第46話 涙

突然真っ暗闇に光が差し込み、私は光が差す方向を見あげた。




 はな……び?




 視界にとらえたのは、自分のちょうど真上に上がる、大きな大きなそれはもう見事な花火だった。

 ちょうど頭上あたりではじけ、無数の光の粒が海へと降り注いだ。 


 それは暗い夜空に無数に降りそそぐ流星群のようで、見事で、見事で、思わず苦しさを忘れて見惚れた。



 なんて、きれいなんだろう。

 流石乙女ゲーム。

 最後の最後に見る景色が、暗い闇じゃなくてよかった。

 とぼんやり思ったその時だった。


 降りそそぐ流星群のような光の中、私の視界に入ってきたのはシオンだった。

 水中でさまよう視線は私と目が合うと、不安げな顔から安堵へと代わった。

 両手で水をかく、シオンのほうへと。

 服のせいで上手くすすめない、シオンはそんな私の腕を掴むと上へとぐんぐんと引き上げた。



「ゲホッ、はぁぁああああ。死ぬかと思った」

 咳を一つした後私は大きく息を吸い込んだ。

 可愛さなんか取り繕える余裕もない、大きく息を吸い込んだ。

 私の様子に、シオンの表情がほっと和らいだ。


 安堵の表情になったシオンに私は言葉をぶつけた。

「泳げたのね。どうして嘘をついたの?」

「それはこっちのセリフ。あんた船が崩れることをわかって、船を起点にして陸を探せて僕だけ陸に向かわせるきだったでしょ」

 シオンのズバリの指摘に私はグッと押し黙ってしまった。

 私の表情をみて、シオンは、


「ほら僕が泳げるって言ったら、アンタ今ごろ一人で沈んでたでしょ」

 と笑った。

「後、先に言っとくけど。心配しなくても、もう魔法使えるみたいだし。さっき救援信号を出したから、そのうち助けが来ると思うから」

 さっきの花火みたいなのが救援を呼ぶ合図だったんだ。



 よかった。これで助かる。

 安堵の気持ちが込み上げたのはつかの間だった。

 水を吸った服は重く、水面に浮いているだけでかなりの体力を消耗する。

 体力の消耗は著しく、シオンが何度も何度も短いスパンで私に回復魔法を使う。

 先ほどの救援信号はおそらく魔力でしたものだと思う、いつもに比べればそれほど頻発していないにも関わらず、シオンの顔に疲れが出ていた。



 救援信号は伝わったかもしれない、だけど、助けは場所が場所だけにすぐには来ない。

 それもそのはず、つらいから長く感じるだけで時間がそれほど経過していないからだ。

 このまま回復魔法を頻発していたらシオンが持たないのでは? ということが頭に浮かぶ。


 でもシオンは私が沈まないように何度も回復魔法を使うだろうし、もし私が沈めば、シオンは私を助け続けるだろう……



 だからこそ、頭に浮かぶのだ。

 いつまでもつのかと。

 救援を出したからとシオンは言ったけれど本当に伝わっているのだろうか。

 伝わっているにしても、ここまで来るには一体どれだけ時間がかかるのだろうか。



 暗い海で一人ぼっちは怖い。

 でもでも、今勇気を振り絞らないと、きっと言えなくなる。

 そう思った私の心を読んだのかのようにシオンが話しかけてきた。

「馬鹿なことを考えるのはやめてね。これ以上僕に体力も魔力も余分に使わせないで」

 いつものように、軽口で突き放せばいいのに、シオンはこういう時は絶対に私を突き放さない。


 このままだと、二人ではもたないかもしれない。

 だから、これから発する言葉に意識して魔力を乗せる。

 命令を確実に遂行させるために。


『私を見す』

 私を見捨てて。そう言いかけた言葉は最後まで言い切ることができなかった。

 胸倉をつかまれて、キスされたからだ。

「余計なことするなってわかんないの?」

「ねぇ、シオンだってほんとはわかっているんじゃない? 私はそんな長く持たないわ。シオンあなたは本物で私は……」



 その時だ、南の上空に淡い星ではない光が見えた。

 光はゆらゆらと揺れながら風に流れこちらへと向かってくる。

 その後を追うように、淡い光が次々と空に浮かび上がり、風にのりこちらへと流れてくる。


 どこを見ても真っ暗だった海が淡い光に照らされる。

 そして、それは何かすぐに解った。




「ランタン……どうして?」



 夏の終わりアンバーの海の中に集まってくる魔物を退治するという名目で夏の終わりの一週間、観光客が無数に飛ばす光だ。

 毎晩空を見上げたのだから間違いない。


 魔物が集まってくる時期は、美しい海に入れなくなる。そんな時観光客を逃さないように、始まったランタンはアンバー領の名物だった。

 でも、今は春でランタンを飛ばす時期ではない。

 にもかかわらずランタンは次から次へと空へ美しく舞い上がり、暗い海を幻想的に照らした。




 ……春が終われば夏が来て、これらは海に入れない間の貴重な収入源になるはずだ。

 それをこんなに時期に飛ばしては……



「これが民意ってやつなんじゃないの?」

「え?」

 茫然と空を見上げていた私に、シオンがそういった。




「ランタンを買い占めることは、公爵様にできても。あれだけの数を飛ばすことは公爵様だけではできない。人に命令するにも限界があるじゃん。こんだけの灯りが一斉に飛ぶってことは、民が自分の意志でレーナ様を助けようと飛ばしてるんだと思うよ」

 次々と風に乗り帯のようにランタンはゆらゆらと飛んでいく。

「偽物とか本物とか、アンタの話いまいちよくわかんないんだけど。これだけの民を動かしたのって、今のレーナ様だからなんじゃないの? だから諦めないでよ。もう、陸の位置はわかったんだから。後は陸まで向かうだけじゃん」



 シオンがそういって、私の手を引いてやわやわと泳ぎ始めた。

 



 ほどなくして、船に私たちは発見され、引き上げられた。

 


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