第14話 食事の歌

「よく聞けよ」

「うん」

「いいか薬はこの袋の中に入っているからな」

「うん」

「一日に飲む分だけ一まとめにしといた。日付が書いてある袋の分だけを飲むんだ」

「うん」

「あ、でもな。必ずこの分を飲むって事じゃあないからな。別に残したっていいんだ。そこは分かってるよな?」

「オッケ」

 そう言った琴美はピースサインを胸元に作るのだった。

「・・・その素直な返答が怖いな。何か企んでいるんじゃないだろうな」

「そ、そんな事ないよ」

「お前、今、口ごもったろ」

「・・・」

 少々の、いや。大いに不安はあるのだが、琴美は一応俺の言う事を素直に聞いているようだった。

 残っている薬はあえて隠さず、冷蔵庫に入れて置いた。全てを隠してしまうと余計不安になるだろうし、その反動で結局我慢出来ずに買ってきてしまうと思ったからだ。薬は常に傍にあるという安心を与え、徐々に減らしていこうと考えた。ただ、俺に内緒で飲んでも分かるように薬の残量は、一日の終わりにちゃんとメモを取っていた。


 俺は琴美にお菓子だけじゃなく、ちゃんとしたご飯も少しずつ食べさせる教育も始めた。やはり、お菓子だけじゃ身体が持たない。本当によくもまあ、ここまで生きてこられたものだ。

「ほら、食え」

「なにこれ」

「お粥」

「塩しか味付てないから、さっぱりはしてるだろ」

「塩か・・・」

「ん?梅干しの方がいいか?」

「ポテチバラバラにしてふりかけっぽくして」

「そんなB級飯は全ての食事を堪能した奴がやるんだよ。ほら、黙って食え」

「ううう・・」

 琴美は最初、嘔吐した。

 食べた物全てを吐き出した。

 お米もおかずも全て身体から排除した。排泄した。

「少しずつな、少しずつでいいんだ」

「うん・・・」

「はーい。あーんして・・・」

「・・・」

 俺はスプーンを持ち、琴美の口に食べ物を持っていく。

 しかし、まるで子供。スプーンでよそった米に対し最後まで口を開けようとせず、駄々っ子のように顔を背けるのだった。強引に唇の隙間へとスプーンを割り込ませようとしても、最後の最後まで抵抗を見せる。力がある分、子供よりも達が悪い。普通の子供は苦い薬に口を閉ざすけれど、彼女はその逆だ。薬には素直に口を開ける。

「お前な・・・」

 琴美は頑固だった。さすがは自分の生き方を独自に進んでいるだけの事はある。と、誉めている場合ではない。どうにかして琴美に最低限の栄養は摂らさなければならない。


 食べろ食べろ、ほら一口、あーんあーん。

 美味しいよ、ほらあーん、ちょっとだけでも、ほらほら・・・と、優しい口調で接しながらも、スプーンを琴美の口には運ぶ力は緩めなかった。しつこくしつこく根負けせずに琴美の唇にスプーンを捻じ込んだ。決して妥協せずに食べさせ続けた。


 その内に食事の歌が出来た。歌と言っても単純な節を付けた程度の物だけども。

 お米、一口~♪

 お魚、一口~♪

 お肉、一口~♪

 お野菜、一口~♪

 と、適当な曲を付けて琴美の口に捻じ込んだのだった。本当の子ども相手にご飯を食べさせるように、節に沿って食べさせた。そうすると琴美も琴美で、嫌々ながらも少しずつ食事を摂取するようになってきた。が、それでも成年女子が摂るべき栄養は一割も摂取出来ていない。

 このままじゃ駄目だと考えた俺は、食事に対する根本的な方針を変えた。

 つまりは、琴美が料理を食べる事は、まだ早いと判断した。

 食事よりもまず、食材その物に慣れさせる事が先決だと考えた。


 俺は少しでも舌や唇に食材の感触を憶えさせようと考え、箸で掴んだお米や、フォークで刺した肉を、琴美の唇にくっつけ、離して、またくっつける作業を幾度とななく繰り返した。食べ物に免疫の薄い彼女には匂い、感触、温度、そこから慣らせなければいけなかった。 

 それに伴い、歌も一部変更した。

 

 お米、ひと舐め~♪

 お魚、ひと舐め~♪

 お肉、ひと舐め~♪

 野菜、ひと舐め~♪

 果物、ひと舐め~♪

             

 琴美も最初は嫌がっていたが、俺がお米一舐めー、お魚一舐めー、と口ずさむ姿が面白かったのか、その内、軽く素早くペロッと舌を出し、出された物を舐めるようになっていった。やっぱり爬虫類だ。まるでペットのしつけだ。そして、ちょっとでも機嫌を損ねると一切食事を受け付けなくなる。やれやれ。ペットより難しい。

 そして時々、ふと思う。

 俺は一体、何をやっているんだ、と。

 こんな所で、何をやっているんだ、と。

 しかし、だ。

 琴美が俺の差し出したスープを恐る恐る一口でも啜る姿を見てしまうと、そんな疑問はどこかに吹き飛んでしまう。嬉しくなって心の中でガッツポーズをしてしまう。

 もしかして、これが母性というやつなのか?


 やれやれだ。


 俺は溜め息を付きながらも、こんな生活が嫌じゃなかった。あんなに気味悪く思えた夕焼けだらけの部屋も、今では愛着さえ感じてしまう。人間分からないものだ。慣れとは怖い。本当に。 

「ほら、琴美。口開けろ」

「んー」

「ほら、あーん。お米一口~」

「あーん」

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