12-③:幸せな心地
レスターは、はっと目をさます。いつの間にか眠ってしまっていた。半ば恐怖に襲われながら、慌てて腕の中を確認すると、レスターはほっと息をついた。
「良かった…あれは夢じゃなかったんだ」
腕の中にはすやすやと安らかな寝息を立てるセシルがいる。その寝顔をもう一度確認すると、レスターはふうと深い息をついた。死んだ人間が生き返るなんて荒唐無稽な出来事。レスターはもしかしてこれが夢なのではないかと疑っていた。だから、あれからずっと眠らないようにしていたのだ。夢ならば覚めたくないから。だが、その心配は杞憂だったらしい。
肘をついて、枕元の時計を見れば7時。あの出来事から7時間程立っている。
あれから時間も経って、同じ布団で寝ていたおかげもあるのか、セシルの冷たかった体はすっかり暖かくなっていた。呼吸も力を取り戻し、落ち着いている。しかし、未だに眠ったままだ。
「…」
そっとレスターはセシルの頬に触れる。撫でるが身じろぎすらしない。もしかしてこのまま目覚めないのではないだろうかという恐怖が、レスターの胸をよぎる。その時、
「ん…?」
セシルがぱちりと目を開けた。
「…!!」
レスターは驚いて、がばっと起き上った。
「レスター?」
しかし、セシルは呑気に目をこすりつつ、レスターを不思議そうに見上げた。そして、体を起こすとう~んと伸びをした。
「おはよう」
「お、おはよう」
「…あれ、どうして隣にいるんだ?」
「……」
「レスター?…え、何で、いきなり涙目になってるの?」
レスターは、がばっとセシルに抱きついた。
「ちょ…」
混乱するセシル等お構いなしに、レスターは唇をセシルの口に押し当てる。
―口づけ…!?
「お前、馬鹿!いきなりなにすんだ…!」
セシルは顔を真っ赤にさせて、レスターの顔面を手で押しのける。
「何を今更…俺たち付き合っているだろう?」
あの日から色々とあったものの、セシルからのお付き合いの申し出を承諾した事実にかわりはない。自身の死を予期した彼女に告白をなかった事にされたものの、生き返った今なら取り消しの必要性などないはずだ。
レスターが「そうだろう?」とセシルを見つめると、セシルはもじもじと服の裾を両手でいじり、顔を赤らめた。しかし、それも少しの間のことで、セシルは急に何かを思い出したかのように、はっとレスターを見上げた。
「あれ…そういえば、オレ死んだはずじゃ…」
「そうだったんだけど、色々あってね…」
レスターはあれから後のことと、セシルが生き返るまでの話をざっくりと説明をする。人間を生き返らせるなんて非科学的な事があるのかと驚くセシルに、レスターは魔法みたいだったよと言う。
「へえ…そいつ一体誰なんだろう」
「それはまたおいおい調べるよ。それより今は」
レスターはベッドの上で膝をつき、頭を下げた。
「本当にすまなかった。俺は君に本当にひどいことをした。許されるとは思っていない」
「…お前なあ、もう謝んなくていいから。何回謝るの」
セシルは呆れつつ、レスターの肩をつかんで頭を上げさせようとする。しかし、レスターは頑として頭を上げない。
「何回謝ったって謝りきれない。俺は君を殺したんだ。許されることじゃない」
「自分で勝手にやりたいことやって死んだんだから、お前のせいじゃないし。まあ何がともあれ、オレ生き返ったんだからいいじゃん」
「よくない。俺は一生かけて君に償う。君は俺の顔を見るのももう嫌かもしれないが、俺は一生君の傍にいて、俺のすべてを君の幸せのために費やす。それが俺に出来ることだ」
セシルは、そんなレスターを見て、はあとため息をついた。真面目なのも考え物だと心底思う。
「…お前なあ…オレ言ったじゃん。償いはいらないから、罰としてオレと付き合えって」
「だめだ!」
レスターは顔を上げて、セシルの両肩をつかんだ。そしてまっすぐ見つめながら言う。
「そんなことでは俺の気が済まない。俺は、俺は…!」
レスターはこみあがる感情に身を任せるがまま、叫ぶかの如く口を開く。
「君を愛している。心の底から」
「…!」
あの時言えなかった思いのたけを、いいや今やそれ以上になった思いのたけを、セシルに向かってぶつける。
