第65話「勉強もしないとね」

 2025年3月23日、受験生救済本部。

 本来は、視聴覚室という名前なのだが、この時期のみ『受験生救済本部』と名を変え、入試の採点終了後、合格点に至らなかった者の回答を集め、再審議を行っている。


「今年も、この時期が来ましたね、校長」


「みんなも、休日を返上させてしまってすまんね。さて、救済を始めようじゃないか」


 桃李成蹊とうりせいけい女学院の入試に、マークシートは無く、全て筆記によるもので、その理由は、説き方や考え方は合っているのに、計算ミスや誤字などによって落とすのをすくい上げる為だった。

 それゆえ、問題の始めに必ず『途中まででも、間違っていても構わないから、記入するように』と書かれてある。


「次、東儀とうぎ飛鳥あすかです」


「これは……なにが言いたいんだ?」


 三角形の角度の問題で、90度、60度に×がされた上に、それぞれ89.27度、60.48度、そして、式の欄には『180-89.27-60.48=30.25』と書かれてあった。


「分度器で測ったんだろ?」


「いえ、それは違います。分度器で、小数点第二位は出せません」


「適当じゃないの?」


「それも違います、正確に測れる計測器を用いたところ、全て正しかったんです」


「しかし、こういった問題の場合、数値は仮定の筈だ。そうなると、読解力に難が有ると言わざるを……」


 そう言ったところで、校長が止める。


「田崎先生、数学に国語力を求めるのはナンセンスです! それに何より、この場の目的は、落とす場では無いということです! では、私の見解を。彼女は、三角形の内角の和が180度であることを理解した上で、計算し回答しています。ただそれが、我々の提示した式とは違っていただけの話です。よって、通常の加点と致します」



 時は少し進んで、2025年4月21日、同校の放課後、芸夢げーむ倶楽部の部室にて。


「部活を始める前に、ちょっと話がある。集まってくれ」


 ん? 姉から、何も聞かされてないのか?


 近づいてくる飛鳥の眼つきが少し悪いことから、自分への敵対心は残っているようだった。


「此処にある机5つは、ミーティング用として持って来たんだが、別で使用することにもなった。で、その使用目的を言う前に……お前たちの成績を見せてもらった」


「えぇ~!」と、あからさまに嫌がる部員が二人。


「そう、今、嫌がった二人以外は、問題なかった」


「試験無いのに、どうして、問題が有るとか判るのよ!」


「東儀姉、言ってないのか?」


「すみません……」


「え? なに?」


 仕方なく、昨日話した内容を、もう一度話した。


「えぇぇぇ~! お姉ちゃん、アタシを騙したのね!」


 騙した?


「騙してなんか無いわよ。事実、中間期末の試験はないし、大学まで行けるわよ」


 若干、詐欺師っぽいな。


「いいモン、学校なんか辞めて、プロになるモン!」


「それ、お母さんが許すと思ってるの?」


「うがぁぁぁーッ!!」


 漫画みたいなヤツだなと笑っていた刀真へ、怒りの火の粉が飛んできた。


「なにさっきから、クスクス笑ってんのよ! スパイの癖に!」


「あぁ、すまんすまん。だがな、学校で一番取れって言ってる訳じゃないんだ。何故、そこまで嫌がる?」


「だって、嫌いなんだモン。それに数学なんて、社会出ても役に立たないでしょ! それに嘘吐きだし!」


 嘘吐きの言葉を受け、刀真は直角三角形の角度を求める問題を出した。


「この角度は、幾つだ?」


「うぅぅぅ~、違うモン! これ違うんだモン!」


「じゃ、これはどうだ?」


 次に刀真は、改めて直角三角形を描き、飛鳥に見せた。


「30度」


「やっぱりな、お前にとって最初見せた直角三角形は、89.27度、60.48度、30.25度に見えるんだろ?」


「うん」


 そこ『うん』じゃなくて『はい』な!


 しかし、面倒だから、口には出さない。


「絵の角度が違うから、180-90-60と素直に計算すれば良いのに、意地張って、問題の絵が間違っていると言いたいんだろ?」


「だって、違うんだモン!」


「この手の問題はな、全て『例えば』なんだ。例えば、ここが90度として、ここが60度だったらなんだよ。極端に言えば、120度、30度、30度の二等辺三角形の絵を直角三角形だとして、問題にしてもいいんだ。それなら解るだろ?」


「それなら、そうと書いてくれればいいのに……」


「あとな、数学は見えないだけで、色々な分野で役に立ってるんだ。ゲームなんか特にだ」


「でも、それは開発側の話でしょ」


「そんな事は無い。お前の姉とヨハンのオペレーターの戦い、観たか?」


「観た……」


 こいつ……イチイチ、タメ口だな。


「どうだ? あれをお前は回避できるか?」


「うぅぅぅ~」


「もし、お前に数学や物理の知識があれば、同じ方法で回避できる。そういう場面が、このゲームには幾つも在るんだ。それにな、俺の予想では、お前は早ければ9月、安西は11月辺りに、部活禁止命令が出される」


「えぇぇぇ~」


「そうなるとだ、部員定員数が割れ、クラブとしての認定から外れる」


「それは困ります! 飛鳥、勉強した方が良いよ。じゃないと、家のまで禁止にされるよ」と、関係ないと思っていた雅が、急に乗り出してきた。


 俺は、それでも構わんのだがな。

 あれ?

 ちょっと待てよ……その方が良かったんじゃないか?

 いやいやいやいや、今更、無理だ。

 こいつらの担任に言ってしまった後だ、特に吉田先生なんか厄介過ぎる!

 くっそー、また二択をミスったのか、俺。


 大きな溜息を吐いた後、覚悟を決め、話しを続ける。


「だから、そうしない為に、俺が教えてやるって言ってるんだ」


「でも、私が苦手なの数学じゃなくて、古文とか漢文とか歴史なんですけど……」


「安西、大丈夫だ。高校程度なら教えられるよ。伊達に、京大は出てないからな。という事だから、毎日、30分だけ、こいつ等の補習を行う。他の者たちは、その間、自主練習を」


 しょんぼりとした二人の生徒が机を並べ、授業に入る準備をする。


「今日のところは、いきなり授業は行わず、勉強って意外と面白いんだぞって話をする」


「へ?」


「そうだな、枕草子は覚えてるか?」


「せ、せいしょう……なごん?」


「いいぞ、安西、正解だ」


 すると刀真は、いやらしい笑みを浮かべ語り出す。


「清少納言の枕草子ってな……意識高い系女子のブログなんだよ。春と言えば曙よねーって言ってる私って、センスあるでしょって感じだ」


「えーッ!」


「しかもな、徐々にボロが出始めるんだ。そうだな……枕草子105段の一文に、こんなのがある」


 色黒うにくげなる女のかづらしたると、ひげがちに、かじけ、やせやせなる男と、夏、昼寝したるこそ、いと見ぐるしけれ。


「これを今の言葉で簡単に訳せば、色黒の不細工な女と、髭モジャの男が、夏にイチャつくのは見苦しいって書いてるんだよ」


 すると、他の部員まで、ぞろぞろと机を並べ始めた。


「ん? どうした、お前らは良いんだぞ」


「なんか、楽しそうだし、一緒に勉強しても構わないですよね?」

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