第69話 弓の魔王 アルバレスト

 弓の魔王アルバレストは森の中を進んでいると、森が終わり一本の道に出た。道の先に見えるのは小さな村。

 たしかカリニ村とか言う名前だっただろうか。村から煙が上がっているが朝食の準備でもしているのだろう。そんな事を思いながら額に浮かんできた汗を拭きながら村に向けて歩を進める。


「この村はまだヤスの野郎の担当エリアでしたっけ。完全回復してはいないとはいえ、まさかここまで弱っていたとは」


 乱れた息を整えつつ、ゆっくりとした歩み。村を見て気持ちが落ち着いたのか、全身がだるく出来ればもう動きたくない気分だ。しばらくどこかで眠らせてもらいたい。そう思うくらい体が疲労を訴えている。

 はたして疲れというものを感じるのは一体何百年ぶりだろうか。少なくとも魔王になってからそんな事を感じた事はない。カイリキーにやられた痛みに長い年月苦しめられはしたが、この疲れもその影響かもしれない。すべてはあのにっくき力の魔王のせいだ。奴にやられ、弱っていた体を回復させるために力のほとんどを使い切ってしまった。その結果今のアルバレストは人間より少し強い程度まで弱っている。半日走り続けただけで疲れてしまい、しかも全盛期ならば一時間くらいで移動できた距離しか移動できていないのだ。

 しかも弱っているのは自分だけではなさそうだ。本当ならヤスの所を去った後、近くで暴れさせていた部下のモンスター、ラビットキングを呼び寄せてスクラフトの街まで運ばせるつもりだったのだが、何度呼び寄せようとしても反応が無い。どうやらたかが人間相手にやられたようなのだ。しかもやられたモンスターはそれだけじゃない。

 この森にも暴食イナゴというともかくたくさん食べ、その食べたイナゴを女王と呼ばれる個体が食べる事で子どもを産み、無限に増殖していくモンスターを放たはずなのにその姿は無い。

 どちらも人間が簡単に倒せるようなモンスターではなかったはずなのに、自分がキズを癒すために引っ込んでいる間にモンスター達にも影響が出て弱体化したのだろう、困ったものだ。そうアルバレストは判断したのだった。まさかモンスター達は弱ったわけではなく、普通に戦いに負け倒されただなんて想像は出来なかった。


「それもこれも力の魔王が悪い」


 そしてその全てをカイリキーのせいにするアルバレストだった。そして必ずやカイリキーに復讐ふくしゅうを果たすのだと改めて心に誓うのだった。

 もともと力の差や能力の相性も確認せずに勝負を挑んだアルバレストが悪い上に、滅ぼされずに命は見逃してもらった事に感謝しても良さそうだが、アルバレストはそんな考えには至らないようだ。領地が隣り合っているので攻めるのは当たり前、前回は失敗したが次こそは自分が勝利して力の魔王の全てを奪う。そして魔王として成長し新たな力を得る。その後は次の獲物を求め別の魔王にケンカを売る、それだけがアルバレストの全てだった。これは『身体強化』の影響で心が蝕まれた影響なのか、それともアルバレストの元々の性格だったのか。その事を判断するのはアルバレスト自信はもちろん、誰にもすでに出来ない事だった。


「しかし復讐をするにも体力が無くては意味がない。今はこの村で休みましょう」


 ヤスが動く前にスクラフトの街まで行きたいが、今はあまりにも疲れているので一回この村で休むことにした。自分は半日でここまで来たが、ヤス達がこの村に来るには二、三日はかかるだろう。モンスターに襲われる心配が無いので直線距離で移動できる上に人間の倍以上の速度で走れる自分と、軍隊での行動な上にモンスターとの戦闘を避けようとしたら回り道だってしなければならないヤスとでは少し村で休憩した所で追いつかれる心配など無いと言える。

 それに暴食イナゴを倒した人物に関する話もこの村で聞けるかもしれない。そいつを『誘導の矢』を使って従えさせればカイリキーの攻撃を数回防ぐ盾くらいには使えるかもしれないのだから。

 そんな事を考えながらアルバレストはカリニ村に向かうのだった。


「おっと、それ以上進まれては困りますね」


 アルバレストが抜けてきた森の中から坊主頭で錫杖を持った男性が現れた。彼はそのままカリニ村に続く道の前に立ちアルバレストの行く手を阻む。


「魔王がこの村にどんな御用でしょうか?」


 錫杖を強く握り、戦闘態勢を取りながら男が訪ねた。


「なに、ちょっとしたスカウトだよ。お前さん強そうだけど、この辺にいた暴食イナゴを片付けたのはお前さんか?」


 男の放つ強者の気配を感じ取り確認した。もし暴食イナゴを倒したのなら『誘導の矢』を使おう、そうでないのならウザいから殺す。疲れてはいるがたかが人間一人を相手するのなら問題ない。魔王としての能力は使えるのでアルバレストがろうと思えば一瞬で色々な効果を持つ矢を視界一杯に出現させて男を攻撃する事だって出来るのだ。なのでアルバレストは余裕な態度を崩さぬまま、上からの物言いである。


「そうだと言ったら何なのですか? 部下の報復でもするとでも?」

「いや、なに。使えそうなら俺様が世界征服をした時にお前に世界を少し、この国くらいはやってもいいかなと思っただけだよ」


 この言い方、そしてこの気配、間違いないな。

 男が否定しなかったので暴食イナゴを殺ったのは目の前の男だとアルバレストは判断し、そして『誘導の矢』を発動させた。しかし……。


「な、どういう事だ?」


『誘導の矢』が発動した感覚が無いのだ。何が起きたのか訳が分からない。目の前の男が何かしたのだろうか。ただの人間だと思ったが違ったのだろうか? そう思い男のステータスを確認しようとしたアルバレスト。

 しかしいつまで待っても男のステータスが見える事は無かった。その事にさらに混乱するアルバレスト。いったい自分の身に何が起きたのだろうか。


「おいお前、いったい何しやがった? なんで能力が発動しない。お前はいったい何者だ?」


 焦ったように騒ぎ出すアルバレスト。そして男を殺すべく矢を出現させようとしたが、いくらやってもどの矢も出てこない。


「はあ、こんな戦い方は私の趣味じゃないんですがね。やはり戦いは正面から正々堂々と名乗りを上げてからがいいですね」


 そんなアルバレストの声など無視して愚痴をこぼす男。


「おい、聞いてんのかテメェ~」


 そんな男の態度にイライラし、さらに口が悪くなる。


「いえ、気にしないで下さい。私はただの伝言係メッセンジャーです。名乗るほどの者じゃありません。現在とあるお方が貴方の全能力を奪いました。もしこの先人間を襲わず、ダンジョンの奥で大人しくしていてくれるなら力を返してもいいと言っていますがどうしますか?」

「ふざけんな、誰がそんな条件を飲めるか。俺様は魔王だぞ」


 長い間苦痛に耐えたのも、一年間もバカな人間ヤスに対して従順な家臣を演じていたのも全てはカイリキーに復讐し、再び魔王として暴れまわるためにした事。それなのに目標まであと少しのこのタイミングで全てを諦めろだなんて納得できるものではない。


「それは残念。君がこの先ずっと大人しくしていてくれるならそれでカトルのお母さんにやった事を許そうと思ったのに。また人に害をなすと言うならここで死んでくれ」


 背後から声がした。能力が使えない動揺や、男に対する怒りから声を掛けられるまで気が付かなかった。新たに現れた人物を確認しようと振り返ろうとするアルバレスト。

 そこには仮面で顔を隠した少年が立っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る