♯30 魔王の憂鬱3



 執務室の椅子に力なく沈み込む。


 街道の整備、税制改正、物流管理とまだまだこなさくてはいけない仕事は決算書類の束となって、机の上に山のように積み上がっている。


 スンラの暴政や、その後の混乱でズタズタになった国内のインフラの復興はかなり遅れている。

 魔王という性質の所為かスンラに限らず、歴代の魔王達もこれまで内政には力をいれてこなかったようで、そのツケは膨大な仕事量としてさらに重くのし掛かっていた。


 バルルントを呼び戻そうかな……。


 レフィアに取られた有能な事務方が恋しい。

 宰相として働いてもらっていた時からその働きぶりは認めていたが、いなくなった今はそれでもまだ過小評価していたのだと痛感させられる。


 バルルントの抜けた穴は俺とセルアザムとでどうにか分担して補ってはいるが、どうにも手が足りなさすぎて補いきれない。


 正直頭が痛い。


 魔王としての強権を発動して無理矢理バルルントを呼び戻す事もチラリと考えたが、今の彼の楽しそうな様子を見るに中々踏み切れないものもある。


 というか、楽しそうなんだよな、アイツ。

 人型とらずに虎のままだし。

 俺なんて、どんな顔してレフィアに会ったらいいのか悶々と悩んでいるっていうのに。


 知らなかったとはいえ、自分の全裸像をずらりと並べて彼女を泊まらせていたようだ。

 ただの変態でしかない。

 マジで勘弁して欲しい。


 しかも気を使ったのか知らないが、実物よりも大きく作ってあったとか。ナニが。


 いらんだろ……。その気遣いは。


 実際フォローのつもりなのか、レフィアにそれをそのまま言われた時には涙が出そうになった。


 最近レフィアに関わるとこんな事ばかりが続いてる気がする。

 そもそも、誰だよ魔王リーって。

 俺の方こそ知りたいよ。


「はぁ……。やっぱり傷が深くならない内に、ちゃんと名乗り出るべきなんだろうな」


 分かってはいるが儘ならない。

 出来るならとうにしている。

 言い訳にしかならないけれど、強大な敵に立ち向かうのとはまた別の種類の勇気がいる気がしてならないんだよな……。


 ヘタレな自分が恨めしい。


「陛下。よろしいでしょうか」

「おうわぁっ!?セ、セルアザムか」


 物思いに沈みすぎてた。

 駄目だな、こんなんじゃ。

 思考を早々に切り換えないといけない。


「以前より懸念のあったアリステア聖教国の動向について、さらなる報告がございました」

「アリステア……。レフィアのいた国か。確か今代の聖女がいるのだったな」

「法主自ら軍を率いて出陣したそうです」

「……。……どこへだ?」

「公表された言い分を信じるのであれば、魔王に拐われた哀れな娘を取り戻しに行くのだとか」


 ……。……マジか。

 両手で頭を抱え込んでしまう。


「よもや本当に村娘1人の為に軍を動かすとは……。セルアザムはこれをどう思う?」

「領民1人の為に軍を動かすなど普通はありえないのでしょうが、今回に限りは別かと。まず間違いなくこちらに仕掛けて来るでしょう」


 だよな。普通はありえないよな。

 けど何となくだけど、こうなるような気はしてたのもまた事実。本当に何となくだけど。


 これまで人間達に余計な刺激を与えないよう極力接触を避けて来た。そこで起きた拐かしだ。あちらもあちらで何かあるのかと深く勘ぐって来ているかもしれない。

 沈黙の時間の長さだけ余計に警戒してくるのは、容易に想定できる範囲だ。


「他の国に対する牽制の可能性は低いか……。レフィアを連れて来てから1ヶ月。またえらく動きが早い。少なくとも3ヶ月はかかると見ていたのだが。動いたのはアリステアだけか?他に同調を見せる国は?」

「今の所はございません。アリステア単独による軍事行動のようです。法主の他に聖女マリエルと勇者ユーシスの姿も確認されました」

「今代の聖女と勇者か。豪華な事だな」

「数はおよそ1500。兵種の半数以上が騎兵で編成されているようでございます」


 半数以上が騎兵?それはまた。

 領内に入っての占領は視野に無いのか?

