第17話 アズアズ

 アズアズ。

 その名を知る者は少なくないらしい。

 地下アイドルは勿論、ツイッター、インスタ、ユーチューバとしてもアズアズは活躍の場を広げている。俺には全く分からない世界だ。ただ、ある一部の若い世代には人気があるらしく、今もこうやって俺の前に中学生が立っている。

「アズアズさんとお知り合いなんですか?」

「アズアズね・・・」

 君等が知っているアズアズは知らないわ。

「これ、アズアズさんの絵ですよね、すごい似てる!」

「私も似顔絵、描いてもらっていいです?」

「・・・え?」

「描いてもらったら、アズアズさんの絵と横並びにしてインスタにあげちゃおう」

「いい考え!私も描いてもらおう」

「・・・」

 詩や果物の絵を描く時は適当にやっつけで描いていたが、似顔絵はそうもいかない。絵の評価が本人の口によってすぐに分かるからだ。言葉で褒めても、表情で気に入った入らないかは簡単に分かってしまう。この二人の中学生には、どうにか気に入ってもらえたようだが。

 やれやれ。

 きゃっきゃっ言いながら自分の似顔絵の色紙を持ち、彼女達は去っていった。俺は少し休もうかと席を立とうとしたが、すでに客が三組程並んでいた。カップルと、中高生ぐらいの女二人組と、大学生ぐらいの若い男。

「・・・」

 聞き耳を立てていると、カップルは先の中学生の似顔絵を描いているのを見て興味を持ったらしい。中高生の子達は、どうやら梓のブログかインスタか何かで知り、まだ会えるかと思って駆け付けたようだ。

 大学生の男はアズアズの追っかけらしい。

「え・・・と、君も似顔絵描いて欲しいの?」

「はい。アズアズの興味ある物は全て知りたいので」

「はあ」 

「今夜はアズアズのライブがあるので、今から楽しみなんです」

「今夜?」

「はい。知りませんでしたか?」

 一般人の九割五分は知らない情報だろう。何だ、その当然知っていますよね、みたいな聞き方は。

 男を描き終えると、久し振りに集中して物を描いたせいか、どっと疲労が沸いて出てた。眼もしばしばし、指や腕が軽く痺れていた。全然早いが今日は切り上げようと腰を上げようとした瞬間、俺の前に新たな客が座った。改めて見ると列が出来ている。集中していたせいか周りの状況に全く気付いていなかった。

 アズアズ効果か。

 梓が自分の似顔絵をここに置いたのは・・・客寄せの為。インスタにあげて、ここに来たという証拠を置いたのか。なるほど、これが二枚目の代金って訳か。余計な事しやがって。あいつめ。黒字だよ。


 結局、何だかんだで仕事が終わったのは夕方の六時。毎日こんな調子なら腱鞘炎になっちまうと愚痴を吐きながらも、思わぬ臨時収入が入ったのはありがたい。

 琴美は今日、夜九時まで仕事。

 それまで時間があるので今夜は一人で夕食を済まそうと俺は考えた。スマホを手に取り、近くの店を検索しようとした時、ふと、あの大学生の言葉が頭を過った。

 今夜はアズアズのライブ。

 俺は恐る恐る、アズアズ、ライブ、と検索した。

「げ」

 場所がここから近い。そして時間は七時。当日券ありますとライブハウスのHPに書かれていた。

「・・・」

 普段なら、こんな場所を一蹴し居酒屋に直行するのだが、この日はどうにも魔が差した。今日の事もあるので、一度ぐらいは見てみるかと足をライブハウスに向けてしまった。


 そのライブハウスは地下にあった。梓の恰好からしてアイドル風なピンクが基調の雰囲気かと思ったが、全然男臭い。客層も俗に言うオタク的な人間はほとんどいなかった。もっと言うなら、スカジャン革ジャン、金髪モヒカンなど、パンク要素満載な人間達が集まっていた。

 ステージにはすでに男四人のバンドが演奏し始めていた。大音量でがちゃがちゃするような音楽ではなく、バラード的に音と言葉を聴かせるタイプのバンドだった。

 次に登場したバンドはエレキギターをかき鳴らし、いかにもライブ会場を盛り上げそうなロックバンドだった。俺は一番後ろに立ち、出入り口付近の壁に寄り掛かりながら、いつでも店を出る準備をしていた。

 俺はビールをちびちび飲みながら、入り口でもらったパンフを見つめる。ずらりと今夜演奏するバンドが書かれているが、梓がどのバンドかはわからない。

「しかし・・・」

 こんな場所でアイドル紛いな奴が歌って踊って盛り上がるのか?あんなロリロリヒラヒラな格好で何をやるんだ?一気に白けるんじゃないか?

 俺は奇妙な緊張で梓の出番を待ち、残ったビールを一気に飲み干した。

「次のバンドは・・・地獄組熊猫?じごくぐみくまねこ、パンダか?なんだこのくそダサい名前は」 

 ライトが消えた。そしてステージにライトが当たる。

「うぎゃいあんcどえ¥!!!」

 突然鳴り響く鼓膜が破れそうな馬鹿でかい声のシャウト、何を言っているのか見当もつかない金切声。その瞬間に会場のボルテージが一気に上がった。そのバンドは三人組のガールズバンド。ドラムにベースにギターボーカル。

「・・・」

 そのボーカルが梓だった。 

 あのロリロリの出で立ちで客を煽りながら歌っている。歌詞なんて分からない。ヘビメタなのかパンクなのか俺は知らないが、俺はただただ唖然とし、突っ立っているしか出来なかった。










 

 




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