第203話 集合
「お兄ちゃん、厳しいこと言ってごめんね」
荷造りをする僕の背中に、野々がまとわりついてきた。
パーカーのフードを被って、手を
「気にしてないよ。野々は僕達のために
僕は野々のショートボブの髪をくしゃくしゃってした。
野々の、母譲りの茶色がかったサラサラの髪。
「でも、お兄ちゃんが行っちゃうと寂しいな」
野々は僕の背中から離れない。
「学校でいつでも会えるし、寂しかったら野々だって部室に泊まっていいから」
「ううん、野々は生徒会の書記として、公平を期するためにも、問題が解決するまでお兄ちゃん達の部室に行くのは極力控えます」
野々が真面目な顔で言った。
ついこの前まで甘えん坊だった野々が、すごく勇ましくなっている。
「だからお兄ちゃん、合宿がんばってね」
そう、僕達「卒業までに彼女作る部」のメンバーは、8月の東京アンドロイドオリンピックまでの期間、緊急に部室で合宿することになった。
部室で寝泊まりして、夏休みが始まるまではそこから学校に通う。
オリンピックで結果を出さないと部室が使えなくなることになって、なんとしても結果を出すために、夏休みの合宿を前倒ししたのだ。
そう、合宿。
朝比奈さんと、綾駒さんと、千木良と柏原さんと滝頭さんにうらら子先生。
そしてもちろん、香。
みんなと一つ屋根の下で暮らす。
みんなと寝起きを共にして、ご飯を食べたり、風呂に入ったり。
そんなことをしてれば、自然とラッキースケベが……
いやいやいや! そんな不純なことを考えてはいけない。
これはあくまでも神聖な部活動としての合宿だ。
僕に、いやらしい気持ちは
僕の心には、1ミリの曇りもないのだ。
僕は自分の部屋で、およそ一ヶ月に渡るであろう合宿のための荷造りをしていた。
衣類を詰めて、まあ、開くことはないと思うけど、一応、教科書や参考書なんかも荷物に加えておく。
結局野々は、準備しているあいだ、ずっと僕にくっついていた。
いよいよ出発する段になって、ようやく放してくれる。
「お兄ちゃんいってらっしゃい」
野々は強がった笑顔を見せた。
「野々、なんかあったらすぐに連絡するんだよ」
「うん、なにかなくても連絡するね」
野々がそう言って僕を送り出す。
玄関を出ると、門の前に千木良のセンチュリーが停まっていた。
その後部座席の窓がゆっくりと開く。
「学校まで送ってあげてもいいわ。その、荷物が重たいと思って……」
千木良が、ふて腐れた顔で言った。
僕が荷造りしてる間、千木良は僕の家の前に車で乗り付けて、ずっと待っててくれたみたいだ。
千木良の車で学校まで送ってもらった。
「私、新しいパジャマ買ったから楽しみにしてなさいね。幼女好きのあんたが泣いて喜ぶような可愛いパジャマよ」
千木良が言う。
千木良は、合宿を前にしてワクワクが隠せないらしく、声のトーンが高いし、車の中でずっとしゃべっていた。
バックミラーに映る運転手さんが、千木良に見えないように苦笑いしている。
学校に着くと、トランクにある大荷物を、運転手さんが車と部室を何度も行き来して運んだ。
僕も林の獣道を抜けて部室に荷物を運ぼうとすると、中庭に体育祭に使うようなテントが張ってあった。
その下には、いろんな機械が並んでいる。
作業着の柏原さんが、その中で油まみれになって機械をいじっていた。
「柏原さん、どうしたのこれ?」
「ああ、親父が工場の設備を貸してくれたんだよ。香の整備で忙しくなるだろ? 親父、この前僕の進路のことでみんなにお世話になったからって、運んでくれた。これ自由に使っていいってさ」
柏原さんが言う。
柏原さんはさっそくそれらを調整していたのだ。
玄関の土間に入りきらなくて、テントを立てて仮の作業場にしたらしい。
工場の設備を貸してくれるとか、お父さん、太っ腹だ。
「これでなんでも作れるぞ。その代わり、親父がオリンピックで絶対に結果出して来いってさ。工場の宣伝にもなるから」
柏原さん、機械に囲まれて嬉しそうだった。
「先輩。お布団干すの手伝ってください」
柏原さんと話してたら、布団を抱えて庭に出て来た滝頭さんに頼まれる。
「うん、分かった」
僕はすぐに荷物を置いて、押し入れから布団を出して干した。
「やっぱり、布団がふかふかじゃないと眠れませんからね」
滝頭さんが言う。
いや、滝頭さん、自分はアンドロイドっていう設定じゃなかったのか……
布団を干し終えて居間に顔を出すと、その半分が綾駒さんの作業スペースになっていた。
絵描きさんみたいなスモッグに着替えた綾駒さんが、新しく棚を組み立てて道具を並べている。
「今年のワンフェスには参加しないことにしたよ。その分、こっちに集中するからね」
綾駒さんも鼻息が荒かった。
その奥の台所では、朝比奈さんが食材を整理している。
「西脇君、そこの段ボール箱運んでくれる?」
朝比奈さんに頼まれて僕はジャガイモとかタマネギが入った段ボール箱を運んだ。
台所はたくさんの食材であふれていた。
たった今全世界の人間がゾンビになっても、僕達はしばらくここで立てこもれると思う。
僕達が台所を整理してるあいだに、業者の人がお風呂用のプロパンガスのタンクを運んで来て、新しいのに変えた。
これでお風呂にも入り放題だ。
千木良のメインフレームを安定的に動かすために、学校から供給される電線とは別系統の電源が引かれて、バックアップに部室の裏に発電機も置かれた。
「みんな揃ってるわね」
最後にうらら子先生が、ラスボス感を出しつつ現れる。
先生は中身がパンパンのボストンバッグを両手に持って、縄をかけた焼酎の一升瓶を二本、肩に掛けている。
焼き肉用の鉄板も背中に縛り付けていた。
ロック過ぎる登場の仕方だ。
「これからずっと一緒だね」
みんなが夜も帰らずにここにいることになって、香が一番嬉しそうだった。
「さあ、それじゃあ部長さん。なんか言いなさい」
うらら子先生が僕を肘で突く。
みんなが僕を囲んで注目した。
みんなのキラキラした視線を浴びる。
いつになってもこういうのは苦手だ。
「みなさん、急に合宿することになったのに、こうして誰一人欠けることなく集まってくれて、本当にありがとうございます。部長として、この部活を作った者として、とても嬉しいです。目前に迫ったオリンピック、金メダル目指して頑張りましょう!」
僕が言って、
「おおー!」
って、女子達が力強く拳を振り上げる。
こうして、僕達の共同生活が始まった。
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