06話 最も野蛮な種族Ⅲ
「戦闘開始だ、アイ」
「【了解】目の前の男を
さてどうしたものかと周囲を見回す。
転がる五つの麻袋、両腕を無くし血だらけで倒れるケイト、そしてそれらの元凶であろうイヌ科に似た巨漢。
悲鳴が聞こえたので、急いで風呂から出るとケイトはいないし、ドアは開けっ放しで、仕方ないので着替えていると戦闘音が聞こえてくるものだから、聞こえてくる方向に来たらこれだ。
……できることは少ないが、やるべきことはたくさんある。
子供達の救出、ケイトの治療、目の前の男の撃退。
その中でまずは……
「アネモス・ニヒ」
右手に纏った風の爪を麻袋へと放つ。
アネモス・ニヒが他の下級魔法と大きく異なる点は、五発までストックできるところだ。
勿論威力も五分割されてしまうのだが、放たなければ失われることも無く使い勝手がいい。
今回はストックできる全てを放ち、五つの麻袋と共に、中で腕と足を縛っている縄を切り裂く。
言うまでもなく最優先は死にかけのケイトだが、手が足りない。
なのでまずは子供たちを救出する。
切り裂かれた麻袋からもぞもぞと這い出す子供達。
這い出してきたのは、マリネ、ハルテ、メディの三人。
他の二人は気絶していた。
「チィ……!」
子供達を開放したことにより、必死の表情で突進してくる
「魔法使えたの?」
「そんなことはどうでもいい、とにかく止血だ、麻袋でも縄でも何でもいい、ケイトの傷口から血が出ないように思い切り絞めろ、その後端に避難していろ」
詠唱破棄。
通常、魔法は詠唱無しには発動できない。
しかし、原理を理解しているなら話は別だ。
詠唱無しでも魔法を発動できる。
……格段に出力は落ちるが。
子供達はあたふたしながらも指示に従う。
その中でも意外だったのはメディの手際の良さである。
マリネとハルテが何もできずにいたのを率先して指揮し、動けないリンとグアルの避難、さらにはケイトの傷口を縄で縛り上げ、他の二人と協力して広場の端へ避難させた。
シュウの魔法を
シュウは子供達の避難が終わったのを横目で確認して、攻めへと移行する。
まずは、単発で間隔を開けて打っていた魔法を二連射へ。
しかし、その攻撃は容易く『裂殺の茨』によりかき消されてしまう。
「あの魔法は厄介だな、どうなっているんだあれ」
「【考察】超高密度の魔力エネルギー、恐らくは上級魔法同等」
魔法は通常、同エネルギーでの衝突は対消滅する。
例えば、同じ下級魔法であるピュール・ウラとリトス・ケラスが衝突した場合等だ。
だが、奴の真紅の棘は一向に消滅の兆しを見せない。
見た目は下級魔法もいいところだが、実際には中級魔法を凌駕し、上級魔法と同等だとは信じられないが、強力な魔法であることには間違いなさそうだった。
「オラオラ、どうしたその程度か……ハァ!?」
正体は左右からの挟撃。
風の刃が奴の首を切り落とさんと襲い掛かる。
確かに、奴の真紅の棘は厄介だ。
体のどこからでも出現するし、発動速度も段違い。
さらには絶対の強度に、恐らくは絶対の破壊力も秘めていることだろう。
まさに最強の矛であり、最強の盾。
攻撃こそ最大の防御を地で行っている。
しかし、弱点はあっさりに見つかった。
簡単だ、あの真紅の棘は複数発動できない。
一度防御した部位と離れた部位を守る時、複数展開できるのであれば引っ込める必要はない。
腕に装備して振り回すなど、上手く誤魔化してはいるがアイの観察眼を侮っては困る。
故に、攻略法は多部位同時攻撃である、と推測した。
「うおおおぉ……!」
この、不意打ちへの正確な対処も
シュウは内心驚きつつも、策が上手くいったことに満足する。
なぜなら、ピュール・クリスタッロが
曲げた二発とは異なり、遅れて真正面から放った直線的な火球魔法。
結果、曲げたアネモス・ニヒにピュール・クリスタッロが追いつき三点同時攻撃となった。
二点をなぞるのは容易いが、二点と直線状に無い点を結ぶのは難しい。
男は短く呻き声を上げるが、そのまま森へと駆けていき身を隠す。
逃げたか? そうシュウが考えた時、森の暗闇から鎖分銅が襲い掛かる。
弧を描き向かってくる分銅を最小限の動きで躱し、流れるようにアネモス・クリスタッロで攻撃元へ反撃する。
「手応えが無い、避けられたか?」
「【誤想】攻撃開始時点で
魔法が外れたことを疑問に思っているシュウに、間髪いれずに今度は背後から鎖分銅が襲撃。
それを目視せずに避け、先ほどと同じく風球魔法を返す。
アイの視覚とリンクしているシュウに死角はない。
「そっちか!」
だが、先ほどと同じく手応えはなかった。
ん……? 背後から?
