第46話 結婚式
ついに結婚式の日となった。
10月のよく晴れた日、全てがギリギリだったが亜里沙のおかげでどうにか希望のものとなった。
二組とも、花嫁花婿姿はとても素敵だった。写真を何枚も、何十枚も、何百枚も撮った。
咲良はあれから少しさらにお腹が膨らんでいたため、お腹に目が行くのではないかと懸念していたが、それをカバーするウェディングドレスというものがあるらしい。
しかしどうであろうとも由利似の咲良のウェディングドレス姿は綺麗ではないはずがなかった。髪を結い、化粧を施された咲良は、あの日の由利に負けず劣らず美しい。
智から委ねられ、悠斗に支えられてバージンロードを歩く咲良の美しい姿に周りは息を吞んでいた。俺としては、悠斗に引き継ぐそのバージンロードを父親として歩きたかったが、皆の目の前であるので我慢した。
一瞬、咲良が暗い顔をしたのはなぜだかわからない。体調が優れなかったのだろうか。どうしてもこのタイミングがいいと四人の意思を尊重してのことだったので、最後まで体調を心配していたのだが……。大丈夫だっただろうか。
大希に関しては、いつも以上に緊張した様子で、足取りなど様々なものにぎこちなさが見えたが、それを亜由美さんや皆が笑いながらも温かい目で見ていた。支えるというより支えられる、だな、と思ったのは内緒である。こちらは笑いに包まれたバージンロードとなった。それもそれで、思い出となっていいと思う。
とっくに前に死んだはずなのに、成長を見られて、結婚式を見られるなんてとんでもなく幸せなことだ。だが、どうしても欲張ってしまう。もし俺が、父親としてここにいればどうだっただろうかと思ってしまう。
賑やかなその場の声が、先ほどより遠く感じた。
式は進み、披露宴となり、親への手紙の時間まで来ていた。しかし、それに俺は気づいていなかった。
「お~い」
耳元で囁く直美の声でやっと我に返る。色々と考えていたのか、寝ていたのか。
「どうしたのよ、なんかぼうっとしてるみたいだけど」
「悪い、昨日はよく寝れなくてさ」
違う、そうではない。
「そ」
妹は特に気にすることなく、新郎新婦の方を向いた。
「ちゃんと一字一句聞いときなさいよ」
拍手と共に、新郎新婦が立ち上がる。亜由美、大希、咲良、悠斗の順番だった。
何かあるのだろうか。俺は愛菜の言う通り、俺は一字一句覚えるつもりで聞くことにした。
『お母さん、そして二人のお父さん、俺たちを守ってくれてありがとうございます』
大希や咲良はどちらも、そうやって手紙を初めとし、それぞれこう言ってくれた。
『僕は漁師であった生みの父を今でも尊敬しています。尊敬しているからこそ、この職につけました。この場で言わせていただきますと、教授から今後大学で働くという打診も頂いております。父の愛した海について、今後も学んでいけることは僕にとってとても幸せです』
大希は、あえて恨んでいたことは触れなかった。教授からの打診は初耳だが、改めてこういう形で明言、感謝されるととても嬉しい。
『私は、一歳にならない頃までしか生みの父とおらず、さほど生みの父との記憶はありません。だけど、写真などを見る度に優しいお父さんがいてくれたことで私がいて、そして支えられているという実感ができ、とても幸せです。私は、今お父さんがどこにいたとしてもお父さんが大好きです』
咲良は、上手く誤魔化してくれた。失踪としてもおかしくなく、亡くなったとしてもおかしくない文章だった。
「……ううっ」
思わず嗚咽が漏れた。バレてはいけないと分かっていても、ここに父親としていなくても、明らかに自分に向けられたものが心にぶっ刺さって止まらなかった。
隣に座った直美が、背中を撫でてくれた。
『よかったね、父さん』
仁が優しくそう言ってくれた。
いくら涙を止めようと思っても、止まるはずはなかった。
「ありがとう、お父さん」
咲良はスピーチとは別に俺に手紙をくれた。
「俺からも」
大希も準備していたらしく、手紙をくれた。
「なんか……久しぶりに書いたから、変だったらごめんな」
大希は照れくさそうに笑う。横目で由利が手紙を手に号泣しているのと、智が手紙を赤い目をしながら真剣な顔で読んでいるのが見えた。
「そんなことない。気持ちが籠ってる手紙はどんなものでも嬉しいよ――結婚、おめでとう」
俺は巣立つ二人に、心からの賛辞を贈った。泣かないでよ、と笑われながら。
しかし、サプライズはそれだけではなかったのだった。
結婚式の後の休憩時、人がいなくなった結婚式場になぜか悠斗と咲良に連れていかれた。カメラを持って大希も付いてきている。
「お父さん、バージンロードを歩こうよ」
到着早々そう咲良に言われたとき、俺はさらに泣きそうになる。
「お義父さんとは必ず歩いておくべきです!俺はあのバージンロードだけでは気が済みません!」
悠斗もそう言ってくれる。
「ねえ、お父さん、気づいた?バージンロードをお父さんと歩いてる間、私がブーケを持つ片方の脇を少し空けていたこと」
咲良がそう言うが、俺にはまったく記憶がなかった。目の裏に焼き付けるように見たが、違うところを見ていたのだろうか。
仕方なくカメラを見せてもらうと、確かに脇が少し開いており隙があった。
「あれね、お父さんとも腕を組んでいるという設定だったんだよ」
かなり怒られる覚悟だったんだ、と咲良はいたずらっ子のような笑みを浮かべた。そんなことまで考えてくれているとは思わなかった。もう少しちゃんと見ておけばよかった。
ところで、勝手に結婚式場を使っていいのだろうか。
「義母さんの知り合いが式場スタッフにいたから、許可は取ってる。安心してくれよ」
準備に向かった二人を見送った大希はそう言って笑う。
「早速亜里沙を義母さんって呼んでるんだな」
なんとなくそこに突っ込むと、背中を叩かれた。
「ほら、行けよ」
大希は頬を赤らめていた。
「お父さん」
咲良がブーケを手に持って待っていた。俺はもう一度あの道の景色を、念願だった咲良の隣で見て、そして、
咲良を、改めて悠斗に託したのだった。
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