魔王の嫁。はじめました

由房はじめ

第1章 魔王の花嫁

♯1 謁見の間



 毒々しい鬼の顔が彫り込まれた扉が開かれる。


 何も入り口の扉に、こんなのわざわざ彫り込まなくてもいいのに。カーッと牙を見せて大口を開くその顔を見てげんなりとする。


 気弱な人なら多分ここで帰る。

 私だって出来れば進みたくない。


 沈痛な面持ちで一歩目を出し渋ってると、両脇に立つ厳つい全身鎧の騎士に進むようにと急かされた。


 そうですか。駄目ですか。


 知らず小さなため息がもれる。


 駄目なら駄目で仕方ない。ここまで来てしまったんだもの、それなりに諦めもついてる。


 覚悟を決めて目の前にまっすぐ敷かれた赤い絨毯の上へと歩みだす。


 両開きの大きな扉の向こう側には、これでもかという位に広い空間が広がっていた。


 噂に聞く所の謁見の間ってのかな。


 黒い大理石の床の上にど真ん中を貫くようにして敷かれた赤い絨緞。高い天井から釣り下がるシャンデリアには骸骨が模され、立ち並ぶ柱にはそこかしこに翼の生えた悪魔みたいな生き物が彫刻されまくってる。


 とりあえず、私の趣味とは違う。


 室内の趣味趣向はともかく、そこに集まった有象無象の見物客からの奇異の視線が突き刺さる。

 中にはあからさまな敵意さえ向けられてる気がする。気持ちは分かるけど少しは遠慮もして欲しい。


 だいたい来たくてここに来たんじゃない。


 歓迎されるなんてこれっぽちも思ってなかったけど、ここまで険悪な雰囲気で囲まれるとは。


 気鬱な気分がさらに落ち込んでいく。


 千年の昔から人と対立する魔物達。

 その魔物達を統べる魔王がいるという、魔王城。


 私は今、その魔王城の謁見の間を奥へと進んでいる。


 赤い絨緞の行きつく先にいる、偉そうな玉座に偉そうに鎮座する偉そうな魔王の元へと向かって。


 禍々しい全身鎧に身を包んだ、魔王。


 私は、魔王の花嫁として連れてこられた。


 ふざけんな。


 こういうのって、一国のお姫様だったり、伝説の聖女だったりの役所だろが。


 そんなお姫様を白馬の騎士様だとか異界の勇者様だとかが助けにくるってのがお伽噺の王道だろうがよ。


 こっちは生まれも育ちも生粋の農家。

 生まれてこの方17年、恋愛のれの字もなかった純粋乙女っ子ど真ん中。


 何が悲しくて人外魔王の花嫁なんかにならにゃならんのか。


 いつもの通りに鶏の羽をむしりながら卵の数を数えてると、ソイツは突然やってきた。突然やってきて、何の因果か私を名指しで魔王の花嫁に指名してきやがった。


 何の罪も無い田舎の善良な娘が何でそんなもんに名指しで指名されなあかんのか。


 むかっ腹がたったのでソイツをボコしたのが悪かった。


 おかげて今度はめっちゃ凶悪そうなヤツが出てきて、今度はソイツをボコしたら、ついには村人達を人質に取りやがった。


 にそこまでするか? 普通。


 そんなこんなでここまでは来たけれど……。


 駄目だ。思い出したらムカムカしてきた。

 気づけばもう魔王の目の前まで来てる。


 どうしてくれよう、これ。


「マリエル村のレフィアで、相違無いな」


 さっきから偉そうに玉座に座ったまま微動だにしない魔王に代わって、一段下に控えてるおっさんが声を張り上げた。


 自分じゃしゃべらないってか。


 その無意味に偉そうな態度にも腹が立つ。


「違います。人違いじゃないですか」


 睨まれた。


 名指しで指名してきたくせに。

 分かってんなら聞くなよ。


 初老のおっさんは似合わないバリトンの美声でウォッホンと一つ咳払いをすると、私の両脇にいた鎧騎士達を下がらせた。


「陛下の前へ進み、跪いて忠誠の言葉を」


 ……。


 ……。


 ……は?


「陛下の前へ進み、跪いて忠誠の言葉を」


「ふざけんな」


 忠誠の言葉だ?


 誰が、誰に? ……何で?


「ぐっ……。貴様っ、何度も言わすでない。陛下の前へ進み、そのこうべをたれ、その身を陛下に捧げ奉ると忠誠を誓うのだ!」


 話にならん。


 何、それ? 忠誠? 身を捧げる?


 ありえないでしょ。


「嫌です」


 きっぱりはっきりと言い切ってやる。


「貴様っ! 自分の立場が分かっておるのか!? いいから貴様はそこで跪き、言う通りにしておれば良いのだ!」


 血の気の多いおっさんだ事。

 何だか知らんけど、黒い炎のようなものを背中から吹き上がらせ、怒りも顕に怒鳴り始めた。


 周りにいる奴らまでざわつきだす。

 落ち着いてみればこのおっさんといい、周りにいる連中といい、一見して人と変わらない姿をしているのが多い。


 中には、人の姿とかけ離れてるのもいるけど。


 魔物というからには、もっと異形の生き物で溢れてるとおもったのに、意外にそうでもないらしい。


 ……うん。段々と落ち着いてきた。

 それなりに緊張してた自分を取り戻す。


 確かにここまでは素直について来たけどさ、別に唯々諾々と最後まで言う事に従おうなんて、これっぽっちも思ってないんだから、こっちは。


 我慢してた分だけ、ぶちまけさせてもらう。 


「突然花嫁だなんだと決めつけて、無理矢理ここまで連れて来て、あげくに跪いて忠誠を捧げる? ふざけんな。誰がするかっ! そんな真似」


「陛下の御前で、何と無礼な物言いをっ!?」


「無礼もクソもあるか! このスットコドッコイ!」


 ……スットコドッコイって何だっけ。


「魔王と聞けば誰でも言う事を聞くと思ってんの? ふざけんなっ! そんなん、お伽噺の中だけでじゅーぶんだっての! えっらそうにふんぞり反ってるけど、たかが私みたいな村娘一人捕まえて、何を大袈裟にしてんだかっ、器が知れるわよ!」


