第6話 白蛇は語る

今から26年前、私こと伝太郎は病を得て命を落としました。人の身であったころは長者と呼ばれておりましたが、貧しき者や弱い人々に目を向けなかったことでこの世を去った後に蛇となったのでございます。やがて10年の歳月が過ぎ己の前身のことなど忘れ、一匹の蛇として野に生きておりました。ある時、私はそうと気づかずかつて自分の暮らした屋敷の床下を這うていたのです。そこで息子の命が危ないことを知りました。眠りから覚めたように記憶が蘇り、私は息子の命が助かるように祈りました。この命を代わりに息子が助かるならば、より辛い罰も受けても良いと願ったのです。しかし、ただの蛇に何が出来ましょうか。只々、祈ることしかなかったのです。その夜のこと、あれは現か夢か祈りの果てに辿り着いたのか…声が致しました。それはこの土地を鎮守する氏神であり、祖霊たちでした。


我等と彼岸の在り方は常に移り行く。かつてなら、助けることも出来たであろうが今では無理なのだ。人は皆、死する定め。そして善悪の天秤にかけられるのが今のこの世とあの世の在り方なのだ。

しかし、お前の息子がその財を世の為に使うならば、お前のように蛇に身を落とすことはないだろう。


私は尋ねました。それをどのように伝えれば良いのかと。すると氏神は答えました。


お前は今、生霊となっている。これから導くところに宗閑という僧侶が来る。その者ならお前の声が届くであろう。


あの村から一番近い峠に私は導かれました。やがて若い僧侶が早朝の霧の中を歩いて来ました。しかし、宗閑は一人ではありませんでした。山向こうの村に嫁いだ妹の息子が一緒だったのです。今の庄屋の伊兵衛でした。宗閑様と伊兵衛は私の息子の見舞いに向かっていたのです。


宗閑様と伊兵衛に私は話しかけました。姿は見せませんでしたが伊兵衛は私の声を覚えておりました。宗閑様と伊兵衛に私は全てを伝えました。二人は確かに私の話しを伝えると約束して山を降りたのです。


◇◆◇◆◇◆◇


『それで私は安心したのです』

「なんとまぁ、それで伝太郎様の息子は亡くなられたが罪を減じられたわけですか」


松吉が心底、驚いた声音で言った。

しかし、伝太郎は鎌首を持ち上げゆらゆらと首を横に振るようにした。


『いいえ、私の願いは叶わなかったのでございます』

「それではどうなったのだ?」


新左衛門が静かに聞いた。


『伊兵衛は山を降りる最中に、宗閑様を叩き殺して山の中に打ち捨てたのです。そして伊兵衛は私の孫娘と結ばれ我が家の主人となったのです』

「欲に駆られたか」

『はい、あれは孫娘とは許婚だったのです』

「話は解ったがそれが大蛇とどう繋がる?」


人は欲を捨てられない。捨てられないが故に過ぎた欲は身を滅ぼす。新左衛門とて兵法を持って身を立てようとしている。人を斬ってでも士官をして、良い着物を着て旨い物を食べたいと言う欲がある。だがそれをどうあっても求めているのか?と聞かれたら恐らく自分は否と答えるだろう。新左衛門は幼い頃から自分の中に修羅がいることを自覚していた。剣術を修めたのはさらに強く、より強く、誰よりも強く、そんな煮え滾る熱はどれだけ強くなろうと変わらないように思う。これも欲か、と新左衛門は自嘲する。いつかこの熱は冷めるのか、それとも己を焼き尽くすのか?この世に生を受けて23年、俺は何処まで行けるのか?そんな問が頭をよぎる様になったのはいつからだろうか。新左衛門の思考を遮り、伝太郎が答えた。


『宗閑様の亡骸に近づいた者がおりました。見た事もない赤い、赤い髪が頭まで覆った襤褸の端から覗いていました。そいつは己の喉に手を入れたかと思うと小さな黒い蛇を引き出したのです。そして亡骸の耳に黒い蛇を入れました。それからそいつは霧の中に消えたのです』

「つまりその宗閑様があの黒い蛇になったわけですかい」

『宗閑様の亡骸は半日もしない内に消えました。それから16年。私は氏神の使いとなり霊力を蓄えました。しかし、宗閑様も同じく力を蓄え伊兵衛に復讐するために戻られたのでしょう』


果たしてここに因果は語られたのであった。

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