第三話 魔女の試練と初めての感情

「え。騎士団が護衛に?」

「そうらしいの」


 魔女の試練当日。

 魔女の試練の準備をしていた魔女たちが、楽しげな声でおしゃべりしていた。


「しかも今回はエリオット様が隊長で来られるらしいの」

「まぁ!」


 同じ王立の立場であっても魔女団と騎士団が関わることは少ない。年頃の魔女たちが騎士に興味を持つのは至極当然のことだった。

 本日の主役であるティアナは、少し離れたところで試練を受ける準備を整えていた。


「さて、と。準備も終わったし、開始時間まで身体を休めてようかな」

「……ティアナは騎士様たちに興味ないの?」


 そわそわと周りを見回しながら、ニコラは気になっていたことをティアナに聞いた。


「騎士様?」

「は? そこから? あんたまさか騎士団が私たちの護衛に来てくれるって話も……」

「え? 護衛なんか要るの?」


 まさかの「要るの?」ときたか。ほかの魔女たちと違い、ティアナが異性に憧れを抱いていないのは知っていたが、これほど無関心だと思わなかった。


「あんた男の人に興味ないの?」

「……考えてもみなかったわ」


 ティアナにとって生きるという事は、奇跡の魔女になるという一点に尽きた。自分が結婚できるということも考えたことがなかったし、誰かに愛される可能性を頭に浮かべたこともない。


 そんなティアナの反応を見たニコルは、彼女の生い立ちを思い出して怒りが沸いた。ティアナはいい子なのだ。幸せになる権利だっていくらでもある。どうしてそれがこんな愛されることを全く知らない子に育ってしまったのだろう。

 しかし今それを言ったところでどうしようもない。基本的に奇跡の魔女になったものは結婚をせずに生涯を終えるのだから。

 同じ立場のニコラは結婚するしないにかかわらず、素敵な男性には無意識に興味がいってしまう。だからティアナの無関心が、生い立ちが育んでしまった異常さに思えた。


「ニコルこそ、そんなことにうつつを抜かしていていいの? 油断していると私の圧勝で終わってしまうよ」

「……言うじゃない。私を本気にさせたことを後悔させてあげるわよ」


 ニコラは意識を試練のほうに集中した。

 そう。誰が護衛であっても関係ない。勝負は私とディアナの戦いなのだから。





 なんでこんなことになってしまったんだ。

 苦い思いを胸に抱きながら、エリオットは自分の勤めを果たすため、魔女の試練に立ち会っていた。

 エリオットが危惧していた通りというか、メイナードが期待していた通りというか。魔女たちはエリオットを筆頭に、騎士団の男性たちに興味津々だった。

 憧れや期待の含まれる視線を振り払うように、エリオットは職務を遂行するため、試練が行われる森へ配置に着いた。

 試練を無事に終わらせ、とっとと城に帰りたい。

 魔女には一切興味もなく、淡々と己に課せられた仕事に向き合っていた。

 森には多くの魔獣が生息している。魔獣を狩るのが魔女の試練なのだから当然のことだった。

 魔女たち――それも奇跡の場所候補になる者たちがそう簡単に魔獣に遅れをとるはずがない。しかし万が一のことがある。その時に手を貸し、魔女たちを助けること。それが今回エリオットに化された役目だった。


