1-3 神様を繋ぎ止める

「なぜ私が消えると断言できるのですか」


 子狐様は静かな口調で尋ねる。そこに焦りや不安の色はない。ただ言葉の意味を知りたいという興味だけが見え、幼い見た目に反した堂々とした姿は神の威厳を感じさせた。


「君だってわかってるでしょ。民間伝承としてお狐様の話を知っている人はいる。けど、あくまで噂程度で本気で信じている人なんてほとんどいない。

 僕はここに来るまでお狐様の存在すら知らなかった。契約していたこともね。

 何代の前の話だとしても契約した一族すら覚えていなんだ。神様としての威厳なんて地に落ちてる」


 ハッキリと目を見て告げる彰に一切の容赦はない。事実を事実として嘘偽りなく伝えている。それだけに言葉の内容に私は息をのんだ。


 彰がいうことはもっともだ。

 子狐様は彰が契約した一族の末裔だと言っていた。その彰ですら子狐様のことを知らなかったとすればこの山に祭られた神のことを真の意味で理解しているものはいないのではないか。


 神様というものは信仰があるからこそ存在できると前に彰から聞いた。

 信じるものが多ければ多いほど神は力を得て強くなる。ただし、信じる者がいなくなれば力を失いやがては存在そのものが消えてなくなる。


「噂として伝わっている話も時間がたてば完全に消える。民間伝承なんてわざわざ伝えてくれるような人なんていないし」

「でも私と七海ちゃんがいる!」


 香奈が慌てて声を上げた。

 その言葉に私は力強くうなずいた。

 

「2人だけじゃ足りるわけないでしょ。それに君たちだってずっと生きてるわけじゃない」


 私たちの決意は彰によってあっさりと無に帰る。

 いうことはもっともだ。神と呼ばれる存在がたかが2人の女子高生の信仰で存在できるのなら世界は神であふれかえるし、廃れて消えるなんてこともない。


「人間の一生なんて神様からしたら一瞬だよ。忘れ去られるのだってあっという間。

 このままだったら近い将来、お狐様も子狐様も消える」


 彰の目に温度がない。それだけにこれが紛れもない事実であり冗談ではなく、冗談をいう余裕すらない緊迫した状況なのだと察せられた。

 口をはさむことなく静かに彰を見変え返している子狐様の態度も事実だと物語っている。


「どうすれば……」


 香奈が泣きそうな顔でつぶやいた。

 子狐様と香奈はずいぶん仲良くなった。私だって子狐様に対しての愛着がわいている。消えていなくなることを仕方ないなんて思えるほど薄情でもないし冷静にもなれない。


「どうすればって君たち自分で言ったでしょ。子狐様の事を広めるって」


 彰の言葉に私と香奈は顔を見合わせた。

 言われてみれば確かに言った。

 子狐様が尾谷先輩と対峙して、彰に止めてくれと頼んだとき勢いではあったが確かに子狐様のことを信仰して広めるといったのだ。

 あの時明確に言ったのは私だけだが香奈も同意していたし気持ちは一緒だったはず。


「口だけじゃなく約束は行動で示さなきゃいけないと思うんだよね」


 先ほどまでの真剣な表情はどこにいったのか口角を上げて彰が笑う。

 教室で美少年と騒がれている人物と同じとは思えない極悪面に私はとんでもないことを口走ってしまったのではと改めて肝が冷えるのを感じた。

 ちらりと見た香奈の顔も青白い。気弱な香奈には耐えられないプレッシャーだったみたいだ。


「僕も子狐ちゃんとは契約しちゃったし、子狐ちゃんがここまで弱ったのは契約したくせに放っておいた僕の先祖のせいだし放っておくのは目覚め悪いから」


 あくまで嫌々だと彰は主張してため息をつく。仕方なくだよ、仕方なくと繰り返す姿を見てお前はツンデレかと半眼になった。

 ここで言ったら面倒くさいことになりそうなので言わない。やる気を出してくれているのに機嫌を損ねてほっぽり出されたら知識がない私と香奈にはどうしようもない。


 子狐様にとっても私と香奈にとっても頼みの綱は彰のみ。

 よりにもよって彰かと不安と恐怖を感じるが頼る相手がいないのだから仕方ない。

 子狐ちゃんも私と同じく微妙な顔をしていたから気持ちは一緒みたいだ。

 起きたら家壊されてるし、忘れられてるし、変なのと契約させられるし子狐様って不運だなと改めて同情する。


「具体的にどうするんですか?」

「まずは、ここに祠があるって事実を知ってもらわないといけないよね」


 彰の言葉に私たちは納得した。存在を知ってもらわなければ話にならない。

 子狐様が犯人捜しのために学校に現れたことで一時噂になったが、祠に関してまではそこまで広まらなかった。百合先生があまり触るなと釘をさしたせいだが、この前の状況だと仕方がない。