いや待て、何かがおかしい。
そもそも、奴はこの広場を一瞬で迂回して、背後に回れるほど機敏だったか?
それほど早く動けるのなら、先ほどのピュール・クリスタッロでの猛攻は難なく避けられていたはずだ。
なのにわざわざ防御に徹していたとなるとやはり、
「ヒナタ! さっきの曲がる魔法はなんなんだよ?」
戦闘中にも関わらず攻撃が収まったからなのか、ハルテが近くに来て問い詰める。
「危険だ、下がっていろ」
「俺には分かる。さっきのアネモス・ニヒは俺の
「…………」
ハルテには分かった。
頭ではなく、感覚で。
先ほどヒナタが木に向かって放った、アネモス・ニヒが幹に触れる瞬間、弾かれるように屈折した意味を。
あれは俺の
つまり自分と同じ
「おい! なんか言えよ!」
――――――――――――――――――――――――――
話は、シュウが風呂場でハルテの
「これは……!」
分析されたコードに目を通して納得する。
「道理で時間が掛かるわけだ」
渡されたコードは、通常の魔法の遥か何倍もある膨大な量だった。
さらには、そのほとんどが文字化けしているようで、通常の魔法の時に見た規則ある文字とは程遠い。
「解読できるか?」
「【返答】不可能、ただし使用可能部位を厳選することは可能」
「分かった、頼む」
解析が住むまでの間に、狭い空間ではあるが軽く確認作業を行う。
「ピュール・クリスタッロ」
手のひらを上に向けて詠唱を行う。
すると、自分の手のひらの上に小さい火の玉が燃えた。
小さい火の玉を維持したまま、今度は注入する魔力量を変えてみる。
火の玉は魔力量に応じて大きくなったり、小さくなったりを繰り返す。
どうやら、魔法の発動と操作は問題無いようだ。
次に魔法を一時解除して火の玉を消失させ、もう一度ピュール・クリスタッロを発動する。。
詠唱破棄も難なく可能だった。
以上で、シュウは理解した。
この世界の魔法も変わらないのだと。
正式なコードを理解していれば、転生前と変わらず魔法が使える。
詠唱が異なり、転生前の詠唱では使えないと分かった時は焦ったが何とかなりそうだ。
……と、ここで違和感に気付く。
転生前の魔法は使えないのなら、なぜアイは『
「【推測】転生時、魔法によって構成されている私の存在を、世界が辻褄を合わせるために魔具として認識。そして、私が本来持っていた『
元々、『
しかし、この世界には触媒に憑依した魔力体が存在しないのだろう。
そこで一番近しい存在である魔具に変換したわけか。
そのアイが『
オリジナルなら無数に開発した。
いやダメだ、どれも既存の魔法を組み合わせて作っている。
既存の魔法が含まれていると発動できないことは、既に昼間証明済みだ。
となると、オレが使えるのはこの世界で見たことのある魔法のみ。
ゲームで言うところの魔法使いが、戦士に転職したようなモノだろう。
幸い魔法の構成は転生前と同じ、属性+効果なので、同じ階級の魔法なら組み合わせることにより幅を出すことは可能。
例えば、ピュール・ウラとリトス・ケラスが分かっていれば、ピュール・ケラスとリトス・クリスタッロも追加で使えるのだ。
ここで、シュウに朗報が入る。
アイがハルテの
シュウはコードに目を通して、ニヤリと笑みを浮かべた。
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