「だ、黙れ黙れ黙れ! このっ小娘がっ!」


 おっさんは顔を真っ赤にして唾を飛ばす。

 魔王の方は微動だにせず、座ったままだ。


 これだけ言っても反応無しか……。


 その余裕ぶった態度も気に食わない。

 魔王に対して、ビシッと人差し指をつきつける。


「だいたいにして、あんたもあんたよ! 魔王!」


 サーッと周りから血の気が引く気配がした。


 魔王に指を突きつけた事に、側近の目も、これ以上無いくらいに大きく見開かれた。


「花嫁だなんだと人に求婚するなら、それなりの誠意ってもんがあるでしょっ! 村の人達を人質にとってまで無理矢理連れて来ておいて、それが曲りなりにも花嫁を迎える態度なの!? どんだけ恥ずかしくて醜い素顔だろうと、兜をとって顔を見せるのがせめてもの誠意ってもんでしょーが! それが何よ! 完全防備で偉そうにふんぞり反ったままで! 素顔が恥ずかしいならもう千年、顔を洗って出直して来いっ!」


 ……よし。言い切った。


「この娘を八裂きにしろっぉぉおおお!」


 おっさんが額に青筋を浮かべて叫ぶ。


 思うがままに言い切る事が出来た。

 乙女17、短い人生だったけど悔いは無い。


 ……いや、あるけど仕方ない。


 カチャカチャっと黒い鎧をまとった騎士達が、手に手に剣を抜いて私の周りを取り囲む。


 反省もしない。これが私の生き方だ。


 乙女の矜持を甘くみるなよ。

 誰が魔王の花嫁なんかになるもんか。

 文字通り、死んだって嫌だよそんなもん。


「決して楽に殺すな! 五体をバラバラに引き裂いて、生きたまま火炙りにしてくれるっ!」


 生きたまま火炙りって……。

 バラバラになったら普通は死んでる。

 無茶な注文つけてんじゃない。


 抜剣した騎士達がジワリとにじり寄ってくる。

 さすがにこれは、……無理だろうな。

 とうに覚悟は決めてるとはいえ、せめて痛いのが一瞬で終わってくれますように。


 ささやかな願いをこめて、私は目を閉じた。


「でしゃばるなっ! バルルント卿!」


 騎士達の壁の向こう側から、怒鳴る声がした。

 鎧の騎士達の手が、止まる。


「アドルファス!? 若造はひっこんでおれ!」


「身の程をわきまえよと言っているのだ! お前達も剣を納めよ! 陛下の御前であるぞ!」


 声の主に言われ、鎧騎士達は困惑しながらも剣を鞘へと納めた。


 ……何だ?


 思いがけない展開に、そぉーっと薄目で様子をうかがう。


「陛下の腹心とは言え、勝手が過ぎるのではないか! このような場にしゃしゃり出てくるとはっ!」


「勝手が過ぎるのは貴殿であろう! これなる娘は陛下の意向によりここにあるのだ。例えこれが田舎の猿だろうとイボイノシシだろうとブタゴリラだろうと、陛下の意向無くして貴殿の好きにして良い訳ではあるまいっ!」


 ……猿。

 ……イボイノシシ。


 ブタゴリラって何じゃい。


「たかが人間風情が陛下を罵ったのだぞ! この無礼者を貴様は許せというのか、アドルファス!」


「その裁可を下すのはバルルント卿、貴殿ではなく陛下だと言っているのだ」


「若造が生意気を抜かすな!」


「バルルントもアドルファスも、もうよせ」


 言い争いを続ける二人を、魔王が止めた。


「もう良い。二人ともそこまでにしておけ」


 ……あれ?


 何だか思ったよりも妙に声が若い。

 それに何だか、ぐったりと疲れてるようでもある。


 ……どうした?


 あれ?

 これが魔王?

 何か雰囲気が思ってたんと違う。


 魔王に止められた二人は、渋々ながらも下がっていく。

 ざわついていた場内も、いつの間にか静まり返っていた。


「色々と行き違いがあるようだ……。後で詳しく聞こう。セルアザム。レフィアを頼む」


「かしこまりまして」


 頼まれてしまった。


 ……ん?


 物腰の柔らかい老紳士に先導され、謁見の間を退出する。


 何だか訳が分からない展開になった。

 魔王を目の前にして、あれだけ言いたい放題言ったのに。どうやらとりあえずは、生きながらえたっぽい。


 良かったのか、悪かったのか。


 まさかこのまま済むとも思えない。

 行きつく先は処刑場か牢獄か。

 どちらにしろ、碌な事にならないだろう。


 ……嫌だなぁ。


 このまま何もかも、ばっびゅーんって飛んでいっちゃわないかな。


 はぁ……。お家に帰りたい。





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