第207話 弐号機
「弐号機って……」
柏原さんが、突然、予備のパーツを使って香の弐号機を作ろうとか言い出した。
「香が二人いれば、別々の練習ができるだろ」
そう言って親指を立てる柏原さん。
「だけど、簡単にもう一人作っちゃうのは……」
正直、僕は乗り気がしない。
なんか、複数の女子を相手にするとか、そんなふうになりたくない。
香一体だけでいい。
僕は
よくあるライトノベルの主人公みたいに、ハーレムの中でニヤニヤしている奴は、最低な奴だと思う。
「弐号機っていっても、香が二人になるわけじゃないわ。香のAIの処理能力には余裕があって、複数のタスクを同時にこなせる。体を二つにしても一つの頭脳で余裕で制御できる。だから、頭脳が一つで体が二つになる感じよ。もう一体を遠隔操作する感じ」
千木良が言った。
体は二つになっても、香は一人ってことか。
「そうだね。草○素子だって、複数の義体を操ってるしね」
うらら子先生が言う。
なるほど、一理ある。
っていうか、うらら子先生、さすが、コスプレイヤーらしい納得の仕方だ。
「それなら、別にいいんだけど」
僕は部員を見渡した。
みんなも納得してるみたいだ。
「それじゃあ、作ろうか」
柏原さんが言った。
「うん、作ろう作ろう!」
香も嬉しそうだった。
「よし、さっそくかかるぞ!」
柏原さんが腕まくりして中庭の作業用テントに向かった。
「あっ、先輩手伝います!」
滝頭さんが手を挙げる。
「先輩、弐号機だから赤にしましょう。やっぱり、弐号機っていったら赤ですよね」
滝頭さんと柏原さんがそんなことを話しながら歩いて行った。
「さあ、それじゃあ私達は体育館に行きましょうか」
うらら子先生が言って、僕達は烏丸さんに香のダンスを指導してもらうために、夜の体育館に忍び込んだ。
僕達以外に誰もいない夜の体育館は、静かすぎてどことなく不気味だ。
しんとした中で、上履きの音がキュッキュと響く。
僕達が体育館の照明を付けてスピーカーを用意している間に、香と烏丸さんが体育館の倉庫で着替えた。
倉庫から出てきた香は、鮮やかな青のレオタードを着ている。
香の真っ白な太股がまぶしい。
胸の、その大きなものは、形がそのまま分かるし。
「やっぱり似合うわね。着せて良かった」
うらら子先生が言う。
このレオタードの出所は先生らしい。
うらら子先生、GJ!
「こら、西脇君、あんまり見ないの!」
朝比奈さんに怒られた。
香のレオタード姿は、朝比奈さんのレオタード姿なわけで……
「まあ、無理よね。こいつみたいな思春期の男子高校生には」
千木良が言う。
千木良に思春期の男子高校生のなにが分かるんだ!
