第36話

 それから王子の前に立ちふさがるのは、素人同然の白装束だけであった。王子たちは進む速度さえ緩めることなく、村を横切った。さして大きな村でもないから、娘以外は誰も息切れさえ起こさずに、村の入り口近くの馬小屋にたどり着いた。


「……やられたな」


 王子は馬小屋を見て、苦々しげにつぶやいた。


 つい先ほどまで何頭もの馬が眠っていた小屋は、もぬけの殻となっていた。もともと村にいた馬ばかりではなく、王子たちが王都から連れてきた駿馬たちも、どこかへ移動させられている。


 足元を見ると、大急ぎで移動させたのだろう、馬が不満げに地面を掻いた跡が残っている。その足跡は一直線に教会と思しき建物まで伸びている。


 村の小ささの割に、教会は異様なほど大きかった。馬全てを収容するくらいの大きさはあるだろう。その巨大さが、これまで村人から搾取した財の大きさを物語っているようだ。造りも随分としっかりしている。


「足跡を消そうとした痕跡さえありませんね」

「ついて来いってことだろう」


 あからさまな誘導だ。普通なら、相手の戦略には乗るべきではない。しかし馬を盗られている今、この挑発を無視するわけにはいかなかった。馬がいなければ、ユヴィナ港に着くまでに、いったいどれだけの時間がかかるかわからない。


 こうなると、村に配置されていた白装束が素人ばかりであったことも、戦略の一部ではないかと思えてくる。つまり、手練れはすべて教会に集結しているはずだ。王子はダグラスと顔を見合わせ、仕方がないというように首を振った。


 当初考えていたよりも、百倍面倒なことになった寄り道を思い、王子は小さく息を吐くのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る