「ではこれより試練を開始します。――始め!」


 二人の奇跡の場所候補が一斉に森の奥へと向かっていった。その後をエリオットも距離をとってついていく。

 確か一人が公爵令嬢で、もう一人が男爵令嬢だったな。

 今までの経験から、爵位が高い令嬢の方が押しが強く厄介なのはわかっている。エリオットはティアナの背中を追うことにした。


「はっ!」


 ローブの裾を上手にさばき、ティアナは危なげなく動く。

 襲ってくる魔獣は低級のものが多く、危なげなく倒すことができている。

 うまいものだな。

 エリオットは内心感心していた。いくら強い魔力を持つとはいえ女性だ。鍛えられている騎士たち並に動けるとは思っていなかった。

 いやしかし、魔女は魔力によって身体能力を飛躍的にあげられると言うからな。

 ティアナの活躍を目で追いながら、やはりこれはメイナードが自分に女性をけしかけるために作った仕事なのだ、と改めて実感した。

 これほど強いならば、私たちは必要ないのではないか。

 奇しくも、ティアナが開始前に思っていた思考にエリオットもたどり着いていた。



 ティアナもニコラも次々と魔獣を倒していく。

 試練の時間も三分の二を過ぎた時とのことだった。


「ゴアァァァァァァァ!」


 鼓膜を揺さぶる咆哮が森に響き渡った。


「なにごと?」


 ティアナは声がした方を振り向いた。数十メートル先、大きな影が木々の間に見えた。あまりの大きさにティアナは絶句する。

 あれは何者なの。

 南の森にいるとは思えない。大きくて強い力を感じさせる魔獣だった。

 よく目を凝らすと、その大きな魔獣の近くに小さな人影が見えた。


「ニコラ?」


 ディアナと別れて自分のペースで魔獣を狩っていたニコラは、その大きな魔獣に追われていた。

 あんな大きな魔獣、ニコラ一人では危険だわ。

 ティアナは急いでニコラの元へと向かう。


「ニコラ!」

「ティアナ?」


 魔獣に集中しているニコラは、近くに姿を見せたティアナに驚き、目を瞠る。


「ティアナ、何しに来たのよ!」

「何って協力しにきたのよ。こんな大きな魔獣を一人で倒すのは無茶よ」

「バカ言わないで。これは勝負なのよ」


 ティアナの協力を拒否して、ニコラが一人魔獣に向かっていった。

 しかしその魔獣はニコラの動きを簡単に読み、飛びかかるニコラを大きな前足で薙ぎ払った。


「きゃあ!」

「ニコラ!」


 体のめぐる魔力を総動員して、ティアナは地を蹴った。飛ばされたニコラが木に衝突する早く、その体を受け止める。

 魔獣に飛ばされる際に身体に魔力を集中させて大きな怪我は回避したようだが、ニコラはすぐには動けそうになかった。


「ニコラ、大丈夫?」

「私としたことが……不覚を取ったわ」

「ニコラ!」


 苦しそうにするニコラにばかり気をとられていたティアナだったが、近くで魔獣が腕を振り上げるのを見て、慌ててニコラを抱いてその場から飛び退いた。

飛び退いたそのすぐ後に魔獣の腕が振り下ろされる。木の肌には大きな爪の跡が残っていた。

 どうしてこんな大きな魔獣がここにいるのかしら。

 その理由はよくわからない。今わかっているのはこの状況がものすごく危険だということだけ。

 頭フル回転させて大きな魔獣を倒す方法を考える。しかしニコラを抱えたままのティアナでは身軽さを欠き、魔獣と渡り合う事はほとんど不可能だった。


「ここでおとなしくしててね、ニコラ」


 木の陰に隠すようにニコラを横たえ、ティアナは魔獣の前に姿を見せた。


「こっちよ!」


 足にも力を集中させて高く飛び、魔獣の顔面に蹴りを入れる。蹴られた魔獣はティアナに気づき、その姿を追うことに決めた。

 まずは大きく爪を振り、周りにあった木々をなぎ倒す。


「ちょ、ちょっと!」


 これはいくらなんでも予想外だったわ。

 四方八方から木が倒れてきてティアナはかわすので精一杯だ。そこに魔獣が突進してくる。

 しまった!

 思わず目をつぶり、衝撃に備えて体に力を込める。

 しかしいくら待っても、そのような衝撃を訪れなかった。


「……」


 目を開くとそこには魔獣の爪を受け止める騎士の姿があった。


「ぼんやりしていないで、急いで逃げるんだ」


 騎士――エリオットが振り返ると、ティアナに向かって叫んだ。

 試練に護衛などいらないと思っていたが、まさか守られてしまうなんて。

 そして自分を守ってくれている騎士について、ほかの魔女が噂していたことを思い出す。確か彼は騎士であると同時に王子だったはずだ。そんな彼に怪我をさせてしまうようなことがあってはならない。


「私の事はいいから、あなたのほうこそ早く逃げてください」


 エリオットは大きく目を見開いた。

 こんな状況で私の心配をするのか?

 エリオットには考えられないことだった。エリオットに近づいてくる女性はいつも守られたがっていた。エリオットの庇護の下にありたいと願う女性ばかりだったのだ。まさか自分を守ろうとする女性がいるなんて考えてもみなかった。


「これは私たちの試練です。他の人に手を出させるわけにはいきません」

「しかしこれは不測の事態だ。これほど強い魔獣が出現するだなんて想定されていなかったはずだ」

「しかし……!」


 ティアナが迷っていたその時、魔獣がエリオットを飛び越えてティアナに襲いかかる。


「危ない!」


 集中する暇もなかった。一瞬で腕を引かれ、何か温かいものが体を包む。

 ティアナは抱えられてその場から離れた。


「大丈夫か?」


 ティアナが顔を上げると、紫の瞳がこちらを見据えていた。

 慌てていたエリオットは思ったよりも近くにティアナを抱きしめてしまっていた。

 遠くから眺めていた時よりも間近で見た彼女の顔が大人びて見えた。腕に伝わってくる感触が柔らかい。


「すまない!」


 腕にきつく抱きしめていたエリオットはその力を緩め、ティアナと少し距離をとる。

 どうしたというのだろう、鼓動が早い。いまだに残る腕の感触に意識が持っていかれる。


「いいえ、ありがとうございました」


 守られてしまった。しっかりしなくては、私は奇跡の魔女になるんだから。

 エリオットから離れ、ティアナはもう一度魔獣に向き合った。


「まだ一人で戦う気か?」

「えぇ、もちろん。だってそれが魔女の試練ですもの」


 ここで試練を放棄する気はない。

 だって奇跡の魔女に正式に選ばれたら、この程度の事一人で解決していかなければならない。


「行きます!」


 そしてティアナはもう一度、魔獣に立ち向かっていった。

 エリオットは気高く立ち向かうティアナの姿を目で追うことしかできなかった。

 どうしてそこまでするのだろうか。不測の事態が起きた以上、魔獣を倒すことに試練の意味があるとは思えない。それどころか単に自分の命を危険にさらすだけだ。

 だと言うのに、彼女は諦めることをしなかった。

 強く前を見据えるティアナの姿は美しい。こんな美しい人が存在するなんてエリオットは初めて知った。

 顔が熱い。熱に侵されてしまったかのように、ティアナに釘付けだ。



 ティアナに目を奪われている間に、いつの間にか魔女の試練は終わっていた。当然最後まで戦いきることができたティアナが奇跡の魔女に選ばれることになった。

 結果を聞いたティアナが笑った。エリオットが初めて見るティアナの笑顔だった。

 可愛い。エリオットは女性に対して初めてそのような感情を抱いたのだった。

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