第13話 不遇の聖女



 4日目の昼に、やっと目的地の街へとついた。寄り道していたせいで少し遠くなったが、王都から実質3日くらい離れたその街は、真っ青な空に白い鳥が映え、にゃーにゃーと猫のような鳥の鳴き声が響いていた。


「うみだ……」


 濃い青色の水面に、つぎはぎの茶色い帆を立てた船が何艘なんそうも泊まっている。話に聞いていた海がそこには広がっていた。独特の潮の香りを感じながら清清しい気分で木製の窓から身を乗り出せば、御者ぎょしゃに「あぶないぜ」と注意される。


 道行く人々からも活気があふれている。店先の露天の人たちは、道行く人たちに声をかけ、客も笑顔で何かを買い、にこやかだった。使用人の女の人と同じような亜人や、背が僕くらい小さいムキムキの小人も歩いている。


「はじめて見ますか?」

「うん、家じゃ頭に耳が生えた人しか居なかったし、あの横に大きな小人はどこかの国の人?」

「ひと……そう、そうですね……純粋な方にはそう見えるんですね。

 あの人はドワーフです。腕力だけなら我々獣の亜人でもかないません」

「鉱山労働だけじゃないんだ」

「難しい言葉をご存知ですね」

「うん、聖女様に教えてもらったから」


 家庭教師からはドワーフは鉱山で働くできそこない、と教えられた。聖女様からは国による偏見により、本来の力を発揮することもかなわない人たち、だと教えられた。

 亜人という言葉は「人」ではない者を指す言葉で、聖女様はその呼び方を嫌っていた。

 


 ララリィの話によれば、大多数の者は鉱山で掘削の仕事や加工などの仕事が割り振られているが、その中でも優秀であったり、運が良かったり、買われた人間がいい人間であった場合には、こうして街で暮らすこともあるそうだ。けれどそれは大変珍しいことであり、王都ではない光景だそうだ。


 たぶん港町という他所からいろいろな人間が流入する場所ならではの、寛容さがここにはあるのだろうと思えた。



 大通りを通りを抜け、実家よりは小さいが、赤いレンガの壁がきれいな建物の前に馬車は止まった。看板には【海のお宿】と洒落た文字の書き方をされていた。

 貴族が泊まるような宿ではない、けれどそれなりの家の商人は利用するだろうと思えるような、少しこぎれいな宿であった。


 馬車が止まると、ララリィは男二人で持っていたはずの、本ばかりが詰まったトランクを、ひょいっと抱えると宿の中に運びこんでいた。僕が身体魔法を使ってもギリギリトランク持てる程度であることから、本気で下手に戦いを挑まずに、同情心に訴えてよかったと思えた。

 たぶん勝ち目なんて少しだってなかっただろう。


 御者は馬車から降りた僕に向き合う。


「ここなら子供でも仕事が見つかるはずです。これは旦那様から預かった1ヶ月分過ごせる分の金が入っています」

「とうさまお金、くれるんだ」

「そりゃそうですよ。あと、伝言を言い付かってます

"二度と顔を見せるな、もう親子ではない"だそうです。コレは手切れ金みたいなもんですね、いやぁしょっぱい」


 はっはっはと笑い飛ばした御者を見て、笑えないよ……と心の中で文句を言った。確かに貴族にとって1ヶ月過ごせる金なんて、はした金だ。


 それでも無一文で僕を放りださなかったのは、少しでも苦労をしないように……


 なーんて生易しいことではなく、金をやらなければ、すぐに貴族の名前を使ってでも、家を頼ってくる、と思ったのだろう。

 そして1ヶ月分の金だということは、1ヶ月の間に勘等か、貴族名鑑からの除名の手続きでもするのだろう。僕が父ならそうする。


 部屋を取り、部屋まで荷物を運んだララリィが戻ってきてしまえば、もうこの人たちは僕と一緒に居る理由は無くなる。本当にお別れだ。別に親しいことも無かったし、御者なんて酒臭いから、好きでも何でもなかったけれど物悲しくなる。


「坊ちゃん、俺ぁわかりません、頭を下げて謝れば旦那様のことだ、許してくださるかもしれねぇ、なのになんで何も謝らなかったんですか?聖女に惑わされて悪戯で儀式を潰したことも、真剣に謝ればきっと……」

「聖女様に惑わされたわけじゃない、僕の意思だ。口を慎め」


 御者は僕の顔を見ると、ぶるりと身震いをし、額には汗が滲み青ざめていた。

 なんて、なんて失礼な物言いだろうか、儀式を潰したのは僕の意思だ。それをさも聖女様の罪のような言い方をされて少し腹が立った。

 ピリピリと肌に焼け付くような空気が流れたとき、ララリィが入室手続きを済ませ笑顔で戻ってきた。


「お待たせしました。坊ちゃま、もうこれでお別れになってしまいますが、どうかご無事で」

「うん、ありがとう」


「私は、坊ちゃまに救われました。人殺しにならなくて済んだのですから

 それに亜人の味方で居てくださった聖女様に最後まで良くしてくださっていたのも、坊ちゃまですから、罪を犯してしまえば先祖に顔向け出来ませんでした」

「え、どういうこと?聖女様が、亜人種の味方……?」


 初耳だった言葉に、ついララリィの言葉を止めた。

 どういうことだ?亜人の味方?僕にそんな話はしていなかった。亜人を特別視していたなんて、聖女様にいろいろ教えてもらっていて初耳だった。


「知らないんですか?聖女様が、どうして当時の王の怒りを買ったか」

「知らない、教えてくれなかったから」

「亜人の奴隷について、王に直訴したからです。非人道的なことをやめるようにと、亜人も人であると」


 それは、僕が良く教えられてきたことだった。頭の中で優しい聖女の声が響く。


『頭にふさふさ耳が付いた人、小さい人、耳が長い人、海中で生活する人……いろんな種類の人がいる

 それぞれに長所があり短所がある。私たち人間がそうであるようにね

 自分たちと少し違うだけで恐れてはいけない、暴力を振るってはいけない、差別してはいけない、

 すべての人は生まれながらにして自由であり平等なのだから……』


 それは、この世界の人間ではない、聖女様にとってはごく自然で当たり前のことだったのだ。


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次章:「港町ハンデル」

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更新は2、3日後です。お楽しみに^ ^

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