もう1人

それは、些細な一言が発端でした。

僕は図書館でサーバルちゃんと共に平凡な毎日を過ごしていました。


ある日のこと、突然セルリアンハンターの3人がやって来ました。ここまでは普通だったのですが…


「かばん、いるか?」


「ヒグマさん達じゃないですか。

一体どうしたんですか?」


「かばんさんにお礼が言いたくて来たんですよ」


リカオンはそう答えた。


(お礼...?何かそんなことしたかな…?)


僕が思い悩む顔をしていたのを読み取ったのか、キンシコウが


「昨日、森の中で会って、料理を教えてくれたじゃないですか」


と言った。


「昨日...?」


「おでんっていうのを教えてくれたじゃないか」


ヒグマは笑いながら言う。


彼女の言ってる事はおかしい。

何故なら僕は昨日、図書館にいたからだ。


勿論、別の日であっても、僕が彼女達に

おでんなんて料理を教えた記憶はない。


「どうしたんですか?」


リカオンに言われ、我に返る。


「あっ...、いえ、なんでもないです」


「今度また食べさせてくれよ!」


「あぁ、はい...」


ヒグマ達はそう言って帰って行った。

僕は未だに腑に落ちなかった。


僕が単に忘れただけなのか?


けど、僕が何かを忘れるなんてこと...

それにヒグマ達と会話していたら何かしら記憶に残っているはずだけど...


「かばんちゃん?どうしたの?」


サーバルが来た。


「サーバルちゃん、昨日僕ってずっと図書館に居たよね?」


「うん。それがどうしたの?」


サーバルは不思議そうな顔だった。


「それならいいんだ!」


「変なかばんちゃん...」


まあ、きっとヒグマ達が誰かと間違えたのかもしれない。

でも、料理を作るって...、ヒトなのかな?


翌日。

同じ様に図書館でおかしな事を話す人物が現れた。


「あれ、タイリクさん?博士さんにご用ですか?」


彼女少し、引いたような顔をした。


「あ、あの...、かばん」


「はい?」


「...」


暫く僕の顔を見る。


「えっと...、どうしたんですか?」


「...何も覚えてないのかい?」


「何がですか?」


「嘘だろう?かばんは昨日、ロッジに来てたじゃないか」


「えっ、来てませんよ?」


嘘はついていない。

昨日はセルリアンハンター達がおでんの

お礼に来た日だ。


「私はよく覚えているよ。

突然やって来て何事かと思えば...

お母さんってどんな感じかーとか言って、私に抱きついたじゃないか...」


「は、はあ?」


思わず声を出す。


「深刻そうに、僕には親がいないから親の温もりがわからないから、オオカミさんお願いです。1日だけ僕のお母さんになってくれって...」


「そ、そ、そんなことやってませんし!

そもそも昨日はずっと図書館にいたんですよ!?」


「えっ...、本当かい?」


「僕がそんな嘘をつくと思いますか?

それに...、サーバルちゃん!」


僕はもう一人の証人を呼んだ。


「なに?」


「昨日僕、ずっと図書館にいたよね?」


「うん。いたね」


サーバルは平然とそう述べた。

するとオオカミは珍しく顔が青ざめていた。


「どういう事だ...?

昨日のアレがかばんじゃないとすると、私は一体誰を...?」


「僕もわかりませんよ...」


「なになに?かばんちゃんがどうかしたの?」


サーバルが首を突っ込む。

これ以上状況をややこしくしたくない。


「参ったな...。普通だったらいいネタが出来て喜ぶんだけど...。

ちょっと気味が悪くなったよ...」


オオカミは何度か目を擦った。


「僕も気味が悪くて...

昨日僕が料理を教えたお礼をしにきたって、セルリアンハンター達が来たんですけど、心当たりが全く無いんです」


天を仰ぎ何かを思い出そうとしていた。


「何だっけか...、そういう話をどこかで聞いた覚えがある。もう1人の自分...」


「それはドッペルゲンガーでは?」


話に割ってきたのは、ワシミミズクだった。


「そうだ。それだ」


「何ですか?そのそドッペルなんとかって」


「ドッペルゲンガー...、通常、この世に自分という存在は1人しかいません。

しかし、何らかの事情により発生したもう1人の自分の事をドッペルゲンガーというのです」


「かばんちゃんがもう1人いるの?」


サーバルがいたことをすっかり忘れていた。


「そうなんですか。詳しいですね」


「世代交代のことについて調べてたら出てきましてね...。ともかく、オオカミは本当に昨日かばんと出会ったのですね?」


「あ、ああ...」


「その時のかばん、どんな様子でしたか?」


「...」


オオカミは腕を組んで再度天を仰いだ。


「テンションが高かったかなぁ...

