探掘潜行



 スリアンと相談した翌日の夕暮れ、ムジカは探掘坑前で装備を確認していた。


「カラビナよし、ロープよし。エーテル計よし。浄化マスクも問題なし。閃光弾に音響弾に硬化弾各種装備よし。コルセットの骨もゆがんでない。靴紐もしめた。帽子代わりのヘルメットも問題なし」


 いつも通り、体に巻き付けるポーチの中身も確認し、ムジカはまとめた荷物を背負って立ちあがった。

 その拍子にスカートが揺れて、タイツにくるまれた膝をくすぐる。

 やはり着慣れている服装が一番良い。こんな時でも顔がほころぶ。


「ムジカ、俺がすべて背負いますか。俺のほうが駆動時間が長く、機動力があります」


 当然のごとくリュックを負うムジカにラスが疑問をぶつけてくるが、ムジカは笑っていなした。


「だから半分ももたせただろ。ほかはあたしが潜るのに必要なものばかりだから、自分で持った方が都合がいいんだよ。ついでにお前の機動力を当てにしてんだ。あたしが逃げられるように守れよ」

「了解しました」


 第3探掘坑の統括役、ウォースターへは多少強引だったが話をしてきた。

 統括役も探掘隊の違和には気づいていたらしく、意外にもこちらの話を一蹴せずに聞いてくれた。独自に調べていたらしい。

 ムジカは、ウォースターの険しい顔を思い返す。


『ほかの組合役員も、相手がバセットだからって及び腰だ。探掘隊が黒だと確証がない限り俺たちは動けねえんだ。だがな俺たちが送った探掘屋シーカーは、みんな戻ってきてねえ』


 探掘隊をひそかに探っていたと明かしたウォースターは無力さをこらえるように顔をしかめながら続けた。


『まだ若けえあんたらに行くな、と言うのが正しいんだろう。だが俺たちも切羽詰まってる。何があっても知らんぷりする代わりに、もし本当にあったのなら、俺たちは動く。必ずだ』


 ウォースターはムジカに対しそれ以上の答えを出せないことを、無念に思っているようだった。

 別に気にしなくてもいいのに、と思う。


「憶測じゃあ動けないってのはその通りだよな。もし決定的な証拠がつかめさえすれば探掘坑組合全体で動くって約束してくれたのが破格だ」


 何せムジカは探掘屋シーカーとはいえ、一介の小娘である。言外に動いていいと許可を与えることのほうが意外だった。自己責任なのは探掘屋シーカーの常なのだから。

 あの反応なら、探掘隊に探掘組合が協力していることはないだろう。喜ぶべき収穫だった。


「ムジカの目標は、公認探掘隊の実態を明るみにする、ですね。蛙型の出現した第3探掘坑に行かず第5探掘坑へ来たのは、1日かけて整理した資料と関係がありますか」

「お、良いとこに気づいたな。その通りだよ」


 ラスが積極的に聞いてくることに驚きながらも応じた。

 ここは第3ではなく、そこから離れた第5探掘坑内なのだから。

 統括役と話し合い、今日の午後と翌日の休暇をもらったムジカは自宅へ引き返し、倉庫に眠る父の探掘記録をひっくり返したのだ。遺産を見つけることに偏執的であったアルバは記録の残し方に大きなムラがあった。アルバへの反感も手伝いムジカも適当に眺めるだけだったのだが。


奇械アンティークの製造工場ってことは、広いもんだろ。親父の記録の中に『巨大な空間を発見。奇械アンティークはナシ』ってのが書いてあった気がしたんだよ。お前がいたおかげで、ある程度の場所の見当もつけられた」

「資料の記録と解析は得意分野です」


 淡々と言うラスだが、どこか得意そうだとムジカは思った。

 実際、1日かけただけの成果はあったのだ。アルバの記録はムジカだけで調べていれば確実に期限に間に合わなかった。はたから見れば本当に読んでいるのかわからない速度で閲覧していくラスのおかげで確信を持てたのだ。

 第5探掘坑は数年前、バーシェの外れで見つかったばかりの新しい探掘坑だ。入り口は横穴式で、徒歩でしか侵入できない上、中はエーテル結晶の自生がまばらで侵入ですら多大な苦労を伴う。

 たった一月前は、自分の命を捨てるように潜っていたにもかかわらず、ムジカはなんだか奇妙な懐かしさを覚えていた。


 先ほどくぐってきた入り口は、潜る人間より出てくる探掘屋シーカーのほうが多かったがひりつくような緊張感を孕んでいる。

 ムジカもああいう目をしていたのだろう。他人を押しのけてでも利益をつかもうと、餓えたようにしのぎを削り合っていた。

 一月潜らなければ、それだけ遅れる。だから出てきた探掘屋シーカーがときおりムジカを見かけて驚きの表情を浮かべるのは当然のことだろう。前はそういう視線が気になったものだが、今は不思議なほど凪いでいた。


