第35話 おぞましい

 ポンっという音が聞こえた。

 ポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポン。

 止まらない謎の音ポンポン。



「ヒッ」

 と息をのんだ誰か。


 バシャーーンと大きな音をたて私の身体が水に入った。


 生きてる、とりあえず即死じゃなかった。

 けれど、落ちた水のあまりの冷たさに全身が一気に凍え刺すような痛みを感じた。


 とりあえず、あの汚水だ目を開けたら大変なことになるぞとギュッと目をつぶる。

 水を飲んでもまずいと口もギュッむすんだ。

 左手は不思議と痛みはないこの冷たさで末端の血流が減ったの?

 爪が剥がれた状態であんな汚い水に落ちたのだ、何か怪しげな感染症にかかったっておかしくないとかいろいろ思うことはあるけど今はとりあえずそれどころじゃない。

 プニっと何かが私に度々ぶつかる。

 目をあけて、あのミミズみたいなのいっぱいいたら私の心が死んでしまう。



 


 このままでは凍えてしまう、とりあえず浮上だと思うのだけど。服が重い、着衣でなんて泳いだことない。

 ましてや、冬物だ。

 右手も肩からやってしまったようで思うように動かない。



 身体は焦る気持ちとは裏腹に動いてくれない。

 もうダメかも。

 口を閉じなきゃと思うのに開いてしまって大事な空気がコポッとでた。

 目だって閉じてないと……そう思うのに開いた視界は黒くなどなく透明で澄んでいてフォルトがはっきりと見えた。



 苦しいの嫌だなぁ。

 意識はまだあるのに身体が動いてくれない。




 先程まで全く動かなかったフォルトがまだ繋いでいた私の手を引き寄せた。

 抱き締めてでもくれるのだろうか? 乙女ゲーだもんなぁと思っていた私の首にフォルトの腕が後ろからがっと絞め技をするかのように回った。

 そして上へと泳ぎだしたのだ。





 これ、ライフセーバーの人が溺れた人につかまられないように救助するやつだ……。

 そうか、フォルトは海のある観光地アンバーの人だった、ちゃんと溺れた人への対応知ってたのか。

 それにしても結構深いところまで着衣のせいで沈んだみたい。

 私はどれだけ手足を動かしてもダメだったけど進むのは泳ぐのが上手いのか身体を強化してるからなのか。

 それでも水面までたどり着かない。

 フォルトの顔も苦しそうと思ったそのとき。


 プニっと何かが私にあたる、それはスライムだった。

 ポコポコと音が聞こえると思った。

 下からおびただしい数のスライムが現れる、その上に乗っかる形で私たちは浮上した。



 浮上してフォルトは大きく息を吸い込んだ。

スライムどこからこんなに現れた? とかツッコミたいことは沢山あるのに凍えた身体は動かずスライムたちの上で横たわったままだった。


「レーナ嬢」

 名前を呼ばれてるのはわかるし返事をしたいのに声もでない。

 寒い、寒い。

 けれど歯ですらガタガタとならない。

 ぼんやりと目を開けてフォルトを見つめた。



 泣きそうに潤んだフォルトの瞳はレーナと同じ緑色だ。

 フォルトの顔が近づいてくる。



 顎クイからのこれってまさか……。




 触れるか触れないかのとこでフォルトが一瞬躊躇したのか止まり。

 フォルトの瞳が閉じられ私の唇はふさがれ息がおくり込まれる。

 唇はすぐに離れた。だって私呼吸はできてるもんな。

 ただイケメンにキスされただけみたくなった。


「レーナ様は!」

 リオンが駆け寄ってきた。

「自分で呼吸はしてるみたいだ。これは寒さのせいかもしれない」

 人工呼吸は必要ないと判断したフォルトがリオンにそう告げる。



 リオンの手が私とフォルトの頬に触れた。

 温かなものが流れ込んでくる。 

 途端に私を襲う先程とは比べ物にならない寒さとさっきまでは感じなかった左手の激痛。

 右肩から腕にかけての痛みと違和感。


 ガチガチと歯がなる。

 爪が剥がれたことに気づいたようでリオンによって治されたことで手の痛みはなくなる。



「水がきれいになったから動きが鈍くなっている仕留めるぞ。アノンは下がって二人の服を直ぐに乾かせ」

「ちっ、かしこまりまして」

「舌打ち聞こえてるからなお前は毎回毎回……」

「ならさっさと倒せばいいでしょ、あんたが一番属性の相性がいいのにチンタラしてるのが悪いんだろ。どうすんだよこの天井始末書何枚書くんだよコレ」


 コミカルな言い合いをしながら男が一人戻ってきた。

「こっちからだな、熱かったらごめんな」

 数秒だったあっという間に服が乾いた、服が乾くと寒さがなくなった。

「ありがとうございます」

 そしてフォルトへとアノンと呼ばれた学園にたっていた糸目の男はうつる。

「君たち……後で調書ね」

「「……はい」」

 そういうとアノンは後を追うようにヒュドラを追って去っていった。



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