第80話 ふーふー

 我が「卒業までに彼女作る部」を囲む林の中に、栗の木が密集して生えているところがあって、夏の終わりから、たわわに実ったいがが気になっていた。

 9月も半ばを過ぎると、すっかり熟した茶色い毬が木から落ちて地面に転がってるのが見えた。


 それだから、今日の部活は、みんなで栗拾いをすることになった。



「栗おこわに、モンブランに栗蒸し羊羹ようかん……栗で、なに作ろうかな!」

 声のトーンが高い朝比奈さんが、興奮気味に言った。


「これでしばらく、栗のスイーツが楽しめるね」

 食べる方の担当の綾駒さんも目を輝かせる。


「疲れるし、面倒だわ」

 そんなことを言うわりには、千木良、麦わら帽子を被って、そわそわしながら庭に出る支度をしていた。


 僕達はジャージに着替える。

 柏原さんが、みんなに厚い皮の手袋と火ばさみを配った。

 僕は、裏庭の物置から竹籠たけかごを持ってくる。



「みんな、離れてろよ」

 ヘルメットを被った柏原さんが栗の木を揺らすと、熟れていた栗が、ボトボトと落ちてきた。

 面白いように、毬栗いがぐりの雨が降る。

 すべての栗の木を揺らし終えると、一面茶色くなった。

 まるで、茶色の毛足が長いラグが、地面にいてあるみたいだ。



「千木良、間違っても、じかに手で触ったらダメだぞ。栗の毬は、すごく痛いから」

 柏原さんが言うと、千木良は素直に頷いた。


「それから、間違っても西脇にぶつけたりしたらダメだぞ」

 柏原さん、千木良に変なしないでください。

 千木良も、ぶつける気満々で僕のこと見ないように。



 僕達は、落ちている毬栗を火ばさみで拾って竹籠に入れる。

 竹籠はすぐに一杯になって、二つ目を用意した。


 乾いた秋の空気が木々の間を吹き抜けて気持ちいい。


 ここが校舎のすぐ裏だとは思えなくて、どこかの里山に遠足にでも来たみたいだ。

 木漏れ日の中で栗拾いする女子達が、森の妖精のように見える。


 ゆっくりとした、静かな時間が流れた。



 結局、拾い集めた毬栗は、竹籠三つ分になる。

 それを庭に広げて、靴で踏んで中の栗を取り出した。


「千木良、こうやるんだ」

 安全靴で毬の端を踏んで、栗を出す見本を見せる柏原さん。

 柏原さんが踏んだ毬から、丸々と太った大ぶりの栗が四つも出てきた。


 千木良が真似をするのだけれど、体重が軽いせいか、中々上手くいかない。


「ちょっと、待ってなさい」

 すると千木良は、一旦、部室に入って、「彼女」起動して庭に戻ってきた。


「柏原さんの真似をしてやってみなさい」

 千木良が「彼女」に命令する。


 「彼女」は、しばらく柏原さんの動作をじっと見ていた。

 毬から栗を出す方法を学んでるようだ。

 しばらく観察したあと、「彼女」が自分でも挑戦してみる。


 最初は、上手くいかなかった。


 踏みつけた足から毬栗が逃げたり、強すぎて中の栗を潰してしまうこともあった。


 けれども数を重ねるうちに、「彼女」は段々上手くなって、ちゃんと栗を出せるようになる。

 次から次へと毬から栗を取り出して、拾ってざるまで持っていく「彼女」。


 確かめたわけじゃないけど、この「彼女」は、世界で始めて毬栗から栗を出したアンドロイドじゃないかと思う(アンドロイドにそんなことさせるのが僕達だけだってだけのことかもしれないけど)。


 その動作は、回数毎に進化して滑らかになった。


 これでもまだ仮のAIなんだから、千木良が輸入しようとしている高性能なチップで作った「彼女」はどうなっちゃうんだろう?

 人間なんか越えちゃうんじゃないか。


 ちょっとだけ、そんなことを考える。



 全部毬を剥ききると、大きなざるに五杯分もの栗が採れた。


「ねえ、ちょっとだけ焼き栗にして味見しようよ」

 ぷりぷりに太った栗を前に朝比奈さんが言う。


「よし!」

 すぐに柏原さんが、庭にまきを組んで火を起こしにかかった。


 朝比奈さんが、栗が破裂しないように包丁で一カ所切り込みを入れる。


 焚き火が安定すると、柏原さんがその上にスキレットを据えた。

 温まったスキレットに、収穫したばかりの栗を入れる。


 少し待つと、香ばしい匂いが庭に広がった。

 焦げた皮が黒くなって、切り込みを入れたところから、黄色というか、金色にも見える中身が顔を覗かせた。


 柏原さんが皮の手袋でつかんで、試しに一つ食べてみる。

「うん、焼けてる。みんな、食べていいぞ」

 柏原さんが言って、綾駒さんと朝比奈さんが手を出した。


 火傷やけどしそうだから、千木良の分は僕が取る。

 割れ目から皮を剥いて、スプーンで実をすくってやった。


「ふーふーしなさい」

 千木良が言うから、僕がふーふーすると、千木良がそれを口に運ぶ。

 僕の初ふーふーは、彼女が風邪をひいて、おかゆを作ってあげた時のために、取っておきたかったのに。


「まあ、悪くないわ」

 千木良が言う。


「あんたも食べていいわよ」

 お嬢様の許可を頂いて、僕も一つ食べてみた。


 ほくほくしてて美味しい。

 砂糖とかないのに、あんこを食べてるみたいに甘かった。



「おっ、やってるねぇ」

 美味しいものの匂いを嗅ぎつけたように、うらら子先生が獣道から現れた。

 仕事の途中で、スーツ姿の先生。

 先生は、大きな紙袋と、小包を持っている。


「丁度よかった。これも焼いてくれない?」

 先生の紙袋には、サツマイモが入っていた。


「そこの無人販売所で売ってたから、思わず買っちゃった。おやつにと思って」

 うらら子先生がそう言ってウインクする。


「太ーい!」

「すごく、大きいです!」

「美味しそう!」

 立派なサツマイモを見て、女子達が声を上げた。

 皮が鮮やかな紫色で、丸々と太ったサツマイモは、見るからに美味しそうだ。


 でも、女子って、なんで栗とかサツマイモとか、こんなに好きなんだろう?



 火の勢いが収まっておき火になるのを待って、柏原さんがアルミ箔に包んだサツマイモを焚き火にくべた。

 日が傾いてきて、薪の芯が赤々と燃えているのが見える。


 僕達は、縁側に座って芋が焼けるのを待った。

 こうやって、放課後にのんびりとサツマイモを焼く時間も贅沢だった。

 特にそれが、我が部の女子達と一緒ならなおさらだ。



「そうそう、千木良さん、これ、ついに届いたよ」

 先生が、千木良に脇に抱えていた小包を千木良に渡した。


「これ、チップね!」

 千木良が、嬉しそうに包みに飛びつく。


「待ってたのよ!」

 愛おしそうに小包でほっぺたすりすりする千木良。

 なんか、ずっと欲しかった縫いぐるみを買ってもらえた女の子みたいだ。


「これでやっと、『彼女』の頭が組み立てられるわ。完璧な脳みそを組んでやるわよ!」

 目がキラキラしてる千木良。


 いよいよこれから、本格的に「彼女」の頭脳を作ることになる。



 でも、その前にまず、甘いサツマイモを食べよう。

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