「いえ、男子高校生だけじゃないよ、はあはあ」
香のレオタード姿を見て、綾駒さんが息を荒くしている。
さすが、美少女好きの綾駒さん。
「もう!」
二人まとめて朝比奈さんに怒られる。
「あれ? 烏丸さんは、レオタードにならないんだ」
僕は訊いた。
烏丸さんは、上が赤いTシャツと黒いタンクトップ、下は黒いスパッツを穿いている。
「うん、だって、練習だもの」
烏丸さんが言った。
「でも、西脇君が着てほしいっていうなら、私、着るのにやぶさかじゃないけど?」
烏丸さんが僕の目を覗き込む。
「いえ、いいです」
僕はそう答えた。そう答えるしかなかった。
両脇の朝比奈さんと綾駒さん、それに、抱っこしている千木良が僕のことを睨み付けてるのだ(今日は特に両側からの圧が強い気がする)。
「さあ、香ちゃん、まずは、自由に踊ってみて」
烏丸さんが言った。
「自由に?」
香が首を傾げる。
「うん、香ちゃんのダンスの実力を見たいから」
烏丸さんが、自分のスマートフォンをスピーカーにつなげて音楽を流す。
静まり返っていた体育館に、軽快なピアノ曲が響いた。
しばらく、その音楽に耳を傾けていた香。
すると、レオタードの香がトコトコ辺りを歩いた。
そして、急にその場で一回転したり、ジャンプしたりする。
思い出したように、その場で足踏みしたりした。
とても踊っているようには見えない。
吹き出しそうになったけど、香はふざけてるわけじゃなくて本気みたいだし、僕は我慢する。
「じゃあ、私のまねをして踊ってみようか」
烏丸さんが言って、その場でステップを踏んだ。
烏丸さんは音楽に乗って流れるように踊る。
やっぱり、基本が出来てる人は違うと思った。
音楽を体で捕らえていて、泊まるところはピタッと止まる。
烏丸さんを見ているだけで、こっちも体が動きそうだった。
香は、烏丸さんが踊るのを食い入るように見つめている。
「さあ、香ちゃんも踊ってみよう」
烏丸さんが誘った。
すると香は、今目で見たばかりの烏丸さんの動きをトレースする。
一回見ただけなのに、香は完璧にその動きをコピーした。
さっきの、ダンスとは言えないダンスをしていた香には見えなかった。
烏丸さんが、わざと一拍外してみたり、フェイクのような動きを入れても、香はそれについていく。
そういえば、香が「ミナモトアイ」として踊っているときも、朝比奈さんが見本を見せてから踊ってたし、香は、お手本がないと踊れないのかもしれない。
それさえあれば、完璧に踊りをこなすのだけれど。
「これは、烏丸さんに全部振り付けを考えてもらって、香ちゃんにはそれを覚えてもらうほうがいいかな」
うらら子先生が言う。
本当は、香が自主的に考えて踊ったほうがいいんだろうけど、大会までには間に合いそうもない。
烏丸さんに全部振り付けを考えてもらうしかないみたいだ。
「さあ、それじゃあ、香ちゃん、私についてきて」
烏丸さんが言って、新体操の床の演技みたいに体育館の中を舞った。
香もそれについていく。
烏丸さんの動きを見たあとでついていくから少しテンポがずれたけど、それが却って、二人がダンスの輪唱をしているみたいに見えた。
自然に手が動いて、僕達は音楽に合わせて手を叩いてそれを見守る。
激しいダンスで、香のある部分が大きく揺れているのを、僕はこの目に焼き付けた。
「もう! 西脇くん」
朝比奈さんが僕をジト目で見る。
僕の不純な視線を見破られたらしい。
そんなふうに踊っていた二人だけど、不意に烏丸さんの動きが止まった。
香も一緒に動きを止める。
烏丸さんは僕達に背を向けた。
そして、肩を震わせる。
「烏丸さん?」
僕達は音楽を止めて烏丸さんに駆け寄った。
「どうしたの?」
僕が訊く。
「うん、今頃になって、終わっちゃたんだって思って。私、引退したんだなって思って」
烏丸さんは涙こそ見せなかったけど、涙声で言った。
僕達が烏丸さんをこうやって引っ張り出しちゃったから、烏丸さん、部活のことを思い出したんだろう。
三年間、一生懸命やってきた部活を、不本意な結果で終わったことを思い出したのだ。
「大丈夫、香ちゃんに金メダル取ってもらって、リベンジしなきゃね」
烏丸さん、気丈に言う。
「仕方ないわね、今日は、こいつの
千木良はそう言うと、抱っこしている僕の腕から降りた。
「ほら、西脇君、慰めてあげなさい」
朝比奈さんが言う。
綾駒さんも頷いた。
すると、烏丸さんが僕にもたれ掛かってくる。
僕はどうしていいのか分からなくて、そこで固まった。
女子達が目で合図するから、僕は、その背中を優しくぽんぽんする。
しばらく、烏丸さんを僕の胸の中で泣かせてあげた。
僕なんかで役に立つなら、いつまでだってぽんぽんする。
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