18 ブラウニー・ビー②

目的地は、駅前のカフェでした。

裏路地にある隠れ家的な雰囲気のオシャレなお店。


カフェ&思い出バー『エンドウ・コーヒー』


「カフェアンド…おもいでや?」


私はもう一度住所を確認し、中へ入ります。


カランカラン


「いらっしゃいませ。」


穏やかな渋い声。

カフェというより、映画で見るバーのような店内。

カウンターがあり、店主らしきダンディーなおじ様人がグラスを拭いています。

お店を見渡すと、お客さんはカウンターに座っているお婆ちゃんだけみたい。


「…もしかして、桜乃森大学の子?」


「はい。沖田かなと申します。」


「ちょっと待っててくれるかな?…えっと…コーヒーは好き?ミルクの方がいいかな?」


「え…じゃあ…コーヒーをください。」


店主らしきダンディーなおじ様は、にこっと笑います。

手元は見えませんが、何やら作業を始めました。

ゴリゴリと音が聞こえます。豆を挽いてるのかな…

私は一番近いテーブル席に腰かけます。


「お客さんかい、じゃあ私は帰るとするよ。遠藤さん。お金ここに置いておくね。」


「えぇ、またお待ちしています。」


「…覚えていればね」


カウンターに座っていたお婆ちゃんが立ちあがり、私の横を通って出口へ行きます。

私と目が合うとにこっと笑って、そのままお店を出ていきます。


「おまたせしました。」


店主さんの渋い声。

出てきたのはコーヒーと、ウサギの形をした真っ白なケーキでした。

…かわいい。


「あれ?えっと…」


「どっちも私の奢りだよ。沖田さん。」


「ありがとうございます…遠藤さん…ですよね?」


「そうだよ。」


遠藤さんは私の向かいの席に座り、自分用のコーヒーをテーブルに置きます。

その所作すべてがシブくてかっこいいです。


「てっきりイノ君も一緒かと思っていたよ。」


遠藤さんはニコッと笑います。

ゾクリとするほどいい声です。


「あの…麻衣さんに言われてきたんですけど…」


「もしかして何も聞いてないのかい?」


「…はい。」


「そうか。麻衣ちゃんも相変わらずだな。」


遠藤さんは、胸ポケットから手帳を取り出します。


「私もロストマンなんだ。『ブラウニー・ビー』という能力を持ってる」


「ブラウニー・ビー…」


「人の記憶を書物に記録することができる。ちょっとごめんね。」


そう言うと遠藤さんは、手を前に出します。

すると中指の先がふわっと光ります。


ダストの光…


「おでこにちょっと触るよ」


「え…はい」


すこし恥ずかしかったけど、私は頭を前に出します。

遠藤さんは光を帯びた中指で私のおでこにちょこんと触れます。


「…えっと今は11月の終わりだから…10…9月からか…」


「…?」


遠藤さんがゆっくりと指を離すと…


「…え!?」


私のおでこから、遠藤さんの指に巻きつくように『文字』が出てきます。

まるで糸のように…スルスルと。

私は何も感じませんが、まるでマジックの万国旗のように…


「おっと…」


遠藤さんはまるで毛糸をまとめるように『文字』を自分の指先に巻きつけていきます。


「ごめんね、2~3分で終わるから。」


「…は…はい。」


私はただ頭を前に出したまま、コーヒーの香りを嗅いでいました。

何もすることないし…


「よし。終わり。」


手にはソフトボールぐらいになった『文字』の束が巻きついています。

遠藤さんは手帳を開き、『文字』の巻き付いた手をその上に乗せます。

すると巻き付いた『文字』が手帳に移っていきます。


「こうやって、抜き出した記憶を手帳に記録していくんだ。」


「抜き出した…記憶…?」


「うん。君が9月から出会ってきたロストマンの記憶をこうやって手帳に残しておく。記憶を直接残すから正確だし、読まなくても手帳に触れるだけで記憶として『見る』ことができる」


