第30話 骨折

 嫌だと言わんばかりにジークは顔をそらした。

 人が嫌がる姿というのは何とも言えない色気がある。

 よこしまな気持ちでこんなことをしてはいけないとわかってはいるけれど、ついついやってしまう。


 しかし、今回のジークは魔力切れしていない。

 そのため、大量の魔力がこれ以上ここを触るなと言わんばかりに押し返してくる。

 魔力量の差は歴然だ、でもこのおいしい状況でこのまますんなりと諦めるのもおしい。

 押し返してくるジークの魔力に逆らわず、魔力にまとわりつき彼の嫌な部分を目指す。

 私こんな風に人様の魔力の表面を探るように奥へ奥へとやるようなことができるようになっている。魔力の扱い方が確実にレベルアップしているわとポジティブな気持ちで彼の嫌がるところにしっかりと魔力を流す。


 しかし、お楽しみの終わりはすぐにやってきた。

 カッとジークの目が開かれて首に触れていた私の手をはがされたからだ。

 はがされてしまっては、さすがに魔力で悪戯はできない。

「レーナ、この起こし方は二度としないでくれ。もう一度言う、もう二度としないでくれ」

 冷たく告げてジークは身体をゆっくりを起こす。

「ゾワッとするから……」

「ゾワッとするのですか、なるほど。魔力を流し込んで抵抗がある個所に念入りに魔力を流すとゾワッとすると……」

 一つ大きな勉強になった。



「さて、ジーク様。起きてすぐのところ申し訳ありませんが。ちゃちゃっと登って助けを呼んできてくださいますか?」

 4~5mはあるけれどジークなら登れるだろう、私の部屋まで登れたくらいなのだから。

 サクッとジーク登っていただき救助を呼んでもらって脱出して終わりねと思っていたのだけれどジークは首を横に振った。

 とっかかりの少ない寮よりかは足場は不安定そうだけれど登れそうなのにまさかの登れないだと……。

 予想外の答えに、どうせジークが登って助けを呼んでもらって終わりと思って悠長にしていたのに急に焦りが出てくる。


「まさか、落ちた際にどこか痛めたのですか?」

 私の問いにジークはうなずいた。

「息が苦しい、痛みは今のところあまりないがろっ骨が折れているかもしれない」

 そうだよ、アレだけの高さからがれきと一緒に落ちたのだ。

 無傷の私のほうがイレギュラーなのだ。

「君は怪我……はなさそうだね。ならよかったよ」

 パンパンと埃を掃いながらジークは立ちあがった。



「立ちあがってもよろしいのですか?」

「普通に動く分にはなんとかね。それにしてもひどい臭いだ」

 怪訝そうにジークは鼻をハンカチで覆った。

 私のほうはすでになれてしまったようで臭いは特に感じない。

 私達も月の下に二人きりと文にしてみると、エドガーとマリアよりロマンチックなのに、そこに『でも臭い』が加わるだけで台無しである。



「そういえば、爆発した学園の噴水をさらに爆破して水路をむき出しにした際も変な臭いがしてましたわ」

「さらに爆破……っていったい何をやってたんだい?」

 呆れた顔で質問されてしまった。

「スライムの魔核がもしかしたら必要になるかもしれないと、フォルトとシオンが水路に入るために、私が責任をとるのでとアンナに爆破してもらったのです」

「なるほど」



 その後『おーい』や『誰かー』と私が叫んでみたけれど誰も来ない。

「時間もあるだろうが、大規模に崩れているから二次災害に巻き込まれないために人が近づけないようにしてあるのだろう」

 そういえば、学園の噴水の周りも人が近づかないように簡易な柵がしてあったわ。

 これだけ大規模に崩れているのだもの、人も近付かないか……。

「では、叫んでいても当分人は来ないと?」

「おそらくね、壊れたところを治すにしても順番があるから、スラムよりの平民街にとりかかるのはずっと先になるだろう。水路内を歩いて出口を探したほうが早そうだ。幸い、水路は2層になっていたようだからこちらに流れてるのは綺麗な水だ」

「2層?」

「汚水と浄化された水が混ざらないような仕組みとでも言えばいいかな。私達が今いる水路の下にも汚い水を流している別の水路があると言えばわかるだろうか」

 なるほどである。きれいな水の中に汚い水を流すわけにはいかないというわけか。

「ではこの臭いは」

「おそらく、2層のほうで何かあったのかもしれない。普段は分かれている1層と2層が何かが起こってつながり臭いが漏れてるのかもしれない。噴水や水場が爆発したのも中の圧が高まった結果だろうが、これだけ複数個所爆発したのだから大丈夫だろう」

 ジークが手をこちらに差し出すから私はその手に自分の手を重ねた。

 水路内は、魔法省の職員がまだ入っているのか灯りがともっていた。

 


 私とジークは水路の出口を探して歩きだした。

 手を繋いでくれたのはもしかしたら怖がらせまいとする彼の配慮なのかもしれない。





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