
「私が!!」
いつかの治療術師の人が進み出てきた。
ばるるんをその人に渡すとすぐさま踵を返して私は部屋の中へと戻った。みんなが声高に静止を呼び掛けてるけどごめん。聞けない。
「ベルアドネ!変態残念っ子!」
部屋の中を探し回ってみたけどベルアドネは見つからなかった。元々そんなに物もない部屋だ。片付けも早々に終わってとっくに部屋から出ていたかもしれない。
きっとそうだ。
今頃はきっと……。
部屋の片隅。着替えが置いてある棚の下。
麻痺毒の煙が薄まる床の上にそれはあった。
黒い豪奢な飾り彫りのある黒い扇。
見間違うなんてありえない。
ベルアドネの訛り隠しの魔法の扇だ。
「っ!?なんでっ!?」
やり場のない憤りを押し込めるかのように。
私は黒い扇を力いっぱい握りしめた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます