第7話 さよならする理由


徐々に先輩とも同期とも仲良くなった6月。

だんだん暑くなってきて僕の嫌いな半袖の季節になった。

ただ、最近は日焼けを気にしてということで夏用のパーカーがあるのはまだ救いなんだが…


この部活は全力で剣道して、全力で勉強して、全力で遊ぶ(笑)

それをモットーにしてるらしく(まぁ多分先輩の冗談なんだが)

よく遊びにいくようになった。

高校時代までは親元にいる分、友達付き合いには口を出されていたのでなんだか不思議な感じだ。


自然と"笑う"ということが出来るようになってきた。

"幸せになること"に罪悪感を感じてた自分が"幸せになりたい"と願っている

そこに驚いたが、これも僕を見守って支えてくれていた先輩のおかげなんだな…


まぁまだ手首を切るのは止められない。

でもファンデーションテープがあるからパッと見分からないし、気づかれない。


気づかれたらただでさえお荷物の僕が余計荷物になっちゃうでしょ?


そんなある日…

私は視覚的に剣道を認知するとダメみたいだ。

だから練習時間はずっと部室に籠ってる。

練習前後に一年生の仕事をして帰る感じだ。

今日も"いつも通り"の予定だった…

練習が終わった音が聞こえて自主練する人がいるかどうか確認しようとした時

「ねぇ、お客さん来てるよー」

「お客さん?」

同期が伝えた"客人"の存在。

僕に会いに来る人なんているの?

部室から出て道場に行くととても見覚えのある人の顔がある。

「なんで、ここにお前がいるのさ…」

自分の声は予想以上に震えていた

はぁ…もう会いたくなかったんだけどな

そいつは高校時代僕をトイレに連れ込み脅していたやつらのリーダー的存在のやつ。

中高一緒だったがお互い気が合わず、お互い嫌ってるのはお互いの共通認識だろう。

こいつのせいで高校時代の自分の人間関係は滅茶滅茶になり、死のうとしたことまである。

「久しぶり。なんか元気そうじゃん」

「お陰さまで。こっちには君みたいな人はいないからね」

こいつは外面がいい。

こいつの裏の顔を知ってるやつなんてそう居ないんだろうな。

「ねぇ、なんでそんなに怒ってるの?私たち旧知の仲じゃない!」

「そうだね、腐れ縁だね。」

「ふふっ…相変わらずね。」

「君こそ相変わらずだね。」

「でもここで幸せにしてるって聞いたから会いに来てみちゃった」

誰だよ伝えたやつは

「そうですか、それはご苦労なことで。で、他に言いたいことは?」

そうやって高校時代も滅茶滅茶にしたんだ。

「ふふっ…私やっぱり貴方の幸せそうな顔見てるとなんだか無性に壊したくなるのよね。」

「そう…で、壊しにきたと。」

「高校での貴方のこと話したらここの人達どう思うかな?」



今回だっていつもみたいにみんな離れて行くのかな?


…嫌だ。


嫌われたくない。


みんなと一緒に笑っていたい。


みんなの役に立つひとになって、みんなと全国行くって…


みんなと幸せになるって決めたんだ!


手が震えてる。なのに体は重くて動かせない。


今までこんなことなかった。


いつも一人で戦ってきたのに、何で?



そうやってあいつは僕に近づき僕の左手手首を強く掴む

「痛いっ!」

そしてファンデーションテープを剥がしていく

やめろ…それは、やめろ…

「…やめて」

やっと振り絞って出した声はもう遅く、あいつは手首の僕の心の傷を表に出した傷痕を見せつける。


終わった…こんな僕のことなんてみんな見捨てるよね?

みんなともう一緒には居られない。

あぁ、楽しかった。

トラウマ見えて辛かったけど、ここでの生活はなんだか暖かいものに包まれてるようで、強がらずにいれた。

ここから離れたらきっと寒くて僕生きていけないな。

…こんな僕なら消えていいのに

…こんな僕なら死ねばいいのに


「知ってますよ、私たちは知ってます。」

「えっ」

「先輩…」

「ならなんでこんな気持ち悪い傷物と一緒にいるのよ!!」

「私たちはどんな彼女であろうともこの剣道部の一員として迎えました。上級生は彼女の全てを受け入れる覚悟です。


それにこの傷痕は彼女の優しさの証です。

彼女は自分の苦しみを他人にぶつけるのではなく、自分自身にぶつけることで他人を傷つけないようにしようとした。

そうでしょ?

だからこんな不器用だけど他人想いの仲間のこと気持ち悪いなんて思わない!!」

「っ!」

「なんなのよ!なんでこんなやつのこと大切にするのよ!!」

「それは今のあなたにはきっと分からないでしょう。

さぁ、申し訳ありませんが帰ってもらえますか?

ここは彼女も含めた私たち剣道部の居場所です!」

居場所…

っ!!

「もう帰ってよ!僕たちはお互いを不幸にする。だからもう会わないでおこう。ねぇ、僕が言えた義理じゃないけどさそろそろ幸せになろうよ。」

手を振りほどき、一生懸命叫び声を伝えた。

僕の初めての"叫び声"だった。


「わけが分からないわよ!私は認めない。」

彼女の手からナイフ…

「何をっ!?」

「私はね、貴方に一生苦しんでほしいの。だからこの場で貴方に地獄を見せるわ」

そう笑い先輩のいる方へ突然走り出すあいつ。

「待てっ!やめろっ!!」

気づいたら床を蹴り手を伸ばしていた。

あいつが先輩に向けてナイフを振り上げ走るのが嫌なほどゆっくりに見えた。

まだ間に合う…

「っ!」

目をつぶり感じたのは熱い感触

目をゆっくり開けると身体にはいつも手首を濡らす赤い色が広がっている。

あいつは僕より早く何をしたのか理解したのか走って逃げていく

「待て…っ!」

追いかけようとした自分の体はぐらりと地面に突っ伏す。

あれ?

刺されても動けるものじゃないの?

自分の名前を呼ぶ声が聞こえる。

「しっかり!!大丈夫だからね!!死なないからね!!」

死ぬ…?

あぁ、やっと僕死ねるのか。

なんだか、こんだけ大切なひとに囲まれて死ねるなんてな…今まで生きてきて良かったのかもしれないな…

とゆっくり目を閉じてみた。

本当に死ぬときって眠るみたいなんだね…


「しっかり!!しっかり!!死なせないから!」

「私たちはまだ君に見せたいものがたくさんあるの!!」

「まだもっと沢山の綺麗な景色一緒にみようよ!」

「一緒に全国行くって、約束したじゃん!」

僕の顔に冷たい水滴を感じる

ゆっくり目を開けると


みんなが

笑顔で

僕の

見たことない

景色を見せてくれた


「なんで…笑いながら泣いてるんですか?」

「まだ死ぬのは早いからね、もっと沢山の楽しいことをしよう!沢山の辛いことも一緒に乗り越えよう!そうして生きてて良かったって、笑いあおう!」


あぁ、君たちがそんな笑顔じゃ

悲しくても

消えたくても

さよならする理由なんて

もう無ければいいのに

こんな僕が消えたところで

何億人のひとは変わらない

だけど僕を止める"仲間なにか"が

そんな顔しちゃ

笑えないや


「ありがとう…」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る