 今の子狐様は人畜無害だがそれは事件が上手い事解決したからだ。

 彰と百合先生のフォローがなく、祠を壊され苛立っている間に第二、第三の尾谷先輩みたいな愉快犯が現れたら和解は不可能だっただろう。

 最悪、彰が言った通り死者がでた可能性もある。

 この学校に彰や百合先生がいてくれたのは本当にラッキーだったのだ。


「この間の事件のこと噂で流すとか?」

「そんなことしたらマイナスイメージが定着しちゃうでしょ。恐怖でも信仰心にはなるけど子狐ちゃんはそういうの望んでないし、長年子供と寄り添った神様ならやっぱりいいイメージで定着させるべきだよ」


 人を小ばかにしたような発言ばかりするくせに妙なところで彰はやさしい。

 子狐様が一瞬目を見開いて、それから恥ずかしさをごまかすように眉を寄せ唇を引き結んだ。今は出ていない耳としっぽがあったら揺れていたかもしれない。見えないのが残念だ。


「私もその方がいいと思うけど、よいイメージってどうやって作るの?」

「学校の裏に祠があって、そこに願い事をすると願いが叶うって噂を流そうと思うんだ」


 彰はそういうとウィンクした。様になっているのが地味にイラつく。


「残念ですが、私に願いをかなえるような力は……」

「分かってるよ。君たちの力はそういうものじゃないし」


 子狐様が申し訳なさそうにいうとすぐさま彰が返事をする。

 任せておけという自信満々の言葉に子狐様は驚き、私も何を企んでいるんだと戦慄した。


「そういうものじゃないって、どういうこと」


 香奈だけが目を輝かせ彰に向かって前のめりに問う。オカルト好きの血が騒いだらしい。

 私は当然呆れた顔をしてしまったが彰と子狐様も似たような顔をしていた。

 物好きだという考えはオカルトに関わる、関わらないにしろ共通らしい。


「神様にだって専門分野があるからね。恋愛成就の神様に交通安全願ったところでかなわないでしょ。

 子狐ちゃん達は山を中心に悪いものを寄せ付けない結界みたいなものを作るのが専門。少しなら特定の人の運気を上げたりはできるかもしれないけど、確実に願いをかなえる力はないよ」

「じゃあ、願い事叶うって噂流しても意味ないじゃないの?」


 一時的には面白がって試してみるものはいるかもしれないが何も起こらなければ、ただの噂で片づけられておしまいだ。

 子狐様を救うためには一時的なものではなく長期的な信仰が必要で、多くの人に名前を覚えてもらわなければいけない。

 そのためには、祠に願い事をしたら御利益があるというのは必須条件だ。


「そこで君たちの出番だよ」


 彰は私たちを見てにっこり笑った。

 とんでもなく嫌な予感がする。


「まずは願い事を書いて祠にいれると祠の神様が願い事を叶えてくれるって噂を流す。その後、僕らが願い事をチェックして叶えられそうなものを選ぶ。そしてそれを叶える。

 そうしたら願い事が叶うって噂は本当になるでしょ」


 ね、簡単でしょ。とでも言いたげに彰は笑う。

 たしかに言ってることはシンプルで簡単だがそれを実行して成功させるのはとんでもなく大変じゃないか。


「私たちがやるの……」

「子狐ちゃんもできる限りは協力してくれるだろうけど、基本は僕らじゃないかな。一応僕も協力してくれそうな奴に頼んではみるけど……」


 できるだけ手は借りたくないんだよねと眉間にしわを寄せる彰。

 協力してくれそうな人がいることに驚けばいいのか、彰が嫌そうな顔をする相手はどんな奴なんだと怯えればいいのか分からず私は頬が引きつるのを感じた。


「難しくない……?」

「難しくてもやるしかないでしょ。そうしないと子狐ちゃんは忘れ去られて消える」


 彰の言葉に子狐様は目を伏せた。事実だとそう告げているように見えて私は何も言えなくなる。


「願い事って言ってもどうしようもないものは無視して、叶えられそうなものだけ選んで解決していけばいい」

「それだと、お狐様が叶えてくれたっていうより私たちが叶えたってことにならない?」


 あくまで信仰してほしいのはお狐様及び子狐様だ。私たちはサポート役であり表に出ない方がいい。

 しかし、子狐様に願いを叶える力がなく私たちがかなえるとなれば表に出ずにというのは難しい。願いの内容によってはできるかもしれないが毎回そういうものが来るとも限らない。


「そこは適当にお狐様が枕元に立って、私は力が強すぎて実態を持つことができないので私の力を貴方に託します。とか言われたので協力してます。みたいな感じで」

「本当に適当ですね……」


 笑いながらいう彰に子狐様は顔をしかめた。

 それで説得される人がいるのかと疑っているようだが、今は適当でもいざとなったら彰はどんな不自然な話も相手に信じこませそうな気がする。

 

 するというか現在進行形でクラスメイトどころか学校全体をだましているのだからやるだろう。

 将来、詐欺師になってしまったら手が付けられそうにない。

 私は今のうちに物的証拠を集めておいた方がいいだろうか。いや、犯罪に手を染める前に警察に突き出しておくべきか?


