4-2 真相は背後に

「それにしたって、アイツは何者なんだ?」


 クティさんは手首についたブレスレットをもてあそびながら、眉間に皺をよせ、そうつぶやいた。青い顔をしている私や香奈には、もう興味がないらしい。


 詳しく話を聞きたいわけでもなかったので、深呼吸して意識を切り替える。改めてクティさんを見ると、触っているブレスレットが目に入る。リンさんの色味のないシルバーアクセサリーに比べると、クティさんがつけているのは色鮮やかだ。金色のチェーンには緑色の綺麗な宝石がついている。ガラスなのか、本物なのか、私には判断がつかないが高そうだ。


 人間じゃないのに金持ちなのか。それとも人間じゃないから金持ちなのか。そもそもこの人たち、お金が必要なのか? と色々と疑問がつきない。

 思考がそれかかったところで、クティさんが私の方を向く。今は関係ねえと軌道修正するようなタイミングに、私の心臓がはねた。

 クティさんの場合、偶然じゃない可能性も高いから怖い。


「リンさんに丁重に扱え。しか言われてねえんだけど、アイツってなんなの」

 そう言いながらクティさんは、交差点の方を顎で示す。アイツというのは間違いなく、彰のことだろう。


「何って言われても……」


 私と香菜は顔を見合わせる。顔は困ったように眉をさげ、どうしようかと私の反応を伺っている。おそらく私も似たような反応をしているだろう。

 彰が何者なのか。それは私たちだって知りたい事だ。


「お前ら、知らずに一緒にいんの」


 呆れた口調でクティさんがいい、頬杖をつく。私がクティさんの立場ならば呆れるから、言い返すことはできない。それでも不満だけは主張したい。私だって好きでこうなったわけではない。


「まあ、人間ごときがあんなのから、逃げられるわけねえよな」


 私の不満を感じ取ったのか、クティさんが眉を寄せながら、交差点の方を見つめた。人間ごときと思いっきりこちらを下に見ている発言も気になるが、彰を人間だと思っていないような発言がさらに気になる。


「彰っていったい……」

「ただの人間じゃねえのは確かだな。ただ、完璧にこっち側かって言われると微妙だ」


 クティさんも彰については判断しかねているらしく、頬杖をついている方とは逆の手でコンコンとテーブルをたたく。


「外レかけ……ってとこか? 完全にこっちではないけど、人間とは言えない。確定してない中途半端な位置にいる」

「中途半端……」


 半端もの。そう彰は自分のことを言っていた。子狐様と会った時だ。僕も君と同じ半端ものだ。そう神と何かの混血である子狐様にいった。


「お前らなんか聞いてねえ? ヒントになりそうなこと」

 私たちが過去の記憶を探り出しているのを察してか、クティさんがこちらの目を覗き込む。


「……それを言って、クティさんは何か得があるんですか」


 人間に興味のないクティさんが、彰を妙に気にかけているのが不自然だ。彰だったら何とかなるとは思うが、教えることによって何かが起きたら目覚めが悪い。リンさんに山に入る許可を出してしまったこともあるし、これ以上何かやったら本気で怒られる気がする。


「アイツに手出す気はねえから心配すんな。単純に、俺が関わり合いになりたくねえから、どの程度の回避が必要か知りてえだけだ」


 あっさりそう言ったクティさんに、私は面食らった。予想外だ。クティさんの顔をじっと見つめるが、表情に変化はない。おそらくは本心なのだろう。


「人間同士だって、こいつには関わり合いたくねえ。こいつとは敵対したくねえってのがあるだろ。俺たちの場合はな、お前らよりもそこの見極めが重要なんだ。失敗するとそのまま死につながるからな」


 そういうクティさんの表情は固く、真剣だった。冗談ではなく本当にそうなのだろう。


「野生動物で想像してもらった方が分かりやすいか。ネズミは猫にケンカ売ったりしねえだろ。そういうことだ」

「……つまり、クティさんは彰が同じネズミか、猫なのか見極めたいってことですか?」

「猫で済めばいいけどなあ……」


 嫌そうな顔でクティさんはつぶやく。もしかしたら猫以上の大型、虎やライオンだってありえると思っているのかもしれない。

 人外のヒエラルキーは分からないが、彰ならありえると私も思ってしまう。


「うーん……でも、私たちも彰君に関してはほんとに知らないんですよね。同い年で、同じクラスで、家庭の事情が複雑らしいってことくらいしか……」


 香奈は何かしらないかと思って視線を向ける。情報収集と整理が趣味な香奈なら、私よりも覚えていることがあるかもしれない。私の気持ちが伝わったのかは分からないが、香奈は制服のポケットから愛用している手帳を取り出した。

