第16話
さてそんな感じで僕らのゲーム制作は始まった訳だが、何せゲーム制作はおろか満足にプレイした事すらなさそうな子達である。当初手が空いた時は何をしようかと考えていた僕だが、幸か不幸かそんな機会は当分訪れないのであった。
「シュン様、今更ですけど、原作をそのままゲームにしたらまずいんですか?」
「まずくはないが、絵と音楽が付いた事で体感的にはかなり短く感じられるはずだ。ついでに言うと、シナリオ担当の所にはカノじゃなくて生ハムメロンの名前が入る事になるな」
「うえっ、が、がんばります」
こんな調子で、筆が止まる度に大した用もないのに話しかけてくる花宮さん。
「福山君、佳織のキャラデはこんな感じでいいでしょうか?」
「う~ん、身長が少し高いかな。詩織も高い方じゃないけど、現実の世界ではまだ生まれてもいない子だから、詩織よりも更に低めに。詩織の妹であると同時に終焉の夜でもある訳だから、少し釣り目にして気の強そうな感じにして欲しい」
「あ、はい。分かりました」
メンバーの中では安定していて順調そうな吉川さん。
「ああもう! 全然思ったイメージと違う!」
そう言って頭を掻き毟り、フック付きイヤホンを無造作に外して叩きつける佐久間さん。
「ええと……何の曲?」
「現実の世界での日常のシーン。全然あたしのイメージと重ならなくて困ってるの」
いやそんなシーンに拘られても……。
「そ、そうか。それなら気晴らしに別のシーンの曲を作ってみると良いんじゃないか? どの道今のメンタルだと、平和な日常の曲は作れないんじゃないかな」
「シュン君……あんた……」
……何か気に障る事を言ってしまったのだろうか? 据わった目で僕に視線を向けた。
(や、やばい。失敗したか?)
僕がそんな事を思っていると……。
「……それもそうね。今は気が立ってるから、シリアスなシーンの曲でも作ろうかな」
そう言うと佐久間さんはあっさりPCに向き直り、イヤホンを拾って耳に当てた。
(よ、よかった。でも今後はこんな時の佐久間さんには極力話しかけないようにしよう)
監督になったらビシバシいく、なんて言ったが、早くも彼女には頭が上がらなさそうだ。
そして不安要素……という程でもないが、気になる事が一つあった。
今この部室には、よくある茶色い長テーブルが二台あり、それが入口のドアに対して垂直に置かれている。テーブルは割り箸のように二台くっ付けられた状態で置いてあり、その中央付近を囲むようにしてパイプ椅子が五脚置かれている。
内四脚は言わずもがな、僕ら正規部員のイスで、残る一脚は必要に迫られて最近用意した物である。しかしそのイスには、未だにそこに座るべき人物の姿は無い。
「……なあカノ、助っ人の人はいつ頃来れそうなんだ?」
「えっ? 急いだ方がいいですか?」
「いや、その人にも都合があるだろうし、現状切羽詰まってる訳でもない。当分シナリオの入力がメインになると思うから、シナリオが進んでからの方が効率はいいんだが……」
「だが……?」
花宮さんは目を瞬かせ首を傾げた。
「その人とは早めに会って予定を確認しておきたいんだ。ギリギリのタイミングで呼んだ時に、本業が忙しくて手伝えませんなんて事になったら目も当てられないからな」
「それは……確かに」
「だから近い内に一度顔を出すように言っておいてくれないか? その時に働いてもらうかどうかは別にしてな」
「ラジャーです」
さて、花宮さんの言う助っ人と言うのは一体どんな人なのか。花宮さんの紹介だし悪い人ではないと思うのだが……。
(その人と上手くやっていけるといいなぁ)
まだ始まったばかりとは言え、現状人間関係でのトラブルは何も起きてはいない。だがだからこそ、トラブルの種に成り得る可能性を持つ助っ人の存在、それが不安だった。
(ええと、次にやっておくべき事は……)
何かやり残したことは無いかとオタ研ガールズの三人を見回した時、僕の視線は再び花宮さんで止まった。
(そうだ、まだアレをやってなかった)
ある事を思い出した僕は、自分のイスに座りつつ、隣に座る花宮さんに話しかける。
