最終章『大魔王の夢 - 不毛の大地グレブド・ヘル -』

第46話 種族の壁

※これまでどんな話だったかお忘れの方に、数分で振り返れる資料を用意させていただきました。下のURLをご覧ください。

https://kakuyomu.jp/users/dogskiller/news/1177354054918178339


また短編『僕は生き残りのドラゴンに嘘をついた』をまだお読みになっていないかたは、番外編を除けば5分程度で読めますので、ぜひお読みいただければと思います。

https://kakuyomu.jp/works/1177354054884876444

本作は独立した作品ですので単体でもお楽しみいただけますが、どちらもお読みいただいたほうがより話が立体的になると思います。






―――――――――――――――




「やっぱり空はいいね!」


 大きく伸びをしながらティアがそう言う。

 当たる風は相当に強いが、命綱付きなので彼女の姿勢もかなり開放的だ。


「もすうぐ高度をあげる予定です。二人ともよろしくお願いします」

「はーい」

「わかりました」


 飛行を続けるドラゴン態のシドウは、背中に乗るティアとアランに注意を促した。

 その声は横を飛ぶ母親デュラにも聞こえているはずではあるが、念のため、予告が済んだ旨を伝えた。


 そのデュラの背中には、父親ソラトが乗っている。

 当初、デュラは助言を授けるだけのつもりであり、シドウも同行を求める予定はなかった。

 それをひっくり返したのは、デュラの夫でありシドウの父、ソラト・グレースである。


「デュラも行ったほうがいいよ! なんとなくそんな気がするんだ」

「そうなのか?」

「うん! 僕も一緒に行くから。行こう!」


 というやりとりがあったのである。

 論理性の欠片もないソラトの提言ではあったが、デュラがそれを受けて考えを変えたため、両親は二人とも来ることになった。


 シドウの兄姉たちについては、山にとどまって留守番ということになっている。

 山を空けてしまうのはまずいという理由もあるが、彼らはデュラ討伐未遂事件の際にアランによって〝瞬殺〟されており、彼に近づくことを怖がっていたためでもある。

 ただし、事件後にアランが席を外している間、「シドウが女の子を連れてきた」と兄姉一同がティアを囲んで観察を始め、シドウが慌てて止めに入る一幕もあったため、精神的ダメージは深刻というところまではいかないようである。


 横を飛ぶデュラが、シドウに目で合図をした。

 デュラが高度をあげていく。

 シドウもそれに続いた。


 グレブド・ヘルはこの大陸のどの山よりも高いところにある高地。徐々に体を慣らしていこうという作戦である。


「しっかし顔似てるよね。あんたのお父さん」


 ティアが何やら父親について言及をしてくる。


「見かけは完全に父親似かあ。性格は似てないっぽいのに」


 デュラ討伐未遂事件の日の夕方。山に帰ってきたソラトは事件のことを聞くと、かつて冒険者として最上位の『頂級冒険者』だったとは思えないほど取り乱した。が、デュラに「もう問題はない」と言われると瞬時に治まっていた。

 また、その日の夕食ではティアに対し、「シドウくんとはいつ結婚予定なの?」といきなり言い出し、シドウとティアが盛大にむせる一幕もあった。


 ティアはそんなソラトの切り替えの早さや突拍子の無さを見て、父子は性格が似ていないと判断しているようだった。


 ちなみに、ソラトがシドウを「くん」づけで呼んでいることについてもティアは問題視していたが、シドウとしては「ずっとそうで、嫌だと言ってもやめてくれなかった」としか答えようがなかった。


「いや、そんなことはないと思いますよ」


 アランがティアの説に異を唱える。ソラトはアランともしっかりと会話を交わしており、特に現在はわだかまりなどもないようである。


「私は性格も似ている部分があるように思いますけどね」

「ほんとー?」


 その後も性格談義は続いたが、シドウは特に口を挟まなかった。


 前方には、巨大な白い岩のカーテン。

 グレブド・ヘル。周囲を断崖絶壁に囲まれた卓状の高地。


 翼のない動物は、この地の内外を行き来することが難しい。

 人間も例外ではない。大魔王討伐のために乗り込んだ勇者一行や、好奇心で挑戦する冒険者や学者など以外、立ち入ったことはないはずである。


 その不気味な姿。


『魔のカーテン』

『魔の机』


 人間のあいだでは大魔王が登場するはるか昔よりそう呼ばれ、畏怖の対象であったという。




 * * *




「申し訳ありません」


 旧魔王城の『大魔王の間』。

 赤いじゅうたんの上で立ったまま頭を下げたのは、銀色の髪を後ろだけ束ねた騎士風の青年――エリファスである。


「よい。きっと仕方ないのだろう」


 玉座の前に立つダヴィドレイ。ため息まじりに彼がそう言うと、エリファスはすぐに頭をあげた。身に着けている金属の鎧と赤いマント、そして背中に背負った大剣が、先の戦いの汚破損のせいで不規則に光る。


「お前は勇者一行から大魔王様をお守りすることを想定して育てられた戦士。ドラゴンと戦うことは想定されていなかったはずだ。お前には悪いが、シドウというハーフドラゴンに敗れたというのはそこまで意外な結果ではない」


 ダヴィドレイの立つ位置は以前と同じで、玉座の前。

 いや、正確に言えば、玉座の前に置かれている巨大な棺の前、である。


「我々の計画を知ってしまった以上、近いうちにそのハーフドラゴンの少年たちがここまでやってくる可能性が高いだろう。それまでにお前はさらなる戦闘能力の向上が必要だ。お前にはアンデッドになって敵を迎え討ってほしい」


「……ご冗談を。私は惨敗したわけではありません。再戦すれば結果はわかりませんよ」


 エリファスとしては、速さはシドウのドラゴン態を上回っており、力についてもドラゴンの鱗を突き破るには十分であることが証明できたと思っていた。


「もう一度生身のままチャンスを頂きたいものですな」

「お前といえども、難しいだろうな」

「何故そう言い切れるのです?」

「……」


 後ろを向き、大魔王の遺骨が納められている棺を見下ろした。

 ダヴィドレイは続ける。


「お前が先の戦いで当たった壁、それは紛れもなく〝種族の壁〟だ」


 またエリファスのほうを向く。


「海でクラーケンがシーサーペントに真っ向勝負で勝つことはない。この世界に生きている以上、種族の壁を超えることは困難だ」


「ほう。ならば今の私の馬鹿力はなんなのでしょうかな」


 大魔王がエリファスのために用意していたという大剣エメス。背中に背負っているそれを、彼は片手で軽々と掲げた。


「私は何度も死にかけるほどの訓練をして今の力を手にしました。それでも足りないということであれば、彼らがここにやってくるまで、少しでも勝つための準備をするまでです」


 エリファスは踵を返し、大魔王の間から出て行った。

 ダヴィドレイは天井を一度見上げ、また背後の棺に話しかけた。


「大自然の壁。それを破るのは究極の未来生物・アンデッドでなければ不可能なのだ」


「エリファス殿の生い立ち。気になりますな」


 背中から声をかけられ、ダヴィドレイはまた振り返った。

 そこには、宝玉のついた立派な杖を持ち、黒いフード付きの外套に身を包んだ背の高い男……いや、白骨が立っていた。


「お前か。前に『知る必要はない』と自分で言っていなかったか」

「なぜかこの姿になってから知りたくなりましてね」

「ほう。人間をやめてから逆に好奇心が出てきたということかな」


「どうでしょう。ですが確認をしてみたくなったのです。彼がどれだけ哀れな生き物であるのかということをね」

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