 まさか、そこに彰のことも書いているのか!? と私は戦慄する。それはオカルト専用じゃなかったのか……。いや、彰は半分以上オカルトか。


「えっと、霊感があって、オカルトに関して詳しくて、子狐様の黒い影を素手で消せて……」

「子狐様って、山の主の娘だよな!?」


 クティさんが目を見開く。さすが同じ人外。子狐様のことも、お狐様のことも知っているらしい。


「ってことは、確実に俺よりは上じゃねえか……ケンカ売らなくてよかった……」


 それなりに、売ってた気がするんですけど。とは本気で青ざめているクティさんには言わない方がよさそうだ。ここで気をそらして、話を止められる方が困る。

 ただでさえ彰の情報は少ない。本人は言いたがらずにはぐらかすし、知っている人間も口に出したがらないわりには意味深なことばかり言う。本当に知られたくないのなら、もう少し上手に隠せと私は言いたい。


 それにしても。と私はクティさんからの情報を整理する。子狐様より彰が上なことはわかっていた。そこにクティさんやマーゴさんの上に子狐様がくるという情報が加わる。

 子狐様はそこそこ上位と見ていいのだろうか。彰がチートすぎて分かりにくいが、半分とはいえ神の娘だ。高いだろうとは思っていたが、こうして序列が明確になってくると困惑する。


 本当に彰は何者なのだ。


「主の娘より上ってのはすげぇけど……、でもなあ……、リンさんがあんだけ贔屓する理由にはよえぇな」


 独り言のようにつぶやかれたクティさんの言葉に、私と香奈は顔を見合わせる。

 リンさんってそんなにすごい人なのか。すごそうな空気は出していたが、いざ序列を確認すると違和感がある。彰に対しては完全に残念な人だったせいだ。


「リンさんがたかが人間、贔屓するわけねえし……。そもそも、何で山の主のとこなんか……。魔女の呪いが解けたってのは本当だったとしても……」

「魔女?」


 クティさんのつぶやきに香奈がぽつりと呟いた。香奈のつぶやきを聞き取ったクティさんはじっと香奈を見つめる。


「……お前、何か知ってんのか?」

「えっ……あの、……」

「知ってんなら吐け。いや、吐かなくても分岐見れば……」

「子狐様が、彰に魔女に遊ばれてる一族の末裔って言ってました!」


 チート能力を使って、勝手に自己完結されても困ると私は慌てて叫んだ。

 本人に聞かずにクティさんに聞くのは反則な気もするが、いい加減に私も彰の謎を知りたい。ここまで気になる要素だけ並べられては、気にするなという方が無理だ。

 そう思っての言葉だったが、予想以上に私の言葉はクティさんに衝撃を与えたらしい。


「魔女に遊ばれてる一族って……双子の呪いのことか……?」


 目を見開いて、震える声でクティさんはいう。動揺のあまり視線をさまよわすクティさんを見てそこまでのことなのかと私の方が戸惑った。

 双子の呪いとは何なのだろう。


「子狐様も彰に双子かどうか聞いてましたけど、呪いと双子って何か関係あるんですか?」


 疑問に思ったことを、軽い気持ちでは私は口に出した。私の言葉を聞いた瞬間、クティさんはいっそう目を見開く。

 あまりにも目を見開くものだから、眼球が零れ落ちるのではと心配なるほどだ。それからブルブルと体を震わせて、口元に手を置いた。内側からあふれる恐怖を、抑え込もうとしている。そう私にはみえた。


「……どっちだ……」

 しばし時間を置いてから、クティさんは低い声でいった。


「え?」

「アイツはどっちだ。兄か、弟か」


 ぎょろりと目が動いて、私と香奈をにらみつける。余裕のない必死な形相に、私は固まり、香奈は小さく息をのんだ。


「……兄だって……言ってました……」


 弟がいた。そう彰は言っていた。だとしたら、彰が兄で、亡くなったという双子の片割れが弟のはずだ。

 だが、それに何の意味があるのだろう。双子の上か下かなんて、重要なことではない。


 そう私は思うのだが、クティさんにはとても重要な事らしかった。兄だという言葉を聞いた瞬間に、顔を手で覆って、低いうめき声を出す。嘆いているような、後悔しているような、苦しんでいるような。何とも言えない複雑な感情が入り混じった声だった。


「リンさんのお気に入り。双子。呪いは解けた。生き残っているのは……兄……」


 今までの情報を整理するようにクティさんは、一言一言、自分自身に聞かせるようにつぶやく。それから大きく息を吐き出して、


「ってことは、アイツ、大元じゃねえか……」

 絞り出すような声でそう言った。


「大元……?」


 私が言葉を繰り返しても、クティさんは何も答えない。もしかしたら私の声すら聞こえていないかもしれない。それほどショックを受けている様子だ。


「いや、まてよ……でも、兄だとして、弟は……? いくら死んだつったって、噂通りなら、それで諦めるような……」


 顔を手で覆ったまま、何だか不穏なことを言い続けるクティさん。死んだら諦める、諦めないに限らず終わりじゃないのか。そう思うのは私がクティさんいわく「人間ごとき」だからか?


