第5話 当たり前の日常

「じゃ、ジーク様もきたことだから僕はおいとまさせてもらうね。せっかくメンバーがそろったから本当はかき氷屋のこと打ち合わせしたいんだけどさ……。フォルト様がレーナ様が無事か心配してると思うんだよね」

 シオンが此処にきてくれた理由はフォルトが頼んだからだったのだった。フォルトに後でお礼を言っておかないと。本当に危なかった。


「シオン、ありがとう。フォルトにお礼を言ってたと伝えてもらえるかしら?」

「わかったよ。それじゃ、僕は一度戻るね。夜の訪問はさすがにマナー的にないと思うし、さすがにレーナ様の護衛も止めるだろうから。とりあえず、日の高い間はジーク様此処にいてよ。あいつレーナ様さえ何とかなればって思ってるみたいだけど、あいつの望みは僕とリオンの盟約の縛りが解かれるレーナ様を殺すってことじゃなくて。レーナ様をモノにすることだろうし……。

 万が一何か事が起こって、レーナ様が本心から反撃を望んだら、盟約で縛られてる僕とリオンはレーナ様の命令には絶対服従抗う術もない。僕はともかく魔剣を持ってるリオンが本気で暴れたら被害がどうなるかわかんないしね。高魔力持ちは逆に魔剣の刀身の餌食になるし……。リオンは命令で動かざるを得ないだけで、頭に血が上ったわけじゃなく冷静な分なお達が悪いし。盟約者を手篭にしようなんて何考えてんだか……。メイドも聞き耳立ててるようだから声を大きくして言っておくけど、レーナ様に何かあってレーナ様が望めば、皆普通に殺されるから肝に銘じて傍にいてね」

 リオンは盟約してから、主に私のお茶係として大活躍しているが。本来は魔法省に入れるほどの実力者で年齢も若いのに出世するほどだったのだ。

 しかも、シオンが魔剣といいだすまですっかり忘れていたけれどリオンは現在魔剣を2本保有している。

 私とリオンの間でそのことは秘密となっているけれど、何とか刀身を折ることに成功したとしても、もう1本出してきてって考えるとめちゃくちゃ恐ろしい……。


 シオンは爆弾発言を残して部屋を去って行った。




「気分が暗くなる、窓を」

 ジークがそういうと、メイド達が慌てて部屋中のカーテンをあけ窓を開ける。

 明かりが差し込む部屋、開け放たれた窓からはいい風がはいってきて、私のいつもの部屋に戻った。

 メイド達は、私達にあたらしく飲み物の準備を始める。


 部屋に立ちこめていた緊迫した空気が緩んだのがわかる。そして、メイド達が当たり前のように本来のこの部屋の主である私に気を使いだすのがわかる。

 メイド達は先ほど静観していたことに対しては何も言わない。

 領主教育を受けていない私は所詮嫁に出る身、私の今置かれている立場。今後跡を継ぐ者への配慮……何とも言えない気持ちになる。メイドや従者、護衛にもここでの生活基盤があって、家族があることがわかるからこそ、メイド達が私に対して先ほどのことを何も言わなくても私からも何も言いだせない。

『どうして皆見ているだけだったの!?』

 と14歳の本物のレーナだったなら憤怒して口に出しただろうけれど。中身が大人である私は、立場が弱い者の気持ちもわかってしまう。


 ただ、優先順位が一番にすることが難しい場合、なら私をどうやって周りが守れるのかを考えると恐ろしい。

 私には爆弾がついているのだ。

 今回はいつもの夏休みとは違う、学園の水路の復旧が完了するまで寮が使えなくなったので他に選択肢がなくてアンバーに帰ってきている。



 私が周りの者の先ほどの態度をとがめることは口に出せなくて、でも不満で下唇を噛んだ。

「強く噛みすぎだ」

 私の唇にジークの指が触れたことで、私はかみしめていたのを緩めトロピカルジュースを一口飲んだ。


「メイドや護衛には怒らないんだね」

「私だって、彼女たちがここに生活基盤があって家族がいて、今後の生活があるという立場がわからないほど子供ではありませんから……攻めても仕方ないですし。今後の保証を私ができるわけではありませんから。ただ……、婚約を解消したらこんなことになるだなんてこと思っていなかった」

 ジークの前だから丁寧に話さなきゃと思っていたけれど、口調がだんだん素になっていった。

「自由なようでも、私達は家のしがらみにとらわれる立場だからね。周りを責めたくても責めれないことは仕方ない部分が多い」

 ジークはそう言うと立ちあがって私の手を掴んだ。

「ん?」

「アンバー領は屈指の観光地なのは君も知ってるだろう。私はこれまで責務から万が一逃げ出さないように領に閉じ込められていたんだ……」

 悪そうな笑みをジークが浮かべた。その途端私の身体は抱えあげられた。



 クリスティーの制止の声が聞こえたがジークを止める力などなかった。

 メイドは追いかけてきたけれど、ジークがプライベートビーチのほうに下りて、器用に自分の足場だけ凍らせ海の上を走りだしてからはもう誰にも止められなかった。

 さすがにこんな形で私をホイホイ連れ出してはまずいのではとジークの肩越しに後ろをみると、メイドも護衛も勢ぞろいでジークに向かって頭を深く下げていた。

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