「君を全身全霊をかけて愛したい。君を全身全霊をかけて守りたい。君を全身全霊をかけて幸せにしたい。これから、一生!」
セシルはレスターの真剣な瞳から、目もそらせない。ただただ、何も言えずにレスターの目を見続ける。
「俺と、結婚してくれ」
「…!!」
セシルは息を飲む。
「俺の妻になってくれ。一生俺の傍にいてくれ。君と共に生きて生きたい」
レスターはセシルの左手をとった。自身の胸に押し付ける。
「お、オレは…」
返事を求めるかのように見つめられ、セシルは混乱し戸惑う。
「オレ、リトミナ王家の女だけど。お前、ラングシェリン家の人間のくせに、何とも思わねえのか?それに、オレ、父親が平民だし…」
「そんなの関係ない。俺は君と言う人間が好きだ。国とか、家や血なんて関係ない」
セシルはすかさず返答され、どんな顔をしたらいいかわからずふいと目をそらす。
「…オレ、全然女らしくないけど。言葉もこんなだし」
「そんなの関係ない。それに言わせてもらうが、君は十分すぎるほど可愛い」
セシルはかああと顔を赤くする。しかし、それも少しの間の事で、セシルは暗い顔をしてうつむいた。
「だけど、こんなの周りが許さねえ…」
レスターはそんなセシルの顔を上げさせると、安心させるかのように頬を撫でた。
「周りなんて関係ない。俺が何とかする。俺だけでどうにも出来なかったら、他の人にも協力してもらうさ。ノルンだって性格はあんなだけど、頼りになるし。本当にどうにもならなかったら、陛下に助力を乞うさ」
レスターは、セシルにふふと笑いかける。
「だから、君の返事を聞かせてくれる?」
「へ、返事…」
セシルはきゅっと布団を握りしめた。今すぐに返事なんて、できそうもない。だって、彼に対する感情が、はたして恋というものなのか、よくわからないのだから。
「セシル?」
しかし、レスターは問いかけるように自身の名を呼び、熱っぽい目で見つめてくる。レスターの顔が近づいてくる。セシルは思わずシーツの上を後ずさるが、後ろはベッドの端でもう逃げ場はない。
「あ、あの、オレ…わっ!?」
しどろもどろのセシルがうっかりベッドから落ちそうになったのをいいことに、レスターはその手を引き自身の腕の中に閉じ込める。
「あ…」
そして、セシルの顎を持って顔を上げさせると、有無を言わさずその口を唇でふさいだ。その時、
「レスター!」
「…!?」
部屋の扉がノックされる。セシルはあわててレスターの顔を押しのけるが、レスターは抱きしめる力を緩めてはくれない。
「朝飯の時間だ!わざわざオレが特別に作ったんだ!今日こそ食ってもらうぞ!」
ロイがお盆を片手に、どんとドアを開けて入ってくる。そして、
「は…?」
ロイは目を見開いて固った。目を二三度擦る。そして、何度も瞬きした。そして、目の前のセシルが幻覚ではないことを認識した刹那、
「セシルううう!」
ロイは歓喜がこみ上げるままに、駆け出した。お盆を放り投げて。
「…ロイ!ちょっと!せっかくの飯が!」
しかし、ロイは構わず、レスターごとセシルを抱きしめる。そして、声をあげて泣いた。
「…ロイ…」
セシルはおろおろと戸惑う。そして、困ったようにレスターを見上げる。すると、レスターは優しい顔をして、泣きじゃくるロイへとセシルの視線を促す。
「……」
―オレみたいな人間でも、いなくなったら悲しむ奴が、ちゃんといるんだな
ロイを見れば、彼がどれほど自分を失って悲しんでいたか、そしてどれほど自分のことを思ってくれていてくれたか、考えなくともよくわかった。
「……」
思い返せば、何時の間にオレは、自分を大切に思ってくれる人間を作ってしまったんだろう。レスターのこともそうである。作ろうと思ったことなどないはずなのに。
だけど、悪い気はしなかった。
「…ロイ。すまん、心配かけたな」
セシルはよしよしとロイの頭を撫でる。レスターもロイの背を宥めるようにさする。
―なんだかよくわからないけど
セシルは思う。そしてふふと笑った。
―幸せな心地だな
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