「なに、ブツブツいってんの? 不審者にしか見えないよ」


 そろそろクティさんに現実世界に戻ってきてもらおう。そう思って声をかけようとしたとき、背後から呆れた声が聞こえた。

 振り返ると心底軽蔑した顔をした彰と、生暖かい視線をクティさんに向けるマーゴさんがいた。交差点での調査を終えたらしい。


 ナイスタイミングというべきだろうか。ここで彰に複雑な家庭事情というものを聞いたら、流れで答えてくれないだろうか。

 いや、でも、さすがにコンビニじゃ話しにくいか?

 そう思いながら、クティさんへと視線を戻す。上手い分岐を示してくれないかという期待もあってのことだ。


 だが、視線を向けたクティさんは目を見開いて固まっていた。先ほどと同じく、眼球が零れ落ちそうなほどに目を見開いて、そのうえで顔が青い。脂汗までかいている。どこからどう見ても、先ほど以上に重症だ。


「クティさん?」


 香奈が心配そうに声をかけるが、クティさんは一点から目をそらさない。その視線の先には……彰がいた。


「……何?」


 化け物でも見るかのような顔をされ、不機嫌そうに顔をしかめる彰。私でもあんな反応をされたら戸惑うし、失礼だと腹が立つから、当たり前の反応だ。クティさんの方が不自然だと分かっているのに、私はクティさんの反応に既視感があった。

 子狐様が少し前に、クティさんと同じ反応をしていた。ちょうどその時も、子狐様は双子について言及していて……。


「マーゴ! 後は任せた!」


 私が考えている間に、クティさんは勢いよく叫んだ。叫んだと同時にイスをなぎ倒し、コンビニの外へと駆け出す。見事な逃走だ。

 必死の形相に、私たちもちょうど現場を見ていたコンビニ店員も唖然とする。

 クティさんが走り去った後、陽気に響いた自動ドアの開閉音がやけにシュールだった。


「……何あれ……」

「……さあ?」


 私はそう言い返すことしかできない。本当に何も知らないのだから。彰は私たちが何も知らないと分かると、今度はマーゴさんをにらみつけた。


「ボクも何が何だか……。クティさんがあんなに怯えるなんて、リンさん相手ぐらいなのに、珍しい」 

 マーゴさんは困った顔でクティさんが走り去った方角を見つめ、頬をかく。


「リンと同列とか失礼すぎるでしょ。化け物に出会ったみたいな反応してさー。こんな美少年つかまえて」


 腕を組んで彰に私は乾いた笑みを返した。美少年のくだりに突っ込む元気もない。一緒に行動していたためか、少し打ち解けた様子のマーゴさんが彰をなだめる。「何か飲み物でも買う?」「買ってあげるよ?」と物でごまかす作戦を決行しているのをしり目に、私は考えた。


 魔女に呪われた一族。双子。出生の順番。

 佐藤彰という人間の生い立ちいは、それらが重要なカギをしめているらしい。知れば知るほど普通ではない。普通の人間の人生に魔女も呪いも、関わらない。少なくとも私には無縁だ。


 それにだ。私は気付いてしまった。クティさんは彰を見ておびえたように見えたが、よく見ると、彰よりも奥を見ていた。彰の背後にいる何かをみて怯えていたのだ。


 クティさんの反応は、祠に逃げ込んだ子狐様とまるっきり一緒だった。


 マーゴさんと話す彰を見る。いくら目を凝らしても、彰の後ろには何も見えない。私は幽霊が見える体質ではないが、見える彰とマーゴさんも変わった反応はしていない。


 考えてみれば、子狐様とクティさんもそうだ。最初に彰に会ったとき、特におかしな反応はしていなかった。

 というのに、突然、さっきのように青ざめて逃げ出した。いてはいけない、見えてはいけないモノが、急に見えてしまったみたいに。


「七海ちゃん……」

 香奈が不安そうに私の制服の裾を掴む。


「……とりあえず、彰には内緒にしておこう……」

 それ以上のことは、今の私たちにはできそうになかった。

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