4章 夢現の春

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 近くから大きな音が聞こえる。


 意識が素早く浮上していくような感覚の後、朦朧としたままに、枕元にあるはずの音源の正体を探す。いくつかのものに手が触れた後、目的の感触のものを手にとって、顔の前に持ってきた。聞こえてくる音がさらに大きくなった。


 どこをいじれば止まるんだっけ?


 試行錯誤しながら時計を適当にいじっていると、音が止まった。

 おかげですっかり目が覚めた。

 目覚まし時計の文字盤にある二本の針の位置を見ると、いつも起きる時間から、二時間が経っていた。


 やっぱり、試してみて正解だった。目覚ましの使い方を忘れてしまっている。


 ほとんど使ってないから仕方ないのかもしれないけど、こういうことは、いざという時に余計なパニックに起こしかねない元だと改めて実感する。


 季節の変わり目には、目覚まし訓練をしておいても損はなさそうだ。


 以前の最長記録は一時間半程度だったから、三十分ほど伸びて記録更新か。

 それだけぐっすり眠れていたということかな? 

 春眠暁を覚えず。前は、寝過ごしたくてもできなかったことを考えると、進歩? 

 起きないといけない時はちゃんと目を覚ますことができるし、結果的に決めた時間に起きられるのだから、きっと進歩だろう。


 そういえば、お母さんもお父さんも、もう出かけたんだろうか? 


 早く起きなければならない頻度が減ったから、今は朝をこんなにゆっくり過ごせるわけだけど、あの頃の日々が少しだけ恋しく思うのは、わがままかな?


 ベッドから飛び起きると、窓まで行って、カーテンをバーッと開けた。

 身体が柔らかな日光に包まれるとともに、窓の近くから、少しばかりの冷気を感じた。窓から見えるのは、雲一つない空色のような空。太陽は、今日も元気に周りを照らしてくれている。


「今日も良い天気」

 目覚ましで起きても不快感があまりないのは良い。

 窓に取り付けられた金具を下にすると、窓を横に動かしていった。冷たさのこもった風が入ってくる。

 まだまだ寒い。暖かくなったり寒くなったり、はっきりしない。

 動かした窓を元に戻していく。風は少しずつ収まっていき、窓を閉めきったことで風は止まった。金具をはめなおした。

 それが醍醐味なのかもしれない。とりあえず、朝ご飯を食べますか。


 今日も活気づいていることに感謝しながら、ドアまで進んでいった後、取っ手を動かして、ドアを開けた。

 廊下に出て、後ろ手でドアを閉めた後、階段の段差を軽やかに下りていった。

 階段を下りきると、ダイニングを通って、キッチンに入る。

 キッチンのパンコーナーには、食パンの入った袋とレーズンパンが入った袋があった。

 目玉焼きトーストを作りたいけど、待ち合わせ時間に遅れたくないし、今日は諦めますか。

 袋に入っているレーズンパンを出して、オーブントースターに入れると、トースターのツマミを適当に回した。

 食器類が置いてあるコーナーから、いつも使っているコップとお皿を取り出して、置いてあったトレイに乗せる。

 コンロに置いてあったやかんに水道水を入れて、元あった場所に戻すと、ツマミを回して加熱し始めた。

 棚からティーポットを缶を取り出して、キッチンの作業台の置いておく。

 しばし、休憩。


 チン、とトースターからタイマーの音が聞こえた。

 トースターからレーズンパンを取り出す。熱々のパンからは、香ばしい匂いが漂っていた。

 冷蔵庫から野菜ジュースを取り出してコップに注いだ後、元の場所に戻した。

 行儀が悪いけど、ここで食べてしまおう。

「いただきます」手を合わせた。

 パンを一口食べた後、コップに入った野菜ジュースを一口飲んだ。

 そろそろ良いかな?

 パンを口に加えながら、やかんの蓋を開ける。とりあえず、良いんじゃないかな?

 コンロのツマミを弱めてやかんを持つと、ティーポットにお湯を注いだ。

 ヨーグルトも食べよう。

 やかんをコンロに戻した後、冷蔵庫からヨーグルトを取り出した。

 パンを食べながら、ヨーグルトも食べていく。

 そろそろ良いかな?

 ポットを軽く触って、暖かくなったのを確認。ポットのお湯を流しに出す。

 缶を捻り開ける。袋に入った茶葉がいくつかある。

 今日はこれにしよう。

 茶葉の入った袋を一つ取り出して、ポットに茶葉を適量入れると、やかんの加熱を止めて、お湯をポットに入れた。その後に、キッチンタイマーをセットしておく。

 残り少ないヨーグルトを食べ終えると、コップに残っているジュースを飲んだ。

「ごちそうさまでした」手を合わせた。

 食後の休憩。


 キッチンタイマーが鳴った。

 ポットの蓋を開けて、軽く香りを確認すると、食器乾燥機に入っていたグラスにポットの紅茶を少し注いで、飲んでみた。手に持ったグラスを軽く傾けて、色も確認してみる。

 喫茶店で出してもらえるような紅茶とは程遠いような気がするけど、まあ、良いんじゃないだろうか?

 こうやって試行錯誤していくのが楽しい。

 喫茶店を経営している人とか店員さんなら、細かな違いがわかるのかな? 喫茶店の人に直接聞いてみたいけど、中々難しい。

 今は、『おいしかったです』と言うのが精一杯。

 喫茶店、か。今どこで、何をしているんだろう?

 いけない、いけない。考え込んでいたら待ち合わせに遅れてしまう。

 キッチンの作業台の隅にある水筒を手に取ると、そこに紅茶を注いでいった。

 さすがに、ティーセットを持ち歩くことはまだしない。これからもしないかもしれない。

 さてと、まずをお皿達を洗って、その後は歯を磨いて、大学に行きますか。

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