第98話 ミスター
生後三日目ともなると、香はもう、部室と庭を一人で自由に歩き回っていた。
千木良がGPSで行動範囲を設定してるから、林の外に出ることはないのだけれど、その範囲の中をちょこちょこ歩き回っている。
三日目の午後、僕が学校から部室に帰ってくると、
「おかえりなさい!」
庭にしゃがんで何かを探していた香が、僕に気付いて駆け寄ってきた。
今日の香は、ノースリーブの白いワンピースを着ている。
僕達には肌寒いけど、香にとっては丁度いい気温らしい。
香は素足で、同じく白のサンダルを履いていた。
金色の髪をなびかせる香は、森の妖精って感じだ。
ふわっと身軽で、背中に羽根がついてるみたいに駆けてくる。
「これ、あげる」
香が僕に何か手渡した。
手の上の小さな葉っぱは、よく見ると四つ葉のクローバーだ。
「ありがとう」
僕は香に微笑みかけて受け取った。
香は、もう四つ葉のクローバーのことを知ってるらしい。
それが幸運のお守りってことも、それを相手に渡すと喜ばれるってことも、もう分かっていた。
庭に生えた
こうやって見付けた四つ葉のクローバーを渡されるって、女子と草原にピクニックに行ってやってもらえたら嬉しいこと、六位くらいに入るんじゃないだろうか。
「どう? しっかりと成長してるでしょ?」
後ろから声が聞こえて振り向くと、学校から帰ってきた千木良がいた。
「昨日よりも、お利口さんになってるわよ。まあ、私には敵わないけど」
千木良が自慢げに言う。
でも、これは確かに凄いから、十分、自慢していいと思う。
「千木良ちゃんにも、あげる」
香が、千木良に何か渡した。
「ありがとう……」
千木良の手の上に、茶色い小さな塊が乗る。
「何これ?」
千木良が訊くから、
「カマキリの卵だろ」
僕は教えてやった。
「キャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
せっかくのプレゼントを放り投げて、千木良が庭を走り回る。
虫嫌いの千木良には、ちょっと刺激が強かったらしい。
子犬みたいにぐるぐる庭を走り回る千木良。
「千木良、カワイイ」
香が千木良を指さして笑った。
その横顔に、僕はちょっとドキッとする。
それにしても、僕には四つ葉のクローバーを渡して、千木良にはカマキリの卵を渡すって、これも香が自分で考えたことなんだろうか?
これは悪戯なのか、それとも、もっと別の感情なのか?
部員みんなが
我が校のミスコンの規定を確認したら、出場者は、スピーチと、歌、ダンス、そして、五分以内のフリーの自己アピールっていう、四つの課題で審査に挑むことになっていた。
香の運動能力を見るためにも、今日はまず、ダンスの練習をする。
みんなでジャージに着替えて、庭に集まった。
「なんで、私まで踊らなきゃいけないのよ!」
千木良が文句を言う。
「香だけじゃ可愛そうだし、ちょうどいい運動になるからいいだろ?」
柏原さんがしゃがんで、千木良に視線を合わせて言った。
「まあ、いいけど」
千木良って、柏原さんの言うことには素直に従うんだ。
もともと運動神経がいい柏原さんや朝比奈さんのダンスに、香は余裕でついていった。
見本のダンスを何回か見るだけで、それを踊れるようになる。
まだ、音楽に合わせて正確に踊るだけで、ためを作ったり、ブレイクを入れたりすることは出来ないけど、僕なんかよりよっぽど踊れていた。
そこに機械らしい硬さは
香はヒップホップダンスから、コンテンポラリーダンスみたいな振り付けまで、器用にこなした。
踊れば踊るほど上手くなるのは、さすが、AIの機械学習だ。
縁側にみんなで並んで座った。
今日のおやつは、林で収穫した柿と
食べられない香は、僕達が食べるのを不思議そうに見ていた。
「そうだ、フリーの自己アピールは、香ちゃんに何をさせるの?」
ティーカップを傾けながら綾駒さんが訊く。
自己アピールって、自由だからこそ、そのセンスが問われる。
例年の出場者は、ピアノを弾いたり、バイオリンとかフルートとかの楽器系や、日本舞踊や茶道なんかの伝統系を
たまに、目立とうとして
「アピールするんだったら、エンジンの組み立てとかいいんじゃないか!」
柏原さんが言った。
突然、朝比奈さん(香)がエンジンを組み立て始めたら、みんなびっくりすると思う。
「じゃあさ、ステージで自分のフィギュア作ってもらいたい人を
綾駒さんが言う。
綾駒さん、アピールタイムは、五分です。
「それなら、学校のシステムにハッキングをかけて成績を書き換えるっていうのは? 学校のシステムくらいなら、一分もかからずに乗っ取れるでしょ」
千木良が言う。
千木良、それはただの犯罪です。
「じゃあ、あんた何かアイディアあるの?」
千木良が僕に訊いた。
「えっ? えっとー」
急に言われても、いい考えは思い付かない。
「まあ、あんたに出来ることっていったら、目を瞑ったまま、おっぱいの感触だけで誰かを当てることくらいだものね」
千木良が言って、肩をすくめる。
いや、僕はそんな特殊能力もってないし。
「朝比奈さんは? なんかアイディアある?」
綾駒さんが朝比奈さんに振った。
「うん、あのね」
朝比奈さん、いいアイディアがあるみたいだ。
「それは、香ちゃんに決めさせればいいんじゃないかな?」
「香に?」
「うん、自己アピールなんだから、香ちゃんには自分で、私のここを知って欲しいっていうことがあると思うの。香ちゃんの成長のスピードからしたら、当日までに、自分でそれを見付けられるんじゃないかな。だから、香ちゃんに決めてもらうの」
朝比奈さんが、香を母親のような目で見て言う。
「それもそうだな」
柏原さんが頷いた。
「私が作ったAIを積んでるんだもの。それくらい出来て当たり前ね」
千木良が言う。
香は、首を傾げて、まだよく分かってないみたいだった。
「あと、もう一つ、心配なことがあるんだけど」
綾駒さんが言う。
「ほら、ミスに選ばれると、後夜祭で、ミスター
ミスコンに隠れてあんまり話題にはならないけど、我が校の文化祭にはミスターを決めるコンテストもある。
去年、僕は後夜祭なんて出ないで帰っちゃったから、ミスとミスターが一緒にダンスを踊るって、そんなこと知らなかった。
「香ちゃん、男子とダンス踊ったり、会話したり出来るかな?」
「確かに、心配だな」
柏原さんが頷いた。
「男子と話したことないしな」
千木良が言う。
僕は、男子の
本人の香は、ほえ? って感じで、首を傾げている。
この香が、僕達が
お父さん、そんなこと許しません!
「それだったら、私に、いい考えがあるよ」
朝比奈さんが、悪戯っぽい笑顔で言った。
「西脇君がミスター是清学園コンテストに応募して、ミスターになっちゃえばいいんだよ」
はっ?
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