 騎兵だけでは砦を落とすのも難しかろう。

 行軍速度と威圧行動を旨とした感触を受ける。

 まぁ、一歩たりとて領内に入れる気は無いが。

 奴等がどれだけ本気なのかは気になる。


「予想される進路は?」

「遅くとも1週間以内にはアハート砦かフィア砦に迫るかと思われます」

「行軍速度してはかなり早いな。何をそんなに焦ってるんだか。迎撃には俺と近衛騎士団300で戦力としてはお釣りがくるだろう。アハートとフィアのどちらに来ても構わぬよう両砦とも使えるようにしておこう」


 近衛騎士が騎乗すれば人間達の騎士5人に相当する。勇者と聖女の戦力が未知数ではあるが、合わせてもこちらの戦力を上回る事は無いハズだ。

 砦を盾に使えばさらに優位性も高まる。


「陛下、近衛の半数は残していかれた方がよろしいかと。バルルント殿が密かに内偵を進めていたファーラット達が何か動き始めた様子にございます」

「ファーラット。鼠人か……。バルルントはそんな事までしていたのだな」


 スンラの暴政によって、全ての者が恐怖と絶望に組み敷かれていたかと言うと、実はそうでもない。僅かばかりではあるが、暴虐の魔王から恩恵を得ていた者達も存在していた。


 ファーラットと呼ばれる鼠人もその1つだ。


 魔の国にあって最弱層に位置する彼等は、言ってみれば弱すぎた。ゴブリンでさえもゴブリンロードの出現を懸念され粛正の候補に上がったというのに、彼等は全く相手にもされなかったのだから。その弱さたるや相当なものだ。


 その弱さこそが彼等に立場の逆転を与えた。


 それまで虐げられ嘲笑われてきたファーラット達は逆に、自分達を見下してきた相手がスンラによって粛正されていく様を喜んだ。

 そして更には自分達が放置されている事を利用し、スンラによって追い込まれた種族達を襲い、誘拐し、略奪の限りを尽くしたのだ。

 無論スンラ亡き後には彼等はその報復をしっかりと受けた。以前の彼等の境遇を考えれば多少同情しないでもないが、正に自業自得というのだろう。俺はあえてそれを止める事をしなかった。


 強制された訳でもなく自分達でやらかした事の責任は、自分達で負うべきだと判断したからだ。


 今でもその判断が間違っていたとは思わないが、ファーラット達が追い込まれていた事は確かだった。文字通り窮鼠となった彼等が何をしでかそうとしているのか、警戒は必要だ。