 ただすこし気になったのは、サンドウィッチ売りのファリンが居なかったことだ。その時々で売る探掘坑を変えていることは知っていたが、ここ最近彼の姿を見ていない。

 そもそも遺物の売値が変動しやすく商売になりやすい第4、第5探掘坑を主な縄張りにしていた彼が、比較的安全な第3探掘坑にも手を伸ばして来たことが少々不思議であったのだが。

 タイミングが合わないだけかも知れないと思ったムジカは、思考を切り替えラスを見上げた。


「誰かがついてきているとか、話を聞いているってことはないな」

「はい。俺の検知領域には生体反応もエーテル反応も検知されていません」

「わかった。そのまま警戒を続けてくれ」


 ラスの太鼓判に安心したムジカは、歩きながら話を続けた。


「実は、第5の連中はそんなに探掘隊を煙たがってなかったんだ。なにせほとんど遭遇しなかったからな。特にいやがっていたのは第4を根城にしている探掘屋シーカーだ。自分の狩り場に我が物顔で荒らされて怒らねえ方がおかしい」


 ムジカも第4から流れてきた探掘屋シーカーから噂だけは聞いていたが、半ば人ごとだった。ちらほらと探掘隊の横柄な姿を見て不快だと思うことはあれど、それだけだったのだ。

 あの日、遺跡内で問答無用で攻撃されるまでは。


「でさ、あれからちょっと思い返してみたんだけど、どう考えてもあいつらは過剰反応だと思うわけ。だって顔を合わせたとたん、エーテル弾でどかんっだぞ。おかしいにもほどがある。まるで何が何でもその先に行かせたくなかったみたいにさ」


 そして、ムジカが未踏破と思われるルートを発見したのは比較的浅い階層であり、第4探掘坑に近い位置だった。

 あの時は探掘隊も偶然、同じ場所を見つけていたのだと思っていたが、前提条件が加わった今では見方が変わってくる。


「あいつらの目的は探掘じゃなくて、何かを守ることじゃないかと思ったわけ。たとえば探掘隊が秘匿している施設への入り口、とか」


 そうすれば探掘隊の遺跡内にいるとは思えないほどの軽装備だったことや、探掘に慣れていない挙動にも説明がつく。なによりエーテル銃の扱いに恐ろしく慣れていたことにも。

 はじめから、答えが手元にあったようなものだったのだ。


「理解しました。では探掘隊を拉致して案内させますか。相手が人間であれば可能です」

「お前、そういうところ過激だよな」

「最短ルートを考えています」

「いいや、できるだけ避ける。要は、ウォースターさんを納得させられるだけの情報があればいいんだ。なるべく相手に気取られたくない」


 ムジカは自分ができることとできないことを知っている。

 いくら腹立たしくとも個人で組織を相手にするのは無理だ。まず相手に気づかれないうちに証拠を握る。

 だから、とムジカはラスに念を押した。


「人を殺すのは禁止だ」

「なぜでしょうか」

「面倒くさいからだ。あたしは、他人の命を奪うってのは他人の人生まで背負うことだと思ってる。見ず知らずの人間の人生なんてそんな面倒くさいもの背負いたくない」


 別に人を殺すのが悪いとは思わない。人殺しは重罪だが、この遺跡内では死体はエーテルに還っていく。

 ムジカだって生き残るために時には人を傷つけることもある。だが、それはすべて何かのためだった。いたずらに殺すのは獣だと思うのだ。


「……ただ滅多にないだろうけど、お前が壊れるかも知れないと思ったらこの約束は忘れろ。お前の命は守れ」

「ムジカが危険なときにも、殺傷して良いでしょうか」


 すこし言葉を詰めたムジカだったが、うなずいた後、慎重に言葉を選びながら言った。


「そんときはあたしも背負う。あたしが受け入れるべきことだ。ただ必要か必要じゃないかは自分で考えろ。自律兵器ドールだったとしても、忘れちゃいけないと思う」

「了解しました。生命活動に支障が出ない程度の外傷にとどめます」

「おう、それだったらいい。まずはあたしが見つけたルートがそのまま使えるか確かめてみよう」


 ムジカは地図を広げて、指し示す。基本的な内部構造は探掘屋シーカーの間で地図が出回っているが、自分が独自に開拓した場所や奇械アンティークの待ち伏せポイントなどは秘匿する傾向にあった。

 それらはすべて飯の種であり、彼らの生命線だからだ。

 正直、情報共有をした方が探索は進むのではと思うこともあるが、ムジカもいくつか一般の地図に書き込まれていない通路や、金になる遺物の保管場所を持っていた。


「ここがあたしが見つけたルート。つながっているかはともかく、第4探掘坑の下層部へほうへ伸びているのが確かだ。そこに親父が放置していた空白部分がある。ルートにさえ入り込めば探掘隊は居ないはずだ」

「なぜでしょう」

「行けばわかる」

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