第30話 ここまで

「おーっつ!」

 みんなが席に着き、みつきさんが二日がかりで作ってきたお重を開けると、それはもう本当にアメージングで、皆が一斉に歓声を上げた。


 そして、各々好きな飲み物を手に持ち「じゃあリーダー、立って! 一言お願いします!」と玲奈が促した。


「いや……、あらたまって何か言うのは苦手なんだけど……」


「はいはい、がんばる! ここはリーダーらしいところを見せないと!」


 しぶしぶ立ち上がったアニキは、薄暗い空に浮かぶ桜を見上げながら考え出した。


「えっと、じゃあ一言だけ……。神様が何のためにこんな緻密で精巧にできた『生物』というものを作ったのかわからないけど、そしてこんな凄いものを作れる神様が、何故、癌のような故障を防げなかったのかもわからないけど、僕たちはここに集められ、癌と戦っています。それがどういう意味を持つのかなんて、更にわからないんだけど、僕たちは全力で頑張ってきました。そしてようやく光が見えてきて――」


 アニキは必至で我慢しているんやけど、人は涙が出ると話せなくなる。


 そして涙はすぐに伝染する。


 玲奈が立ち上がり、アニキのおなかに抱き付いた。


 涙を擦り付ける玲奈の頭を撫でながら、アニキは必至で言葉を付け加えた。


「みんな、ありがとう。で、これからも僕と一緒に……」


 そこでもう力尽きてしまったアニキに「はい! 一緒に頑張っていきましょー! カンパーイ!」とみつきさんが助け舟を出し、ようやく宴会が始まった。


「まだ肌寒いから」と携帯おかん器なるもので温めた日本酒をみつきさんが小さな金属製のコップに注いでくれた。


「Wow アツカン、サイコーネー。ミツキサンモ、ドウゾー」と注ぎ返した。


「じゃあ、もう一度カンパーイ!」

 そう言って、二人でコップを空けた。


 みつきさんはいつもの笑顔やけど、さっきの頭撫で撫でを見て、どう思っているんやろう。



 ひとしきり食べて飲んで、ほんのり酔いが回ってきた時、突然、玲奈が立ち上がった。


「はい! みなさん、ちゅうーもーく!」


 玲奈も少し酔っぱらっているみたいや。


「玲奈ちゃん、すごーくいいものを作っちゃいました! 名付けてPAA ウィズ シュガー!」


「ン? With sugar ?」


「そうでーす。はーい、これを見てくださーい」


 そう言って開けたパソコンにみんなが詰め寄った。


「PAAをグルコース類似物質2-DGで甘ーくシュガーコーティングしてみました!」


「ん?」


「えっと、すみません。せっかくだから私にもわかるように説明してもらえますか?」


「はい、お姉様、かしこまり! えっと、PAAは触れた細胞を自殺させちゃう凄いやつで、そのままだとあまりにも危ないから、溶けにくい砂糖で全面コーティングしてやったんです。アーモンドチョコみたいな感じに。そして、それを血管内に注射してやる」


 みんな小さくうなずきながら黙って聞いている。


「で、血管内にいるうちはアーモンドチョコのまま流れて行って、増殖を繰り返すために大量のエネルギーを必要とする癌細胞に出会うと、癌細胞がチョコを舐めて吸収しちゃう。そうすると中から出てきたアーモンドが癌細胞に突き刺さるという仕組み」


「えーっと、わかりやすいような、わかりにくいような……。ちょっと言い換えてみるぞ」


「はい、リーダーお願いします!」


「PAAは触れた細胞に軒並みアポトーシスを起こさせてしまう。それでは危なすぎるから、グルコースに似た2-DGでコーティングをした。そしてそれを血管内に投与すると、グルコースを大量に必要とする癌細胞に取り込まれ、その際、コーティングがなくなって裸になったPAAが癌細胞に結合しアポトーシスを起こさせるってことか」


「そうでーす。リーダー完璧!」


「えっと、それはもしかして、PET検査とこの前のチョコレートから思い付いたのか?」


「そうそう、そうだよ」


「玲奈、凄いな!」


「でしょー」


 玲奈は満面の笑みや。


 でも、少し悔しい気持ちが浮かんだのは何でやろう……。


 あぁそうか……、満面の笑みが自分の方に向いてへんからや……。


 それを認めたくなくて、パソコンの画面を凝視した。


 見ると、全ての癌細胞が縮小し、中には完治したものも数例あった。


 あっ、でも……。


「well……、グルコースヲタイリョウ二ヒツヨウナbrain、ノウハダイジョウブ?」


「Oh. マシュー君、それはいい質問だね! それが大丈夫なんだよー。もともとサイトカインの機能を持つPAAは血液脳関門を越えられない。その上シュガーコーティングで更に分子量が大きくなっているから、脳までは全く届かないんだよ」


「Oh. ガン二ダケ、キュウシュウサレル。 レナ、スゴイヤン!」


「うん! まぁでも、少しは正常の細胞にも吸収されちゃうから、やっぱりOKOGEの再生能力は必要なんだけどね」


「Yes! ソレ、タブンOKOGE Type p53 プラスBcl-2/Bcl-xLデ、イケソウヤデー!」


「マジかぁ。さすがマシュー! ついに見つけたんだ! でーもー、その名前は長すぎだね」


「じゃあマシュー、いい名前を付けてくれよ」とアニキが言ってくれた。


 名前を付けてくれと言われるのはとても嬉しい。


 みんなが自分のことを認めてくれている証拠で、ホンマに嬉しい。


「Hmmm……、ホンナラー、OKOGE Type Squad ネ!」


「スクアッド?」


「Yes! ナカマ、サイキョウブタイ、ネ!」


「おーっ、カッコイイじゃん! それにしよう!」


「よし、じゃあ明日から、OKOGE Type SquadとPAA with sugarで製品化を目指すぞ!」


「おーっつ!」

「Yeah!」


 ついにここまで辿り着くことができた。

 実際に臨床で使えるようになるためには、まだまだ時間が必要やけど、俺たちはここんなに凄いところまで来ることができたんや。


 みんなの最高の笑顔。


 玲奈の顔も、この瞬間が、今まで見てきた玲奈の中で間違いなく一番や。


 今はまだ自分一人では、この顔を作ることは出来ないのかもしれへんけど、彼女にはずっとこの顔でいて欲しい。


 そう思った。






・PET検査(グルコースに似たDGに放射性物質をつけ体内に静脈注射することにより、その放射性物質の癌への集まりを画像として見る検査。全身の癌を見つけることができる)

・血液脳関門(大切な脳に有害な物質が入らないよう選別する関所のような所)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る