1-5 生徒会長の依頼

「そうはおっしゃいますが、先輩は僕にどうしてほしいんですか? 高校を辞めて、姿を消せとでも?」


 挑発的に彰は笑う。そんな権限お前にはないだろとバカにしているようでもあった。それでも日下先輩は冷静に、頭を左右に振る。


「そこまでは言わないわ。私にそんなことをいえる権利はない。だけど、これ以上、ほかの生徒を惑わすようなことはやめてほしいの」

「惑わしているわけではありませんよ。願いを叶えているのです。日下先輩は僕らの行動を調べたようですが、それならば、お狐様に感謝している生徒もいたでしょう?」


 確信をもって彰は告げる。それに黙り込んだのは日下先輩の方だった。


「ほんの一部だったとしても、お狐様に救われた人はいる。僕らが活動をやめるということは、その救われた方々を裏切るということ。それを生徒会長である、あなたが求めるんですか?」

「……それで、ほかの多くが救われるのなら、仕方ない」

「僕らが今後、多くの人間を惑わすと本気で思っているんですか」

「少しでも可能性があるのならば、未然に防ぐべきでしょう」


 彰と日下先輩は無言で見つめ合う。

 火花が散るというような激しいものではないが、息さえするのを戸惑うような静寂。私は平行線をたどる二人の主張の落としどころが分からない。ただ、見守ることしかできずに、存在すら消し去るように息を殺す。


「可能性があるのなら、未然に防ぐ。上に立つものの行動としては、正しいのかもしれませんね」


 以外にも、最初に相手へ歩み寄りの姿勢を見せたのは彰だった。

 予想外の反応だったのだろう、戸惑う日下先輩を放って彰は話し続ける。


「どちらか片方しか救えないのだとしたら、より多くの人が救える道を。そう決断しなければいけない時はあります。とくに、あなたのように責任がある立場の人は」


 彰はそういって、ふぅっと息を吐き出した。


「僕らは所詮、ちっぽけなことしかできない、しがない人間です。すべてを救うなどと大それたことができるはずもない。すべての人間を幸せになど、世迷言でしかありません」


 彰はそこで言葉を区切ると、伏せていた目を上げ、日下先輩の目をじっと見つめた。射抜くような鋭い視線に、日下先輩が一瞬うろたえたように見えた。


「ですが、お狐様はできます。神様ですから。肉を持ち、限界を持ち、寿命をもった僕らとは違い、お狐様には限界はありません」


 その言葉には、真っ赤な嘘でも信じてしまいそうになるような力があった。信じさせるための彰の演出だと知っている私でも妄信してしまいそうな説得力がある。

 冷静な部分が、そんなわけがない。そう思うのに、もしかしたら、救われるかもしれないという心の奥底にある期待が膨らむ。


 これは確かに詐欺かもしれない。

 日下先輩が本当に不安に思ったのは、信憑性のない嘘を広めるという行為よりも、佐藤彰という人間なのだと、今この瞬間、私は気付いた。


「まあ、そんな大それたことを言ってみても、今のお狐様は弱っていらっしゃるので、全てを叶えるのは無理なんですけどね」


 彰がそういって、今までにない気安い表情で日下先輩に笑いかける。途端に張り詰めた空気が霧散して、私は知らず知らずのうちに止めていた息を吐く。

 香奈は私以上に長時間止めていたのか、「はあああ」と大げさに思えるくらいに息を吐き出していた。


「……やっぱり、私はあなたを信用できない」


 たっぷりと間を開けてから、日下先輩は彰から視線をそらさずに告げた。

 この返答を予想していたのか、彰は笑みを浮かべたままだ。それでも、目は、何をいうのかと値踏みするように日下先輩を見つめている。

 どちらが優勢なのか、まったく分からない。


「だけど、佐藤さんはやめろと言われて、やめるような人間ではないようね」

「分かってくださって、嬉しい限りです」


 にっこりと笑う彰に、日下先輩が顔をしかめる。それでも言い返さず、本音を内に秘める日下先輩の対応は年上の先輩らしかった。


「だからこそ、あなた達を試したいと思います」

「試す?」

 思わず口からもれたつぶやきを聞いて、日下先輩はちらりと私の方を見る。


「あなた達も、お私に睨まれたままは動きにくいでしょ。気にしないといっても限度がある。最高学年で、先生の信頼があり、実績を残し、地位があり、生徒に名が知られているのは私の方」

「そこまで自分でいうんですか」


 呆れる彰に私は心の中でつっこんだ。

 お前がいうな。


「嘘偽りない事実なので。私の方が表立っての権力があるのは、揺るぎない事実。あなたは、それでも上手い抜け道を使って動きそうだけど……、正直、面倒でしょう?」

「そうですねえ」


 のんびりとした口調で彰が同意する。

 この短時間で佐藤彰とい人間を、よく理解している日下先輩の観察眼には恐れ入る。彰なら、私には理解できない方法を使って、目的がある限り、動き続けるだろう。そうなると苦労する羽目になるのは、私。

 ほぼ、確実に私。

 ぜひとも日下先輩には認めてもらわないと、私が大変な目に合う予感がする。


「だから、あなた達を放っておいても大丈夫という確証がほしい。信用でき、行動に共感できれば、生徒会として認めてもいいでしょう」


 意外な好条件に私は驚いた。自分ですら怪しい集団だと思っているのに、それを生徒会が認めてくれるというのか。

 ちょっと、闇取引じみてきたぞと私は自分の体をさすった。

 表社会のリーダーと裏社会のボスの交渉みたいな感じか? これは現実? 映画、漫画? と少しばかり思考が混乱してきた。


「……ここまで、散々難癖付けてきたのはそれ言うためだったの」


 彰がうんざりした口調でつぶやいた。かぶっていた猫が脱げかけている。それでもいいと思うほど、あきれているのか、今更とでも思っているのか。


「時間の無駄だから、ハッキリいってよ。僕らに何をさせたいわけ」

「では、言わせてもらいます」

 日下先輩はそこで言葉を区切って、咳ばらいをした。


「ある噂の真相を、解明してほしいの」


 日下先輩の言葉を聞いた瞬間、私は天を仰いだ。

 あーこれは、面倒くさいやつだ。また、しばらく忙しくなるやつだ。


 状況についていけてない小宮先輩、どうでもいいと投げやりな子狐様、期待に目を輝かせている香奈。

 それぞれの反応をするなかで、彰は表面上は冷静そうに、ただ目の奥は楽し気な色をまとって、日下先輩を悠然と見返していた。


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