第12話 飛竜 対 海竜(2)

 一瞬、その場にいる全ての者が、固まった。


 言葉を発せず、動きもせず、ただ固まり。

 シーサーペントの周りで回転する水の槍だけが、時が止まっていないことを主張していた。


 そしてそのわずかな時間の後――


 現場は大混乱に陥った。


 悲鳴をあげる者。

 声すらあげられず、その場にへたり込む者。

 錯乱してクロスボウでシドウを撃ち始める者もいた。


「このドラゴンは味方だから撃たないで!」

「みんな落ち着いて!」

「大丈夫! 敵じゃないから!」


 その混乱を少しでも抑えるべく、ティアは集まっていた人間たちに対し、懸命に叫び回った。


「もうちょっと離れたところに避難して!」

「起き上がって! ここに座り込んでいると危ないから!」


 その場で固まってしまった者や、へたり込んでしまった者に対しても避難を呼びかけていく。

 巻き込まれてしまう人間が出ないよう、とにかく必死に動いた。


 もちろん、彼らの安全を確保しなければという気持ちは大きい。

 だがティアの中では、シドウに対する心配もそれ以上に大きく、それが焦りに拍車をかけていた。


 ティアはシドウに会ってまだ日が浅い。

 だが、ここまで様子を見てきて、


 ――シドウはあまり強くないのではないか


 という疑念を抱いていた。


 もちろん、戦闘力の強弱のことではない。

 ティアはドラゴンの強さを細部まで把握しているわけではないが、シドウが海竜に負けるとは思っていない。その点についての懸念はない。


 心配しているのは、シドウが精神的に潰れる可能性、だった。

 ここまで、シドウにとっては最悪の流れになっていると言っていい。

 あれやこれやと動き回って手を尽くしてみたものの、まったく思うような展開にならず、今に至ってしまっている。


 事の雲行きが怪しくなってからの、シドウの表情、発する言葉、そして一つ一つの仕草。

 それらがすべて、ティアにとっては危ういものに見えていた。

 戦いが避けられなかったこと自体が、すでに大きなダメージとなっている可能性もあると思っていた。


 今シドウは、世界最強と言われたモンスター、ドラゴンの姿となっている。

 だがそれも、物理攻撃ではないほんの一押しで崩れ落ちるのではないか――そんな不安を抱いていた。


 万一シドウの動きに巻き込まれて死人が出たら……。


「それは絶対に避けなきゃ」


 ティアは腰が抜けている人を無理矢理立たせ、お尻を叩いていった。




 * * *




「お前、何者」


 しばしの間、向き合っていた海竜と飛竜。

 先に口を開いたのはシーサーペントのほうだった。


「この大陸の、一番南の山のドラゴンの巣……わかりますか」

「わかる」

「自分は、そこの首長の娘の、そのまた子供です」


「なぜ、ドラゴン、人間、味方する」

「父が人間で、自分は半分人間なんです」

「……」


「母からも、人間の敵にはなるなと言われています」

「……」


 シーサーペントはドラゴンの姿を、変わらぬ表情で見つめたままだった。

 その胸中はシドウにはよくわからない。

 ただ、「ドラゴンを見て退いてくれれば」という最後の望みが絶たれたことだけは、確かだった。


「戦う」


 シーサーペントのその一言とともに、あたりの空気が張り詰める。


 シドウは一瞬で自らの周囲を見回し、集まっていた人間の避難が終わっていることを確認した。


 シーサーペントの咆哮。

 四本の水の槍が、動き出す。


 シドウはその槍をギリギリまで引きつけた。そして直前で高くジャンプすることで直撃を避けた。

 そのまま羽ばたき、一度上空に上がる。




 ……。


 これが、最善であるなんて思っていない。

 むしろ疑問しかない。

 モヤモヤしたものが消えない。


 だが、それでも、この都市が破壊されることは食い止めなければならない――。




 シドウは大きく羽ばたき、体を空高く持ち上げた。

 そしてそこから翼を固定し……全速で急降下した。


 飛竜型ドラゴンの体が、鋭く空を切りつつ猛加速する。

 途中、翼をわずかに畳み、右の鉤爪を構えた。目標はシーサーペントの喉笛。

 そのシーサーペントは、感情のよくわからない目を向けたまま、ただそれを見ていた。


「……!」


 鉤爪が深々と、突き刺さった。

 奥の骨まで届いたであろう感触。


 シドウは足をシーサーペントに当て、素早く鉤爪を抜いた。

 そしてふたたび少しだけ上空へ舞い上がると、炎を出し、シーサーペントの上半身を焼いた。


「……」


 確実な致命傷を与えた。

 顔を逸らしたくなる気持ちを必死で抑え、シドウは最期を見守った。


 焼かれてもなお首の傷口から噴き出す血。翼の風圧で水面へと散っていく。

 そしてゆっくりと、その巨体が後方に向かって倒れていく。


 悲鳴を上げることもなく、のた打ち回ることもなかった。

 集まっていた人間たちが息をのんで見つめる中、シーサーペントは静かに沈んでいった。

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