1961年春(3/3)
「ついてはチセさん。お願いがある」
千裕さんは飄々としていて表情はびくともしなかったように見えた。そしてうちの目をまっすぐ見た。
「チセさんさえ良ければあの土地に家を建てたいと思っている。その時、一緒に住んでくれませんか」
最初、千裕さんって思い切った買い物する人じゃあと思った。
そして、しばらくしてようやくうちはその言葉の意味を理解した。鈍感過ぎる。
「えーと。千裕さん。それはうちと結婚しようという事ですか?」
頷く千裕さん。
「……えっ、えっ、えー」
魂消た。驚天動地。腰を抜かした。多分、顔がまた真っ赤になっていたと思う。
「千裕さん」
「答えはイエスかノーではっきりと。返事を待って欲しいというなら待ちます」
千裕さん、あなたは山下将軍ですか?
「いいけどその前に説教していいですか?」
「いいけどその前に、という事は申し込みはイエス?」
「ええ。そう、答えは条件付きでイエス。今から言う条件さえ飲んでくれるならいいです。千裕さん、こういう高い買い物は一人で決めないでちゃんと相談して下さい。じゃなきゃ、うちは嫌です」
千裕さんは「うむむ」とわざとらしく悩んでみせてから微笑んだ。
「……うーん。おたがい自分のお金はちゃんと分かるように分けよう。その上で家族にかかわる出費、家計費じゃな、については二人で決める。そしてそれぞれのお金は自由。これでどうかな。決して二人のお金は勝手な事はしません。約束する」
うちはうつむいて小声になってしまった。
「じゃあ、一緒に住んでも……良いです」
千裕さんの穏やかな声が聞こえた。
「チセさん、こっち向いて下さい」
ゆっくりと彼の目を見たら、彼の顔がそっと近づいてきた。
「ありがとう。チセさん」
うちが目をつぶると千裕さんにそっと口づけされた。
夕方前には灰ケ峰の展望台からうちの家に戻った。
千裕さんはこんな山登りの格好だけど早いほうがええじゃろうと伯父さんと伯母さんにちょっとお話があるので聞いて欲しいと告げた。
伯父さんと伯母さんは千裕さんが切り出すまでもなく笑顔だった。
「ん?チセとの結婚ならチセがええと受けたんじゃったら、それでええ。祝いじゃけ、まずは飲もうか」
と伯父さんは言い、伯母さんは何を察していたのかこう言った。
「古城さん、別にこんな山の中に住まなくても良いんですよ」
そう言う伯母さんに千裕さんは微笑んで返した。
「いや、私もここの光景が気に入ったのですよ。ここでチセさんと生涯暮らして骨を埋められたらと思ったのです」と。
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