いつものかばんの雰囲気とは違った気がするよ」


「そうですか...。かばん」


「は、はい」


「一説によると、ドッペルゲンガーと

本当の自分が出会ってしまったら...

死んでしまうらしいですよ」


「えっ...」


小さな声で囁かれや最後の一言で、

僕の心に不安が生まれた。


「サーバル、かばんを守るのです」


「え?まあいつでもかばんちゃんを守るつもりだけど...」


「なんか寒気がしてきたよ…

もう帰るよ...」


オオカミさんはそう言って帰って行った。


翌日


「かばんー!!」


まただ。

この自分の名前を呼ぶ声が聞こえるだけで、もう何を言われるか推測できた。

これで3日連続だ。


「僕は昨日図書館にいました!」


そう言いながら入口に行くと立っていたのはキタキツネとギンギツネだった。


「えっ...明日もまた遊ぼうって言ったからきたんだけど...って何?」


ギンギツネは頭を傾げた。


「昨日一緒に雪合戦したのはかばんじゃないってこと...?」


「キタキツネさんの仰る通りです。

これで3日連続ですよ!?もう、おかしくなりそうですよ...」


僕は1人でそう呟いた。

しかし、不幸中の幸いというべきか。

今まで僕のドッペルゲンガーがやってきたことは、セルリアンハンターにおでんを教える。オオカミさんに抱きつく、キタキツネたちと雪合戦をする。

どれも、一応迷惑はかけていない。

図書館に怒鳴り込んでくるフレンズは

誰一人居なかった。


彼女達にも念の為どんな様子の僕だったか尋ねると、テンション高かった。

それだけだった。


翌日


「すみません!かばんさんはいらっしゃいますか?」


4日目...、次に来たのはジェーンとフルルだ。しかも、フルルに至っては泣いてる。もう滅茶苦茶だ。

同じ説明を繰り返すのが億劫になってきた。


話によると僕がフルルからじゃぱりまんを無理矢理奪い取ったらしい。

ここに来て僕の偽物は、意地悪をしはじめた。


「...という訳で僕じゃないんです」


2人は何を言ったらいいか戸惑っていた。そりゃそうなる。

しかし、この時僕は気付いた。


ドッペルゲンガーが図書館に近付いている。


まずい。


このままの様子じゃ、明日の内には

ドッペルゲンガーは僕と鉢合わせになっても可笑しくはない。


二人をあしらって帰らせ、僕はサーバルに言った。


「サーバルちゃん!!早く図書館を出よう!!」


「うみゃ...」


僕とサーバルはその日のうちに、図書館を飛び出た。



翌日、図書館にて...


「オイ!俺の遺跡に落書きしただろ!かばん!」


「どうしてくれるんだい...!

かばんが飛び跳ねたせいで筏が壊れたじゃないか!」


「ねえなんで紅茶まずいとかって言ったのぉ!?」


「新居を壊さないでほしいっす!」


「ヘラジカさんの角に落書きとは!」


「ライオン様の顔に落書きとはどういう事だ!」


「私の水場に石を投げ入れられたんですけど...」


博士と助手は耳を塞いでいた。


「うるさいのです...」


「かばんは昨日図書館から出たのに...何故こうなるんですか...!」


助手と博士も文句を言うフレンズでイライラを募らせていた。


一方サーバルと共にさばんなちほーに

やってきたが、具体的な解決策を見出してなかった。窮地に立たされていた。


「どうしよう...どうしよう...」


右往左往するかばんをサーバルは黙って見つめていた。


「サーバルちゃん...!どうしたらいいの...?僕まだ...、死にたくない...」


焦燥とする彼女に対し、サーバルは笑った。


「大丈夫だよ!悪いかばんちゃんなんかやっつけちゃうんだから!」


「サーバルちゃん...」


彼女はサーバルに抱きついた。


「ところで、かばんちゃんはホンモノ?」


耳元で囁く。


「何言ってんの。僕は本物の僕だよ」


「確証は?」


サーバルが真顔で見つめる。


「自分が何時から本物だって?

偽物じゃないって言える根拠は何?」


「えっ、だから僕は僕しかいない訳で」


「今、目の前にいる私は、

本物?偽物?」


その問いに困惑する。


「かばんちゃんはどうやってそれを見極めるのかな?」


「...」


「目の前にある世界が現実とは限らないよね」


「...」


彼女はゆっくり近づき、両手を掴んだ。




「偽物」



「違っ」


理不尽だ。

サーバルが二人...

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