第63話「文武両道」

「お姉ちゃん! アタシにロックオンしたでしょ!」


 飛鳥は、帰宅したばかりの姉に食って掛った。


「否、あれは虎塚が……」


 焦った雅は、慌てて否定したことにより、つい本当の事を口に出してしまい、返って誤解を招く。


「スパイの命令聞いて、アタシを墜とそうとしたの!」


「違う違う! あれは、アンタを狙ったヤツを墜とす為に、アンタを狙ったんであって……あぁ、ややこしい! これ観て!」


 口で説明するよりも、見た方が早いだろうと、雅はスマートフォンでGTWのアプリを起動させると、戦闘履歴から、自分とフレデリカの闘いを妹に観せた。


「よく見て、この戦闘機がアタシを掴んで、ほら、墜落させようとしてるでしょ?」


「うん」


「で、このまま墜落して終わりだと思ってたんだけど、こうやってギリギリ助かったの」


「うわぁー凄い、お姉ちゃん! よくこんなこと思いついたね。アタシだったら、上昇しようとして、たぶん、ダメだったよ、これ……」


 飛鳥でも、墜落から逃れられないということに、虎塚の能力の高さに驚きはしたものの、今はそれよりも、誤解を解く方が先だと考え、その事実を妹へ伝える。


「実はね……助かったの、虎塚のお陰なの」


「え? スパイの?」


「えっと、虎塚はスパイなんだけど、スパイじゃないの」


「はぁ?」


 雅は、飛鳥が帰った後、部室で何が起こったかを有りのままに話した。

 その内容は理解出来たものの、雅が余りにも楽しそうに話すので、なんだか自分だけがけ者にされたようで、ね始める。


「えぇ~、なんでアタシだけ帰したのよ! もぅ~!」


「仕方ないじゃない、あの時は、まだ虎塚は信用できなかったんだもん」


 本来、誰かを攻略する場合、今、こうして対戦履歴を観れば、何処でも、誰にでも、誰の物でも出来る。

 しかし、その事を気づかなかったとは、敢えて妹に言わず、何れ指摘された際に「あ、ホントだ、気づかなかったわ」と言う方が、本当に気づかなかったんだと思わせられると考えた。

 何故、正直に言わないのか?

 それはこの時の説明で、一つだけ大きな嘘を吐いたからだ。

 虎塚のヨハン攻略についても触れはしたが、妹の為に自分が依頼して、攻略方法を教えてもらったのではなく、会話の流れから、もし、自分(雅)が対戦した場合、どうすれば良いのかと聞いて、教えられたように語ったからだ。

 本当の事を言えば、飛鳥の性格上、今以上にねて、部活辞めるとか、行かないとか言い出しかねない、それだけは避けたかった。


 今日、指導を受けてみて、虎塚の知識は必ずプラスになると実感した。

 恐らく、この子も、大きな影響を受ける筈。


 だが、飛鳥の中にある虎塚の評価をどうすれば上がるのかまでは、未だ思いつかない雅だった。



 一方その頃、刀真も帰宅したばかりで、叔父の帯牙と家政婦兼ホテル経営者兼インベイドの役員でもある鈴木米子は、会議の為、インベイド本社が在るシリコンバレーへ出向しており、一人寂しく、米子が用意してくれていた晩御飯を解凍していた。

 オレンジ色に染まる肉じゃがを眺めながら、今後の事を考え、一人ぶつぶつと呟き始めた。


「さて、どこまで育て、いつ対戦し、いつまで正体を隠すのか……対戦してからか、それとも前か? どちらにせよ、騙された感は脱ぐえんだろうから、変な雑念が入られるくらいなら、後の方がマシか……しかし、そうなると、サーベルタイガーがログインすると、俺が居ないという状況が生まれる……前に、叔父さんが言ってたアイツ等を本社へ招くって手を使うか? それとも、先に東儀姉だけでも伝えておくか? あ! レンジ!」


 え~っと、暖め時間が30秒で、呟いたスピードが42秒、

 この考えの3秒を引いて、差は15秒か、なら全然余裕だな。


 ――なんだそれ? 喰ってから判断すりゃいいじゃん。


 刀真にとっては、日常的に行われる思考も、他人にとっては異常なようで、学生寮で暮らしていた頃に言われた台詞をふいに思い出した。


「そういやー、昔、マックスのヤツも変なこと言ってたなぁ……」



 イギリスからの留学生ジェームズ・レナード・マクスウェルは、刀真の描いた円を見て驚いた。


「も、もう一回、描いてくれないか。否、今度はオリンピックマークにしてくれ」


 言われるがままに、描いて見せると、ジェームズは電子計測器まで持ち出して測り出した。


「し、信じられない……」 


 全て同じ大きさで、1ミリの狂いも無い!

 大きさだけじゃなく、配置も、間隔も、何もかもが、寸分の狂いも無い!

 もしも、マイクロやナノ、否、それ以下の細さで描けるペンが在ったとしたら、刀真はもっと正確に描くんじゃないだろうか?


 その後も、色々な実験に付き合わされ、結果、導き出された答えが『絶対数感』だった。


「もしも、お前がその気になれば、お前は絶対音感も身に付けられるようになるだろう」


「え? 音楽の才能は、皆無なんだが?」


「通常の絶対音感とは違う。お前の場合、周波数として、一つ一つを記憶すれば、きっと共感覚が働いて自然と身に付けられるだろう。ただし、通常の絶対音感に言われるような、全てがドレミで聞こえるのではなく、お前の場合、周波数となってしまう為、全てが数値として、聞こえてくるハメになるがな」



 そう言って、マックスは笑ってたなぁ。


「東儀妹……アイツも、俺と同じなんだろうか?」


 気になった刀真は、PCを起動させ、学校のデータベースへと繋いだ。


「えーっと、東儀飛鳥っと……え!?」


 その検索によって現れた成績表は、掴んでいたジャガイモを落としてしまうほどの衝撃が在った。


「おいおい、あいつ……部活どころじゃねぇーじゃねーか!」


 なんで担任でも無い俺が、部員の学業のことまで気にしないといけないんだよ……。


 ――不安でゲームどころでなくなってきました。


 その時、ふと安西美羽の台詞を思い出し、慌てる必要もないのに、急いで検索する。


「安西……う~ん? ギリセーフか? 否、ギリとか言ってるようじゃ、ダメか……困ったなぁ」


 しかし、俺と同じような動きな筈なのに、なんで数学が極端に悪いんだ?

 それとも、俺とは違うタイプなのか?

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