第三章 二度目の裏切り「1」

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 屋上での一件の後、僕らは再び幼い頃のように仲良くなった。

 休み時間は頻繁に逢って会話をしたり、放課後には一緒に帰ることが多くなった。

 友人達はそんな僕らを見て冷やかしたり、からかったりしてきたが、寧ろ僕はやまもんとまた仲良くできていることが誇らしく思えてしかたがなかった。

 年度が変わり、中学三年生になった今でもその仲は継続している。

 その間、色々な話をやまもんから聞いた。主に家庭の話を、だ。

 話をしている時のやまもんは終始笑顔だった。無理して笑顔を作っているのは誰が見ても明らかだった。けれど、僕には同情以外にしてあげられることはなく、僕は僕自身の力の無さを恨んだ。

 思えばあの屋上の一件以来、やまもんが泣いているところを見たことがない。それどころか暗い顔をしているところも見たことがないのだ。彼女の笑顔は常に幼少期の朗らかやまもんそのものだった。

 僕としては、幼馴染の好として、いや、もっと別の意味で気兼ねなく泣いてほしいし、弱い部分見せてほしかった。

 五月中旬、梅雨の季節。屋上での一件から一年が過ぎ、僕はあることに気が付き始めていた。

 やまもんを異性として意識し始めていたのだ。どんなに厳しい状況に陥ろうとも笑顔を絶やさない彼女に惹かれていたらしい。

 僕はやまもんにこの想いの丈を玉砕覚悟で告白することにした。

 決心したのはある雨が降る日の放課後だった。

 僕らは下校途中、小さなブランコと小さな滑り台があるだけの小さな公園の屋根つきのベンチで雨宿りをしていた。

 傘を持ってこなかったせいでやまもんも僕もお互いびしょ濡れだった。

「この公園、いつ見ても小さいよね」

 やまもんが濡れた髪を水色のタオルで拭きながら言った。

「そうだね」僕は溜息吐きながら言った。

「はい、これ」

 やまもんがタオルを差し出してきた。

「使って」

「ありがとう」

 僕はそれを受け取り、濡れた髪を拭いた。

 さすがのタオルも服までは拭くことができないようで、やまもんの濡れた制服に目をやると水色の下着が透けて見えて、僕は慌てて視線を地面に逸らしながらタオルを返した。

「いつになったら雨、上がるかな? 天気予報では晴れるって、言っていたのにな」

 やまもんが雨空を眺めながら心配そうに言った。

「仕方ないよ。この季節の天気は変わりやすいから」

 僕もやまもんにならい、雨空に視線を移し、肩を落としながら言った。

「早くやまないと、帰る時間が遅くなっちゃう」

「帰りたいの? あの家に?」

 僕は思わず尋ねた。

 するとやまもんは少し考えるそぶりを見せ、やがていつもの笑顔を見せながら口を開いた。

「わからない。帰っても私の居場所なんてないからさ、元々ね。今も私をどっちが引き取るかで揉めているし」

「――そっか……」

 僕は静かに、先ほど以上に肩を落としながら言った。

 僕らの会話を遮るように雨の勢いが増した。雨粒が地面を叩く音がはっきりと聞こえ、お互いにしばらくその音を静かに聴いていた。

「――僕が、なるよ」

 雨音にかき消されそうな静かな声で僕は言った。

「僕が、やまもんの居場所になるよ」

「え? なに?」

 やまもんがきょとんとした顔をしながらこちらを向いた。どうやら僕の声量より雨音の大きさが勝っていたようで、彼女の耳に僕の声は僕に届いていなかった。

「……なんでもないよ」

 僕は静かに言った。この言葉もやまもんに届いているかどうか微妙だったが、彼女の表情を察するに、恐らく僕の口元を見て僕がなんでもないよと言ったことを理解したのだろう。彼女は静かに「うん」と頷いた。

 伝わってほしいことは伝わっておらず、伝わらなくいいことが伝わっている現状に悶々とし、僕は雨空を眺めながらやまもんに悟られぬように溜息を吐いた。

 だが、こういうときに限って彼女は鋭い。

「ねえ、どうしたの?」

 やまもんが僕の顔に自分の顔を近づけながら言った。

 顔の距離が近いためか、彼女の声が鮮明に聞こえ、顔が火照る。

 ――ああ、僕はやはりやまもんのことが好きなのだな

 これでもかというくらいに思い知らされた。

「やまもん」

 僕は切り出すように言った。

「なに?」

「聞いてほしい話しがあるんだ」

 僕は真剣な顔をしながら言った。

 僕の真剣さが伝わったのか、やまもんは身体ごと顔をこちらに向けて僕の言葉を待った。

「僕は、僕はやまもんが――」

 そこからの言葉が続かない。やはり、告白は緊張する。心臓が口から飛び出してしまいそうだ。

「私が、なに?」

 やまもんも真剣な顔をしながら僕の言葉を待っている。きっと彼女は、僕が今から告白をすることを悟っているのだろう。そして、それを真剣に受け止めようとしてくれているのだろう。それならば、それならばその気持ちに、彼女の真剣な気持ちに応えるためにも、僕は言わなければならない。伝えなければならない。

「僕は、僕はやまもんが好きなんだ」

 言った。言ってしまった。もう訂正は効かない。あとは、やまもんの言葉を待つのみだ。

「それで?」

 やまもんが、やはり真剣な表情をしながら言った。

「好きだから、なに?」

「それは――」

 僕は返答に困ってしまった。

「――私も、陽ちゃんが好き」

「え?」

 唐突な告白返しに僕は思わず間抜けな声をあげてしまった。

「私は好きだけじゃなくて、その先の言葉も聞きたい」

「その先、か」

「うん」

 僕は深く深呼吸した。そしてやまもんから雨空へと視線を移し心を落ち着かせ、やがて決心が着いた。

「やまもん、僕とずっと一緒にいてくれないか? 僕と、付き合ってくれないか?」

「――はい」

 そんな僕の告白にやまもんは真剣な表情で、それでいて頬を赤く染めながら頷いた。そんな彼女のことを心から愛おしいと思った。心から大切にしたいと思った。

「ねえ」

 先ほどまで頬を真っ赤に染めていたやまもんが思い出したかのように、なぜか口を尖らせながら言った。

「なに?」

 僕は少し戸惑いながら言った。

 何か変なことをしてしまったのだろうか。何か変なことを言ってしまったのだろうか。

「もっと他に場所、なかったの?」

 どうやら告白のムードのようなものを気にしていたらしい。

「ごめん、伝えたい気持ちのほうが強くて、場所までは――」

 僕は照れながら言った。

「まあ、嬉しかったけどね」

 やまもんがくすりと笑いながら言った。

「――それじゃあ?」

「うん、お付き合いしましょう」

 やまもんは頬を真っ赤に染めながら言った。

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