「度々すまん。今日は何ページくらい進んだ? カノ」
「あ、ええと……、一ページ……くらいです」
何故か後ろめたそうに応える。進みが悪いのを気にしているのだろうか? 確かによくは無いが、初めて書いたにしては良く書けている方である。
「ペースについてはまだいい。書き慣れないと中々ペースも上がらないだろうしな。それよりカノ、今書いた所までを一度添削するぞ」
「て……添削!? するんですか!?」
何故か心底意外そうに驚く花宮さん。
「しないと思っていたのか? 心配するな、あまり細かい事は言わないし、文章の個性を潰すようなこともしない」
「そ、それならいいんですけど……」
まあ今後も抜き打ちで添削は入れるし、その時指摘事項を守っていなかったら怒るかもだけどな。
そんな訳で僕はイスを動かし、肩が触れ合う程度に密着する。他意は無い。
「なるほど、長編を書くのは初めてという事だったけど、文章自体は普通に書けているな」
書くのは初めてでも、活字には慣れているのかもしれない。
「そ、そうですか?」
「ああ。と言う訳で指摘事項は三つだな」
「みっつ……」
褒められた直後に直しを言われて戸惑ったのだろうか? 呟くように重ねた。
「まず一つ、展開が早すぎる。このペースだとおそらく一冊目の半分くらいで終わってしまう。ゲームとしては短すぎる」
「は、はい……」
こういう事にはあまり慣れていないのか、指摘一発目から結構気にしているような印象を受ける。とは言えここで遠慮する訳にもいかない。
「で、でもシュン様、これ以上どうやって文章を増やせばいいのか分かりません」
そう切実に訴える花宮さん。そう言えばメロンの初期の作品もやたらとテンポが早かったような気がする。よくある事なのか。
「原作のイメージが強すぎるのかもな。俺から言える事は、端折らずにちゃんと書く、って言う事だけだ。原作で端折ってた部分もな」
「端折ってる? そんなつもりは……」
「う~ん、まだ書き慣れないから気付かないのかな? 例えば冒頭、回想でお祖母ちゃんに不思議な本を貰うシーンがある。原作はこのシーンをシオリの語りだけでさらっと流してる。けどゲームシナリオとして書き直すなら、二人のやりとりまでちゃんと書かないとダメだ。お祖母ちゃんはこの本を渡して一体どうしたかったのか。その辺を考えながら書いてみて欲しい」
「……う、わ、分かりました。ちょっと難しいけどやってみます」
「うん、困った時はいつでも相談に乗るからがんばれ。次二つ目、こういう難読漢字は極力使わない。作中で解説が入るならともかく、そうでないなら使わない方が無難だ。読むのが大変だからね。それから割と聞くけど見慣れない熟語なんかはルビを入れて対応する」
「そうですよね……、ごめんなさい」
「いや、別に謝る必要はないんだ。続きを書くときに気を付けてくれれば」
そう畏まられると逆に困ってしまう。
「最後に句読点の打ち方。一文の中に読点は多くても三つまで。それより多くなる場合は文章を分ける」
「はい」
「そして読点の打ち方だけど、一息で読める程度、それでいて細かく打ち過ぎない位置に入れる事」
「一息で……?」
僕の指摘を聞いて、花宮さんが不思議そうな顔をする。まあ彼女の言いたい事は分かる。
「人間の癖、ってやつなのかな。実際は声に出さずに読んでいるだけでも、声に出して読んだ時に息切れせずに読める文章。人はそれを読み易いと感じるらしい」
「なるほどです」
「でもまあここら辺の細かい調整はスクリプト担当の人とするから、カノはあまり気にしなくてもいい。あくまで目安だと思って」
「了解しました」
そこまで終えた所で、僕はふうと一息をついた。
とは言え休んでいる暇はない。近い内に助っ人が来るのだ。今後の予定だけでもと言う話だったが、本当に予定だけで終わるとも限らない。すぐにその人が制作に入ったとしても対応できるようにしておかないと。
一応手が空いた時の仕事も考えている。考えてはいるのだが、その作業に入るのは当分先になりそうだ。
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