第19話 アンデッド、襲撃

「町長! 大変です! 襲撃です」


 シドウ、ティア、アランの三人と、町長の面会が始まった直後。

 そう叫んで部屋の扉を乱暴に開いてきたのは、町の男性職員だった。


「またアンデッドが西門に現れたようです!」


 やはり太っていたその若い職員は、丸い顔に汗を噴出させながら報告をしてきた。

 それを聞いた町長の表情には、さほど変化がない。落ち着いた様子で、


「そうですか。わかりました。連絡ご苦労様です」


 と返事をした。

 知らせに来た職員は、またバタバタとどこかに走り去っていく。


「『また』ということは、よくあるんですか?」


 妙に落ち着いている町長の様子に違和感を覚え、シドウはそう聞いた。


「はい。最近よく、まとまった数のアンデッドの襲撃を受けています。申し訳ありませんね。せっかくお話が始まったばかりなのに」


 当然ながら、面会は強制終了である。

 町長が陣頭に出るわけではないだろうが、情報収集や庁舎での指揮など、色々と忙しくなるのだろう。ここでゆっくり話している場合ではない。


「いえいえ、非常事態ですし。自分もこのまま現地に直行して、手伝わせていただきます」

「わたしも手伝うー」

「私も参加させていただきましょう」


「おお、皆さんも行ってくださいますか。それは助かります……が」

「?」

「シドウくんは、そんなに軽装のままで行かれるのですか?」


 市長がやや怪訝そうにそう言う。

 プッと吹いた隣のティアに対し、シドウは一瞬だけ抗議の視線を送った。


「大丈夫ですよ。いつもこんな格好で仕事していますから」




 市長は三人へ礼を言って頭を下げると、車椅子を押されて退室していった。


「うふふっ。軽装だってさ、シドウ。そんな言い方もあるんだ」

「……嬉しそうだね」


 三人もすぐ現場へ向かうことにした。


「シドウくん、言われるまでもないと思いますが。もし規模が大きかったときは……」

「あ、はい。死人が出る可能性がありそうなときは変身するつもりですよ」


 なるべく変身を見られないに越したことはない。だが、死人が出るくらいなら見られて騒ぎになったほうがマシ――それは間違いない。


「できれば、この町では目撃される事態にならなければよいですね。シドウくん」




 * * *




 シドウ、ティア、アランの三人が到着したとき。

 すでに西の門には三十人ほどの冒険者が集まっていた。


 三人は防衛方針について特に意見はしなかったが、リーダーとおぼしき人物からは

「圧倒的に有利なので、打って出て一気に蹴散らそう」

 とのことで、門外で野戦をすることになった。


 敵は数十程度で、すべて下位種。

 変身の必要はないと判断し、シドウは剣で臨んだ。




 シドウは目の前のアンデッド――白骨化しておらず、一般的にゾンビと呼ばれている種――に対し踏み込んでいくと、構えた剣を振り下ろした。


 それを避けようという動きはいちおう見られたが、ゾンビのスピードは遅すぎた。

 肩に剣が命中し、そのまま鈍い音を立てて崩れ落ちた。


 復活させないよう、その骨をある程度細かく砕く必要がある。

 シドウはさらに振りかぶる。


「……!」


 振り下ろす前に、横から火の塊が飛んできた。

 ゾンビが炎に包まれ、瞬く間に灰となった。

 その火の発射元は――


「私が今まで見た剣士と比較しますと、シドウくんの剣技はかなり基本に忠実ですね」


 赤毛の魔法使い、アランである。

 剣技を評論しながら近づいてくる彼に対し、シドウは頭を軽く下げることで礼の代わりとした。


「ハッキリ『上級のわりにあまり上手じゃない』と言ってくださっても、俺は大丈夫ですよ」


「私もあまり剣のことはわかりませんが、下手ではないはずですよ? 素直で綺麗だと思います。まるでシドウくんの顔や髪を表現したような剣技です」

「よくわかりませんがありがとうございます」


「私は倒したアンデッドの後始末に回りますね。魔法使いとしてはそのほうが効率がよさそうですから」


 そう言いながら、他の冒険者が倒した近くのスケルトンに手のひらを向ける。

 一瞬でそれを炎に包んで灰にすると、アランはまた次の燃料を探すために移動していった。




 シドウは周囲を見渡す。


 他の冒険者も、それぞれがアンデッドと戦っている。

 彼らの半数程度は町の人間だろう。肥満体型なので一目瞭然である。

 さすがに動きはあまりよくないが、死人が出そうな雰囲気などはない。


 ティアも、少し離れて戦っていた。

 シドウは過去にチェスターの森で、彼女が上級アンデッドを見事ノックアウトするところを見ている。

 よって最初からあまり心配をしていなかったが、やはり見事な戦いぶりを披露していた。


 集まっていた冒険者では唯一の女性前衛職だったため、非常に目立つ。

 近くで戦っていた他の冒険者たちも、チラチラとティアの戦いぶりを確認しているようだ。つい見てしまうのだろう。


 使用武器も左手に着けた籠手爪であり、剣ではない。

 リーチも剣に比べれば狭いのだが、黒い長髪をなびかせながらスルリと間合いを詰め、一撃を決めてゆく。

 鮮やかな体捌きだ。


 ――そういえば。


 彼女の右腕の手首に近いところ。やや幅があり、頑丈そうな金属製の腕輪が装着されている。

 注意して見ていなかったので記憶が少しあいまいだが、以前にチェスターの森で一緒に戦ったときも、確か着けていたような気がした。


 ――あれも武器なのだろうか?


 シドウはそのまま彼女の戦いを見つめた。

 彼女はまた一匹、スケルトンを爪で倒したようだ。

 そして崩れた骨に対し、他の魔法使いから火が飛ぶ。骨は炎に包まれた。


 彼女はその炎を確認すると、すぐ近くにいた別のスケルトンに向かって間合いを詰めていく。

 だが、そのスケルトンは少し前から彼女に狙いを定めていたようだ。詰められる前に、剣を繰り出してきた。


 高い金属音。


 彼女はそれをかわすことなく、右腕の腕輪で受け、弾いたのである。

 そして一歩だけ間合いを詰めると、頑丈な靴が着けられた左足でハイキックを放った。

 見事に右首に命中し、頸椎が飛んだ。

 スケルトンの体は、積み木が崩れるようにその場で崩壊した。


 ――なるほど。


 あの腕輪は、盾のような使い方をするモノだった。

 相手の攻撃をかわしきれない、もしくはかわさず受けたほうがよいケースで使うものなのだ。


 シドウから見ると、一歩間違えば前腕に怪我を負うため、怖い弾き方にも見える。

 だが、当の本人は涼しい顔である。相当慣れているものと思われた。


 ――あ、いけない。戦わなければ。


 つい観察に没頭してしまったシドウは、我に返ると、次の敵を求めて動こうとした。

 だがそのとき――。


「……っ!」


 左腰に鋭い痛み。

 そして振り返ると同時に頭に大きな衝撃があり、シドウは意識を失った。

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