第122話 中だるみの部室
「絵に描いたように、ダレてるわね」
うらら子先生が言った。
部室の玄関から、土間を上がって居間の
先生が見たのは僕達部員のだらしない姿だ。
「先生、寒いから、そこ閉めてください」
綾駒さんがフリースのファスナーを閉めながら言った。
「ゴメンゴメン」
先生が後ろ手に障子を閉める。
僕達、「卒業までに彼女作る部」のメンバーは、今やこたつと一体化していた。
居間の中央に置いてあったちゃぶ台をこたつに替えたら、みんなそこから出られなくなってしまった。
僕が千木良を抱っこして座っていて、左横に朝比奈さん、右横に綾駒さん、対面に柏原さんが座っている。
時々、こたつの中で僕の足が誰かの
僕はもう、足の感触で、どれが朝比奈さんの足で、どれが綾駒さんの足で、どれが柏原さんの足か、分かるようになっていた。
もう、こんなこたつからは、絶対に出られない。
ただでさえ文化祭以降、この部室の中には全部出し切った感が漂っていて、みんな、だらだらしていたのだ。
それに、この、こたつという悪魔が拍車をかけた。
僕は、こたつに入って千木良の脇腹を撫でながら、時々、ほっぺたすりすりしている。
千木良は、僕の膝の上でネットをチェックしながらキャベツ太郎を食べていた。
綾駒さんはタブレットで今期アニメを鑑賞している(綾駒さんは六花の太股に夢中だ)。
柏原さんは、模型の十二気筒エンジンを組み立てていた。
朝比奈さんは、編み棒を使って、誰かにあげるマフラーを編んでいる。
部屋の隅にはストーブが置いてあって、上にかけたやかんがコトコトと音を立てていた。
その音を聞いてると、なんだか、目がとろんとしてくる。
「もう、文化祭が終わってずいぶん経つじゃない。いいかげん、なにか活動しなさいよ」
先生が言った。
もう、文化祭なんて、遠い昔の出来事みたいだ。
確かあのとき僕はミスター是清学園コンテストで準グランプリを取ったはずなのに、それから僕の生活は殆ど変わっていない。
モテモテになって下駄箱がラブレターで一杯になるとか、数人のグループの女子に呼び出されて、その中の一人に告白されるようなこともなかった。
ああいう結果で香を大々的に発表することが出来なかったから、部の活動も規模も部員数もそのままだ。
あれ以来、僕達がしていることといえば、部の活動資金を稼ぐために定期的にミナモトアイの動画を上げたり、生放送をしてるだけだった。
特に新しいことはしてないし、予定も立てていない。
それなのに、授業が終わるとみんなここに集まって来た。
一体、何が目的でここに来るのか、とにかく女子達は毎日通ってくる。
部長として、来てくれるのは嬉しいんだけど、なぜ来てくれるのか分からないから、ちょっと気持ち悪い。
まあ、僕も目的もなくここに来ちゃう一人なんだけど。
「いい加減、なんか目標を作りなさい」
先生が続けた。
「先生だって、職員会議が嫌で逃げてきてるじゃないですか」
柏原さんが言う。
「だってー、あの会議、無意味なんだもん」
そう言って、僕の隣に割り込んで、コタツの上のみかんを
「先生! 足、冷たいです!」
女子達が騒ぎ出す。
なぜか、こたつ布団の中で僕の足に自分の足を
先生の足が本当に冷たくて震える。
うらら子先生、年末で忙しそうなのに、こんなことしてていいんだろうか?
人間の僕達がこうして次々にこたつに取り込まれてるなか、一人元気なのは、アンドロイドの香だ。
香は今日も、隣の八畳間でミナモトアイの動画のためのダンスを練習している。
寒さもにも負けず、彼女は一生懸命だ。
毎日ピアノやフルートのレッスンも欠かさないし、人間らしい
「香ちゃん、頑張るね」
僕は
「うん、もうすぐクリスマスだし、こうやって良い子にして頑張ってると、サンタさんがプレゼントをくれるから、香、頑張るの」
香が満面の笑顔で言った。
朝比奈さんの容姿を持っていて、発言が幼女っぽいって、
「頑張って」
僕はそう言って襖を閉める。
「香ちゃん、サンタクロース信じてるんだね」
朝比奈さんが、隣の部屋に聞こえないよう、声を潜めて言った。
「可愛いなぁ」
綾駒さんが萌えている。
「私が作った最新のAIなのに、これは
千木良がキャベツ太郎を噛みつぶした。
「そんな、可愛いじゃないか」
柏原さんが言う。
「私は、三歳の時、すでにサンタクロースなどいないという結論に達していたわ」
千木良が肩を
なんて、夢のない子供なんだ…
「サンタなんていないって、言い聞かせないとね」
「そんな、可愛そうだよ」
朝比奈さんが編み物の手を止めた。
考えて見れば、香はまだ生後数週間の子供なのだ。
「あんたが言ってきなさいよ」
千木良が僕に言う。
「無理だよ」
いたいけな感性を打ち砕くなんて絶対できない。
「それじゃあ、あんた責任を持ってサンタ役をやりなさいよね。きっとそのうち香が、この部室には
「可愛い」
綾駒さんが萌えている。
僕は、まだ彼女もいないのに、子供を持った父親みたいなことをしないといけないのか……
「さあ、それじゃあ、お茶にしましょうか」
朝比奈さんが立ち上がる。
ちょうどその時、千木良のノートパソコンからメールの着信音がした。
千木良が、面倒臭そうにメールを開く。
「あっ、ミナモトアイに、企業から案件来た」
「えっ?」
千木良のノートパソコンの画面を、部員みんなで覗き込んだ。
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