「へぇ…」


「沖田さんの記憶が無くなったりすることはないから心配しないでね。コピーしているだけだから」


「…すごいですね」


「はは…ありがとう。いつもはイノ君がやってるんだけどね。君はかなり麻衣ちゃんに信頼されているようだ。」


…嬉しい。

あの二人は褒めてくれないし。


「でも…ロストマンの記録は毎回レポートにもまとめてるのに…」


「ロストマンの研究っていうのは感情の研究でもあるからね。直接対峙した君たちの印象やイメージを記録するにはこれが一番いいんだ…って麻衣ちゃんが言っていたよ」


「…そうなんですね」


まだまだ…

私の知らないことがたくさんあるんだな。

受験もそうだけど、もっとロストマンについて知らなきゃいけないことがある…


「よし、これで終わり。」


遠藤さんの手の平に巻き付いた『文字』は全て消えていました。

全て手帳に移ったのでしょう。


「その手帳はどうするんですか?」


「この店に置いておくんだよ。見たい時は僕に言ってくれればいつでも見れるんだ。」


「あの…イノさんが今までに記録した記憶も…あるんですか。」


「もちろんあるよ。3カ月分の記憶で手帳1冊分の容量になるから…もう12、3冊くらいあるんじゃないかな。」


イノさんが研究室にきたのは3年前だ。

少なくとも研究室に来てからの記憶は揃っているみたい。


「それって、私でも見る事ができるんですか?」


遠藤さんは少しだまる。


「…もちろん。麻衣ちゃんの研究資料として預かっているからね。沖田さんは研究室の一員だし見せることはできるよ。だけど…」


「…だけど?」


「やめておいたほうがいい。強い記憶は、感情に憑くんだ」


「感情に憑く?」


「入り込んでしまうんだ…自分の精神が記憶に。未体験の記憶っていうのは特にね…言葉で説明するのは難しいけど…自分の理解を超えた記憶を見ると、精神的にも良くない。それだけでおかしくなってしまう人もいる。」


「…」


「みたいのかい?」


見たいけど…

きっとイノさんは嫌がると思いました。

あの人…自分のこと話すの嫌いだし。


「私、ロストマンのこととか…イノさんのこととか…なんにも知らなくて…役に立ちたいのに。」


「…そっか」


遠藤さんはコーヒーをすする。


「さっきのお婆ちゃんね、認知症なんだ。」


「…」


「記憶がだんだんなくなっていくらしい。あの人は忘れたくないものがあるから、ここに記憶を残しにきてるんだ」


あんな素敵な笑顔の人が…


「君たちの仕事はカウンセラーにとても良く似ているよね。カウンセラーにとって一番大切なことは何か知ってる?」


「…いえ。」


「それは相手を信頼することだよ。君はよくできてる。初対面の知らないおじさんに、おでこをすんなり触らせるくらいだしね。」


「…そんなの誰でもできるんじゃ…」


「そんなことはないよ。人間を信頼することって難しいんだ。信頼されることもね。」


信頼…

あの二人にナメられてるだけのような気が…


「少なくとも、イノ君にはできない。」


「…え?」


「あの子は本来、カウンセラーのような仕事には向いていないんだ。あまり感情的にならないし…理論的に物事を見るだろ?人を信用するまでに時間がかかるんだろうね」


「どういうこと…ですか?」


「彼はロストマンと会話するよりも…戦ってきた経験の方が多い」


「ロストマンと…戦う…」


「彼が研究室にくる前、どんなことをしていたか知っているかい?」


「確か…知り合い2人と世界中を旅してたって聞きましたけど。」


「そっか。」


遠藤さんはとつぜんどもります。

イノさんのプライバシーを話すことに抵抗があるのでしょうか。

でも私は…


「教えてください。」


この言葉を止めることができなかった。


「…」


「お願いします。話せる範囲でもかまいません」


遠藤さんはまたコーヒーをすすります。


「沖田さんは…イノ君の能力…みたことがあるかい?」


「…はい。ロストマンの能力を奪う能力ですよね。」


「そう。君はあの能力を見て、何か感じなかったかい?」


ロストマンの力を…奪う能力…


「ロストマンにとって能力というのは…命綱だ。」


「いのちづな…?」


「大切なモノを失ったかわりに得る能力。追い詰められた人間が、最後にしがみつくロープ。それがロストマンの能力なんだよ」


「…」


「イノ君の能力は、それを無情に断ち切るもの。イノ君に能力を使われた者は…さらに何かを失う。何も与えない能力…ただひたすらに奪う能力」


私は…

ハッとした。


ロストマンの能力は、感情に大きく左右される。

イノさんが…あの能力を身に付けたということは…


「イノさんは…」


「…そう。」


イノさんは、ロストマンが…


「イノ君は、ロストマンを心から憎んでいるんだ。誰よりも、何よりもね」


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