「分かった。その通りにしよう。鈴森のような事もある。セルアザムには俺の代わりに城に残っていてもらいたい」

「承りましてございます」

「色々と苦労をかけてすまない」

「いえ。これも役目でございますので」


 やっぱり足らないよな。人手が。


 セルアザムが退室し独り言た所で俺付きの侍女が更なる来訪者を告げた。呼び出しておいたベルアドネだ。

 入室を許可すると彼女は静々と入ってきた。

 いつものように扇で口元を隠しつつも、どこか寂しそうに肩を落としている。一見反省しているようには見えるが、外面だけなら何とでもなる。

 さて、説教をかますか。


「ベルアドネ。分かってるとは思うが……」

「マオリ様っ。いえ陛下。お話しの前にどうかこれをお納め願えませんでしょうか」


 コトリ、と。ベルアドネが掌大の円盤状の石を机の上に差し出した。

 見た所なにやら魔法がかけられているようではあるが見たことの無いものだ。

 全体的に白っぽく、真ん中から何やら小さな輪っかがひょこんと突き出している。


「つい先だって完成したばかりの魔術具にございますの。是非とも陛下に献上いたしたく持ってまいりました」

「あのな、こういうまいないめいたモノでどうにか……」

「好きな彫像をお好みで作成するものですわ。傀儡術の応用でどのようなモノでも出来ますの」

「だからお前は人の話をちゃんと……」

「しかも手順はとても簡単ですのよ。真ん中のリングにモデルとなる方の髪を一筋結び付け、魔力を籠めるだけで形を成しますの」

「……それは。……ちょっと凄いな」

「普段はこのように平べったい形をしておりますが、一度形を成してしまえば術者の任意で、愛でたい時愛でたいように姿を形成いたしますのよ」

「ほほぅ」


 少し興味が湧いた。

 机の上の魔術具を手に取ってみる。

 確かに一見するとただの石だが、中に複雑な術式の魔法が籠められているのを感じる。


「ご説明するより一見にしかずですわ。まずは私の髪の毛で申し訳ないのですが、お試しご覧くださいませ」


 ベルアドネが自分の髪の毛を一筋抜きとり、机の上に置いた。今すぐ試してみろという事か。

 説明の通りならベルアドネの姿を形成するのだろう。実用性はともかく、確かに面白そうだ。


 言われた通りベルアドネの髪の毛を輪っかの部分に結び付け魔力を籠めてみた。


 魔術具が魔力に反応すると、髪の毛を結び付けた輪っかが石の中にスゥーッと吸い込まれていく。

 円盤状の石の上面が淡く輝きだすと、そこから小さなベルアドネが円盤状の石を台座にして、浮かび上がるかのようにして形成され始めた。

 てっきり白い彫像になるかと思っていたら、肌の色も髪の色も本人と同じで、まるでそのまま本人を小さくしたかのような緻密で精細な人形が出来上がっていく。


 全裸だった。


「……おい。なんで全裸なんだ」

「美しきモノを美しいままにして置きたい。ただそれだけの事ですわ。肉体の持つ美しさに罪はありませんですもの」


 ミニチュアとはいえ本人を目の前にして本人の裸像を観察するのは気恥ずかしさが勝る。

 視線を伏せ勝ちに逸らしながら、魔術具に魔力を籠めるのを止めると石は元に戻った。


「何気に凄い技術だとは思うが、恥ずかしくないのかお前は。一応嫁入り前の娘だろうが」

「陛下が貰ってくだされば何の問題もございませんですわ。以前よりそう申し上げているではありませんか」

「……だからお前は人の話を」

「不本意ではありますが、これは誰の髪の毛を使ってもその当人の姿を形作りますの」


 ガタッ


 その言葉の意味する所を瞬時に悟り、思わず椅子から腰をあげて身を乗り出してしまった。


「誰のでも、……だと?」


 ベルアドネは1つ物悲しげに溜息をつくと、口元を隠していた扇でさらに顔の半分を隠した。


「本来であれば、私の姿を陛下に愛でていただきたく献上したかったのですが、それも私の陛下へのただ一途な一方的な思いでしかありませんもの。陛下がどなたの姿を愛でるのかまで束縛する事なんて出来ませんですわ」


 ごくり。と生唾を飲み込んでしまった。

 誰のでも、誰の髪の毛であっても可能だと?

 マジか。マジでか。

 なんてものを作ってくれたんだお前は。


 ……でかしたぞベルアドネ。


「分かった。確かにお前の言う通り、肉体の持つ美しさを表現しようと思えば全裸もまた仕方ないな。それは美しさの1つの表現であって、それを見て卑しく思う者の心こそ最も卑しいのかもしれぬ」

「陛下なら必ずご理解いただけるモノと思っておりました。さすがは魔王様でございますわ」

「うむ。私に黙って白の宮の彫像を作り替えた事は不問に処す。美しさの表現であれば致し方あるまい」

「ありがとうございます陛下」


 扇の向こうでベルアドネが微笑む。

 うん。外見だけなら美人なんだよなコイツも。

 魔法に関しては天才的な所もあるし。

 よくもまぁこんな繊細な魔術具を作り出すもんだと、その技術には心から関心する。


 うん。よくぞ作った。


 さて、後はどうやって髪の毛を手に入れるかだ。

 素直に言って、くれるだろうか。


 本当に悩みとは尽きぬものだと痛感した。





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