新たな敵の影


 自転車に鍵をかけ、駐輪場に置き――西雲春南(にしぐも・はるな)の目の前にあった2階建ての建造物は、周囲が驚くほどに人であふれている。


 これが彼女の探していたギルドであるのだが、看板にギルドの文字は一切なく――どのような店舗なのかは分かりづらい。


 この建物が建っているエリアは、既にARゲームをメインとしたエリアのオケアノスに該当する。それもあってか、普通の一般客はこのエリアでは少ないだろう。


 むしろ、コスプレイヤーや観光客がメインと言うべきだろうか? もしくは――。


「ここが、例のギルドね――」


 西雲の目の前には自動ドアがある。ここで立っているままでは営業妨害と取られる可能性もあるだろう。


 それを踏まえて、足早に入口へと入っていく。その先に何が待っているのかは――。


『あのメイド服――見覚えがある』


 西雲の背後と言うよりも、彼女が入って行った後にはフルフェイスのライダーを思わせる人物が姿を見せる。


 ARメットと呼ばれる特殊なメットを被り、装着しているのは専用インナースーツとARアーマーというARゲーム専用装備だ。


 この装備でなければARゲームをプレイする事は出来ないが――それは一部機種に限られると言うネット情報もある。


 実際は、メットのみでプレイ出来るゲームとアーマーが必要なゲームがあると言う物だが。


 声の方は男性の声に聞こえるが――ボイスチェンジャーっぽい雰囲気をしていた。


 ここまでして正体を隠したい理由は不明だが、こうしたプレイヤーがいるのもARゲームの魅力だろう。それを魅力と解釈するかは人それぞれだが。


「あれは、まさかと思うが――」


「まさかではない。あのミカサだ――」


「一体、何をする為に?」


「それこそ考えるまでもないだろう。パルクールだ」


 2人の男性プレイヤーがミカサも店内に入っていくのを確認すると、それについていこうとしたのだが――彼らは足止めをされる。


「パルクール? ここでもパルクールがプレイ出来ると?」


 黒をベースとした長袖のコートを袖に通さず肩に掛けており、被っているのは『Bis』と書かれた野球帽。


 体格などを見れば即バレかもしれないが、この人物こそがネット上で噂のパルクールの女性プレイヤーだ。


「確かにパルクールとタイトルにありますが――」


 彼女よりも5センチ位背の低い男性プレイヤーは、彼女の表情を見て怯えているようにも見える。


 恐喝をしている訳ではないが、周囲からすれば――そう判断されかねないだろう。彼女は周囲の状況を見て、これはまずい――的なリアクションを取った。


「これは失礼――名乗るのを忘れていたみたいね」


 彼女は野球帽を脱ぎ、金髪のショートヘアを見せる。これを見て、もう一人のプレイヤーは驚くしかなかった。


「まさか、あのパルクールプレイヤーの――」


「その通りよ。私が、パルクール女性プレイヤーのビスマルク――」


 彼女こそ、ネット上でも有名なビスマルクだったのである。ここへ来た理由はネット上でパルクールが出来ると言う話を聞いた事による物。


 先ほどの会話でパルクールの単語が出てきた際に反応したのは、この為なのかもしれないが。



 店内に入った西雲を待っていたのは、自分が考えていた物とは違う光景だった。RPG的冒険者の酒場をイメージしていると、明らかに幻滅しかねないだろう。


 確かにテーブル席が存在し、そこで会話をしているプレイヤーもいるのだが――奥の方へと早歩きで進む西雲は、受付の看板を発見する。


 一部のプレイヤーはメイド服姿の西雲に視線を向けるのだが、すぐに視線を戻していた。プレイヤーでないと分かり、スルーしたと言うべきか?


「あのメイド服――プレイヤーと思うか?」


「違うな。プレイヤーであれば、ARメットにも反応するはずだ。特にライバル登録している場合は」


「その仕様はプライバシー無視な気配もする」


「ARメットに反応するケースは、あくまでもARゲームフィールド及びオケアノスの一部エリアのみ。エリア外では捕捉出来ないよ」


 こうした声もあるのだが、西雲は一切耳を貸さずに受付へと急ぐ。


 今はARゲームをプレイする為に、どのような物が必要なのか――それを聞くと言う目的もある。


「普通はアンテナショップじゃないのか?」


「何が?」


「ARゲームのエントリーだ。ギルドでエントリーを考えているなんて、どうかしている」


「ギルドもARゲームのアンテナショップを兼ねているのは知っているだろう? 何がおかしい」


 西雲の姿を遠くから見ているプレイヤーは、彼女のやり取りを見て疑問に思う部分を他のプレイヤーにぶつける。


【あのパルクールは、設置場所的な関係でギルドだけでは?】


【別のARゲームであればアンテナショップで用は足りる】


【まさか、ARゲームでアウトローな機種を選ぶのか?】


【それこそ――愚か者のすることだ】


【どっちにしても、彼女が無謀なプレイヤーなのかは――プレイを見てから判断してもおかしくない】


 ARバイザーにはコメントらしきものも流れてくる。どうやら、彼の視線を通じて西雲の様子がネットの生放送番組として配信されているようだ。


 ARメットは動画配信システムも組み込まれており、プレイヤーがARメットを使って生配信を行うのもオケアノスでは日常茶飯事なのである。


 さすがにオケアノスの外はエリア外と言う事で配信システムは使用不能だが――そこまで許せば犯罪に悪用されると知っているのだろう。


 配信を経由してチートプレイヤーの摘発や様々なネット炎上を水際で阻止している現実、それは新たなネット社会を生み出すきっかけなのではないか――と言う専門家の声もあった。


「そうだな。コメントを見る限りでは、様子見しておくのが一番か」


「ギルドに足を踏み込むと言うのは、それ相応の覚悟が必要だ」


 2人は、もうしばらく西雲の様子を配信する事にした。コメントの伸びやアクセス数も伸びているのが理由の一つだろう。


 さすがにパンチラ撮影の盗撮と判断されないように、色々と調整しての配信だが――。

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