 私が悶々と考えているとなぜか私の目をじっとみつめた子狐様がゆっくりと頷いた。

 それがいいです。そう目が訴えかけてきている気がする。


 何だその反応は。また私の心を読んだのか。

 別によまれて困ることを考えているわけではないからいいけど、いつも心をよんでるわけじゃないから安心してって前にいってませんでしたっけ。

 と私はちょっとだけ子狐様に非難の目を向けた。すぐさまばつが悪い顔で目をそらされた。


「ナナちゃんと子狐ちゃん、不穏なアイコンタクトやめてくれない? 今すぐ協力するのやめてもいいんだよ」


 不機嫌な彰の声に私と子狐様は同時に背筋を伸ばす。

 子狐様と違って心がよめるわけではないのに何だろうこの勘の良さは。というか本当によめないんだよね? 大丈夫? と不安になってきた。


 何にせよ、今ここで彰の機嫌を損ねて離脱されるのは困る。

 子狐様もそうだし、今後この間のような事件が起こったら私と香奈には対処しようがない。

 また起こるなんて確証はないんだけど、人生一度あることは二度あるというし、彰と子狐様にかかわってしまった時点で、非日常ルートに入ってしまった気がするのだ。

 正直今すぐ別ルートに移動したいけど、逃げ道はふさがれているだろう。無情だ。


「七海ちゃんも子狐様も仲良くなったね」


 香奈だけは不穏な空気も彰の不機嫌にも気付かずにニコニコしていた。

 オカルトに突っ走る癖だけはどうにかしてほしいが何もなければ香奈は本当にいい子である。


「僕の作戦は話した通り。あとは噂を広めて、実際に願い事が来るようになってから考えよう。願い事の内容見ないと解決策も話し合えないし」

「噂広めるのは裏サイトでもいいのかな?」


 未だに裏サイトは活発に動いているらしい。

 実は学校一の強面教師の監視下にあると知っている私としては冷や汗しか流れないが、世の中知らない方が幸せなことは多い。


「お願い。僕も噂好きな子にいっとくから、すぐに広まるんじゃないかな」


 彰はそう言いながらミニトマトを口に入れる。

 そう言えばお弁当の途中だったと膝の上に載ったお弁当箱を見るとほとんど手つかずだ。隣の香奈もそうだから話すことに集中していたんだろう。


 彰のお弁当に関してはミニトマトが最後だったらしく何も残っていなかった。

 私たちよりもしゃべっていたはずなのにいつ食べたんだ。いつもながら綺麗に食べるなと色々と言いたいが彰は私の視線には気付かずお弁当箱を片づけると背伸びをした。


 細身で女の子みたいな外見に体形だが意外と彰は身体を動かすのが好きらしく、食べ終わるとすぐさまストレッチしたりと体を動かす。

 食後の運動とはいうがそんなにすぐ体を動かしてお腹痛くなったりしないんだろうかと私は不思議で仕方ない。

 実は彰は機械なのではとありえないが、事実だったとしても驚かないことを思う。


「僕は軽く体動かしてくるから、お弁当箱僕の机の上に置いといてくれない?」

「いいよ」

「授業遅れないようにね」


 身体を動かすうちに楽しくなってしまうのかたまに5時間目をさぼる彰に対しての忠告だ。

 彰は私の言った言葉の意味を理解したらしく、「んー」と曖昧な返事をする。自信がないらしい。

 そのままさっさと行ってしまった彰を見送って私と香奈は少し遅くなった昼食を再開した。


「彰君、体育真面目にやればいいのにね」


 体を動かすのも好きだし運動神経抜群なのにいつも彰は体育は見学かサボりだ。

 体が弱くて学校に来れなかったという設定を印象付けるためらしい。

 用意周到だと思うが、体育の時混ざりたくて若干そわそわしていることを知っている私からすれば素直になればいいのにとも言いたくなる。


「そういえば家庭の事情って何なんだろうね」


 噂では体が弱かったからということになっているが真実ではないのは彰を見て居ればわかる。

 健康どころか殺したところで死にそうにない化け物じみた少年だ。身体が弱いから学校に来れないなんて見た目が儚く見えるからこじつけたに違いない。


「百合先生も教えてくれないからね」


 一度聞いてみたが百合先生は元々の強面をさらに凶悪にして「ちょっとな」と濁していた。人のプライバシーに踏み込むこともそうだし、単純に百合先生の顔が怖かったのでそれ以上突っ込んで聞くことはできなかった。


「色々とあの一族は訳ありですからねえ……」


 なぜか私たちよりも彰の事情について詳しいらしい子狐様がお茶を口に運びながらつぶやいた。

 彰が消えた方向を見て、同情的な視線を向ける子狐様を見ると興味本位で聞いてはいけない気がしてくる。


 同じクラスと前より距離は近づいたものの、相変わらず佐藤彰という人物は謎だらけだった。

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