第13話 旧友
俺の部屋に智と二人。
今まで一緒に生活してきたが、実はあまり見たことのない光景だ。
「なんだよぉ、本当に生まれ変わっちゃったのかよ……なんで今まで教えてくれなかったんだよ……」
父親のかけらも無くなってしまった智は今までの中で一番智らしく見えた。今までの全てが崩れていくような、そんな感じがした。
悪い意味でも、いい意味でも。
まだお互いの恋を知らない頃の智は、こんな風だった。
恋を知り、智がふられ、俺が由利とつきあってから、元には戻れなかった。智は俺への配慮、俺もまた、智への配慮と終わることのない遠慮をし続けた。
今は素直に、元通りに戻っているような気がする。久しぶりに会えた友達との再会を喜ぶような。
それでいて、重荷をおろしたような。
今なら男泣きも許されるのだろう。だが、忘れてはいけないことがある。
「仁もいるんだ。泣くと父親としての威厳をなくすぞ」
「そんなもん、元からないさ」
智は、俺にだけ弱音を吐いた。
昔から変わらないそれに、俺はふっと笑う。
「僕はせいぜい法律上の父親だ。仁だってお前を父親だって思ってるんじゃないか?」
俺は何も言えなかった。父ちゃんって呼ぶね、という言葉が不意に思い出された。
『どうなんだ、仁』
あれは単なるからかいなのか。それとも、本気なのか。
『そうだね……』
仁も困惑した様子で言う。今まで、そんなことを考えてこなかったからだろう。
あの時の仁にとっては何気ない一言で、からかいに近かったとしても、俺たちの距離は近すぎて、変わってしまったのかもしれない。
実の子供のように教育をした俺、そしてこの世に仁を生み出し、密かに支えてきた智。
同じように大切に思っていても、仁からみると変わってくる。
一生懸命働き、あまり姿を見ない血の繋がった男。一緒にいるが、姿も見えず血の繋がっていない男。
『僕にとって、父さんも父ちゃんも父親だよ』
「仁は……お前も父親だって言ってるぞ」
そう伝言口調で言いながら、親ってなんだろう、と考えた。
血の繋がった自分を生み出したヒト?
大切に思ってくれ、育ててくれ、叱ってくれる大人?
生物学的には前者だろう。
しかし、たまに生物学を超えた生活をするヒトにとっては……?
『難しいこと考えるね、父ちゃん。僕にはよく分からないよ』
「何黙ってんだ?」
考え込んでいるうちに気がつけば、顔を覗き込まれている。何か言ったのだろうか、全然聞いてなかった。
「考え事をしてただけだ」
素直にそう言うと、智は何やらニヤニヤしながら元の位置に座る。何か変なことでも想像したのだろうか。
このままじゃ話が進まない。由利に見つかる前に話を終わらせよう。
「話を聞こう。他の人が来ないうちに」
「そうだな」
そしてやっと智は真剣な表情になった。ようやくあの話が出てくるようだ。智はどこからともなく、あの紙―進路希望用紙を取り出した。
「知っているかと思うが……大希の進路についてなんだ」
進路問題は高校二年から始まる。
成績は中の上で大学進学も夢ではない成績をとっていた大希だが、理系文系も決めることなく、そもそも大学に進学するかも迷っていた様子だった。一般的に大学に進学するこの時代、先生はまだ進路を決めかねているのだろうと判断し、様々な学部の話をした。
しかし、先生の努力虚しくどの学部の話も大希には響かなかったようだ。
次々と出される白紙の進路希望用紙。
他の生徒が無茶な夢や現実的な道を書く中、大希だけが白紙だった。
先生が大希と仲の良い友人に聞いたところ、
俺らにも分からない、という。大希はあまり進路の話をしたがらないので、別の話ばかりするらしい。
そんな中、一つの目撃証言があった。
大希が時々、ずっとこのまま時が進まなければいいのに、とぼやいているらしかった。
なぜ、と聞くと口を閉ざしてしまい、話を変えざるを得なくなるとのことだ。
何が何だか分からないまま、進路については本人次第だろうと思われた。しかし高校三年も白紙ばかり。
夏まで真っ白なので、困り果てた由利が智に相談したとのことだが……。
「由利はもう限界だ」
黙り込んだ智は唇を真一文字に引き締め、悔しそうにしていた。その悔しさには激しく共感する。同じような感情を、俺も抱いてしまっているから。
苦しんでいる由利の顔なんて、見たくないのに。
「……なぜ気づいてやれなかったんだろう。由利のためだと言いながら、何もかもが自己満足ばかりで、実際役に立てもしない」
落ち込む智の肩に、恐る恐る手を置いた。悩みを打ち明けられた時、不安そうにしていた時、こうして肩に手を置いた。
かつてより、置きづらかった。
「……自己満足なんかじゃねーよ。今回こうして俺に相談しようとしてくれた。正しい選択をお前はしたんだ。一人きりで抱え込むなんて、間違えてる」
「そうだよな」
だけど、この後俺はどのように解決すればいいのか、問題は残ったままだ。
「で、俺はどうすればいい?」
「そこで、お前に渡しておきたいものがある……」
そう言って手渡されたのは、俺の携帯だった。驚いた。なんでこんなところにこんなものが……。
「驚かせてすまん。お前の携帯だ。諸事情あって俺が持ってた。だけど中身覗いてないし、使ってない。契約は続行してある。お金の心配もしなくていい。だからお願いだ。メールを送るとかで由利にアドバイスする形とかでも……なんでもいいから、大希の手伝いをしてくれないか?慎二—」
思わぬものの登場に戸惑ったものの、 そんなの断るはずがないに決まっている。自分の息子の話なのに。むしろここまでしてくれた智には申し訳がつかなくて。
当たり前だろ、と返そうとした時だった。
「父……さん……?」
扉が勢いよく開く音と、戸惑う大希の声が背後から聞こえた。
恐る恐る振り向くと、目を見開いた大希と、咲良がいた。
何も声が出なかった。
沈黙が四人の間に訪れた……。
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