狂った国の魔女
雪城藍良
別れ
月明かりに照らされた、透き通るような銀髪と不安そうに影を落とす宝石みたいな朱色の瞳の眉目秀麗な顔立ちの青年が隣に立つ。
【未来視】でこの人が魔獣に食い殺される夢を見てから、私は本当に人が変わったと周りの人間から言われるようになった。このことは誰にも言っていない。
千年前に魔石を使って一つの国をこの空に浮かばせた。その代の皇帝は争いを嫌い、数多の種族が入り混じりながらも世界有数の戦力を誇るこの国を世界から隔離しようと私に持ち掛けたのだ。
私もその考えに同意したからこそ協力した。そして、私が魔人属を生み出した張本人であることを知るものはもうこの世にはいない。
「戦争が起こることを恐れているのかい?私は戦争を起こすつもりもないし、君を戦場に連れていくつもりもないよ」
そう言う彼の表情から私の心意を探ろうとしているのが見て取れた。何だかんだ言って、心配しているだけなのだ。こんな私を。
「そういうものでは、ないけれど」
「だったら――」
「お願い。私が魔獣を、魔力自体をこの世界から滅ぼしたいと願っていることを知っているでしょう?」
「そろそろ、理由を聞かせてくれないか。一体君は何を――」
しようとしている?
彼がそう聞く前にこつん、と額どうしを当てた。彼が驚いたような気配が伝わる。びっくりしすぎて固まったかな。
「――いいや。最後になるかもしれないし。お互い表向きの喋り方はやめようか?」
そっと額を離して笑いかけた。
最後、という言葉に彼は一層不可解だといったような表情を浮かべた。
「私は、魔女なんだ。」
ただ魔力量が多い魔術師ではなく、魔獣と並ぶ純魔力でできた実体を持つ人間に近い生き物。それが魔女。
「私はもともと一つだった国を千年前に空に浮かすくらいの魔力を持つ石だった。そこから魔人属が生まれ、今では人間ですら魔石の力を持つ。結界の力は弱まり、いつ……落ちるかわからない。今は亡き親友が望んだのは平和、武器を取らずとも生きて行ける国だ」
今彼がどんな顔をしているのか、知りたくなかった。でも、目をそらすことだけはしたくなかった。だから目を見て、真剣に話そうと覚悟を決めたのだ。
「魔人属の中で唯一魔女を殺せるのは私しかいない。それで、これは地上への転移魔法陣の発動に失敗したときの保険。記憶を戻すためにはさっきみたいに額を当てる――。もし、君の近くで仲間を守ることを許してくれるなら、という前提になるけど」
大切な人を死なせたくない。
思わず涙がこぼれた。さらさらと崩れ始めた私の指先は光となって空中に溶けていくのが見えた。もしかしなくても、死ぬことはできない。またどこかで再生するだろう。記憶を失って。
「――何で?」
それは小さな呟きで。
「何で、何で?やめてよ、こんな、今生の別れみたいな!ねえ!」
そして悲痛な声へとかわった。
「九割九分失敗するけど、残りの一分に賭けたいんだ。戦争も止められるし、魔獣もいなくなる。それは私たちの悲願だろう?」
「だからって……」
「魔女だって言ったのに、怖いとか思わないのか?」
いつの間にか背中へと回された腕に力がこもる。容赦ないくらい抱きすくめられて大分苦しい。多分容赦してない。
「怖いとか、思えないよ……この馬鹿」
「ごめん」
「やめてよ、許さないから。俺は、キミがいなくなるなんて許さない」
お互い膝から崩れ落ちて、バルコニーで座り込む形になった。嗚咽をこらえる気配がして、泣くのを我慢しているのかと呑気に考えていた。
「じゃあ私を見つけてよ」
綺麗な金髪の頭を撫でて呟いた。
「だったらそもそもいなくなるなよ!他にやりようがあるだろ!なくても見つける……だから……」
背中の感覚が無くなった。左半分はもう崩れたみたいだ。触れたところが一気に崩れたのを見て、彼は呆気にとられた顔をしていた。
「え……?」
騒ぎを聞きつけたのか、彼の従者の気配が近づいていることに気づいた。
「ソラが来たみたいだ、けど、この様子だと会えそうにないや」
右腕が光になって溶けていくのを見て、そして笑った。もう脚はない。
「まさか、皆にも黙って――」
「綺麗だろ?」
わざと言葉をかぶせて言うと、彼はすごく悲しそうな顔をしていた。どうあっても笑ってはくれそうにない。
「見つけてくれよ?私は君のこと――」
最後まで言うことはできず、意識はなくなった。うまく笑えただろうか。また、会えるだろうか。
千年前に造った門を前にして、そんなことをぼんやり思った。
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